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Prologue
はじまり
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少年が駆けている。
腕は乱れるように振りぬかれ、足は叩きつけるように地を蹴る。荒れる息はもう無理だと血を吐き出した。
しかし彼はスピードを緩めず、むしろ上げるように走り続ける。何故ならば、そうしなければならない理由があったから。
ーー初日から遅刻はやばいだろ!
魔術師学園“ウェルデラ”
人口の一%が魔力を有するこの世界で、唯一の魔術師養成学校。その入学式があと少しで始まろうとしていた。
「あぁ……」
しかし、少年はその場に崩れ落ちる。努力も虚しく、無情にも開始を告げる鐘は空に響き渡っている。
急げば式の最中には間に合う。しかし少年は動かない。消えない苦しさを消したくて必死に呼吸を繰り返し、重たい身体を支えきれずに地面に倒れ込む。彼の全てが歩き出す事を拒否していた。
ーーそろそろ行くか。
どれだけの時間が過ぎたのか、少年はゆっくりと身体を起こした。式の後のオリエンテーションには間に合うギリギリの時間。名残惜しくても動き出さなければいけなかった。
倒れたい欲求を振り払うように進む。いつもよりもゆっくりな歩み。それでも静かに景色は変わる。薄暗さが増し、木が増え、静かな気配が満ちていく。
森に入った。
ウェルデラは、校舎や寮などの学園部とそれを囲む森林部、その間を仕切る結界で構成されている。森に入ったという事は校舎が近いという事。
しかし彼の顔に笑顔は無い。
ーー魔獣、出ないよな?
怯えるように視線は飛ぶ。不安を助長するように木々は揺れた。心臓が周りの静けさに抵抗するように鳴っている。
少年は今、“安全地帯”を歩いているが、ここは彼ではかすり傷もつけられない魔獣が棲む森、恐怖が消える事は無かった。
「ひっ」
息を吐くような悲鳴と共に身体を固める。魔獣の鳴き声が聞こえてしまった。
揺れる視線が森を彷徨う。見つけたくはないが、見えないのも恐い。全身に冷たさが広がり、震える足は安心を欲する。
しかし、彼の瞳が捉えたのは樹木の間の巨大な影だった。息が詰まって泣き出しそうだ。こんな所で殺されたくはない。
しかし、そんな思いとは裏腹に身体は影へと駆け出した。
「くそっ!」
魔獣に追われる影を見つけてしまった。
――やっちまった。
助けなければいけないと、魔獣の前に立ち塞がってしまった。彼の頭を後悔が埋めつくす。死にたくなかった。恐かった。思わず閉じた瞼の裏を走馬燈が走り抜ける。
長く感じる沈黙の中、生殺し状態の身体が、いっその事殺してくれと訴えている。来るべき痛みはなかなか現れない。少年は耐えきれずに瞳を開いた。
「えっ?」
間抜けな声が漏れる。地に伏せた巨大な狼。あり得ない状況を脳が上手く処理してくれない。
「これ、君がやったの?」
固まった身体で、守っていたつもりの存在を振り返る。透き通るような長い白髪をなびかせて、眼鏡の奥から彼を見つめる少女。微動だにしない彼女はまるで置物のようだった。
「そうだね」
少し悩んだ素振りを見せた後に小さく呟く。少年は彼女をじっと見つめてから死体に目をやった。
体長五m程の危険指定モンスター”ウェアウルフ“。
確かにそれは絶命させられている。信じられない心地で視線を戻す。彼と同じ年頃のどこにでも居そうな少女。膨大な魔力も威圧感も感じられず、街中ですれ違っても気づきそうにない。だが彼女はウェアウルフを瞬殺した。
「君は――」
「この事は黙ってて欲しいんだけど」
問うより早く言葉が被せられた。そして、どこを見ているのか分からない瞳は続ける。
「――知られたら、殺されちゃうかもしれないから」
これが後に世界を滅ぼし、世界を救う出会いであった。
腕は乱れるように振りぬかれ、足は叩きつけるように地を蹴る。荒れる息はもう無理だと血を吐き出した。
しかし彼はスピードを緩めず、むしろ上げるように走り続ける。何故ならば、そうしなければならない理由があったから。
ーー初日から遅刻はやばいだろ!
魔術師学園“ウェルデラ”
人口の一%が魔力を有するこの世界で、唯一の魔術師養成学校。その入学式があと少しで始まろうとしていた。
「あぁ……」
しかし、少年はその場に崩れ落ちる。努力も虚しく、無情にも開始を告げる鐘は空に響き渡っている。
急げば式の最中には間に合う。しかし少年は動かない。消えない苦しさを消したくて必死に呼吸を繰り返し、重たい身体を支えきれずに地面に倒れ込む。彼の全てが歩き出す事を拒否していた。
ーーそろそろ行くか。
どれだけの時間が過ぎたのか、少年はゆっくりと身体を起こした。式の後のオリエンテーションには間に合うギリギリの時間。名残惜しくても動き出さなければいけなかった。
倒れたい欲求を振り払うように進む。いつもよりもゆっくりな歩み。それでも静かに景色は変わる。薄暗さが増し、木が増え、静かな気配が満ちていく。
森に入った。
ウェルデラは、校舎や寮などの学園部とそれを囲む森林部、その間を仕切る結界で構成されている。森に入ったという事は校舎が近いという事。
しかし彼の顔に笑顔は無い。
ーー魔獣、出ないよな?
怯えるように視線は飛ぶ。不安を助長するように木々は揺れた。心臓が周りの静けさに抵抗するように鳴っている。
少年は今、“安全地帯”を歩いているが、ここは彼ではかすり傷もつけられない魔獣が棲む森、恐怖が消える事は無かった。
「ひっ」
息を吐くような悲鳴と共に身体を固める。魔獣の鳴き声が聞こえてしまった。
揺れる視線が森を彷徨う。見つけたくはないが、見えないのも恐い。全身に冷たさが広がり、震える足は安心を欲する。
しかし、彼の瞳が捉えたのは樹木の間の巨大な影だった。息が詰まって泣き出しそうだ。こんな所で殺されたくはない。
しかし、そんな思いとは裏腹に身体は影へと駆け出した。
「くそっ!」
魔獣に追われる影を見つけてしまった。
――やっちまった。
助けなければいけないと、魔獣の前に立ち塞がってしまった。彼の頭を後悔が埋めつくす。死にたくなかった。恐かった。思わず閉じた瞼の裏を走馬燈が走り抜ける。
長く感じる沈黙の中、生殺し状態の身体が、いっその事殺してくれと訴えている。来るべき痛みはなかなか現れない。少年は耐えきれずに瞳を開いた。
「えっ?」
間抜けな声が漏れる。地に伏せた巨大な狼。あり得ない状況を脳が上手く処理してくれない。
「これ、君がやったの?」
固まった身体で、守っていたつもりの存在を振り返る。透き通るような長い白髪をなびかせて、眼鏡の奥から彼を見つめる少女。微動だにしない彼女はまるで置物のようだった。
「そうだね」
少し悩んだ素振りを見せた後に小さく呟く。少年は彼女をじっと見つめてから死体に目をやった。
体長五m程の危険指定モンスター”ウェアウルフ“。
確かにそれは絶命させられている。信じられない心地で視線を戻す。彼と同じ年頃のどこにでも居そうな少女。膨大な魔力も威圧感も感じられず、街中ですれ違っても気づきそうにない。だが彼女はウェアウルフを瞬殺した。
「君は――」
「この事は黙ってて欲しいんだけど」
問うより早く言葉が被せられた。そして、どこを見ているのか分からない瞳は続ける。
「――知られたら、殺されちゃうかもしれないから」
これが後に世界を滅ぼし、世界を救う出会いであった。
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