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盈月
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しおりを挟むだけど、次の瞬間。
「がっ」
男が仰け反った。西山瑠璃が彼の顔面に勢いよく頭突きしていた。
そしてそのまま怯む男の拘束から抜け出し、周りの四人の輪からも滑らかな動きで抜け出す。
『違った』
そのまま少し離れた所で立ち止まると乱れた服装を正し始めた。
驚く暇も与えてくれないほど素早い動きだった。
「このガキ! よくも」
頭突きされた男が怒りの形相で彼女を睨み、大声をあげて勢いよく殴りかかった。
『ここはあそこじゃない』
唸りをあげる拳。小柄なあの子なんて簡単に吹き飛ばす。
だけど、西山瑠璃は恐る風もなく、軽く振り向くと右足を引いてそれをかわし、左の拳で男の顔を殴りつけた。
呻き声とともに血がいっぱい流れ出る。鼻が折れたのかもしれない。キモいほどに顔が赤くなっていく。
『ここにあの人は居ない』
「ゆーさん!」
「この!」
事態に気づいた他のゴロツキ達も襲いかかるが、もう遅い。ここは西山瑠璃の独壇場だった。
殴り、蹴り、投げる。
骨が折れる音がして、血が滴る音がする。
……なんというか、容赦がなかった。
思うがままに暴力を振るう。必要以上に殴りつける。戦意を喪失していても関係ない。彼らは体のいいサンドバッグだった。
もう完全に立場は逆転していた。
『わたしはもう恐がらなくていいんだ』
ーーなんなの、これ。
死屍累々。飛び散った血糊。まるで映画の中みたいな惨状。そして、その中心に佇む少女。
ユウコとミカは二人で抱き合って震えている。その目は涙を湛え、固まったように西山瑠璃を見ている。
ーー……沙羅はなんで平気なんだろう。
目の前でこんな事が起こってるのに。
少女はゆっくりとこっちへ歩き始めた。足音も立てない。まるで夢みたいに脅威が近づいてくる。
『わたしは……』
目の前で彼女が止まる。謎の言葉の続きも無い。妙に喉が乾く。身体が重い。見たくない。だけど、沙羅の目は吸い込まれるように西山瑠璃を見上げた。
「ぁ……」
自分が平気だった理由に気がついてしまった。
ーーただの現実逃避だーー
彼女は笑顔だった。晴々としていて、冷たくて、虚ろな。一言で言うと狂った笑み。
気味が悪いだけでなんでもない笑み。この子笑えたんだ。なんて思うだけでいいであろう表情。
なのに、それを見た途端に血流が止まった。指先から冷えてきて、身体が石になったように動けない。息が苦しい。寒い。勝手に震える。沙羅の身体の何一つとして沙羅のものじゃない。
空気が重い。嫌だ。恐い。恐い。恐い……。
『わたしはもうーー』
目の前に血だらけの拳が見えた。
『自由だ』
静かな声は妙に印象的だった。
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