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盈月
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しおりを挟む遠くで声が聞こえた。男の、知らない声。それが段々とはっきりしてくる。
「やっとお目覚めですか、白銀の夜叉サマ」
わたしはゆっくり頭を上げた。
何も見えない。理解できない状況を確かめるために、身体を少しずつ動かしてみる。
手を動かすと、手首の辺りに痛みが走る。後ろ手に縛られているみたいだ。
足は、足首が縄か何かで縛られているようだ。
背中には何かに寄りかかっている感触がある。
何も見えないのは、目隠しをされているのだろう。
見えない中で眼を瞑る。わたしは、柱か何かに寄りかかった状態で、足を前に投げ出し、手を柱の後ろで縛られているらしい。
「あなた達は誰?」
前にある気配は三人。隠れている様子はない。なら、実行犯はこれだけなのだろう。
「ん、俺らか? 俺らは赤鬼様の配下だよ」
「なんのつもり?」
「そんなん決まってんだろ、お前を粛清するのさ。なんと赤鬼様直々にな。俺らはあの人が来るまでの見張りさ。もっとも、利き手くらいは壊しとけって話だけどな」
同じ声は言うが早いか近づいてきた。大股で、余裕を持った歩き方、きっとニヤニヤと楽しそうなんだろう。
だから、その顔を歪ますようにその足へと蹴りを放った。手と腹筋で持ち上げ、振り回した足は狙い通りに、鈍い感触と悲鳴を生み出した。
「セイ、無力化しろ」
初めての声。どこか誰かに似ている気がする。
「へいよ!」
声に気を取られていた意識が全身をつんざく痛みに支配された。
「がぁぁぁぁぁ」
十秒ほどで痛みは止んだが、血の気が引いたように身体が寒く、痛みが余韻を残したように動きが重くなっている。
「あまり舐めたまねしない方がいいぞ。反抗心を見せた瞬間にセイがスタンガンを入れる。無駄な抵抗はしない方がいい」
またあの声だ。少し耳に馴染む声。
「この、クソアマ!」
蹴飛ばした男がわたしの右腕を乱暴に掴んだ。軋んだ縄が手首を締めつける。そして、小気味いい音と共に腕が折られた。
「っ……」
右腕が熱い。血液が沸騰しているようだった。そして、そのあとに鈍い痛みが強くなっていく。
「タクは馬鹿なんですか? 折るなんて。もっと他にやり方があるでしょう」
「うるせぇ!」
セイと呼ばれた男の息が耳にかかる。首筋に当てられたスタンガンが嫌でも意識させられる。
「腕で遊べないなら、他で遊べばいいだろ」
「でもよ、壊していいのは腕だけだぜ?」
「傷が残らなきゃいいんだろ」
遠くの男が近づいてくる。そして、わたしの耳に何かを当てた。感触からしてヘッドホンのーー。
「っぁぁぁ………」
声にならない叫びをあげる。流された大音量の音楽が、脳味噌をかき混ぜる。
逃れたい。
痺れの残る手足を乱暴に動かし、頭を振り回した。食い込む縄の痛みより、ぶつける痛みよりも、この音が一番苦しい。
「よし」
音が止まった。それでもまだ吐き気がする。目が回っている。
「巴からちゃんと情報は仕入れてんだよ。耳が良いってな」
"巴"
何かが弾けた。
「なん……」
「あ?」
「なんで……」
そうだ。わたしは巴と遊んでいたはずなのだ。
状況に徹することで、ここまでの経緯を忘れたように振舞っていた。気づきたくなかった。
「そうだよな、気になるよな。なんで売られたか、納得できる答えが欲しいよな。でもそんなのは無いぜ。あいつは自分のためにお前を裏切った。それが真実さ」
ーー巴が裏切った?
「なんで……」
自分のため? わたしは捨てられた?
「変な期待はしない方がいいぜ。結局あいつは俺の妹だ。自分本位な人間なんだよ」
ーー巴の兄? そっか……。
この人が巴の部屋の隣に居た。あのオレンジジュースには睡眠薬が入っていた。
『ごめんね、瑠璃』
あの言葉は聞き間違いではなかった。
"糸が切れた"
?に熱い筋が流れていく。
「そっか……」
心が熱を無くしていく。
「どうだ? 裏切りにあった気分は」
身体が軽くなっていく。感覚が鋭くなっていく。
「答えろよ」
「っあ」
音楽がかけられた。逃げ場なくまとわりついてくるそれは、発狂しそうなほどに精神を蝕む。
だけど不思議と、先程よりも辛くはなかった。
手足を振り回す。何度も頭を振って打ち付ける。目隠しの結び目を柱にぶつける。遠心力で目隠しを緩ませる。
冷静だ。苦しい中でもこんなにも考えられるほど。
「なんか言えや!」
右手が再び熱くなった。肩の辺りから粘性のある液体が滴っていく。きっと刺された。だけど、もうこれで終わりだ。
「そんなに答えて欲しい?」
自然と浮かんだ笑み。その中心で銀の光を解き放った。
三人の記憶が入ってくる。もちろん中には巴を近くで見守ってきた篠崎昌平のものもある。
だけど、なんの興味も湧かなかった。
「なんだよ、解放しろって。もっと痛めつけたかったのに」
「仕方ないですよ、赤鬼様直々の連絡なんですから。何か考えがあるのでしょう」
改竄は上手く機能している。順調に手足が自由になっていく。
「ご苦労様」
立ち上がって辺りを見回す。もう痛みは感じなかった。
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