パンドラ

須桜蛍夜

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盈月

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                 ***
「ほーら、取ってみろよ」
俺は筆箱を高く持ち上げた。
「返せよ、賢太郎!」
昇は、小さい身体で蛙みたいにまぬけに飛び跳ねる。
「こんなのも取れないようじゃ、東大のイスなんて取れるわけねぇよな~?」
馬鹿にすると、ガリ勉メガネはムキになっ手を伸ばす。その様はすごく滑稽だ。
「ほらよ」
かけ声とともに放ったそれは彼が届かないギリギリの所を通り、タカシの手にきっちりと収まる。
「こっちだぜ、取りに来いよ」
ノッポのタケシは、チビのこいつが届くはずも無い高さに筆箱を持ち上げた。
ぎりっ……。
何かが軋む音がした。昇を見ると、怒りに顔を歪ませて歯をきつく食いしばっている。
――もっと怒れよ。お前は俺より下なんだから、そうやって虚しく吠えてろよ。
自分の手のひらで踊る少年に笑いがこみ上げてくる。
「勉強できないじゃないか、どうしてくれんだよ」
突然、沸点を迎えた彼は、叫びながらタケシに突っ込んだ。不意を突かれたタケシは、大きくバランスを崩すが、なんとか踏み止まる。
「てんめぇ!」
そして、怒りを力に変えて感情のままに彼を蹴飛ばす。
「っ……」
蹴りは見事に腹に入り、昇は身体をくねらせ泣きはじめる。なさけねぇ、こんくらいで。心の中で吐き捨てて負け犬を見下した。
「賢太郎、こいつ、シメようぜ」
タカシは顔を真っ赤にして今にも殴りかかりそうだ。
「あぁ、いいぜ。イチロウ、お前もやれよ」
許可を出す。反対する理由なんて全く無い。むしろもっといじめたい。
「おうよ」
後ろから待ってましたと言うように、巨体が昇に近づいていき、昇を無理やり立ち上がらせる。
「好きにしていいよな?」
「あぁ、いいぜ」
「やった」
「俺にもやらせろ」
答えるやいなやイチロウが力強く膝蹴りを叩き込み、タケシは容赦なく殴りかかった。俺はその様子を一瞥した後、教室を見渡す。誰もが恐れるようにこっちを見ない。気持ちいい。俺がこいつらを支配してる。
「おい、賢太郎もやれよ」
振り返ると、下半身を裸にされ、涙で顔をぐちゃぐちゃにした負け犬を二人が愉快そうにこっちに示している。
「おう、今行く」
弱者が強者に逆らったんだ、もっと罰を与えないとな。俺は、タケシが置いた筆箱に手を伸ばした。
「ガリ勉、お前、父親に貰ったとかでこれ宝物だっていってたよな」
ボロボロになった少年の目の前で筆箱を振る。
「…………」
彼はもう、答える気力も無いようだ。
「無視するとはいい度胸だな」
蹴りつける。罰として後でこの格好のまま校内を一周してもらうかな。考えるだけで身体の底から笑いが溢れる。だけど、その前にひとつ刑執行だ。
「罰としてこれは、そうだな……ゴミ箱行きだな」
屍のようであった少年は、バッと頭を上げる。瞳がやめてくれと訴える
――いいな、この感じ。
人を掌握する感じ。自分の強さが実感できる。
「じゃ、刑執行」
俺はゴミ箱に向かって投げるモーションに入った。
「やめろ……」
掠れた声を張り上げ、襲いかかってくる昇は、タケシとイチロウに容赦なく押さえつけられる。
――無様だな。
そうして筆箱は宙に舞った。自然と笑みが浮かぶ。距離も勢いもバッチリだ。しかし、それはゴミ箱に着地する事なく空中で止まった。
「どういうつもりだよ、転校生」
片手で筆箱を受け止めた少女、セーラー服に黒タイツという不可思議な出で立ちをした彼女に脅すように問いかけた。
「別に、通行の邪魔だったから」
転校生は俺の怒りに怯みもせずに言い放つと
「じゃあ、後は好きにして」
筆箱を地面に落とし、そう言い残して教室を出て行った。空間に沈黙が落ちて、白けたような空気が流れる。
「なんだあいつ、馬鹿にしやがって」
完璧ないじめを壊しやがって。俺に歯向かいやがって。憤怒を噛みしめるように吐き捨てた。見下すような物言い、能面のような無表情、全てが気に食わない。
「気に食わねぇ、気に食わねぇ、気に食わねぇ……」
唱えれば唱えるほど浸透していく熱い感情。俺を見下しやがって
「ほんっと、気に食わねぇ」
叫ぶと同時に拳を壁に叩きつけた。痛みなんて感じない。全てが奴への怒りに変わっていく。この怒りをどうしたらいい?   何にぶつければいい?
「決まってるじゃねぇか……」
俺は感情の全てを笑顔に変えた。
「タケシ、イチロウ、ターゲット変更だ。あの女に、どっちが上か教えてやるぞ」
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