パンドラ

須桜蛍夜

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盈月

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「賢太郎、やめて……」
掠れるような声がした。涙目がこっちを向く。これは、本気の懇願だ。大切な友人はやめてくれと必死に訴えている。
ーーさっきまでの俺だったら、やめていたんだろうな。
心の中で呟き、笑みを浮かべる。もう火は灯ってしまった。後戻りはできない、俺はこいつを殴り続ける。第一……こんな楽しさを捨てられる訳がない。
「タケシ、イチロウ、巴を立たせていつものように壁に押しつけろ」
何故か不安そうな顔をした二人に命令し、俺は後ろを振り返る。目の前で暴力が行われているにも関わらず、興味を持たない転校生。その脇をすり抜け、俺は落ちている棒を拾った。
「へへっ」
さっき見つけた竹刀ほどの長さの棒切れ。殴るのにはちょうど良い。
「賢太郎……」
咳き込みながら、信じられないように呟く巴。俺はその頭を思いっきり殴打する。
「っ……」
皮膚が切れて赤い液体が滲み出てきた。
「賢太郎、ちょっとやりすぎじゃねぇか?」
「そんなことねぇよ」
タケシの言葉を振り払い、棒の先で幼馴染みの腹を突く。
「けほっ」
空気を吐き出し、うずくまろうとする。しかし、二人がそれを許さない。巴は咳き込み、苦しみに悶える。楽しい。強者が涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、俺の思い通りに傷ついていく。今、俺は巴より上にいる。実感が湧く。俺は弱者なんかじゃねぇ。俺はーー。
「俺は強者だ!」
空間を埋め尽くす叫びを上げて、全力で棒を振り下ろした。風を切る音、感じる勢い。
「最高だ」
破綻した笑みが浮かんだ。しかしーー。
「……なんでだよ。なんでお前らはいつも良い所で俺の邪魔をすんだよ」
不完全燃焼の興奮を怒りとして、棒を受け止めた少女にぶつける。
「くそっ」
棒を両手に持ち直し、力を込めるが、それを持つ彼女の右手はビクともしない。
「これ、振り下ろすとこの子が死ぬから」
起伏のない声、仮面のような表情。決して激しい物言いではなかったが、それは場に沈黙をもたらした。俺は雰囲気に気圧されて思わず棒を下げる。死ぬ、巴が? なんだそれ……。
「馬鹿なこと言うなよ。こんな棒切れで人が死ぬ? ありえねぇだろ」
どこか空回りする声を紡いで棒を強く握り直す。
「要するにあれだろ? 俺たちに構ってもらえなくて寂しいんだろ。安心しろ、たっぷり可愛がってやるから」
ズレが生じた強い自分へ今の自分を合わせていく。
「タケシ、イチロウ。巴はもういい。リクエストが来たからな、こっちの相手をしてやろうぜ」
声をかけ、転校生を壁から離れた位置へと連れて行く。昇の時、そして今。二度も俺の邪魔したことを後悔させてやる。ぜってぇ泣かせてやる。俺は強いんだ。
「生憎と、今ベルトは持ってねぇんだよな」
ニタニタと笑みを浮かべて挑発するように対峙する。少女は動こうともしない。馬鹿にしやがって。憤怒を抱いて、奴の後ろから近づく二人とタイミングを合わせながら飛びかかった。三方向からの同時攻撃。俺をよけても、見えない二人はよけられない。完璧な攻撃だった。
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