パンドラ

須桜蛍夜

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盈月

97

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「ただいま~」

「おかえり」

「っ……」

何気なくした挨拶に、返事が来て驚く。

ーーそっか、瑠璃が帰ってくるの今日だった。

「おかえり」

数日ぶりの我が子に優しい笑みを送る。彼女は眠ってでもいたのか、どこかぼんやりとした様子でソファーに身を起こしていた。

「楽しかった?」

「…………」

ある意味予想通りの沈黙。少しの哀しさを感じたが、振り払って自室に向かう。


「はぁ」

スーツを掛けながら息をついた。少女を見て湧いた小さな負い目、おれをちくりと刺していた。


羽を伸ばす。

この三日間、おれはそんな状態だったのだと思う。久しぶりの一人暮らしは思いの外快適だった。自由だし、気を遣わなくて良い。

おれは思っていたよりも瑠璃に対して気を遣っていたらしい。

気難しくて、何考えているか分からなくて、恐ろしいチカラを持っている。
信じていると言っていても、おれはやっぱりどこか彼女を怖がっていた。嫌われることを怖れて、チカラを使われることを怖れて、知らず知らずの内に気を張っていた。そんなことに、一人になって気づいてしまった。

瑠璃のことは好きだ。娘として大切に思っている。でも、やはり難しい。他人が親子になるというのは……。


おれは、着替え終えて部屋を出た。少しの憂鬱。料理でもして晴らしてしまおう。頭の中にレシピを巡らす。

「……!」

しかしすぐに立ち止まる。目の前に瑠璃が居た。扉の前でおれを待っていたらしい。

「忘れてた。これ、お土産」

そして、手のひらサイズの紙袋を差し出してくる。メーカー名も何も書いていないただ真っ白な小さな包み。何か硬いものが入った手ごたえがある。

「ありがとう。……開けていい?」

こくんと頷く瑠璃。見た目からじゃ中身の判断が出来ないし、瑠璃が何を選んでくれたのかなんてもっと検討がつかない。

おれはわくわくドキドキしながらテープを外した。

「ブローチ?」

金属特有の冷たさを持つそれは、花形のブローチのようだった。

ーーブローチって、男にあげるものなのか?

いまいち瑠璃のセンスが理解できず、心の中で苦笑する。

ーーまぁ、瑠璃自身がよく分かんないしね。こういう……。

「オーダーメイドができたから作ってもらった。花の名前はカランコエ。花言葉は……『あなたを守る』」

淡々とした言葉が何でもないように語り始める。

「っ……」

目の前が白くなる。おれは思わず瑠璃を抱き締めていた。
彼女は、驚く様子も見せずにされるがままおれに身を預けてくる。

「……ありがとう」

少し視界が潤んでいた。

瑠璃には嫌われているのではないか。そう思っていたりもした。最初よりはとっつきやすくなっただけで、進展が見えない関係性。少し萎えてもいた。だから、羽を伸ばして心が弱ってしまっていた。

「大切にする」

噛みしめるように呟いた。

『あなたを守る』
それが何を意味するのかいまいち分かってはいない。瑠璃が守ってくれるのか、御守りという意味でくれたのか。何から守ってくれるのか。

分からない。分からないけど、嬉しかった。気持ちは伝わった気がするから。瑠璃はおれを大切に思ってくれている。おれと同じで、きっと、親子になりたいと思ってくれている。

「瑠璃、ありがとな」

もう一度言った。

「…………」

少女は何も言わない。ただ、無言でおれの腰に手を回してくる。

彼女は小さい。抱き締めるとよく分かる。彼女はこんなにも小さな身体で……。

目を瞑る。口の中で小さく声に出す。

『あなたを守る』

それはおれの決意だ。この子を危険には晒さない。二度と同じことは繰り返さない。

蛇目教は……おれが潰す。

おれはさっきよりも強く瑠璃を抱き締めた。





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