111 / 158
盈月
102
しおりを挟む
*
煩い。耳が割れる。頭が痛い。
目の前にはバスケの試合。クラスメイトが二組と戦っている。ボールが飛び交い、爆音が降り注ぎ、興奮が充満している。そんな空間で、わたしは逃げられないように巴に腕を掴まれながら立っていた。
「そこ、左からパス。そう、シュート!」
隣で指示が飛ぶ。彼女のことだから、メンバーの振り分けからして色々と考えられているのだろうが、元々の戦力差があり過ぎた。順調に点差は開いていっている。
「ナーナーナナナーナーナーナー行け行け七組!」
観客席が奏でる良く分からない応援歌。みんな必死の形相。でも、いくら応援したところでこの差が埋まるとは思えなかった。
「交代!」
終了音が鳴り響き、第三ピリオドが終わる。わたし達の出番だ。
観客席を一瞥する。彼はまだ来ていない。
「逆転できる。最高に格好いいとこみんなに見せちゃお!」
巴が声をかけ、メンバーはそれぞれのポジションにつく。わたしは自分の場所も分からないので、その場に立っておく。巴は何も言わなかった。
点差は十八。
最後が始まる。
スタートと同時に巴は走り出した。ボールは綺麗にゴールに収まる。他の追随を許さぬ速攻。点差は十六に縮まった。
巴のゲームメイクは上手い具合にはまっていた。シュートと見せかけてパスを回し、パスと見せかけてドリブルする。彼女以外は運動音痴と分類されるであろうメンバーなのに、その子達を上手く配置して活用することで戦力差をカバーしている。
だけど、それは長くは続かない。上手く戦えているとはいえ、それは巴が中心として回しているからだ。五人全てで彼女を抑えてしまえば、そのシステムは破綻する。
徐々に点は取られ始める。もう破綻は見えていた。
点差は十点。残りは五分。
これは多分勝てないであろう。わたしはゲームを俯瞰し、結論を出した。
その時
「瑠璃、突っ立ってるな! 約束しただろ」
騒音の中ではっきりと聞こえた。
観客席を見る。端の方に見知った青年が現れていた。
「……分かってる」
口の中で返事を返す。自然と少し口角が上がった。
「巴」
聞こえているか分からない声。それでも彼女はわたしに気づいて、囲まれた中からパスをくれた。
硬い感触が手のひらに当たる。その場で、見よう見まねでボールをついた。収まりきらず、暴れるそれをイメージと重ねるように制御していく。
わたしはこの動作を識っている。大丈夫。
ゆっくりと走り出す。敵はまだ遠くに居る。走る中で掴めてくるコツ。段々とテンポを上げる。
そして最後に、丁寧にレイアップ。思いの外ボールは綺麗に入った。
残り四分三十八秒。点差八。
そこからの試合は一方的だった。
わたしが入ることで分散した敵のガード。そうなれば点は入れ放題だった。
ゲームメイクは巴がしてくれる。わたしはただ敵から死角のパスを出しやすい場所に居ればいい。ボールが来たら入れる。それだけでもう完全にワンサイドゲーム。
ドリブルは苦手だったので、正直あまりパスを回して欲しくは無かったけど、なんとかシュートは入れ続けた。
残り三十秒。二点差。こっちの優勢。
ーー勝ってるんだから、もう回さなくて良いのに。
ボールは今、手の中にあった。
ゆっくりと走り出す。そしてわたしは目を閉じた。ドリブルがさっきまでより安定している気がする。
目の前の気配。それを体勢を低くして右に躱す。
ーーやっぱりこっちの方がいい。慣れてないなら、慣れてるフィールドに持っていけば良いんだ。
二人目、三人目……。
ボールを逃さないようにだけ意識しながらスピードを上げる。闇はわたしの領域だ。ここなら負けない。
四人目、五人目……もう前に気配は無い。
「っ」
自分の動きをイメージに重ね、跳んだ。予想より低い。でもいける。
わたしは目を開け、目の前のリングにボールを叩きつけた。
ビーーーーー。
終了を告げる電子音。わたしは少しの浮遊感の後、地面に降り立った。
瞬間、視界が歪む。膝からガクッと力が抜けた。
ーー崩れる……。
そう思った身体はしかし、
「瑠璃ーー!」
逆方向に勢いよく押し倒された。
「うっ……」
不意打ちに受け身を取ることも出来ず、仰向けに倒れ込む。
「凄いね、瑠璃、何あれ、ダンク!? そんな小さいのに、なんであんなに跳べるのさ」
彼女はそんなことを意にも介さず、馬乗りの状態でまくしたてる。顔は上気していて、汗を滴らせながらニコニコと。興奮しているようだった。
「巴、重い」
「あ、ごめんごめん」
ゆっくりとよけて手を差し出してくる。
「…………」
わたしはそれを無言で掴んだ。巴はわたしを引き起こすと、途端にまた話し始める。
「にしても、こんなに上手いんなら最初から動いてくれたら良かったのに」
「やる気無かったから」
「そんな事言わないでさ、ーー」
ペラペラと次から次へと言葉が溢れてくる。わたしはそれを聞き流しながら辺りを見回した。
弘さんは場所を動いていなかった。
目が合う。
笑顔になって手を振ってくれた。
"よくやったな。お疲れ"
そう言われた気がする。心が温かくなる。やって良かった。そう思える。
気づいたら目眩は治っていた。
煩い。耳が割れる。頭が痛い。
目の前にはバスケの試合。クラスメイトが二組と戦っている。ボールが飛び交い、爆音が降り注ぎ、興奮が充満している。そんな空間で、わたしは逃げられないように巴に腕を掴まれながら立っていた。
「そこ、左からパス。そう、シュート!」
隣で指示が飛ぶ。彼女のことだから、メンバーの振り分けからして色々と考えられているのだろうが、元々の戦力差があり過ぎた。順調に点差は開いていっている。
「ナーナーナナナーナーナーナー行け行け七組!」
観客席が奏でる良く分からない応援歌。みんな必死の形相。でも、いくら応援したところでこの差が埋まるとは思えなかった。
「交代!」
終了音が鳴り響き、第三ピリオドが終わる。わたし達の出番だ。
観客席を一瞥する。彼はまだ来ていない。
「逆転できる。最高に格好いいとこみんなに見せちゃお!」
巴が声をかけ、メンバーはそれぞれのポジションにつく。わたしは自分の場所も分からないので、その場に立っておく。巴は何も言わなかった。
点差は十八。
最後が始まる。
スタートと同時に巴は走り出した。ボールは綺麗にゴールに収まる。他の追随を許さぬ速攻。点差は十六に縮まった。
巴のゲームメイクは上手い具合にはまっていた。シュートと見せかけてパスを回し、パスと見せかけてドリブルする。彼女以外は運動音痴と分類されるであろうメンバーなのに、その子達を上手く配置して活用することで戦力差をカバーしている。
だけど、それは長くは続かない。上手く戦えているとはいえ、それは巴が中心として回しているからだ。五人全てで彼女を抑えてしまえば、そのシステムは破綻する。
徐々に点は取られ始める。もう破綻は見えていた。
点差は十点。残りは五分。
これは多分勝てないであろう。わたしはゲームを俯瞰し、結論を出した。
その時
「瑠璃、突っ立ってるな! 約束しただろ」
騒音の中ではっきりと聞こえた。
観客席を見る。端の方に見知った青年が現れていた。
「……分かってる」
口の中で返事を返す。自然と少し口角が上がった。
「巴」
聞こえているか分からない声。それでも彼女はわたしに気づいて、囲まれた中からパスをくれた。
硬い感触が手のひらに当たる。その場で、見よう見まねでボールをついた。収まりきらず、暴れるそれをイメージと重ねるように制御していく。
わたしはこの動作を識っている。大丈夫。
ゆっくりと走り出す。敵はまだ遠くに居る。走る中で掴めてくるコツ。段々とテンポを上げる。
そして最後に、丁寧にレイアップ。思いの外ボールは綺麗に入った。
残り四分三十八秒。点差八。
そこからの試合は一方的だった。
わたしが入ることで分散した敵のガード。そうなれば点は入れ放題だった。
ゲームメイクは巴がしてくれる。わたしはただ敵から死角のパスを出しやすい場所に居ればいい。ボールが来たら入れる。それだけでもう完全にワンサイドゲーム。
ドリブルは苦手だったので、正直あまりパスを回して欲しくは無かったけど、なんとかシュートは入れ続けた。
残り三十秒。二点差。こっちの優勢。
ーー勝ってるんだから、もう回さなくて良いのに。
ボールは今、手の中にあった。
ゆっくりと走り出す。そしてわたしは目を閉じた。ドリブルがさっきまでより安定している気がする。
目の前の気配。それを体勢を低くして右に躱す。
ーーやっぱりこっちの方がいい。慣れてないなら、慣れてるフィールドに持っていけば良いんだ。
二人目、三人目……。
ボールを逃さないようにだけ意識しながらスピードを上げる。闇はわたしの領域だ。ここなら負けない。
四人目、五人目……もう前に気配は無い。
「っ」
自分の動きをイメージに重ね、跳んだ。予想より低い。でもいける。
わたしは目を開け、目の前のリングにボールを叩きつけた。
ビーーーーー。
終了を告げる電子音。わたしは少しの浮遊感の後、地面に降り立った。
瞬間、視界が歪む。膝からガクッと力が抜けた。
ーー崩れる……。
そう思った身体はしかし、
「瑠璃ーー!」
逆方向に勢いよく押し倒された。
「うっ……」
不意打ちに受け身を取ることも出来ず、仰向けに倒れ込む。
「凄いね、瑠璃、何あれ、ダンク!? そんな小さいのに、なんであんなに跳べるのさ」
彼女はそんなことを意にも介さず、馬乗りの状態でまくしたてる。顔は上気していて、汗を滴らせながらニコニコと。興奮しているようだった。
「巴、重い」
「あ、ごめんごめん」
ゆっくりとよけて手を差し出してくる。
「…………」
わたしはそれを無言で掴んだ。巴はわたしを引き起こすと、途端にまた話し始める。
「にしても、こんなに上手いんなら最初から動いてくれたら良かったのに」
「やる気無かったから」
「そんな事言わないでさ、ーー」
ペラペラと次から次へと言葉が溢れてくる。わたしはそれを聞き流しながら辺りを見回した。
弘さんは場所を動いていなかった。
目が合う。
笑顔になって手を振ってくれた。
"よくやったな。お疲れ"
そう言われた気がする。心が温かくなる。やって良かった。そう思える。
気づいたら目眩は治っていた。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

【完結】気味が悪い子、と呼ばれた私が嫁ぐ事になりまして
まりぃべる
恋愛
フレイチェ=ボーハールツは両親から気味悪い子、と言われ住まいも別々だ。
それは世間一般の方々とは違う、畏怖なる力を持っているから。だが両親はそんなフレイチェを避け、会えば酷い言葉を浴びせる。
そんなフレイチェが、結婚してお相手の方の侯爵家のゴタゴタを収めるお手伝いをし、幸せを掴むそんなお話です。
☆まりぃべるの世界観です。現実世界とは似ていますが違う場合が多々あります。その辺りよろしくお願い致します。
☆現実世界にも似たような名前、場所、などがありますが全く関係ありません。
☆現実にはない言葉(単語)を何となく意味の分かる感じで作り出している場合もあります。
☆楽しんでいただけると幸いです。
☆すみません、ショートショートになっていたので、短編に直しました。
☆すみません読者様よりご指摘頂きまして少し変更した箇所があります。
話がややこしかったかと思います。教えて下さった方本当にありがとうございました!
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
精霊地界物語
山梨ネコ
ファンタジー
前世は日本の女子高生だったが、何者かに殺され、剣と魔法の世界に転生したエリーゼ。けれど、チート能力や美しい容姿には恵まれず、なぜか美貌の兄たちに憎まれ、怯える毎日……。いっそのこと家を出て、憧れの冒険者になろう! そう思い、冒険者ギルドに登録するが、自分のステータスを初めて知り、ショックを受ける。なんと精霊から、【胃弱】【美貌に弱い】といったどうしようもない能力を授かっていたのだ! 彼女は「精霊の呪い」を解くため、仲間達と共に、謎に満ちた「迷宮」に挑む――。不幸体質の転生少女が、運命に立ち向かう!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる