91 / 158
盈月
82
しおりを挟む
「おかえり。瑠璃、またドアの前で"帰"メールしただろ。それじゃあ意味無いって何度……」
「食べたの?」
西山は呆れたような言葉を無視して言う。始まったちぐはぐにも見える会話。俺らはそれを黙って眺める。
「いや、まぁね。お菓子とか他に無くて。ちゃんと買い足しておくから許してくれよ」
ジト目に見つめられ、西山さんは居心地の悪そうな表情になる。歯切れも悪いし、少し焦っているようだ。
ーーお菓子?
つうっと汗が頬を伝う。今の俺は多分、西山さんよりも焦った顔をしている。そんな確信を持ちながら、俺は顔だけを動かして手元を見た。
ゼリーの残骸。これはきっと彼女の所有物なんだ。口の中が渇き始める。知らなかったとはいえ随分と恐ろしい事をしてしまった。
「倍にして返して。じゃ、わたし疲れたから寝る。おやすみ」
「え、ちょっと待てよ瑠璃!」
静かに言うと、父を無視して歩き出す。少女はそのまま俺らを一瞥もする事なく横を通り過ぎていった。ふわっと香る爽やかな香り。
ーーなんか、知ってるぞこれ。
彼女が纏うその匂いに覚えがあった。だけど咄嗟に何だか出てこない。
「おい、瑠璃!」
声とドンドンという音に考えは中断される。自室に籠もってしまったのか、西山さんが必死で扉を叩いている。しかし、開くことなく返事も無い。
しばらくして彼は諦め、申し訳なさそうにテーブルへと戻ってきた。
「ごめんね。わざわざ待ってもらってたのに、瑠璃我が儘で」
大変だな。あいつ、家でもあんなんなのか。その姿を見て西山さんに同情した。とてもじゃないけど、俺なら一緒になんてやっていけない。
「いえ、いきなり押しかけた私達が悪いので。賢太郎、帰ろ。これ以上居たら迷惑になる」
「え……」
万引きの話は? そう訴えかけようとしたのを目で制された。
「全然迷惑なんかじゃないから、いつでもおいで。おれもまた会いたいし」
彼女はそれに「はい」と一礼して背を向ける。なんだか巴らしくない。ここまで来たのだ。無理やりにでも西山から聞き出すと思っていた。そこまでしなくても、普段なら聞こうとくらいはするはずだ。
「お邪魔しました」
適当に呟いて後を追った。少女の背中は家を出て少し行った所で止まっていた。
「どうしたんだよ、万引きの話とかいいのかよ」
その肩を掴み、詰問するように問いかける。
振り返った少女は青白い顔をしていた。
「どうした……?」
予想外にこっちが驚く。
「違ったの」
「違った?」
か細い声。彼女自身も戸惑っているように見える。不安げに目が泳いでいる。
そして巴は絞り出すように続けた。
「違ったの。瑠璃がいつもと」
「食べたの?」
西山は呆れたような言葉を無視して言う。始まったちぐはぐにも見える会話。俺らはそれを黙って眺める。
「いや、まぁね。お菓子とか他に無くて。ちゃんと買い足しておくから許してくれよ」
ジト目に見つめられ、西山さんは居心地の悪そうな表情になる。歯切れも悪いし、少し焦っているようだ。
ーーお菓子?
つうっと汗が頬を伝う。今の俺は多分、西山さんよりも焦った顔をしている。そんな確信を持ちながら、俺は顔だけを動かして手元を見た。
ゼリーの残骸。これはきっと彼女の所有物なんだ。口の中が渇き始める。知らなかったとはいえ随分と恐ろしい事をしてしまった。
「倍にして返して。じゃ、わたし疲れたから寝る。おやすみ」
「え、ちょっと待てよ瑠璃!」
静かに言うと、父を無視して歩き出す。少女はそのまま俺らを一瞥もする事なく横を通り過ぎていった。ふわっと香る爽やかな香り。
ーーなんか、知ってるぞこれ。
彼女が纏うその匂いに覚えがあった。だけど咄嗟に何だか出てこない。
「おい、瑠璃!」
声とドンドンという音に考えは中断される。自室に籠もってしまったのか、西山さんが必死で扉を叩いている。しかし、開くことなく返事も無い。
しばらくして彼は諦め、申し訳なさそうにテーブルへと戻ってきた。
「ごめんね。わざわざ待ってもらってたのに、瑠璃我が儘で」
大変だな。あいつ、家でもあんなんなのか。その姿を見て西山さんに同情した。とてもじゃないけど、俺なら一緒になんてやっていけない。
「いえ、いきなり押しかけた私達が悪いので。賢太郎、帰ろ。これ以上居たら迷惑になる」
「え……」
万引きの話は? そう訴えかけようとしたのを目で制された。
「全然迷惑なんかじゃないから、いつでもおいで。おれもまた会いたいし」
彼女はそれに「はい」と一礼して背を向ける。なんだか巴らしくない。ここまで来たのだ。無理やりにでも西山から聞き出すと思っていた。そこまでしなくても、普段なら聞こうとくらいはするはずだ。
「お邪魔しました」
適当に呟いて後を追った。少女の背中は家を出て少し行った所で止まっていた。
「どうしたんだよ、万引きの話とかいいのかよ」
その肩を掴み、詰問するように問いかける。
振り返った少女は青白い顔をしていた。
「どうした……?」
予想外にこっちが驚く。
「違ったの」
「違った?」
か細い声。彼女自身も戸惑っているように見える。不安げに目が泳いでいる。
そして巴は絞り出すように続けた。
「違ったの。瑠璃がいつもと」
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
サディストの私がM男を多頭飼いした時のお話
トシコ
ファンタジー
素人の女王様である私がマゾの男性を飼うのはリスクもありますが、生活に余裕の出来た私には癒しの空間でした。結婚しないで管理職になった女性は周りから見る目も厳しく、私は自分だけの城を作りまあした。そこで私とM男の週末の生活を祖紹介します。半分はノンフィクション、そして半分はフィクションです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

婚約者の恋人
クマ三郎@書籍発売中
恋愛
王家の血を引くアルヴィア公爵家の娘シルフィーラ。
何不自由ない生活。家族からの溢れる愛に包まれながら、彼女は社交界の華として美しく成長した。
そんな彼女の元に縁談が持ち上がった。相手は北の辺境伯フェリクス・ベルクール。今までシルフィーラを手放したがらなかった家族もこの縁談に賛成をした。
いつかは誰かの元へ嫁がなければならない身。それならば家族の祝福してくれる方の元へ嫁ごう。シルフィーラはやがて訪れるであろう幸せに満ちた日々を想像しながらベルクール辺境伯領へと向かったのだった。
しかしそこで彼女を待っていたのは自分に無関心なフェリクスと、病弱な身体故に静養と称し彼の元に身を寄せる従兄妹のローゼリアだった……

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる