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学園生活篇
17来客
しおりを挟む「…じゃあ、ここまでやって、そろそろ休憩しようか?」
ここはなずなの家のリビング。蛍となずなは、教科書とノートを広げて、勉強をしている。学校が終わり、蛍はそのままなずなの家で勉強をしていた。
人間と地獄の勉学はだいぶ違う。地獄の勉学は妖術とか、仏法とか、神話が中心になる。勿論、人間はあまりそういった事は習わず、妖術なんてものはない。蛍にはかえって、それが新鮮だった。
蛍が寛いで、ソファーに身を任せていると、なずながキッチンからアイスティーとチョコチップクッキーをトレーに乗せて持って来た。紅茶の中にはレモンが入っていて、口当たりが爽やかだ。
「…蛍くん、妖怪の事を教えて欲しいんだけど」
なずなが床に座り、そんな事を言い出した。
「いいけど…」
蛍はアイスティーを机の上に乗せる。
「…まず、僕は地獄から来たのは説明したよね?」
「うん。蛍くんも妖怪なの?」
蛍は首を振る。
妖怪、人間よりも遥かに強い生命力と優れた能力を持つ。妖怪は、人間の怨嗟や執念からも生まれ、自ら志願して妖怪になる者もいる。しかし、その場合、二度と人間に戻る事が出来ず、地獄で暮らし、閻魔手形がないと通常人間界では暮らせない。
妖怪は必ずしも、一個体だけではなく、複数存在するものもいる。それが家鳴りや水虎などといった存在だ。彼らには、一個体ずつに名前がある。流石にそれを全員は答えられないが…。
蛍は人ではないが、妖怪でもない。閻魔族と呼ばれる存在だ。閻魔族は、王族のような扱いを受ける。出世も早いが、その為か膨大な量の勉強をさせられた。
「…そうなんだ。じゃあ、蛍くんは王子様?」
そう言うと、聞こえはいいが、蛍はあまり閻魔族の恩恵を受けた覚えはない。確かに暮らしには困らなかったが、幼い頃は森で母と静かに暮らしていたからだ。その中で特別贅沢をした記憶はない。
正室の子の兄や妹とは、扱いが違ったのだ。
「まあ、王子という程、立派じゃないけどね」
蛍はクッキーを一枚、口に放り込む。
「よし!真人任せろ!」
公園に立つ石壁のサッカーゴールに向かって、弘海達は砂埃を立てボールを蹴り上げる。
ボールは蹴られた方向へ走り出す。それを弘海が受け取り、ゴールに蹴り上げた。
キーパーの背の高い少年がジャンプするも、ボールは見事に石壁に当たる。
「よっし!」
弘海は、ガッツポーズをし、真人にハイタッチする。
「やったぜ!」
真人がはしゃぎながら、飛び回り周りの友達にハイタッチをする。そんな様子を弘海は尻目に周りを見渡すと、ブランコの近くを見た事がない少女が居るのに気づいた。少女は三つ編みをしていて、髪の色もオリーブ色。何だか、不思議な雰囲気の少女だ。何がとは説明つかないが、何だかこの間来ていた姉の同級生の雰囲気にもよく似ている。
少女が物珍しそうにこちらに近付いて来る。
「ねえ?何やってるの?」
声のトーン、背格好からして同じくらいだろう。背は弘海とあまり変わらない。周りの少年達も集まって来た。
「え?見たら分かるだろう?サッカー」
「サッカー?ふうん。それ、貸して」
少女は真人が持っていたボールを指さした。
「ん?ちょっとだけだよ」
真人が少し照れながら、少女にボールを渡す。すると、少女は鞠のようにポンポンと地面に投げつける。
「ぶはっ!変なの!普通は蹴るんだよ?」
一人が笑い始めると、皆が笑い出す。少女は、少ししかめっ面になるが、足でボールを蹴り始めた。
足でボールをリフティングのようにすると、周りの少年達は口をあんぐりと開けて見始める。
「…女の子なのにすげえ」
中には感嘆の声を洩らすものもいた。そうなると、少女は満足げに微笑み、最後にボールを踏んだポーズを取る。
「ね!私にもサッカーやらせて?」
きらきら眼を輝かせて言った。しかし、周りの反応はイマイチだ。
「えっと…僕ら真面目にサッカーしてるんだよね。試合も近いし…遊ぶならまた今度」
弘海がそう言うと、周りもうんうん頷き始める。
「え?じゃあ、私も試合するよ!」
「…そうじゃなくて、僕ら男だけのチームなんだ。だから、女の子は…」
弘海が、詰め寄る少女にしろどもろどになっていると、仲間の一人がスマホを見てあっと声を上げた。
「やばい。もうすぐ四時半じゃん!母ちゃんに今日は早く帰って来るように言われてた」
そう言って、少年は帰る準備を始めると、俺も俺もと言い出し、次々と帰宅していく。あっと言う間に公園には、弘海と真人、それに少女だけになった。
「皆、帰っちゃった…」
「…ねえ。私はネリネ。あなた達は?」
残った少女は、いたずらっぽく笑い、自己紹介をする。
「えっと俺は真人!こっちは弘海!サッカーしようぜ!」
弘海はギョッとして真人を睨んだ。
「真人、女の子がいるんじゃ練習できないよ!」
「いいじゃん。少しは出来そうだし…可愛いし」
姉が言うには、真人は少しおませさんらしい。女の子には優しくて、とくに可愛い子にはデレデレだ。ネリネと名乗る少女はかなり可愛い。
「…じゃあ、少しだけだよ」
「やったあ!」
珍しくチャイムの音が鳴る。三吉は、客を迎え入れる為、玄関を開けた。
「親分!」
そう言ったのは、翔一だ。サングラスで金髪、シャツを着崩している姿はまるで輩だが、妖怪のしょうけらだった。本来は壁や天井にいる醜い妖怪だが、今は人間になりすましている。
「おお。お前か。何のようじゃ?」
「いや、それがよ…前の仕事、ガサ入れがあって仕事なくなったから金がねえんだよ」
どうやら、以前していたパパ活の未成年の斡旋がばれ、主犯格が逮捕されたらしい。翔一は関わってなかったらしく、難を逃れたが収入源が無くなった。
「この三日、何にも食ってないんだ!頼む!食い物恵んでくれ!」
手を組まれ、懇願する翔一。
「…騒がしいわね」
リビングから、女が出てきた。髪は長く黒色、青白い肌に薄紅色の和服。それに夏だと言うのに、何だか寒気がした。
しかし、女は美しく、上品な顔立ちをしている。翔一が見惚れていると、三吉が女を紹介してくれた。
「ああ。瑠璃に会うのは初めてだな。雪女の瑠璃だ。それと、こっちは翔一。しょうけらだ」
初めましてと互いに挨拶すると、しょうけらはうちにあがる。
「…それにしても、貧相な男だね。もう少し鍛えたら?熱い男のが好きよ」
瑠璃は、翔一の身体を見るとそう言った。
「こいつは鍛えられん。修行だってすぐさぼる」
三吉にそう言われて、翔一はちょっとむかっとしたが、でも本当にその通りなので反論出来なかった。
ソファーに座り、三吉が何か持って来るのを待つ。
「そういえば、親分さん。蛍様は帰りが遅いの?お嬢様と地獄に帰る前にお食事をしたいんだけど?」
瑠璃が皿洗いに取り掛かるとそう言った。
「うむ。なんか、今日はご友人と勉強をすると言っとったな…」
翔一は、蛍の名前を聞いてある事を思い出した。
三吉は冷やご飯を軽く炒め、卵とねぎを入れて醤油と塩胡椒で味付けたチャーハンをリビングに持って行く。
「あざーっす」
三吉が持って来たチャーハンをレンゲですくう。焦げた醤油とねぎの香ばしい匂いが、翔一の鼻腔を支配する。
「あつ!うま!」
腹が減っていた翔一はあっという間に皿を空にした。
「ご馳走さん!…ところで、親分的には怖くないの?」
となりに座った三吉に、翔一が尋ねる。
「何が?」
「ほら、蛍の事」
「坊っちゃんがどうかしたか?」
瑠璃が冷たいお茶を持って来て、それを翔一が一気に飲み干す。
「あいつの異名知ってるだろ?羅刹童子」
三吉が一瞬眉間にしわを寄せるが、すぐに戻して知ってると言い笑う。
「それともう一つ、目的の為なら何でも殺す…親殺しの蛍」
翔一がそう言うと、三吉は深くため息を吐いたのだった。
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