パンドラ

須桜蛍夜

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盈月

24

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「で、そこでおばさんが駆け寄ってきて『愚か者~。お主は何をしたか分かっておるのか! 我らは人に正体をバレてはならぬのだぞ』って大声で叫び始めてね。あん時は笑ったな~。それでさーー」
「…………」
遠くに見える会話とも言えないそれ。見ているだけで苛々してくる。
一週間位前から、巴ちゃんは沙羅達と居る時間を削ってまで、あの転校生の所へ向かうようになった。巴ちゃんが一生懸命話す言葉を、西山瑠璃は読書をしたまま無視する。たまにポツポツと言葉を返す事もあるけど、そんなの無いに等しかった。絶対あんなのと話してても楽しくない。巴ちゃんが可哀想。
ーーなのに、なんで? なんで、沙羅じゃなくてあの子の所に行くの? あんな奴の何が良いの? 沙羅じゃ、駄目なの?
疑問、文句、不安、怒り。何だか分からない物がぐるぐると回って、泣きたくなって、叫びたくなって、壊したくなる。沙羅は、何回も、巴ちゃんを転校生から引き剥がそうとあそこに割り込んでいった。でも、巴ちゃんは、沙羅を宥めて会話に混ぜてくれるだけで、決してあそこから離れようとはしなかった。なんであんな子がいいの? なんでーー。
「さ~ら!」
「えっ?」
いきなり、意識していなかった方向から名前を呼ばれて振り向く。
「またあっち見て。沙羅が巴ちゃんLOVEなのも分かるけどさぁ、今話してるのはこっちなんだから、よそ見するのやめてよ」
「まったく、沙羅ったら~」
そこでは、ミカとユウコが笑いながら沙羅を責めてきていた。
「あは、ごめ~ん」
テヘッと笑って彼女達に向き直る。たわいのない会話が再開された。でも、それはどこか上滑りする。二人とも会話に集中していない。
ーーやっぱ、本当は二人も巴ちゃんに帰ってきてもらいたいんだ。
どこか作り物みたいな空気を眺めて悲しくなった。今までは当たり前だった四人グループ。それが、遠くに感じる。彼女が居ないだけでこんなに脆くなる。こんなにつまらなくなる。
「ムカつくね」
ぽろっと口から言葉が洩れた。うるさく響いていた会話が止まって二つの瞳がこっちを向く。その顔は、お面みたいに表情を持っていない。きっと、ユウコもミカも誰の事だか分かっている。
「そうだね~ムカつくね~」
「いじめちゃおっか?」
取り戻される表情。それはさっきよりも何倍も楽しげで邪悪を含んでいる。
「いじめよう。巴ちゃんを誑かした罰を受けてもらわなきゃ」
口元に手を当て、舌舐めずりをした。ようやくあの子をいじめられる。最初から気に入らなかった。いじめたかった。
ーーあぁ、早くぐちゃぐちゃにしてやりたい。
「なーに話してんの」
その時突然、沙羅の肩に手が置かれて、声が割り込んできた。この声は……。
「巴ちゃん……」
唖然とした三つの声が重なる。快感にも似た加虐衝動が引っ込んで、恐ろしさが湧いてくる。今の会話を聞かれたかな。悪そうなあの顔を見られたかな。嫌われたかな。頭が不安に埋め尽くされていく。怖くなっていく。心配になっていく。"嫌い"なんて言われたら壊れちゃいそう。
「ま、なんでもいいんだけどさ、それより今日暇? カラオケ行かない?」
だけど、彼女はそんな不安をかき消すようにいつもの調子で笑った。温かくて、太陽みたいで、よこしまな気持ちを拭うように。
「行く行く!」
「いいじゃん、ウチ、久しぶりに歌いたかったんだ」
巴ちゃんからのお誘いに、二人は顔を輝かせて、身を乗り出さんばかりに答えた。そこから邪悪さなんか消えている。
ーー巴ちゃんはちゃんと、沙羅達を見てくれてるんだ。
二人の様子を見ながら、次第に湧いてくる喜び。気分は一気に舞い上がる。やっぱり、あんな不気味な子と一緒にいるのなんて気まぐれだよね。巴ちゃん、優しいから構ってあげてるだけだよね。
「沙羅は?」
こっちを向いた笑顔は天使。幸福感は最高潮。
「もちろん行く!」
今日一番の大声は朗らかに響いた。
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