パンドラ

須桜蛍夜

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盈月

15

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『放課後、話がある。体育館裏に来てくれ』
『りょ~か~い?』
既読とともに届いた返事。一気に気分は重くなる。円満に解決させてくれよ。そう、幼馴染みに願うしかなかった。あいつに言われてやめようと思った。ここ何日かいじめをしていない。でも駄目だ、限界だ。俺は、強くなんなきゃいけねぇ。このままじゃいけねぇんだ。知ってるだろ?    分かってるだろ?   だから、邪魔しないでくれよ、巴。

じめっとして冷たい壁に背中を預け、あいつを待つ。早く来て欲しいのに来て欲しくない。もやもやとしていて、苛つくような、泣き出したいようなすごく変な気分だった。
「やっほー賢太郎! 待った?」
声と共に飛び込んできたのはいつも通りの幼馴染み。
「ちょっとな。……なんだよ、このカレカノみてぇなやりとりは」
心とは裏腹に普通に話す事ができた。そして、言葉に縋る事で、やらなきゃならないことから意識を離せた。
「いいじゃん、別に。私と賢太郎の仲だし。にしても二人きりなんていつぶりだろう。 結構久しぶりだよね?」
「んー、そうだな。高校入ってからあんま話せてねぇし。男女で居ると周りがうるせぇんだもん」
薄暗さを行き交う日常という光。このままくだらない会話だけをして、帰れたら幸せだろうな。そんな思いに駆られてくる。
「そうなんだよね。まったく面倒くさい」
やれやれといった風なリアクションを取る彼女。このままで居たいなら、何もやらなきゃいいというのは分かっている。でも、俺はもういじめを止められない。だから、巴を引かせなきゃいけねぇ。
「私は本当は、賢太郎ともっと居たいんだけどね」
俺は、いつもよりどこか饒舌な巴から目を逸らした。合わせていられない。これ以上いつもの関係に浸ったら、決心がつかなくなる。だからーー。
「こんなこと話しにきたんじゃねぇってことは分かってんだろ?」
息を吸い込み、ドスの効いた声で一気に吐き出した。そうしないと言えない気がした。 
「そうだね。私は出来ればこのまま続けたいけど」
巴は悲しそうな顔で呟く。どくんと心臓が跳ねた。なんとか形を保っている決意が、大きく揺らいだ。
「そりゃあ無理だな。お前が俺の邪魔しないってんなら話は別だけどよ」
崩れそうなそれを必死に補強する。きっと、崩れたらもう建て直せない。
「悪いけど、それはできない」
「なんでだよ。頼むから手を引いてくれよ」
聞きたくない拒否の言葉に蓋するように懇願を重ねた。邪魔をするなら、俺はこいつをなんとしてでも退けなきゃいけない。でも俺は、巴を傷つけたくなんてない。
「無理。私は賢太郎を止めたいから。分かってるんでしょ? いじめをしても何も変わらないって、やめなきゃいけないって」
「…………」
それは耳に痛い言葉だった。ずっと感じてはいた。いじめをしても、支配しきれない強者はいること。転校生を怯えさせたところで俺が強くなれたとは思えないこと。俺が無駄な足掻きをしていること……いじめで強くなれるなんてただの妄想だってこと。
「賢太郎が怖いのも知ってるし、トラウマが残ってるのも知ってる。生まれた時から付き合いだもん。全部そばで見てきた。全部知ってる。だから、いじめをする事であんたが安心できるならってずっと何も言わないできた。でも、こないだ感じたの、このままだと賢太郎は壊れちゃうって、狂っちゃうって。だからーー」
「うるせぇ。巴に何が分かんだよ。そりゃあ知ってるよ、いじめは悪いことだし、何が変わる訳でもねぇ。でもな、やらなきゃ怖ぇんだよ。やってる間は強さに酔えんだよ。もうやめられねぇんだ。俺はいじめに依存してなきゃ自分を保てねぇんだよ」
巴の声を遮って叫ぶ。畳み掛けるような言葉に何かが切れた。俺がどれだけ怖えぇか知らないくせに、いじめの快感を知らないくせに……。溢れる声を全てぶつけた。そして同時に、自分の気持ちを認識する。
"俺はいじめをやめられねぇ"
「だから、これで最終勧告だ。もう何もすんな。そうじゃなきゃ俺はどんな手を使ってもお前を了承させなきゃいけなくなる」
心は半分固まった。これで拒否されたら、躊躇わなくはないが、巴を殴ることはできる。こいつは俺の為に動いてくれている。分かっている。でも、分かった上で俺は覚悟を決めた。
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