蛍地獄奇譚

玉楼二千佳

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対決、酒呑童子編

96 さとり

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  蛍は冷蔵庫から、ミネラルウォーターを取り出し、コップに注ぐ。

 水は濁りがなく、透明だ。そんな当たり前の事を蛍は思っていた。

「水……」

 これに絵の具を入れれば飲めなくなる。だが、これには何も入っていない。

「そうか……」

 ふと、耳に笛のような音が聞こえた。

「まさかっ!」

 いや、これは聞き間違え用がない。

 蛍は慌てて、外に飛び出す。

「坊ちゃん、どうしたんです?慌てて……」

 玄関を開けた時、三吉とすれ違ったが蛍は振り返らなかった。

「また、なんかあったんですな」





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「離して!離してよ!」
「そう、照れるなよ?祝言はすぐに上げるから」
「いや!絶対いや!」

 みのりは狒々の腕の中から離れようと、狒々の腕を押すがビクともしない。

「みのりを離してっ!」

 なずなはふらふらと立ち上がりながら、狒々に叫んだ。

「あーうるさい!おめぇはあとで迎えにいくっから!」
「いやよっ!ストーカーなんて最悪っ!」

 なずなは狒々を睨んで、近づいていく。

「ひっひっひひ~!」

 狒々はみのりを抱えたまま、飛び上がり舞台から降りる。





「あっ?ちょっと、親分っ!みのりちゃんが」

 ヒカルは舞台に駆け出そうとするが、シュンスケに腕を引っ張られた。

「待て。……羅刹が来る」
「らせつ?」

 シュンスケは遠くの方を見てそう言った。 



 なずなは舞台から降りて、狒狒を追いかける。

「みのりを返して!」
「へんっ!じゃあ、おめぇがかわるか?」
「なずな……」

 狒狒の提案になずなは心が揺らぐ。みのりの身代わりになるのはいいが、狒々の嫁にはなりたくない。

「うっ……いいわ。私が」
「……蓑火」

 後ろから、緑の火の玉が飛んできて、狒狒の頭のてっぺんの毛を燃やした。

「あちっ!あちっ!」

 狒々は自分の頭の火を消すために、みのりから手を離す。みのりは手が離れ、その隙に逃げようとする。

「あっ!嫁っ子」

 狒々は逃げようとするみのりの腕を引っ張ろうとするが、誰かに腹を蹴飛ばされた。

 狒々は腹を押え悶えて、蹴飛ばした張本人を睨みつける。

「なんだっおめぇ?」
「蛍くんっ!」

 蹴飛ばした少年……蛍は、狒々を睨み返した。
 なずなは狒々が蛍に注目しているうちにみのりを救出し、シュンスケ達の方へ行く。

「シュンスケさん達!今のうちに逃げて下さい」
「…………ふっ」


 なずなが叫んだが、シュンスケは口元を歪ませるだけで動く様子がない。

  


    「さあ、懲罰の時間だ」

 蛍は、警棒を鞭に変えて狒狒に挑む。

 (こいつはとっとと捕まえて……まずは鞭で)

 鞭をしならせ、蛍は狒々に攻撃を仕掛ける。しかし、狒々は素早く避けて、蛍の背後に回る。

「おめぇ、今俺を捕らえようとしたな」

 狒々は、蛍の耳元てそう言った。気持ちの悪さに蛍は舌打ちをして振り返る。

「今、オラの事気持ち悪いって思ったな!」

 狒々は拳を振り上げ、蛍の顔面を殴った。殴られた蛍は、後ろに倒れて口の端から血を流す。

 (なんて馬鹿力だっ)

「俺の事バカだと思ったなっ!」

 蛍は狒々に胸ぐらを掴まれた為、咄嗟に腹を蹴りあげる。

「ぐおっ!」

 狒々が腹を抑えうずくまって、蛍を睨みつけていた。

「……そいつはさとりだ!気をつけろ」

 シュンイチがそう叫ぶ。


 覚とは、相手の心を読む事に長けた能力または妖怪である。狒々はその怪力だけでなく、その覚の能力まで持っている。
 覚の能力を持つ妖怪は他に、天邪鬼、ヤマワラワなどがいる。
 但し、諸説あり。


 蛍は、何故"人間"のシュンイチがその事を知っているのか不思議ではあったが、今はそんな事にかまけている場合ではないと判断する。

「へっ!オラの能力を知ったところで」

 狒々は余裕を持って、蛍を見た。しかし、蛍は狒々に背中を向けて、座禅を組むように座り込んだ。

「あ?なんだ?諦めたか?でも、許してやんねぇから」

 狒々が蛍の後頭部を殴ろうとしたが、蛍はお辞儀をするように拳を避ける。

「こんにゃろー!」

 もう一度、狒々は蛍を殴ろうとする。また避けられ、素早く何度でも殴ろうとするが、一向に当たる気配は無い。

「ええいっ!立ち上がれ!オラと勝負しろ」

 狒々が叫ぶと、蛍が立ち上がる。そして、狒々は蛍の肩を掴んだ。

「へっ!さあ、オラと勝負だっ」
「……蓑火」
「あ?」

 次の瞬間、狒々が碧の炎に包まれた。

「あちっ!あっち!こりゃたまらん!」

 狒々は暴れ回り、炎を振り払おうと必死だ。

 その姿を見て、蛍はにやりと嗤い、こう言った。

「大人しく地獄に帰れ。そしたら、炎は止めてやる」
「分かった!分かったよぅ!嫁探しは諦めだ」

 しばらくすると、狒々から炎は消え、いつの間にか狒々自身も居なくなっている。

「今回は素直な妖怪だったな」

 狒々は、怪力で恐ろしい妖怪だが、その実楽しい事が好きな愚直な性格だったらしい。

「蛍くんっ!」

 なずなは蛍の元に駆け出していく。

「……なずなが、あいつが好きな理由がわかる気がして来た」

 ヒカルのそばに立っていたみのりは、少し切なそうに呟いた。

「みのりちゃん、まさか」

 ヒカルは拳をぐっと握りしめ、蛍に勇み足で近寄って行く。


「はあ。馬鹿なヤツ」

 シュンイチは横に首を振ったのだった。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「蛍くん、大丈夫?」

 なずなが蛍の口元をハンカチで押さえ、心配そうに見つめる。

「ああ。大丈夫だよ。ぺんぺんこそ、怪我はしてない?」

 なずなが首を振り、蛍は安堵の表情を浮かべた。そこへ、ヒカルが勇み足で立ちはだかる。

「やいっ!お前」

蛍はヒカルを見るが、蛍はヒカルが誰なのか分からない。

「君は……あ、確かテレビで見た芸人?」
「そうそう、最近ちょっと寒くなって来まして、俺の財布も寒く……って違うっ!」

相手のノリはよかったが、少し面倒くさそうに思った蛍はさっさと用事を済ませる事にした。

「なんの用?」
「俺と勝負しろっ!場所はモール裏の神社だっ」

いそいそとその場をさっさと立ち去っていくヒカル。そのヒカルを唖然とした表情で蛍となずなは見ていた。

「え?勝負しなきゃなんないの?」






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