パンドラ

須桜蛍夜

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盈月

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「おかえり。瑠璃、またドアの前で"帰"メールしただろ。それじゃあ意味無いって何度……」

「食べたの?」

西山は呆れたような言葉を無視して言う。始まったちぐはぐにも見える会話。俺らはそれを黙って眺める。

「いや、まぁね。お菓子とか他に無くて。ちゃんと買い足しておくから許してくれよ」

ジト目に見つめられ、西山さんは居心地の悪そうな表情になる。歯切れも悪いし、少し焦っているようだ。

ーーお菓子?

つうっと汗が頬を伝う。今の俺は多分、西山さんよりも焦った顔をしている。そんな確信を持ちながら、俺は顔だけを動かして手元を見た。 

ゼリーの残骸。これはきっと彼女の所有物なんだ。口の中が渇き始める。知らなかったとはいえ随分と恐ろしい事をしてしまった。

「倍にして返して。じゃ、わたし疲れたから寝る。おやすみ」

「え、ちょっと待てよ瑠璃!」

静かに言うと、父を無視して歩き出す。少女はそのまま俺らを一瞥もする事なく横を通り過ぎていった。ふわっと香る爽やかな香り。

ーーなんか、知ってるぞこれ。

彼女が纏うその匂いに覚えがあった。だけど咄嗟に何だか出てこない。

「おい、瑠璃!」

声とドンドンという音に考えは中断される。自室に籠もってしまったのか、西山さんが必死で扉を叩いている。しかし、開くことなく返事も無い。

しばらくして彼は諦め、申し訳なさそうにテーブルへと戻ってきた。

「ごめんね。わざわざ待ってもらってたのに、瑠璃我が儘で」

大変だな。あいつ、家でもあんなんなのか。その姿を見て西山さんに同情した。とてもじゃないけど、俺なら一緒になんてやっていけない。

「いえ、いきなり押しかけた私達が悪いので。賢太郎、帰ろ。これ以上居たら迷惑になる」

「え……」

万引きの話は? そう訴えかけようとしたのを目で制された。

「全然迷惑なんかじゃないから、いつでもおいで。おれもまた会いたいし」

彼女はそれに「はい」と一礼して背を向ける。なんだか巴らしくない。ここまで来たのだ。無理やりにでも西山から聞き出すと思っていた。そこまでしなくても、普段なら聞こうとくらいはするはずだ。

「お邪魔しました」

適当に呟いて後を追った。少女の背中は家を出て少し行った所で止まっていた。

「どうしたんだよ、万引きの話とかいいのかよ」

その肩を掴み、詰問するように問いかける。

振り返った少女は青白い顔をしていた。

「どうした……?」

予想外にこっちが驚く。

「違ったの」

「違った?」

か細い声。彼女自身も戸惑っているように見える。不安げに目が泳いでいる。

そして巴は絞り出すように続けた。

「違ったの。瑠璃がいつもと」







 
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