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ヘタレ王子の決意
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話は一ヶ月ほど前、モースリンが17歳の誕生日を迎える前夜に巻き戻る。その日、モースリンは王城での夕食に招かれて、ハリエット王子と二人で甘い時間を過ごしていた。
もちろん王城で、しかもきちんとしたディナーなのだから、『二人きり』ではない。控えの従者や給仕に見守られての食事だ。しかもテーブルは大きく、向かい合って座れば二人の距離は遠い。
それでハリエット王子は、前菜が運ばれてくる頃からすでに、ソワソワと身をゆすって落ち着かない様子だった。
「ねえ、モースリン、今日くらいはさ、隣同士で座って食べないか?」
しかしモースリンは、小さく切った肉を口に運びながらピシャリと言った。
「そんな行儀の悪いこと、いたしません」
「ん、そ、そう?」
あっさり引き下がるハリエットの不甲斐なさに、従者たちの間からは小さなため息が起こる。
従者の誰もが知っている--ハリエット王子がモースリンに渡すための小さな指輪を上着のポケットに忍ばせていることを--
というのも明日はモースリンの誕生日なのだが、カルティエ家では『17歳の誕生日祝いをしない』という不思議な慣習があり、ならば前祝いということで先に誕生日プレゼントを渡してしまおうと、ハリエット王子はそう考えてマーガレットのモチーフを彫り込んだ金の指輪を用意したのだ。
そしてとても残念なことに、ここに居並ぶ従者たちはハリエット王子が最高のタイミング、最高のシチュエーション、最高のセリフを添えてこの指輪を渡そうと、何度も何度も練習していたことを知っている。
(はよ渡せ)
痺れを切らしたのか、王子の真向かい--つまり、モースリンの背後に立っていた若い補佐官--ビスコース卿がパパパッとジェスチャーをハリエットに送る。卿はモースリンの実の兄であり、ハリエット王子とも幼なじみであるのだからこういうやりとりも気やすい。
ハリエットもパパパッとジェスチャーを返した。
(無理、ちょっと作戦タイム)
(ダメです。食事の途中で席を立つなんて無作法、俺は許しませんからね)
(そんな……)
モースリンはワタワタと両手を振るハリエット王子を不思議そうに眺めて言った。
「どうかなさいまして?」
途端にハリエット王子がポポポッと頬を真っ赤に染めて、モグモグッと言葉を食む。
「あの……その……えっと……」
これでは埒があかないとみたか、給仕長がすっと前に出た。
「恐れながら……食後のデザートは別室にご用意いたしましょうか、そちらで、『二人きり』で、どうぞデザートをお楽しみください」
つまり、二人きりにさせてやるから男を見せろという圧だ。それに気づいたハリエット王子はハッとした顔でビスコース卿を見やった。
もはやジェスチャーも何もない。ひたすら視線で訴える。
(む、無理っ!)
しかしビスコース卿は薄く唇の端を上げて言った。
「ああ、それはいいアイデアですね。モースリン、王子殿下は、どうやらお前に大事な話があるらしいんだ」
モースリン嬢はキョトン顔だ。
「それは、機密事項ということですか?」
「そういうわけじゃないけれど……そうだね、まあ、それにかなり近いかな」
「わかりました。では、心して聞かねばなりませんわね」
王子は往生際悪く、パパパッと両手を振ってジェスチャーを。
(無理だって!)
しかしそれが身振りであるのをいいことに、そこにいるすべての従者たちは『見なかったふり』をした。
かくしてハリエット王子とモースリンは、城の応接室で二人きり、大きな応接用ソファに向かい合って座ることとなった。
もちろん王城で、しかもきちんとしたディナーなのだから、『二人きり』ではない。控えの従者や給仕に見守られての食事だ。しかもテーブルは大きく、向かい合って座れば二人の距離は遠い。
それでハリエット王子は、前菜が運ばれてくる頃からすでに、ソワソワと身をゆすって落ち着かない様子だった。
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しかしモースリンは、小さく切った肉を口に運びながらピシャリと言った。
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