28 / 109
夏休み編
27 デートプラン
しおりを挟むミーンミンミーン
さっきから、嫌というほどこの音が聞こえる。せっかく、しばらく学校が休みというのに、蛍はこの音に起こされた。
「うるさい。三吉よりもうるさい。まだ早朝じゃないか!!」
時刻は午前10時を回ったところ。とても、早朝とは言えない時刻である。
蛍は、寝ぼけ眼でリビングに出る。すると、優雅にアイスティーを飲んで、ソファーでくつろいでいる三吉を発見する。
コーヒーテーブルに置かれたアップルパイを頬張る三吉。大きな手に花柄の可憐な皿。あまりに不釣り合いな姿に蛍は顔が引きつった。
「おお。おはようございます。坊ちゃん」
「……あ、おはよう。じゃなくて!さっきから、うるさい虫がいるんだ。あいつら、とっ捕まえて畑の肥やしにして来い」
「……虫?ああ、蝉ですかい?風流ですな」
会話が通じているようで、全く通じないいつも通りの風景。
だが、そんな風景を壊すかのように、チャイムの音が鳴り響いた。
「……誰ですかね?」
「知らない。出てこい」
「えー。たまには行って下さいよ………全く」
三吉はグラスを置き、重い腰を持ち上げる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「明日は、なずな一人で本当に大丈夫か?」
父の良介にそう言われてなずなは、しっかりと頷いた。
「平気よ。もう高校生なんだし。それに宗ちゃんとも出かける予定だし」
なずなの父は、カメラマンをしている。もちろん、自分のスタジオを持っており、今日は貸し切りでしかも撮影が始まるのが昼過ぎなのだ。
良介は、ゆっくりと出勤の準備を始めている。
「いいな。俺も宗ちゃんと遊びたかった。でも、パパとの釣りも楽しみだし……」
夏休みの日誌をやりながら、弘海は唇を尖らした。
「そうね。宗ちゃん、ちょっと残念そうだったわよ。それより、パパ。もうすぐ時間よ」
なずなは、時計を見てそう言った。
「ん?ああ!もう行くよ。今日のお土産にシリウスのサイン貰ってくるよ」
なずなは、良介を玄関まで見送り、手を振る。
「シリウスか……」
なずなはボーカルの顔を思い出す。ただそれだけで、背中がぞくりとした。
怖いのか、それとも…………。
「…………あ、明日犬の銅像の前だったかな?宗ちゃんに連絡してみよう」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「………何しに来たの?」
蛍はとんでもない客人に、顔が引きつる。
「何よ。その言い草!あんたがちっともデートの日取り決めないから来たんじゃない!」
客人は、梔子であった。しかも、右腕に蛇と猫を抱いて。
「おや……2人ともそんな仲だったんですね」
三吉のからかいに、蛍は眉間にしわを寄せた。しかし、それよりも梔子が大嫌いな猫を抱えている事が心底恐ろしい。
蛍はまだ幼いころに、猫に襲われた事がある。
もちろん、地獄に住んでいる猫だ。三日三晩、猫達は蛍を追い回し、挙句の果てにはさんざん引っ搔き回された。蛇にも襲われたが、蛇は蛍にあまり興味がないらしく、すぐに退散していった。
「ねえ!だから、明日!明日ね?」
「明日!?」
「今日がいいの?でも、女には準備があるから」
梔子は頬を染めて、待ち合わせの場所を決めていく。
「……あとは蛍がデートのプラン考えてね。じゃあ、楽しみにしている」
弾むように梔子はそう言って、家から出ていく。
「……それにしても、地獄一の美少女とまで言われた落とすなんて、坊ちゃんもやりますな!」
「うるさい!」
「なずなさんはどうなったんですかい?彼女も負けず劣らずの美少女ですが……」
「ぺ、ぺんぺんは関係ない!」
蛍は三吉から顔を背けるとそう言った。三吉からは、蛍が頬を染めているのが丸分かりであったが……」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……分かっている。じゃあ、明日な」
坂本は、電話を切り、スマホをズボンのポケットに入れる。
「あんな事件さえなければ……」
部屋から出ると、小学校六年生になる妹が狭いリビングで勉強している姿が見えた。
元々は、一軒家に住んでいたのだが、今は公共マンション。父が亡くなったため、生活のために家を手放していた。
母は、介護士として働いているが、生活は苦しい。一度は学校を辞めるといってみたが、母に猛反対された。
『正弘のためだから、高校だけは出て』
という母の必死の頼みだった。
父は、タクシー運転手だった。老人の客を乗せて走行中飛び出してきた子供を避けようとして、ガードレールに激しく衝突。
子供は助かり、父は一命をとりとめたが、車は大破し、老人の客は帰らぬ人となる。
それが原因で父は会社をクビになる。
再就職もできず、ストレスが原因の脳梗塞により帰らぬ人となってしまった。
おまけに坂本は、そんな時に父を馬鹿にした同級生を殴り、柔道部も強制退部させれてしまったばかりの出来事であった。
「ねえお兄ちゃん、ここどうやって解くの?」
妹のみゆは、算数のドリルを兄に見せる。
「どれ、ここはだな…」
荒れていた坂本の心の拠り所はみゆだけだ。無邪気に笑う妹を決して不幸にしてなるものかと、坂本は心に決めていた。
「お母さん、今日はもうすぐ帰ってくるね。布団用意しなきゃ」
母は今日夜勤明け。いつも疲れて帰ってくる母をみゆなりに気を使っているのだ。
「ああ。お袋が帰ってきたら、兄ちゃん出かけてくるからな」
そう言って、みゆの頭を撫でたのだ。
0
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。


百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~
八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」
ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。
蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。
これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。
一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる