蛍地獄奇譚

玉楼二千佳

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学園生活篇

7 会いたい人

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 不謹慎ではあるけれど、墓にも色んな形があるのだとなずなは関心する。毎年のようにお盆と命日には墓参りをしているというのに、じっくりと見た事がなかった。
 大きい物、小さい物、古い物、新しい物…。さまざまな墓が所狭しと並んでいる。夕陽のせいか墓地は少し不気味だが、不思議と落ち着いた雰囲気である。
「ぺんぺん!」
蛍が奥の方にある墓の前でなずなを呼んだ。なずなはそちらに赴くと、蛍以外に老年と思われる女がいた。女は腰も曲がっておらず、柔和な顔立ちではあるが、どこか寂しそうである。
「こんにちわ」
なずながそういうと、はただ微笑み返す。どこかでみた覚えがある。
「おばあさん、人いるの?」
老女はこくりと頷いた。
「その人、死んじゃったの」
「ちょっと蛍くん!」
老女は首を振る。
「連れて来るよ。今夜…」
その言葉に、老女の頬が緩んでいた。
「ありがとう」
老女の口がそう動いた。すると、老女の身体がスーッと消えて行く。
「どっ?え?」
「…ふっ。口開きっぱなし。君も全部知りたいなら、今夜来てみれば?」

 夜、静まり帰った玄関でぷりんは寝ていた。
「早く会いたい」
一年間、そう思わなかった日はない。ふと、目を覚ますと青白い光が差し込んできた。ぷりんは、立ち上がり吠えようとするが、声が出ない。光は人の形になり、犬のぷりんははっきりと姿が見えた。普段、匂いや音で人を判別する犬にとっては異様な光景だ。ただ、それがどこかで嗅いだ事のある匂いだった。
「お前は昼間の…」
「しーっ。ちょっとだけついて来て…君に会わせたい人がいるんだ」 

 「じゃあ、すぐ戻る」
「…全く。すぐ帰るんだぞ。大体、女の子がこんな時間に…」
「コンビニ行くだけよ。皆やってるよ」
父に嘘を吐く事は罪悪感があったけど、今は好奇心の方が優っている。なずなはあっと言う間に、玄関を出た。
「…あれ?なずな、スマホ忘れてるよ」
運動靴とジャージを着てキャップを被る。小学生の頃貰った帽子だがまだ入る。それに髪を纏めて置けば、一見女には見えないかもという少し浅はかな考えではあるが、そのせいか変な男に声を掛けられる事はなかった。坂道を登って、墓地まで来た。さっきは、蛍に抱えられ空を飛んでいた為、あまり遠くに感じなかったが人の足だと少し遠く感じてしまう。
「えっと…蛍くんは?いないな…」
「何やってるの」
誰かに肩を叩かれ、なずなはギョッとして尻もちをついてしまう。
「あはっ。君って可愛いね」
「ほ、蛍くん…って」
蛍の近くに青白い光の球が一つ。それと何故か又三郎。なずなは何故か又三郎の尻尾が三つあるように見えた。
「それは…。又三郎も何で」
「ん?気にしないで…ついて来て…」
光の球と蛍と一緒に又三郎となずなはついて行く。老女がいた墓の前くらいに着くと、蛍は墓に話しかけている。
「おばあさん、出て来ていいよ」
そう言うと、老女が墓の中から顔を出した。
「さっきの…」
老女は先程とは打って代わり、少し顔色が良い。
「あの…私…」
さっきは全くもって声を出さない様子だったが、今度はなずなの耳にもはっきりと聴こえたのだ。
「…又三郎、頼むよ」
すると、又三郎はにゃあと鳴いたかと思うと声を出したのだ。
「はいよ、じゃあワンころ話せよ」
そう言って、呪文を唱える。
なずなは目の前で起きる不可思議な光景に、あんぐりと口を開けた。
「…な、何なのさ。僕は…」
「ぷりんちゃん!」
老女は、抱きしめるように光の球に近づいた。
「この匂い…ご主人様なの?」
「そうよ…ずっと会いたかった…私は死んでから、会いたくて心配で成仏出来なかった」
彼女は、倒れてすぐに人工呼吸器をつけられたが、周りの看護虚しく、生命を繋ぐことが出来ず、急死した。然し、どうしても飼っていたぷりんの事が心配だった。もしもの事があれば息子に頼んでいたが、起こるわけがないと信じて疑わなかったが、現にこうして死んでしまったのだ。
「私ったらバカね。いつも、元気だったからこんな事あるわけないって。でも、生き物っていつも死と隣り合わせ…こんな簡単に死ぬのね…ぷりんちゃんごめんね」
老女の眼から溢れんばかりの涙が流れていた。
「ご、ご主人様は死んじゃったの?」
光の球から、震えた声が聴こえる。老女はこくりと頷いた。
「そうよ…ごめんね。死んだ事受け入れられなくてずっとここで…」
「そんな…なら、僕も死ぬ!」
「馬鹿野郎!そんな事言うじゃね!ばあさんはてめーに死んで欲しいじゃねーよ!」
蛍達だけしかいない墓地で、又三郎の怒号が飛ぶ。
「…はあ。そうだよ。君は今死んだって、おばあさんの所には行けない。第一、自殺者の魂はこの世を彷徨い続ける」
「……それ、本当?」
多分、ぷりんは泣いているのだろう。
「でも、君が一所懸命生きて、天寿を全うした時、またおばあさんと一緒に暮らせる」
蛍は光の球を撫でていた。
「ぷりんちゃん、もう会えなくなるけど…でも、私はいつでも、貴方を見ているわ…沙奈と仲良くね」
「うん…」
最期に老女は笑顔で消えて行く。
「さあ、君も帰るんだ」
蛍がそう言うと、光の球…ぷりんは遠くの方に飛んでいく。
「えっと…」
「どうしたの?」
なずなはやはり、状況を飲み込めない様子である。
「仕方ないさ。人間には理解できない事ばかりおきるんだからな…」
猫なのに、人間のように喋る又三郎に戸惑いながら、しゃがんでなずなは頭を撫でる。
「…見間違いだと思ったけど、尻尾三つあるんだね」
「おっと、気づいたかい?」
心地良さそうに体を伸ばす又三郎。
「いつも飯食わせてくれてありがとう。今度、恩返しするよ」
「気にしないで。又三郎は可愛いもん」
そんな二人の様子を見て、蛍はそっぽを向く。
(…坊主の奴。一丁前にヤキモチやいてやがる)
又三郎は、笑い出しそうになるのを堪えていた。


 自分でも感心しない。でも、何故か電話をしたくて堪らなかった。土帝は、スマホを手にする。
「…なずな」
そうスマホには、表示される。スマホから掛けるのは初めてだ。メッセージのやりとりはするものの回数は少ない。いきなり、電話が掛かってきたら向こうもびっくりするかも…。相手の少しはにかんだ顔を想像しながら、通話ボタンを押す。
 何度か目のコール、相手は出ない。もう寝てしまったのだろうか…。仕方ない。また今度にするか…だけど、何故か胸騒ぎみたいなのが治らない。
「散歩に行く」
住み込みの家政婦と母にそう言って家を出た。頭を冷やしたかったが、少し蒸し暑かった。
「これからもっと暑くなるだろうな」
そう言って、土帝は空を見上げる。

「…蛍くん、ありがとう」
「何が?」
寒くもないのに、蛍はポケットに手を入れたまま歩く。
「だって送ってくれてるし…」
「……」
蛍は出した手を前に出そうとするも、手が伸びず握り締めた。
「さっきの話…自殺者の話は本当?」
「ああ…」
自殺者は、自らの命を否定した罪で霊界にも地獄にも行けず、この世を永遠に彷徨い続ける。唯一、救われる方法は善行を積む事だけ。
「…あなたは本当に地獄から来たのね」
「やっと分かった?おばかさんだね」
蛍はようやく手の行き先が決まったのか、なずなの頭を帽子越しに撫でる。
「もう!子供扱いしないでよ」
なずなは頬を膨らませいじける。
「あははっ。それより、飛ぼうか」
そう言って、なずなの腕を引っ張る。

 不思議だ。彼は地獄から来たのではなく、天の使いなんじゃないか?何となくそう思ってしまう。帽子を押さえて、なずなは蛍に抱き抱えられたまま景色を見た。
「ねえ。その帽子…似合ってないから、取ったら?」
「え?でも…」
「それ、男みたいだし…捨てちゃえば?」
分かっている。蛍に悪気はないのだ。だけど、これは捨てられない。
「ダメ…大切なものなの」
「ふうん…」
蛍は気に食わないと言う感じで帽子を見る。なずなの家の近くに着くと、そのまま地上に降り立つ。

 つい来てしまった。確かに自宅からは近い。だけど、これじゃまるでストーカーだ。土帝は苦笑して踵を返そうとするも、なずなの部屋の方を見る。灯りは付いていない。やはり、寝てしまったのか?見上げてみると、妙なものが見えた。霊魂に見えるが、生命力がある。妖怪かも知れない。陰陽師の端くれでもある土帝には、通常の人間には見えないものをみる事が出来る。何が来るか分からない。少し身構えると、霊魂はすぐ近くに降り立つ。すると、現れたのは…。
「さ、着いたよ」
「ありがとう。また…ね」
なずなは少し名残惜しいようだった。
「なずな!」
いきなり、呼ばれてなずなは背後を振り向いた。
「…宗ちゃん。どうして…」
「そいつから離れろ」
土帝はなずなの腕を引っ張る。なずなは身体がよろけて土帝に身を任せる形で、土帝に抱き止められる。
「ねえ?それはないんじゃない?」
蛍はポケットに手を入れたまま、二人に歩み寄る。
「来るな。お前は人間ではない」
そう言われ、蛍は不敵に笑う。
「だから?僕は彼女を送り届けただけだよ」
「どうかな?お前たちは、人を騙すのはお手の物だろ?言ってみろ。なずなをどうするつもりだった?」
土帝はなずなを抱きとめたまま、蛍を睨んだ。
「宗ちゃん…蛍くんは本当に…」
「さあ?生贄?拐かし?それとも…凌辱?好きなの選んで?」
蛍はにやにやしながら、睨みつける土帝を見る。
「貴様…」
土帝は指を二本揃えて突き出す。
「思い出した。君、陰陽師だっけ?だけど、僕は幽霊や妖怪じゃないからね…」
「ふん。妖怪ではなくても、お前は悪鬼かも知れん」
今、土帝に何を言っても無駄だと判断した蛍は踵を返す。
「まあ、いいさ。ぺんぺんとはいい思いさせて貰ったんだ。今日は帰る」
背後を向いたまま、手を振る蛍。
「それと、そろそろ彼女離してあげたら?苦しそう」
言い終わる頃には、蛍は居なくなっていた。土帝は、慌ててなずなを離した。
「なずな、すまない」
「だ、大丈夫だよ。ねえ、宗ちゃん。蛍くんはね…」
なずなが言いかけた時、土帝が頭を撫でる。
「お前が、そこまで言うなら信じるよ。さ、明日も休みだけど、もう遅い」
そう言って、土帝がなずなを家に促す。
「ありがとう」
なずなが笑顔で家に入る。土帝はそれを見送り、近くの電柱を殴る。鈍い音と痛みが響き、拳からは血が滲んでいる。微かに土帝の口が歪んだのだった…。
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