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朔
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しおりを挟む宗教団体“蛇目教”の本部で、警察による大規模捜査が行われていた。
「これは無理かな」
西山警部補は南京錠を転がす。ざっと見ただけでも特別製であることがわかる。
彼の前には隠し扉があった。本来ならば壁の中に潜んでいたのだろうが、信者が逃げる時に閉め忘れでもしたのか、微かに開いていたのを西山が見つけたのだ。
ーー仕方ないか。
右手を懐に忍ばせ、彼は銃を取り出した。
「ふぅ」
安全装置をかけなおし、緊張を吐息と一緒に吐き出す。銃声はまだ余韻を残し、緊張感を煽る。
「こちら西山。隠し扉を発見した。突入する」
無線に声を乗せて銃弾を込め直す。少し手が震えていた。
ーー怖いな。
恐怖はいつになっても拭えない。特にこの蛇目教は大組織だ。なにが隠されていてもおかしくない。
「行くか」
唾を一つ飲み込んで、西山は足を踏み出した。
中は真っ暗だった。懐中電灯の光で見通すことが出来ない程に闇に満ちている。そして、その中で最初に感じたのは頭痛をもよおすほどの異臭だった。鼻を強く押さえても全く消えてくれないほど強烈な臭いが充満している。
だが、慣れとは恐ろしいもので、しばらく経つと、頭痛を残し、悪臭はどこかに消えていた。
そして、彼は一番奥へと辿り着く。
「牢?」
そこは地下牢のようであった。コンクリートで囲まれ、扉の覗き窓部分の鉄格子以外に外との繋がりを持たない部屋が一つだけ鎮座している。
西山は、言葉を無くして呆然とそれを見つめた。
ーーこれは……。
一つしか無い。厳重に施錠されている。その事実を考えても、ここには何かが閉じ込められていると推測できる。
足が震えていた。何者居るのか分からない。それが拉致された一般人などであれば良いが、蛇目教でも手に余るほどの危険人物を閉じ込めている場合が恐ろしい。そして今回、施錠の具合から見ても後者の可能性が高かった。
彼は怯えを紛らわせるようにゆっくりと撃鉄を上げる。そして、思い切り引き金を引いた。
発砲音、風切音、金属音。鍵を壊した手ごたえが身体全体に伝わる。
西山の緊張感はMAXだった。何がいるのかも分からない扉を開け放ってしまった恐怖感に手は震え、冷や汗が止まらない。できることなら逃げ出したかった。
「なんなんだよ……」
小さく吐き捨てる。いっそのこと、恐ろしげな怪物でも現れて欲しかった。その時には、大手を振って逃げられる。なのに何も起こらない。これ以上待つ訳にもいかない。
細く息を吐き出して覚悟を決める。進めた足が死刑台に向かっているようで、生きた心地がしなかった。それでも彼は、さらに深い闇の中へと身を投じる。
暗くなった訳でも何が変わった訳でもない。しかし牢の中と外では何かが違った。その何かが恐怖を煽り、自然と身体が強張ってくる。
「っ」
その時、不意に鎖の音が鳴って微かな気配が動いた。
――やっぱり、ここには何かがいるんだ。
もちろん何も居ないと思っていた訳ではなかったが、どこか現実感が無かった。だが、本当に居るのだと確信してしまった。走る寒気が身体を凍らせた。
恐怖が全身を這いずり回り、鼓動が爆音へと変化して涙が溢れてくる。まだ死にたくない。思考が混濁して何がなんだか分からなくなってくる。動くことも、息をすることでさえ危険に思えた。
「落ち着け、落ち着け……」
西山は何度も言い聞かせ、必死に目を凝らす。
――何も起こらない?
何かが動く気配は無かった。
「はぁ」
無事なことに安堵の息を吐く。しかし、それは段々と進まなければならない恐怖に変化していった。怖い、動きたくない。そんな思いが頭を支配する。
正直、それに従いたかった。だが彼は、カラカラの喉を潤すように唾を飲み込み、歩き出した。刑事としてのプライドがなんとか足を動かしていた。
「っ……」
そして、闇の中に影を見つけた。見つけてしまった。怯えが勝り、刑事は引っ込む。腰が引けて、足が全く進んでくれない。もう、逃げ出すことしか考えられなかった。
「!?」
しかし物体の正体が見えると、西山は恐怖を忘れて走り出していた。
「大丈夫か、君」
声を掛け、ライトを当てる。転がっていたのは少女だった。
「おい、しっかりしろ」
危険なんて顧みている暇は無かった。抱きかかえた身体は冷えきり、ぐったりとしている。今にも死んでしまいそうだった。
「酷い……」
ボロ着を纏い、手足と首を太い鎖で壁に繋がれ、分厚い目隠しをされたその姿は、さながら奴隷のようで、人間としての尊厳を全て否定されたようないでたちだった。
「大丈夫か? おい、大丈夫か?」
必死に呼びかけながら目隠しと格闘する。もう、ただ彼女を助けることに必死だった。
そして、ようやく外れたその奥から、弱々しくも凛とした銀の双眸が彼を見つめていた。
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