パンドラ

須桜蛍夜

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盈月

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「巴、どうだこれ、よく出来ているだろ」

お兄ちゃんが兄貴へ戻る。嘲笑う笑みがパソコン画面を示していた。

『私、篠崎巴、15歳。明るさと元気がとりえの現役JK! エッチなことが大好きです。連絡待ってま~す?』

馬鹿っぽい文章と先程撮られた裸の写真。それらが載るのは出会い系のサイトだった。

「これを流すって言ったらどうする? お前、顔が良いから一気に標的になるぞ」

「後で消す。拡散されるかもしれないけど、そんなの全部消せばいい」

「冷静だな。そういう奴だよなお前は。でも残念だったな、このサイトはパソコンでしか行けないんだ」

ーーやっぱりこの人には……。

唇を噛んで睨んだ。それに満足そうに目を細めて兄は言う。

「やっぱりまだ、パソコンに触れられないんだな」

それは勝利の宣言だ。

「で、何が目的?」

この人が無意味にこんなことをする訳が無い。

「ほんと、話が早くて助かるよ。巴、西山瑠璃って知ってるよな?」

「なんで瑠璃が出てくるの……」

驚きを隠すように絞り出す。

「仲良いんだろ、なら、これを飲ませることくらい簡単だよな?」

兄貴が右手で粉薬を掲げる。

「それは何?」

尋ねながら、驚きで麻痺しそうな頭を無理やり回す。瑠璃と兄貴の間にどんな関係があるのか。何が目的なのか。

「ただの睡眠薬だよ。巴は西山瑠璃を家に呼んでこれを飲ませればいい。後は俺らが彼女を回収する。簡単だろ」

だけど、予想外の嵐に思考は狂わされていて、いつもは浮かぶいくつもの仮説を立てることすらできなかった。

「流せばいいよ、私は瑠璃を裏切るつもりは無い」

なんにせよ、答えは変わらない。

脳裏をよぎった、賢太郎を見捨てた彼女を打ち消すように早口でまくし立てた。

ああいうサイトに載せられるのは、結構辛いのだろう。さっきは拡散されても消すと言ったが、完全に消し去るのは結構厳しいものがある。そして、それによってせっかく作り上げた"巴ちゃん"の人物像は壊されるだろうし、変態にも狙われるかもしれない。それは正直怖い。でも、それでも私は瑠璃と友達でいたい。

「予想外だったな、お前は俺と同じで他人を大切にしない奴だと思ってた」

細められた目は、私の本質と変化をゆっくり観察する。

「勝手に一緒にしないでよ」

視姦される心地悪さに蓋をして、自分を繕う。私を悟られる訳にはいかない。

「女はこうすれば言うことを聞くって言われたんだけどな」

顔をパソコンの方へ向け、ポケットに手を突っ込んだ彼は独り言のように言うと、再びこちらに向き直った。

「だけど、お前が自分勝手な人間だっていうのは間違ってないだろ?」

ポケットから出して掲げられた右手。そこには、ピンク色のUSBが握られていた。

「なんで……」

私は、縛られていることも忘れて飛びかかろうとした。あれは……あれだけはこの世に存在していてはいけない。

だが、奪えるはずもなく、ベッドの上で芋虫のように動くことしか出来なかった。

「全部処分したと思ってたか? 残念だったな。でも、俺にとってはラッキーだ。これのためならお前はなんでもやるだろう? なんてったって、お前が人殺しである証明だからな」

「…………」

ただ睨む。打開策はないかと思考を巡らせる。あれは私の罪そのものだ。誰にもバレる訳にはいかない。絶対に消さなくてはいけない。

「拒否するなら公表するぞ、お前の罪を。親父もお袋も、世間もみんな残酷になる。優等生が犯罪者だったなんてメディアが喰いつくな。さぁ、どうする?」

瑠璃と罪。
逃げるべきではない。ある意味チャンスだ。警察に捕まれば、罪を償う覚悟をすれば、隠し、背負ってきた重荷を下ろせる。

瑠璃は友達だ。どう言われようとそれは変わらない。彼女のことが大切だ。兄貴に渡せば瑠璃は殺されるのかもしれない。そんなこと出来るはずがない。

「私はーー」

自分と瑠璃、どちらが大切なのか。これはそういう問いだ。自分を殺すか、友達を殺すか。誰でも一度は考えたことがあるような質問。

私はーー。

「……薬、ちょうだい」

兄貴がニヤリと笑った。

"やっぱりお前は俺の妹だ"

そう言われた気がする。

駄目だった。あのことをバラすなんて、私には出来なかった。

「決行は今週の土曜だ。ウチに西山瑠璃を呼んでこれを飲ませろ。俺は仲間を連れて自分の部屋に居る。あとは俺らがやる。でもってこれは成功報酬だ。変な気は起こすなよ。裏切ったらどうなるか分からないぞ」

兄貴はUSB をポケットにしまう。そして縄をほどくと、悠々と立ち去った。

縄が解かれた時に抵抗すればよかったのか。そんなことを考えても後の祭りだ。私にそんな気力は無かった。

「ごめんね……」

右手で薬を握りしめた。私は瑠璃を裏切ると決めてしまった。




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