上 下
2 / 22

ヘタレ王子の決意

しおりを挟む
 話は一ヶ月ほど前、モースリンが17歳の誕生日を迎える前夜に巻き戻る。その日、モースリンは王城での夕食に招かれて、ハリエット王子と二人で甘い時間を過ごしていた。
 もちろん王城で、しかもきちんとしたディナーなのだから、『二人きり』ではない。控えの従者や給仕に見守られての食事だ。しかもテーブルは大きく、向かい合って座れば二人の距離は遠い。
 それでハリエット王子は、前菜が運ばれてくる頃からすでに、ソワソワと身をゆすって落ち着かない様子だった。
「ねえ、モースリン、今日くらいはさ、隣同士で座って食べないか?」
 しかしモースリンは、小さく切った肉を口に運びながらピシャリと言った。
「そんな行儀の悪いこと、いたしません」
「ん、そ、そう?」
 あっさり引き下がるハリエットの不甲斐なさに、従者たちの間からは小さなため息が起こる。
従者の誰もが知っている--ハリエット王子がモースリンに渡すための小さな指輪を上着のポケットに忍ばせていることを--
 というのも明日はモースリンの誕生日なのだが、カルティエ家では『17歳の誕生日祝いをしない』という不思議な慣習があり、ならば前祝いということで先に誕生日プレゼントを渡してしまおうと、ハリエット王子はそう考えてマーガレットのモチーフを彫り込んだ金の指輪を用意したのだ。
 そしてとても残念なことに、ここに居並ぶ従者たちはハリエット王子が最高のタイミング、最高のシチュエーション、最高のセリフを添えてこの指輪を渡そうと、何度も何度も練習していたことを知っている。
(はよ渡せ)
 痺れを切らしたのか、王子の真向かい--つまり、モースリンの背後に立っていた若い補佐官--ビスコース卿がパパパッとジェスチャーをハリエットに送る。卿はモースリンの実の兄であり、ハリエット王子とも幼なじみであるのだからこういうやりとりも気やすい。
 ハリエットもパパパッとジェスチャーを返した。
(無理、ちょっと作戦タイム)
(ダメです。食事の途中で席を立つなんて無作法、俺は許しませんからね)
(そんな……)
 モースリンはワタワタと両手を振るハリエット王子を不思議そうに眺めて言った。
「どうかなさいまして?」
 途端にハリエット王子がポポポッと頬を真っ赤に染めて、モグモグッと言葉を食む。
「あの……その……えっと……」
 これでは埒があかないとみたか、給仕長がすっと前に出た。
「恐れながら……食後のデザートは別室にご用意いたしましょうか、そちらで、『二人きり』で、どうぞデザートをお楽しみください」
 つまり、二人きりにさせてやるから男を見せろという圧だ。それに気づいたハリエット王子はハッとした顔でビスコース卿を見やった。
 もはやジェスチャーも何もない。ひたすら視線で訴える。
(む、無理っ!)
 しかしビスコース卿は薄く唇の端を上げて言った。
「ああ、それはいいアイデアですね。モースリン、王子殿下は、どうやらお前に大事な話があるらしいんだ」
 モースリン嬢はキョトン顔だ。
「それは、機密事項ということですか?」
「そういうわけじゃないけれど……そうだね、まあ、それにかなり近いかな」
「わかりました。では、心して聞かねばなりませんわね」
 王子は往生際悪く、パパパッと両手を振ってジェスチャーを。
(無理だって!)
 しかしそれが身振りであるのをいいことに、そこにいるすべての従者たちは『見なかったふり』をした。
 かくしてハリエット王子とモースリンは、城の応接室で二人きり、大きな応接用ソファに向かい合って座ることとなった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

自宅が全焼して女神様と同居する事になりました

皐月 遊
恋愛
如月陽太(きさらぎようた)は、地元を離れてごく普通に学園生活を送っていた。 そんなある日、公園で傘もささずに雨に濡れている同じ学校の生徒、柊渚咲(ひいらぎなぎさ)と出会う。 シャワーを貸そうと自宅へ行くと、なんとそこには黒煙が上がっていた。 「…貴方が住んでるアパートってあれですか?」 「…あぁ…絶賛燃えてる最中だな」 これは、そんな陽太の不幸から始まった、素直になれない2人の物語。

管理人さんといっしょ。

桜庭かなめ
恋愛
 桐生由弦は高校進学のために、学校近くのアパート「あけぼの荘」に引っ越すことに。  しかし、あけぼの荘に向かう途中、由弦と同じく進学のために引っ越す姫宮風花と二重契約になっており、既に引っ越しの作業が始まっているという連絡が来る。  風花に部屋を譲ったが、あけぼの荘に空き部屋はなく、由弦の希望する物件が近くには一切ないので、新しい住まいがなかなか見つからない。そんなとき、 「責任を取らせてください! 私と一緒に暮らしましょう」  高校2年生の管理人・白鳥美優からのそんな提案を受け、由弦と彼女と一緒に同居すると決める。こうして由弦は1学年上の女子高生との共同生活が始まった。  ご飯を食べるときも、寝るときも、家では美少女な管理人さんといつもいっしょ。優しくて温かい同居&学園ラブコメディ!  ※特別編10が完結しました!(2024.6.21)  ※お気に入り登録や感想をお待ちしております。

婚約者の側室に嫌がらせされたので逃げてみました。

アトラス
恋愛
公爵令嬢のリリア・カーテノイドは婚約者である王太子殿下が側室を持ったことを知らされる。側室となったガーネット子爵令嬢は殿下の寵愛を盾にリリアに度重なる嫌がらせをしていた。 いやになったリリアは王城からの逃亡を決意する。 だがその途端に、王太子殿下の態度が豹変して・・・ 「いつわたしが婚約破棄すると言った?」 私に飽きたんじゃなかったんですか!? …………………………… 6月8日、HOTランキング1位にランクインしました。たくさんの方々に読んで頂き、大変嬉しく思っています。お気に入り、しおりありがとうございます。とても励みになっています。今後ともどうぞよろしくお願いします!

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

不貞の末路《完結》

アーエル
恋愛
不思議です 公爵家で婚約者がいる男に侍る女たち 公爵家だったら不貞にならないとお思いですか?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

幼い頃に魔境に捨てたくせに、今更戻れと言われて戻るはずがないでしょ!

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 ニルラル公爵の令嬢カチュアは、僅か3才の時に大魔境に捨てられた。ニルラル公爵を誑かした悪女、ビエンナの仕業だった。普通なら獣に喰われて死にはずなのだが、カチュアは大陸一の強国ミルバル皇国の次期聖女で、聖獣に護られ生きていた。一方の皇国では、次期聖女を見つけることができず、当代の聖女も役目の負担で病み衰え、次期聖女発見に皇国の存亡がかかっていた。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

処理中です...