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盈月
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「ほら瑠璃、何か歌いなよ」
カラオケに入ってすぐに巴がマイクを西山に押しつけた。西山が何を歌うのか、俺も興味がある。
「歌一つも知らない」
「はぁ? そんな訳ないじゃん」
呆れたような声を上げ、巴は機械を取って有名どころの曲を提示していく。西山はそれを黙って見ていたが、最後まで首を縦に振ることはなかった。
「あ~ぁ、予想してなかった訳じゃないんだけど、つまんないの」
「そう言うなよ。ほれ」
俺がマイクを手渡す。同時にSTORYというバンドの曲、巴の十八番を予約する。
「賢太郎のくせに」
マイクをひったくるようにして少女は歌い出す。これでしばらくは歌い続けるだろう。
ーーで、問題は……。
西山を見た。助けたのはいいが、正直、二人きりで会話なんて続かない。「関わるな」という昇との約束もあるし、カラオケなのだから話さなくてもいいのかもしれない。
ーーでもやっぱ、気にはなるよな。
前よりは関わるようになった。けれどまったく西山瑠璃という人間は分からない。そして恐さが薄れた結果、興味が出てきた。昇への罪悪感は薄らぎつつあった。
「なぁ、西山」
「ん……」
彼女はいつの間に頼んだのか、ボウルくらいの大きさのゼリーを頬張っていた。そしてそのまま顔すら上げない。
「えっと、カラオケ来たことないのか?」
「うん」
「普段何してんだよ」
「本読んだりとか」
問いかけてみたがとりつく島もなく、一蹴される。どうすればいいのか。
「あ、でも、前に西山の家行った時居なかったよな? 出かける……」
言ってからまずいと気づいた。これは巴が言うには"恐い西山"の領分だ。下手に踏み込むとどうなるか。
「出かけはする。適当に歩き回る」
恐る恐る待っていた声は普通だった。どちらかというとゼリーを食べているのだから邪魔するなという不満さの方が強そうに見える。
ーーそっか、巴が言ってたのはこういうことか。
西山は恐くなんてない。必要以上に怯える必要はないんだ。そんなことを改めて気づかされる。
「そのゼリー美味しいか?」
だから俺も普通に接することにした。心のもやがすうっと晴れて、簡素な会話が楽しく思えた。
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