蛍地獄奇譚 短編集

玉楼二千佳

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罪喰らい

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  こんな程度の許してよ……。

  咲希は、17歳。しかし、学校には通っていない。
 あまりいいとは言えないアパートで、恋人の修司と暮らしている。
 修司は20歳。少しばかり歳は離れている。たまに子供っぽい事を言うが、それでも同い年の男子より大人に見えた。

 咲希は、修司とある約束をしていた。それは、ある事を手伝えば結婚してくれるというものだ。正直、結婚なんてまだ早い気もするが、咲希は周りよりリードした気になっていた。

 親がなんて言うか気になるが、正直喧嘩ばかりの両親で、いい思い出がない。


「20歳になれば、親の承諾いらなくない?」

 と、修司に言われてその気になった。

 ふと、咲希は床に座り、テレビを見た。テレビではニュースをやっている。他に見たいテレビはない。
 そのまま、咲希はテレビを見つめる。

『……次のニュースです。1年前、綾詩野市で行方不明となっていた前島優太さんの目撃情報がありました』

 咲希は、ニュースを聞いて唇が震えた。

 (そ、そんな分けないじゃないっ!)

 チャンネルを替えてから、咲希はスマホを弄る。

 前島優太……行方不明……生きてる。検索を掛けても、情報は出てこない。

 もう一度、ニュースに変えても違う番組。

「聞き間違いよ」

 きっと真島とか似た苗字で、優太はよくある名前だ……咲希はそう言って、自分を落ち着かせた。

 すると、ガタッと物音がして咲希はビクッとする。

「ただいま」

 どうやら、修司だったらしい。

「おい。どうしたんだよ?」

 修司は床に座り、タバコに火をつけた。

「え?」
「顔色わりぃぞ?」

 そう言われて、咲希は苦笑いをする。

「ああ。小便、小便」

 修司は、タバコを吸い終わるとそう言って立ち上がる。すると、修司のポケットなら何かが落ちる。

「修司、何か落ちたんだけど……」
「ああ!それは!」

 見ると、可愛い袋に入ったクッキーと安いライター。

「え?これまさか……」
「ああ!それ、お前にだよ」

 咲希は訝しげな顔をしていたが、修司はプレゼントだと言い張る。

「何でライター?タバコ吸わないのに……」
「いや、これで愛の炎を燃やそう……なんつってなー」

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






  その夜、夕飯前に聞いたニュースが気になって咲希は眠れなかった。

 ふと、まだ女子高生だった頃、聞いた話を思い出した。

 『罪喰らい様』この近くの山の中の神社に、罪を喰らってくれる神様がいるという。
 罪喰らい様は、スマホで『我ノ罪許サレズ』と3回検索すると、行き方や電話番号が出て来るらしい。

 そうすれば、翌日昼間の12時にタクシーで迎えに来るらしいので、それに乗り神社に参拝すると罪が許される。しかし、許されなかった場合……。

 そこからは忘れてしまったが、たかが都市伝説だ。

 しかし、何となく咲希は検索してみる。1回目は、よく分からない漫画やアニメが引っかかる。2回目も同じ。そして、3回目。

「何これ?電話番号?」

 恐る恐る電話番号を押してみる。すると、発信音が鳴り、咲希は「ひぃっ!」と叫んで、スマホを投げた。

「……ん?なんだよ」

 思いの外、響いたのか修司が起きる。

「あ、あのさっ!」
「は?」
「明日休みだよね……?」

 そうだ……罪を……罪を食らって貰えれば。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



  翌日、アパートの前で二人はタクシーを待っていた。

「ふああ……」

 修司は、欠伸をする。まだ寝ていたかったが、咲希に無理矢理起こされて、仕方なく起きたのだ。


  
 それにしても、修司も咲希は可愛いのだが、最近、疎ましく思う事もある。


 それに最近、合コンで知り合った子が自分の事を気に入ったらしく、よく会っている。

 (そろそろ、ここを離れて違う街にいくか)

 確かに、綾詩野は広いが、もっと都会に住みたい願望がある。

 修司はそんな事を考えてきた。

「ねえ。ちょっとドキドキしてきた」

 咲希が修司の手をギュッと握る。こういう所はやっぱり可愛い。

「何だよ。大丈夫だって、どうせタクシーなんて」

 そう言った時、ちょうどアパートの前にタクシーが止まる。

「今、どこを走って来たの?」

 アパートの前はT字路になっている。正面は自転車が通るのがやっとの幅だし、左右はその先が行き止まり
 だから、車が通ればすぐに分かるはずだ。

 タクシーの扉が開く。

「お客さん、乗って下さい」

 低い声で言われて、2人は恐る恐るタクシーに乗り込む。
 タクシーの運転手は大男で、助手席には青白い男が座っていた。

「まさか、相乗りなんて」

 車に乗り込むと、ゆっくりと走り出す。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 車の中は静かだった。それに我慢できなくなって、修司が運転手に声をかける。

「ねえ、運転手さん。音楽とかないの?って言うか、お兄さんどこから来たの?」

 運転手は音楽はないと答えた。そして、男は……。

「地獄……からだよ」

 途端に修司は笑い出す。それを咲希は不思議そうに見ていた。

 咲希は、ミラー越しにちらりと男の顔が映るのを見る。

 髪は白いが、声や見えた顔の感じからまだ若いと思った。

 左側の髪は目が隠れるほど長い。

「もう着きますよ」

 運転手は言った。体感では1時間ほどしか乗ってない気もしたが、外はオレンジ色につつまれていた。

 タクシーは、いつの間にか人気のない場所に止まってた。

「お、着いた」

 ドアが開き、修司が出て、続いて咲希が出てきた。
 その次に男が出てくる。

 咲希が興味津々で男を見た。白銀の髪に、病的にまでに白い肌。黒いシャツとジーンズ。

 (……案外、いい男じゃん)

 咲希はその男と修司を見比べてしまう。確かに、修司は背も高くがっしりとした体型で見た目もイケメン。しかし、いくらかこの男の方が色気というか、幻想的だ。

「お兄さん、名前なんて言うの?」
「前島優太」

 修司は眉間に皺を寄せる。

「……なんてね。適当に思いついた名前を言ってみた。僕は蛍」

 そう言われて、二人はまだ引っかかるものを感じていた。

「か、帰る?」
「ああ。お兄さん、悪いけど俺達帰るよ」

 すると、蛍は不思議そうな顔で二人を見た。

「どうやって?」
「え……どうって、さっきのタクシー……あれ?」


 いつの間にか、さっきのタクシーは跡形もなく消えていた。

「え……早くね?お前、見た?」

 修司の問に、咲希は首を横に振る。

「さあ……行こうか。二人とも」

 蛍に促されて、しぶしぶ二人は山の中に入っていく。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 山道は案外、舗装されていて、危険な様子はなかった。
 それに、野生動物や虫もいないようだ。しかし、ヒョーヒョーと鳴く声だけは不気味に響いていた。

「ね、さっきからなんなの?ひょーひょーって」

 まるで金属が軋む音……生き物がいないと言うより、生き物が存在しないという感じだ。

「トラツグミだよ。暗くなると鳴くんだ」

 と、蛍が冷たい声で言った。
 ツグミという事は、鳥か。咲希はホッと胸を撫で下ろす。
 修司はあまり気にしていないような態度だった。

「……あそこが神社だ」

 蛍が指さす方向に、神社はあった。神社はくたびれていて、鳥居はボロボロ。生えている草木も手入れはされていない様子だ。


「へっ!雰囲気出てるじゃねぇかっ」

 修司は、鳥居を潜ろうとするが、蛍に制止される。

「待って。まずは礼をしてから入るんだよ」
「あ?めんどくせぇ」

 修司は仕方なく頭を下げ、咲希と蛍も続く。

 神社の中は、やはり荒廃して、石畳は所々欠けている。

 真っ直ぐ先には、朽ちかけた賽銭箱があり、3人はそこに向かう。

「……ここで鈴を鳴らして賽銭を投げて、お祈りするんだ」

 どうやら、一般的な神社と変わらない様子だ。ただ、違うのは……。

「消して欲しい罪は正直に口に出すといいよ。僕は……同級生の女の子の部屋に上がった時、隙を見てどんなパンツを履いているのか、タンスをこっそり覗きました」

 蛍のとんでもない告白に、咲希と修司は顔を見合わせ笑い出しそうになった。

 蛍の祈りが終わると、次は脩司の番。修司は、ちらりと蛍を見る。

「うーんと……」
「安心して。僕は耳を塞ぐから」

 そう言って、宣言通り蛍は耳を塞いでいる。

「よしっ……じゃあ。昔、近所のコンビニでお菓子とライター万引きした!」

 すると、咲希はビックリして修司の方を見る。

「ちょ、ちょっとそれじゃなくて……」
「分かってるよ。あいつ聞いてるかもしんねぇし、まずは様子見だよ。それに、まだ本物かも分かんねぇし」

 咲希は狼狽したが、確かに修司の言う通り、本物かは分からない。しかし、タクシーも神社も昔聞いた通りだった。

「次、咲希の番。適当に、やればいいよ」

 咲希は訝しげに賽銭箱を見る。

「じゃ、じゃあ、親の財布から千円盗んだ……三回くらい」

 3人の祈りは終わり、次はご社殿に入る事になる。

「ここに、罪喰らい様はいるよ」

 ご社殿の中は、四畳半ぐらい。入ると直ぐに、檻のような物の中に黒く蠢く何かがいる。

「これが……罪喰らいさ。今から檻を開けるけど、罪が許されるなら、何もされず、もし違えば……。確認だけど、嘘はついてないよね?」


 二人は勿論と答える。

「そう……じゃあ、前島優太……聞き覚えがある?」
「し、知らねぇよ」

 修司は惚けた様子だが、咲希の顔は強ばっていた。

「……彼は去年、行方不明になったと聞いている。しかし、彼は大学を一発合格して、家族仲も良好、更には恋人と友人に囲まれて、順風満帆だった。ある1点を覗いては……」

 修司の顔が青く染っていく。

「……中学時代、随分手酷いイジメを受けていたようだね。毎日のように暴力やカツアゲ。あまりに酷くて、不登校。家族で引越し転校した……」
「てめぇ!」
 修司は、蛍の胸ぐらを掴んだ。
 しかし、いとも簡単に蛍に振り払われる。

「……彼は随分と頑張ったみたいだね。高校は普通だったけど、首席。更に大学にも進学。でも、彼に不幸が訪れる」

 蛍が、壁に手をかざすとスクリーンのようなものが現れる。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 去年の冬。

「あれぇー、優太じゃねぇ?」

 修司は、雪の降る中、中学の同級生を見つけて、無理矢理アパートに連れ込む。

「……ぼ、僕もう帰るよ」

 アパートに着くなり、優太はそう言ったが、ほとんど無理矢理今に座らせた。女が料理と酒を運んでくる。

「あれぇ、修司。友達?」

 優太は、女を見てギョッとする。女はまだ幼く、制服を来ていたのだ。

「じょ、女子高生?流石にヤバいんじゃ?」
「あ?16だけど、そう変わんねぇし……色々、教えこんだから大人と一緒だって」

 だが、やはり未成年。それに、もうこいつとは関わりたくない。

「やっぱり、帰るよ。川田君、もう僕は帰る。それに未成年に変な事教えるべきじゃない」

 優太はそう言って、立ち上がる。

「は?格下の癖に!」
「もう僕はお前の格下じゃない!」

 飛び交う怒号と悲鳴。しかし、それはすぐに止む。修司が優太を力強く小突いた時、優太は柱に頭を打ち付け、動かなくなっていた。

「……きゅ、救急車呼ば」
「寄せよ。こういう場合、もっといい手があるぜ」

 それから、2人は山に行き、事切れている優太を山に運び、埋めた。

「咲希、俺とお前は運命だ」

 咲希に修司はキスをする……。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「な、なんだよ!これっ」

 修司は腰を抜かして、いる間に檻は開けられていた。

 そして、修司の身体に黒い何かは襲いかかる。

「うわあああああああ!」

 断末魔のような修司の叫び。

「ちょ、ちょっと!ほ、蛍!修司を助けて!」
「……助けたい?彼を?これでも?」

 そして、またスクリーンを壁に映し出す。

『お前と一緒にいるの本当最高!』

 修司がスクリーンに映る。誰かと一緒だ。そして、その誰かは知らない女子高生だ。

『修司早く彼女と別れて、うちと付き合いなよ』
『本当、そうしてぇんだけどさ。ちょっとメンヘラなんだよアイツ』

 咲希は顔が青く染まり、ゆっくりと汗が流れていくのを感じた。

「は?」
「し、信じるな!それは……」

 まだ喋れたのかと、蛍は修司を見下ろしてこう言った。

「喋らない方がいいよ?」
「う、うっせ!俺は!俺はお前もう飽きたんだよ!優太の事があるから仕方なくいるけどさっ!うぜぇんだよ」

 修司は次から次と、真実を言ってしまい、驚いた表情をしていた。

「あーあ。墓穴掘ったね」
「ふ、ふざけんな!私だって、アンタみたい奴」

 もはや、咲希の目から涙が止まらなかった。

「……もう私、どうしたらいいの」

 泣き崩れる咲希に蛍は声を掛けた。

「君はあんな男の甘言に騙されて、可哀想に……。だけどね……電話」

 泣き声と、呻き声のする中、蛍はスマホをとる。

「……ああ。三吉?うん……うるさい。警察にまも連絡して……。え?ぺんぺん来てるの?変わって」

 蛍の声は明るくなり、ご社殿を出る。

「うん!じゃあオムライス楽しみにしてる」

 そう言って、電話を切った。

「あ、これで良かった?」

 うっすらと白い何かが、蛍の前に現れる。

「……今回は残念だけど、君は善行を積んでいたみたいだから、次はもっとよくなる」

 満足そうに消えていく白い何か。

「そうだ。言えなかったけど……君次第だからね。罪を償えば、何処かで救われるよ。多分だけどね」


 蛍が山を降りる時には、パトカーのサイレンが鳴り響いていた。
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