パンドラ

須桜蛍夜

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盈月

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「西山さんに近づくな」

「……へ?」

「西山さんに近づくな。彼女が穢れる」

昇の視線は真剣だ。

西山に近づかない。

予想外の言葉。それがこいつの願いなのか……。

「分かった。もう西山には近づかない」

巴との約束。少しずつ良くなってきたように思える西山との関係。
脳裏を過ぎるものはいっぱいあった。俺自身も、西山と仲良くなれればいいなと思い始めていたところだし、本音を言えばこんな命令は受け入れたくない。

でも、俺にはそれを拒絶できない。

「絶対だぞ」

昇の視線は緩まずに俺を縛る。

「あぁ」

それを受け止め頷く。ふっ、と昇は視線を緩めた。

そんなに西山のことが大事か? フラれたばかりなのに。

「あともう一つ……殴らせろ」 

「……あぁ」

淀んだ瞳を見つめ返す。そのくらいは当たり前だ。 逆にそのくらいされなければ意味はない。

「いくぞ」

確かめるように拳を握った昇は叫びをあげながら向かってくる。振り上げられた右腕が俺の顔に振り下ろされた。

「っ」

血の味がする。唇が切れたか。

昇の細腕から繰り出された攻撃に威力は伴わなかったが、当たりどころは悪かった。食いしばってもいなかった顎は鈍く痛みを発している。

だが、それ以上の衝撃を受けたのは昇の方だったらしい。血がついた自分の右手を見つめ、わなわなと震え出す。

ーー人を殴った事が無いのか……。

俺はもう慣れてしまった恐怖に怯える少年。

「今日はこんくらいで許してやる!」

怯えを隠すように逃げていく。

「はぁ」

その姿を見送ってから、俺は地面に座り込んで宙を見つめた。

色んな思いが渦巻いていた。









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