この婚約、破棄させていただきます!

アザとー

文字の大きさ
上 下
9 / 22

ヒロインちゃん参上!②

しおりを挟む

 ハリエットに抱き着いている少女は、つむじから毛先まで少しも他の色の混じらない真っ白い髪色をしていた。顔立ちはくりくりと大きな目元のかわいらしい美少女で――カルティエ家がその総力を挙げても見つからなかった、あの夢に出てきた少女本人だ。それが突然目の前に現れたのだから、モースリンはおびえきって、すっかり言葉を失っていた。
 ハリエットからは、青ざめて唇を震わせるモースリンの表情は怒っているように見えた。ああ、そりゃあ、自分の婚約者に見知らぬ女が抱き着いていたら怒るよなあ、と勝手に納得もした。だからハリエットは何も言い訳せず、その場に正座した。
「モースリン、頼む、僕の話を聞いてくれ」
 しかしモースリンはハリエットには目もくれず、白い髪の少女に向かって震える声で尋ねた。
「あなた、お名前は?」
「え、何、なんか怒ってるの? やだ、こわ~い」
 少女はそう言いながら、さらにハリエットに縋りつく。
 ハリエットは大慌てで少女の体を押し返した。
「ちょっと、君、馴れ馴れしいよね、ほんと勘弁して」
 モースリンはそんなやり取りにも眉一つ動かさず、腰をかがめて少女の顔をじっと見た。
「ふざけていないで、名前を教えてちょうだい」
「え~、こういう時って、そっちがまず名乗るのが礼儀なんじゃないの?」
「礼儀を口にするなら、まずはあなたが礼儀をわきまえなさい、仮にもこの国の皇子である方を相手に、そんなに不調法に触れたり、許されてもいないのに名前を呼んだり……」
「あ~、はいはい、うるさいよ、アンタ、私をいじめるってことは、悪役令嬢ってやつ?」
「いじめてなどいませんわ、そちらが礼儀を持ち出してきたから……」
「うっわ、ああ言えばこう言う、ほんとアンタ、性格悪いわね、私をいじめて楽しい?」
「ですから、いじめてなど……」
「いじめてます~、え~ん、こわいよ~、ハリエット様~」
 まったく話の通じない少女だ。というか、会話をするつもりなどみじんもないとしか思えない。
 ハリエットとモースリンは困り切って顔を見合わせた。と、その時、少女がとんでもないことを言い出した。
「私、知ってるんだからね、アンタがそうやって私に意地悪するのは。ハリエット様のことを好きだから、ハリエット様に優しくされている私に嫉妬してるんでしょ!」
 ハリエットがポカンと口を開ける。
「好き……? 嫉妬……?」
 モースリンの頬にはみるみる朱が上る。
「ちっ! 違いますわ! 違わないけど、嫉妬とかじゃなくてっ!」
「モースリン、もしかして、本当に嫉妬しているのかい?」
 ハリエットの問いに、モースリンはさらにテンパって地団太を踏んだ。
「違います! 嫉妬じゃないんですってば!」
「じゃあ、僕のことは好きじゃない?」
「好きとかっ! そういう話は今してないでしょうがっ!」
 もはやモースリンは混乱の極み、自分が何を言っているかもわかっていない様子だ。
「あああああっ! もういいです! そうやって二人でイチャイチャしてればいいじゃないですかっ! もう、知らないからっ!」
 意味不明な捨て台詞を残して走り去る。その狼狽っぷりにハリエットもまた、戸惑っていた。
「ええっと、これは……僕はフラれたってことかな?」
 白い髪の少女が口を挟む。
「フラれてなんかいませんって、あの人はハリエット様のことが好きすぎて、嫉妬に狂って私をいじめるんだから」
 人の耳というのは、自分の聞きたい言葉だけを都合よく拾うものだ。たとえ王子であろうとも、それは同じ。
「え、好きすぎるって、モースリンが、この僕を?」
「そうですよ、だから、嫉妬に狂って私をいじめるんです」
「嫉妬って……つまり僕のことが好きだからだよね」
「だから、そう言ってるじゃないですか、それで、私のことをですね……」
「ああ、わかった! つまり君をそばに置いておけば、モースリンは嫉妬してくれるんだな!」
「まあ、そういうことですね」
 恋は人を狂わせる。ハリエットは真っ赤になって走り去ったモースリンを思い出して、ニンマリと笑った。
「なるほど、悪くない。君、僕と友達になってくれないか?」
 少女の方はニヤリと笑った。
「キター、そのセリフを待っていたのよ、そのセリフ、ゲームで見た!」
「ん? なにそれ」
「いいのいいの、アンタは気にしなくていいから。えっと、確か選択肢は三つあったのよね」
 少女は少し考えた後で、スカートの端をつまんで下手くそなカーテシーをしてみせた。
「私で良ければ喜んで」
 こうして謎の少女とハリエット王子は『友達』になったわけだが――一方その頃、王子の元から走り去ったモースリンは、コットンに泣きついていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。

ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。 ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も…… ※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。 また、一応転生者も出ます。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...