蛍地獄奇譚

玉楼二千佳

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夏休み編

27 デートプラン

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 ミーンミンミーン

 さっきから、嫌というほどこの音が聞こえる。せっかく、しばらく学校が休みというのに、蛍はこの音に起こされた。

 「うるさい。三吉よりもうるさい。まだ早朝じゃないか!!」

時刻は午前10時を回ったところ。とても、早朝とは言えない時刻である。



蛍は、寝ぼけ眼でリビングに出る。すると、優雅にアイスティーを飲んで、ソファーでくつろいでいる三吉を発見する。

 コーヒーテーブルに置かれたアップルパイを頬張る三吉。大きな手に花柄の可憐な皿。あまりに不釣り合いな姿に蛍は顔が引きつった。


「おお。おはようございます。坊ちゃん」
「……あ、おはよう。じゃなくて!さっきから、うるさい虫がいるんだ。あいつら、とっ捕まえて畑の肥やしにして来い」
「……虫?ああ、蝉ですかい?風流ですな」

会話が通じているようで、全く通じないいつも通りの風景。

だが、そんな風景を壊すかのように、チャイムの音が鳴り響いた。

「……誰ですかね?」
「知らない。出てこい」
「えー。たまには行って下さいよ………全く」

三吉はグラスを置き、重い腰を持ち上げる。

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「明日は、なずな一人で本当に大丈夫か?」

父の良介にそう言われてなずなは、しっかりと頷いた。

「平気よ。もう高校生なんだし。それに宗ちゃんとも出かける予定だし」

なずなの父は、カメラマンをしている。もちろん、自分のスタジオを持っており、今日は貸し切りでしかも撮影が始まるのが昼過ぎなのだ。

良介は、ゆっくりと出勤の準備を始めている。

「いいな。俺も宗ちゃんと遊びたかった。でも、パパとの釣りも楽しみだし……」

夏休みの日誌をやりながら、弘海は唇を尖らした。

「そうね。宗ちゃん、ちょっと残念そうだったわよ。それより、パパ。もうすぐ時間よ」

なずなは、時計を見てそう言った。

「ん?ああ!もう行くよ。今日のお土産にシリウスのサイン貰ってくるよ」

なずなは、良介を玄関まで見送り、手を振る。

「シリウスか……」

なずなはボーカルの顔を思い出す。ただそれだけで、背中がぞくりとした。

怖いのか、それとも…………。

「…………あ、明日犬の銅像の前だったかな?宗ちゃんに連絡してみよう」


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「………何しに来たの?」

蛍はとんでもない客人に、顔が引きつる。

「何よ。その言い草!あんたがちっともデートの日取り決めないから来たんじゃない!」

客人は、梔子くちなしであった。しかも、右腕に蛇と猫を抱いて。

「おや……2人ともそんな仲だったんですね」

三吉のからかいに、蛍は眉間にしわを寄せた。しかし、それよりも梔子が大嫌いな猫を抱えている事が心底恐ろしい。

蛍はまだ幼いころに、猫に襲われた事がある。

もちろん、地獄に住んでいる猫だ。三日三晩、猫達は蛍を追い回し、挙句の果てにはさんざん引っ搔き回された。蛇にも襲われたが、蛇は蛍にあまり興味がないらしく、すぐに退散していった。

「ねえ!だから、明日!明日ね?」
「明日!?」
「今日がいいの?でも、女には準備があるから」

梔子は頬を染めて、待ち合わせの場所を決めていく。

「……あとは蛍がデートのプラン考えてね。じゃあ、楽しみにしている」

弾むように梔子はそう言って、家から出ていく。

「……それにしても、地獄一の美少女とまで言われた落とすなんて、坊ちゃんもやりますな!」
「うるさい!」
「なずなさんはどうなったんですかい?彼女も負けず劣らずの美少女ですが……」
「ぺ、ぺんぺんは関係ない!」

蛍は三吉から顔を背けるとそう言った。三吉からは、蛍が頬を染めているのが丸分かりであったが……」

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「……分かっている。じゃあ、明日な」

坂本は、電話を切り、スマホをズボンのポケットに入れる。

「あんな事件さえなければ……」

部屋から出ると、小学校六年生になる妹が狭いリビングで勉強している姿が見えた。

元々は、一軒家に住んでいたのだが、今は公共マンション。父が亡くなったため、生活のために家を手放していた。

母は、介護士として働いているが、生活は苦しい。一度は学校を辞めるといってみたが、母に猛反対された。

『正弘のためだから、高校だけは出て』

という母の必死の頼みだった。

父は、タクシー運転手だった。老人の客を乗せて走行中飛び出してきた子供を避けようとして、ガードレールに激しく衝突。

子供は助かり、父は一命をとりとめたが、車は大破し、老人の客は帰らぬ人となる。

それが原因で父は会社をクビになる。

再就職もできず、ストレスが原因の脳梗塞により帰らぬ人となってしまった。

おまけに坂本は、そんな時に父を馬鹿にした同級生を殴り、柔道部も強制退部させれてしまったばかりの出来事であった。

「ねえお兄ちゃん、ここどうやって解くの?」

妹のみゆは、算数のドリルを兄に見せる。

「どれ、ここはだな…」

荒れていた坂本の心の拠り所はみゆだけだ。無邪気に笑う妹を決して不幸にしてなるものかと、坂本は心に決めていた。

「お母さん、今日はもうすぐ帰ってくるね。布団用意しなきゃ」

母は今日夜勤明け。いつも疲れて帰ってくる母をみゆなりに気を使っているのだ。

「ああ。お袋が帰ってきたら、兄ちゃん出かけてくるからな」

そう言って、みゆの頭を撫でたのだ。





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