パンドラ

須桜蛍夜

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盈月

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「何もしないで」
しかし彼女は、そんなおれの気持ちを受け取らない。理解しようともしない。興味なく受け流す。
「瑠璃!」
目をかっと開き、強引に細い肩を掴んだ。なんで分かんないんだよ! お前は一人じゃないって。なんでおれを見ようとしないんだよ! なんでーー。
パシッ
腕を払われた。
「無理矢理でも、言うこときかされたい?」
そして、ゆっくりとこっちを向いた瞳は、銀の光を孕んでいた。
「っ……」
払われた手は行き場を無くし、空を掴む。狂うほどに高ぶっていた興奮が冷めていく。喉がカラカラだった。残酷なほど平坦な声。何も変わらぬ彼女の表情。
ーー瑠璃は、記憶を変えておれを操るつもりだ。
つうっと汗が首筋をなぞる。銀を灯す黒の双眸。光に呑み込まれ、一時も目を離せない。
ーー何か言葉を発したら、おれはおれでなくなる。
今まで無条件に信じられていた少女が、とてつもなく恐ろしい。身体が強張って、指を動かすのすら憚られる。
「じゃ、もう干渉してこないでね」
瑠璃は、おれの様子に満足したのか、ゆっくりと立ち上がった。駄目だ、行くな。このままじゃまた差が開く。そんなの……嫌だ。おれは瑠璃と仲良くなりたいんだ。去っていく背中に、心は必死に叫んでいる。しかし声は全く出ない。
「瑠璃」
なんとか絞り出したその一言。声が掠れ、震える。立ち止まった少女。おれは、彼女に何を伝えたい? 考えれば考える程、頭の中が真っ白になった。
「身体も怪我してるんだろ……手当てくらいしなよ」
そして、渇いた声と救急箱を投げ渡す。違う、こんなこと言いたいんじゃない。心が訴える。身体と口が勝手に動いていた。心と言動が一致しない。そして、心と心も一致しない。
「ありがと」
瑠璃はそれを抱え、扉の奥へと消えていった。身体の力が抜ける。彼女が去って、ほっとしたおれがいる。引き止めなきゃと、もっと話さなきゃと思っていたのに、同時に、彼女との会話を早く終わらせたいとも思ってしまった。瑠璃が、怖かった。
ーーおれは、どうすればいい?
何も、分からなくなっていた。渇いたままの口を舐めまわし、重くなった頭を抱える。掌に伝わってくる脈動がいつもより数段速かった。
「おれは……」
重い空気が言葉の続きを呑み込んだ。
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