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婚約破棄という選択肢②
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夜も明けて、モースリンはのろのろと着替えを始めた。
着替えを手伝ってくれたコットンは、手首の数字が変化していることに気づいたはずだが、特に何も言わなかった。いや、気を使って何も言わずにいてくれたのかもしれない。彼女は手首が隠れる冬用の制服をモースリンに着せてくれた。
朝の支度を終えて馬車にのせられたモースリンは、学校へ向かう道すがら、欝々と思考を巡らせていた。
(このまま、何もしなかったらどうなるのかしら)
夢の中での婚約破棄の理由は、『カエデ』をいじめて、さらには刺客を放ったがゆえだった。ならば心がけて『カエデ』をいじめないようにすれば、もしかしたらワンチャンあるのではないかと、モースリンは考えたのだ。
「よし、絶対、絶対に、あの子をいじめたりしない!」
モースリンは馬車の中で誓ったが、その誓いはすぐに破られることとなる。
校門の前で馬車から降りると、すぐにハリエットが駆け寄ってきた。
「おはよう、良かったら教室まで一緒に行かないか?」
実はハリエット、もう1時間ほど前から、ここでモースリンの登校を待っていたのだ。
仮にも一国の王子が、まるで一般生徒の、それも片思い中の男子みたいに校門でさりげなく挨拶を交わすために一時間前から待機してるってどうなのよって気もするが……そうしたハリエットの『奇行』に周りの生徒は慣れたものである。
というのも、この王子がモースリン絡みのこととなるとなりふり構わずおかしな行動をとることは周知であるのだし、さらにはなぜかここ一週間ほどカルティエ家から出禁を食らっていることも周知なのだから、誰もが「そろそろ婚約者に会いたくて、なんぞしでかすに違いない」と思っていたところである。むしろソワソワしながら校門前に立っているだけなんて、予想よりもおとなしすぎるくらいだ。
ちなみに学園に通っている生徒は貴族庶民関係なく恋のお話が大好物なお年頃、誰もが無関心を装いながらもハリエットの挙動に気を向けている。
ハリエットは飼い主の足元にじゃれつく子犬よろしく、モースリンの周りをチョロチョロと走り回った。どうやら久しぶりに彼女に会えたことが相当嬉しいらしい。犬ならば嬉ションしてしまうレベルのはしゃぎっぷりだ。
「ねえ、モースリン、モースリン」
「一度呼べば聞こえます。少し落ち着いてください」
モースリンの方も声音こそ冷たいが、ハリエットを追い払おうとはしない。
「ああ、ほら、暴れるから、お髪が乱れているではありませんか」
立ち止まって、ハリエットの頭をスイと撫でる。
ちなみに周りの生徒たちはというと……この程度のいちゃいちゃは見慣れている。一切動じることなく、誰もが生暖かい目で二人がいちゃつくのをみまもっていた。
これでハリエットが常時この状態のダメ王子だったら、誰もこんなに優しい目を向けたりはしない。しかし勉強の方は学年主席、剣の腕も玄人並み、普段は凛々しい王子がモースリン相手だとデレまくる、このギャップがみんな大好物なのである。
ハリエットは、甘え切った鼻声でモースリンに囁いた。
「ねえ、モースリン、僕、何か君の家を怒らせるようなことしたかなあ」
「いいえ」
「でもさあ、ここんところ、いつ訪ねて行っても、門の前で追い返されるんだよね」
モースリンがわずかに動揺する。といっても、王妃教育として感情をできるだけ表に出さないことを教えられている彼女の動揺なんて、わずかに肩が揺れた程度なのだが。
「それは、当家の問題であって、殿下にはなにも所以ないことです」
ハリエットだけは、一見無表情にも見えるモースリンの動揺を見逃さなかった。さらに畳み掛ける。
「そうなのかい? でも、学園でも、僕のこと避けてるよね」
「そうでしたっけ」
「そうなんだよ。以前は月曜の二限目と水曜の四限目、移動教室の時に廊下ですれ違ってたのに、今週はそれがなかったんだ」
「それは……単にタイミングの問題では?」
「いいや、わざとタイミングをずらしているよね。ねえ、モースリン、僕が何か君を怒らせるようなことをしたなら、遠慮なく言ってくれ。ちゃんと直すから、だから、僕を見捨てないでくれ」
叱られた子犬のようなしょんぼり顔で見つめられて、モースリンの母性本能がぐぅんと跳ね上がる。
「見捨てるなんて……」
そのとき、誰も期待していなかった甲高い声が、二人の間を引き裂いた。
「いやぁん、ハリエット様~、こんなところで会うなんて、運命ですぅ!」
白髪の少女、カエデの登場だ。モースリンの顔に怯えの色が浮かんだ。
着替えを手伝ってくれたコットンは、手首の数字が変化していることに気づいたはずだが、特に何も言わなかった。いや、気を使って何も言わずにいてくれたのかもしれない。彼女は手首が隠れる冬用の制服をモースリンに着せてくれた。
朝の支度を終えて馬車にのせられたモースリンは、学校へ向かう道すがら、欝々と思考を巡らせていた。
(このまま、何もしなかったらどうなるのかしら)
夢の中での婚約破棄の理由は、『カエデ』をいじめて、さらには刺客を放ったがゆえだった。ならば心がけて『カエデ』をいじめないようにすれば、もしかしたらワンチャンあるのではないかと、モースリンは考えたのだ。
「よし、絶対、絶対に、あの子をいじめたりしない!」
モースリンは馬車の中で誓ったが、その誓いはすぐに破られることとなる。
校門の前で馬車から降りると、すぐにハリエットが駆け寄ってきた。
「おはよう、良かったら教室まで一緒に行かないか?」
実はハリエット、もう1時間ほど前から、ここでモースリンの登校を待っていたのだ。
仮にも一国の王子が、まるで一般生徒の、それも片思い中の男子みたいに校門でさりげなく挨拶を交わすために一時間前から待機してるってどうなのよって気もするが……そうしたハリエットの『奇行』に周りの生徒は慣れたものである。
というのも、この王子がモースリン絡みのこととなるとなりふり構わずおかしな行動をとることは周知であるのだし、さらにはなぜかここ一週間ほどカルティエ家から出禁を食らっていることも周知なのだから、誰もが「そろそろ婚約者に会いたくて、なんぞしでかすに違いない」と思っていたところである。むしろソワソワしながら校門前に立っているだけなんて、予想よりもおとなしすぎるくらいだ。
ちなみに学園に通っている生徒は貴族庶民関係なく恋のお話が大好物なお年頃、誰もが無関心を装いながらもハリエットの挙動に気を向けている。
ハリエットは飼い主の足元にじゃれつく子犬よろしく、モースリンの周りをチョロチョロと走り回った。どうやら久しぶりに彼女に会えたことが相当嬉しいらしい。犬ならば嬉ションしてしまうレベルのはしゃぎっぷりだ。
「ねえ、モースリン、モースリン」
「一度呼べば聞こえます。少し落ち着いてください」
モースリンの方も声音こそ冷たいが、ハリエットを追い払おうとはしない。
「ああ、ほら、暴れるから、お髪が乱れているではありませんか」
立ち止まって、ハリエットの頭をスイと撫でる。
ちなみに周りの生徒たちはというと……この程度のいちゃいちゃは見慣れている。一切動じることなく、誰もが生暖かい目で二人がいちゃつくのをみまもっていた。
これでハリエットが常時この状態のダメ王子だったら、誰もこんなに優しい目を向けたりはしない。しかし勉強の方は学年主席、剣の腕も玄人並み、普段は凛々しい王子がモースリン相手だとデレまくる、このギャップがみんな大好物なのである。
ハリエットは、甘え切った鼻声でモースリンに囁いた。
「ねえ、モースリン、僕、何か君の家を怒らせるようなことしたかなあ」
「いいえ」
「でもさあ、ここんところ、いつ訪ねて行っても、門の前で追い返されるんだよね」
モースリンがわずかに動揺する。といっても、王妃教育として感情をできるだけ表に出さないことを教えられている彼女の動揺なんて、わずかに肩が揺れた程度なのだが。
「それは、当家の問題であって、殿下にはなにも所以ないことです」
ハリエットだけは、一見無表情にも見えるモースリンの動揺を見逃さなかった。さらに畳み掛ける。
「そうなのかい? でも、学園でも、僕のこと避けてるよね」
「そうでしたっけ」
「そうなんだよ。以前は月曜の二限目と水曜の四限目、移動教室の時に廊下ですれ違ってたのに、今週はそれがなかったんだ」
「それは……単にタイミングの問題では?」
「いいや、わざとタイミングをずらしているよね。ねえ、モースリン、僕が何か君を怒らせるようなことをしたなら、遠慮なく言ってくれ。ちゃんと直すから、だから、僕を見捨てないでくれ」
叱られた子犬のようなしょんぼり顔で見つめられて、モースリンの母性本能がぐぅんと跳ね上がる。
「見捨てるなんて……」
そのとき、誰も期待していなかった甲高い声が、二人の間を引き裂いた。
「いやぁん、ハリエット様~、こんなところで会うなんて、運命ですぅ!」
白髪の少女、カエデの登場だ。モースリンの顔に怯えの色が浮かんだ。
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