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第二章 魔法学園の日常編
第27話 ロゼロの迷宮
しおりを挟む「よお【カーバンクル】!今度の大会出場するんだって!?頑張れよー!」
「クラスの代表なんだからしっかりね!応援してるから!」
「くっそー!羨ましいぜ!負けんじゃねぇぞ!?」
創立記念日まであと三日となったある日の朝。シエルたちのいるcクラスの教室は異様な盛り上がりをみせていた。
その理由は、創立記念日に開催されるギルド主宰のイベントに、【カーバンクル】の参加が昨日正式に決定したからだった。
四年に一度しかない珍しいイベントにクラスの代表が選ばれたとあれば、彼らに羨望の眼差しを送るのは当然だろう。
目を輝かせるクラスメートは大騒ぎ。激励の嵐に囲まれ、輪の中心にいるのは【カーバンクル】の四人。
リケアは恥ずかしそうにうつむいており、ユグリシアは無表情のまま手を振り歓声に応じ、機嫌が悪いリッツは頬杖をついてため息を吐く。
「みんなありがとー!応援よろしくねー!」
そんな中、一人やたらと元気なシエルは、笑顔でクラスメートたちの声援に応えていた。
カラ~ン、カラ~ン……
やがて始業の鐘が鳴り、クラスメートはそれぞれの席へと戻る。
ようやく自分たちの会話ができるようになった【カーバンクル】の面々。開口一番、リッツからはため息とともに文句が飛び出した。
「よろしくねーじゃねぇんだよシエル。お前の安請け合いも大概にしとけよなまったく……。」
「しょうがないだろ?ナッキ先生が出場者を探してるって困ってたんだもん。それに『特別推薦枠』って言われたら悪い気はしないじゃん?」
「ただ乗せられただけだろうが。ったく、俺のいねぇとこで勝手に話決めやがって……」
シエルの説明に対しても文句しか返さないリッツ。彼の機嫌は悪くなる一方だった。
「はいはい、文句ばっかり言わないの。大事な話の時に寝てたリッツが悪いんだからね?」
「んぐっ……!」
言い逃れできない事実を隣席のリケアから突きつけられ、リッツは言葉を詰まらせる。
──事の発端は今から数日前、イベントにぜひ参加してほしいと、ナッキから打診があったのが始まりだった。
いつの間にかナッキまでイベントに携わっていたことに驚きはしたが、シエルたちはまず話を聞くことにしたのだが……。
「……くっそー。なんで俺あん時寝ちまったんだ……?」
リッツがボヤいているのと、彼が不機嫌なのには理由があった。
ナッキから説明を聞こうとした際、なぜかリッツだけが凄まじい眠気に襲われ、不思議なことにシエルたちがいくら起こしても目を覚まさないほど深く眠っていたのだ。
結局リッツ抜きで話が勝手に決まってしまい、現在に至る──。
「まあまあ。スレイブが作ったっていうダンジョンがどんなのか楽しみじゃん。」
「どうせハチャメチャなもん作ったんじゃねぇのか?」
リッツが後から聞いた話によると、今回のイベントは『冒険者チーム同士によるお宝争奪戦』というもの。
ギルド側が魔法で作成したダンジョンを攻略し、最深部にある『お宝』を一番早く手にしたチームが優勝するといった、いわゆる擬似クエストなのだとか。
とはいえ、目的である『お宝』の詳細は明かされていないが、ちゃんと本物が用意されている。
手にしたお宝の額は報酬としてそのまま賞金ランキングに加えられ、成績によって冒険者ランクにもちゃんとポイントが加算される仕組みになっている。
「……まぁ、決まっちまったもんはしょうがねぇ。が……」
そんな経緯があったため、腑に落ちないが今回はリッツに落ち度があったものとして彼は素直に非を認めた。しかし仏頂面のリッツには言いたいことがまだまだあるようだ。
「だいたいな、俺たちはユグを目立たさねぇ作戦の真っ最中だぞ?これじゃおもいっきり目立っちまうじゃねぇかよ。」
「大丈夫だって。ユグには例の腕輪があるし、当日はナッキ先生とスレイブが様子を見てくれるから安心してだって。」
「いや、そういう事言ってるんじゃなくてよ……。」
毎年の創立記念日でさえ多くの人々で賑わうのだが、今回のイベントは人気職の冒険者が主役となる。
より多くの観客が訪れることが予想される中で、ユグリシアを目立さないための対策はバッチリなのだと、ナッキの受け売りそのままに自信たっぷりな態度でシエルがそう話す。
「……ハァ。まさかスレイブまで絡んでくるなんてよ……。不吉なメンツだぜ……。」
先行きは不安でしかない。うなだれるリッツの表情がそれを物語っている。
「とにかく!俺たち【カーバンクル】は『ロゼロの迷宮というクエストを作ったんじゃが果たして攻略できるかのう大会』で優勝するぞ!」
「……だれが命名したのか丸分かりじゃねぇか。もっとマシな名前つけろよな。」
主催者の一人が強引に押し決めたイベントのタイトルに、さすがのリッツも呆れを通り越している様子だ。
「あー、言われてみれば確かに名前長いかも?」
「……じゃあ、短くする?」
ちょっと言いづらいよねーと共感するリケアとユグリシアはうんうんと頷く。
「んじゃ『ロゼロの迷宮』!これを攻略して俺たちが優勝するぞー!」
「おー!」
「……おー。」
「…………」
「そういうことじゃねぇよ」と言いかけたリッツの言葉は、再び盛り上がるクラスメートたちの歓声によって押し流される。
「……ハァ……」
もともとあまりなかった彼のやる気は、深いため息とともに体から抜けていってしまった。
───────────────
その日の放課後。【カーバンクル】のメンバーは、きたる大会に備えてアイテムや装備品の買い出しをしに学園に隣接するミレイドルの街を訪れていた。
創立記念日まであと三日とあって、街の人々はその準備に勤しんでいる。
あちこちから威勢のいい声が飛び交い、家々には色鮮やかな花や装飾品が飾り付けられている。聖女に縁のある記念日に相応しいものにしようとみんな一生懸命だ。
「いやーいいねー!盛り上がってるねー!」
「……すごいね。みんな楽しそう。」
街全体に笑顔が溢れている。その光景を見ていたシエルは、記念日が近いことをより実感し嬉しそうに顔を紅潮させ、隣にいるユグリシアもワクワクしているようで、より一層目が輝いている。
「……あー、ここの屋台は美味しいとこいっぱいあるのになー。今年は食べられないのかー……」
街の大通りを進んでいると、リケアが左右をキョロキョロしながら残念そうに言葉をもらした。
大通りには屋台がずらりと並び、どこも開店に向け準備を急いでいるのが伺える。
「じゃあさ、クラスの誰かに頼んで買ってきてもらえば?」
「なるほど!ナイスシエル!」
創立記念日に出店できる屋台は、毎年全世界から厳選されるため競争が激しい。しかしそれ故に品質や味はどれも一級品ばかりで、屋台だけを目当てに街を訪れる人も多い。
「何を頼もうかなー。うわー悩むなー。」
「……リケア、よだれ出てる。」
「……はっ!」
恥ずかしそうによだれを拭うリケアもその一人だった。
今度は離れた所から陽気な音楽が聞こえてきた。地元の鼓笛隊が当日のセレモニーに向けて練習を始めたようだ。
当日はもちろんだが、前準備の段階でさえ気分が高揚してしまうのが祭りの醍醐味でもある。浮かれ気味のシエルは音楽に合わせて妙な小躍りを始めた。
「おいお前らはしゃぐなよ。早ぇとこ買い物済ませて寮に帰るぜ。」
そんな雰囲気に水を差すように、仏頂面のリッツが一人歩調を早めた。
「……リッツ、まだ怒ってる?」
「あーあ。すーぐ拗ねるんだからアイツは。困ったもんだよねー。」
その後ろからはユグリシアの心配する声とリケアのヤジが聞こえてきたが、リッツはどちらにも反応せず歩みを進める。
「あはは。すぐ拗ねるのはリケアも一緒だな。」
「……ん?シエル、何か言ったかな……?」
「あ!いえ、一人言です気にしないでください。」
フォローが下手なシエルは危うくリケアの地雷を踏みかけ、慌てて彼女と距離をあけた。
「……なんだよ、やけにご機嫌じゃねぇかリケア。てっきりお前は出場に反対するもんだと思ってたぜ。」
「え?どうして?」
「だって四年に一度のイベントだぜ?学園中の生徒と大勢の観客の前でお前が目立っちまうことになんぞ?それでもいいのか……?」
「……うっ、そ、それは……」
前を歩くリッツはリケアをチラッと見る。そのニヤけた横顔は彼女の動揺を誘うのには十分だった。
「あ!そういえばフェリネスさんたちも見に来るって聞いたなぁ~?リケア、緊張しないでよ~?」
リケアと距離をあけていたシエルも懲りずに近づき、すぐさま話に乗っかってきた。からかわれたリケアが二人を睨むが、いつもの事なのですぐに諦めた。
「……う~。さすがにそれは恥ずかしいからやめてってナッキ姉にお願いしたんだけど、満点の笑顔でダメって言われたよ……。」
「……リケア、土下座しながらお願いしてたもんね。」
「わあぁユグ!それ言っちゃだめー!」
しれっと秘密を暴露されたリケアは光の速度でユグリシアの口を手で塞ぐ。そんなことだろうと思っていたシエルとリッツはニヤけ顔のままリケアを見ていた。
「……んー、コホン。ま、まぁナッキ姉の頼みだし?スレイブさんにもお世話になったワケだし?まぁそれはそれとして。」
小バカにする二人の顔を両手で押し退け、リケアは自分が大会に参加する一番の理由を述べた。
「……何より、みんなに助けてもらった時の事を思えば、私もいつまでもオドオドしてちゃいけないなって考えたの!」
まだまだ小心な彼女は、恥ずかしそうに目を瞑る。面と向かっては言えないが、彼女なりの素直な気持ちをシエルたちに精一杯伝えた。
「ほほぉ。そりゃいい心がけだねリケア。」
「そうだな。しっかり精進するんだぜ?」
「……頑張りたまえ。」
目を瞑ったままのリケアは、優しく頭をポンポンされるのを期待していが、一斉に返ってきたのは偉そうな返事ばかり。
「……ちょっと!なんでみんな妙に上から目線なの!?」
「やべっ!逃げるぞ!」
走り出す三人と、拳を振り上げてそれを追いかけ回すリケアの顔には笑顔がこぼれていた。
「お買い上げありがとうございました!頑張ってくださいね~!」
「ありがとう!応援よろしくねー!」
学園御用達の道具屋を訪れた【カーバンクル】一行は、大会に必要なアイテムを購入し終えた。
支払いを済ませたリッツの横では、元気の良い女性店員に向かってシエルが笑顔を送る。
「お前な、店員にまで声かけてどうすんだよ。」
「だって学園生にはいつも割引してくれてるだろ?お礼代わりに俺たちの活躍を見てもらおうと思ってさ。」
「大した自信だな。弱ぇくせによ。」
未だ乗り気ではないリッツは嫌味な言葉を吐くも、機嫌の良いシエルには通用しなかった。
「あ、おかえりー。はい、アイス買ってきたよ。」
二人が店から出てくると、別の場所で買い物をしていたリケアとユグリシアが先に戻ってきていた。その途中で近くのお菓子屋に寄っていたようで、リケアが買ってきたアイスを二人に手渡す。
「サンキュー。それじゃ帰ってから作戦会議でもしようか。」
購入したアイテムや荷物をユグリシアの『無限倉庫』に全て収め、シエルたちは甘いアイスを味わいながら賑わう大通りを引き返し寮へと向かった。
「……そういえばよシエル。俺たちの他にはどんなチームが出場するんだ?」
その道中、なんだかんだで出場チームを知らないままだったリッツが疑問を口にした。今や冒険者は星の数ほどいるため、どのチームが来るかで対応も全く変わってくる。
「学園からは二チームが出るよ。まず一つが、あの【ユニコーン】です。」
「ゲーッ。やっぱアイツら出てくんのかよ。」
「そりゃそうだよ。優勝候補としてみんな注目してるからね。」
アイスの棒を口にくわえたまま予想通りといった表情でリッツが空を仰いだ。
二人の口ぶりからして、かなり有名なチームなようだが、何も知らないユグリシアは首をかしげる。
「……そんなにすごいチームなの?」
「そうだねー。5年生の三人組のチームでさ、リーダーがなんとあのライカ先輩なんだよ。」
「……へぇー。ライカせんぱいも冒険者なんだ。」
「うん。冒険者ランクはA、賞金ランキングも総合でトップ10に入ってるスゴく強いチームだよ。」
現在Aランクに登録されている冒険者チームは五組ほど。いずれも世界に名を轟かしているチームばかりだが、そのひとつにライカ率いる【ユニコーン】も入っている。昨年にAランクへと昇格した若き新鋭チームの活躍の話題は、瞬く間に世間へと広がったのだとか。
「現役の学園生でAランクまでいった冒険者は【ユニコーン】が初めてだって話だぜ。」
「……そうなんだ。すごいね。」
二人からの説明を聞いていたユグリシアの目が輝く。どうやら【ユニコーン】も彼女の興味の対象となったようだ。
「でさ、もうひとつは【ビブロス】っていうチームなんだけど、聞いたことないんだよなぁ。誰か知ってる?」
「誰だそりゃ?俺も知らねぇ名前だな。」
学園内では現在、冒険者チームを登録しているのは【カーバンクル】と【ユニコーン】だけだったはずだが、どうやら新たに登録されたチームがいるらしい。
名前しか知らされていないシエルたちは初耳だと首をかしげる。
「……あ、でも最近結成されたチームがあるってクラスの誰かが言ってたから、それじゃないかな?」
噂なら聞いたことがあると、二本目のアイスを食べながらリケアが手を挙げた。
しかし、噂程度にしか話題が広まっていないのであればさして実力はないだろうと、リッツはそのチームを考慮から除外した。
「とりあえず模擬戦をどうするかだな。【ユニコーン】だけは警戒しとかねぇとダメだろ。」
今回開催される擬似クエスト『ロゼロの迷宮』には、ダンジョンを攻略する過程の中で他チームと遭遇する可能性がある。その場合は模擬戦という形でチーム同士での戦闘をして勝敗をつけなければならない。
あくまで模擬戦なので、戦闘の際には学園の教員が勝敗を決める審判として立ち合う。そして勝ったチームは先に進むことができ、負けたチームはそこでリタイアとなる。
敵の数を減らして有利な状況を作るか、あえて戦闘を回避してお宝を真っ先に狙うか。チームとしての判断力と駆け引きが重要になりそうだ。
「あーでも、あと他の学校から二チーム来ることになってるから、そっちも気にした方がいいかもね。」
「なに!?まだいんのか!?」
「うん。せっかくだから学園以外のチームも招待したってナッキ先生言ってたよ。」
他校にも誘い掛けをしていたとは想定していなかったリッツは思わず大声を出した。
楽しみだよねーと嬉しそうに話すシエルの表情は輝いており、その眩しさにリッツは目を細める。
「余計なマネすんなよまったく……。んで?そいつらはどんなチームなんだ?」
「それがナッキ姉ったら「当日のお楽しみよ~」とか言って名前も教えてくれなくてさ。何にも分かってないんだよね。」
「……チッ。もったいぶりやがって。気になるなら自分で調べろってか?」
リッツの推測は当たっていた。自分たちで敵の情報を知り、その対策を立てる。勝負はもう始まっているのだという、ナッキからの遠回しのメッセージだった。
「でも実際どんなチームが来るかなー。やっぱり強いかな?」
「う~ん。大会を公平にするために私たちと同じくらいのチームを選出したってナッキ姉が言ってたから、弱くはないと思うけど……。」
シエルとリケアが思考を巡らせていると、すかさずリッツが待ったをかけた。
「なーにが公平にだよ。【ユニコーン】が出る時点で公平になってねぇじゃねぇか。そうだろシエル?」
「んー、まぁ人気のあるチームだし?イベントってなるとやっぱり『華』になる人がいないとダメなんだろうねー。」
正論は正論なのだが、どこか他人事のようなシエルの発言に、少しイラッとしたリッツは彼の頭を小突いた。
「ハァ。面倒な事になってきたぜ……。」
どうにもナッキに踊らされているような気がしてならない。そう思ったリッツは再び不機嫌になり、アイスの棒を乱雑に近くのゴミ箱へ投げ入れた。
「とにかくだ。得体の知れねぇチームを追ってもしょうがねぇ。戦闘は避けて宝を狙った作戦に切り替えるか……」
他チームは別として【ユニコーン】との模擬戦になれば、現状の実力差では今の【カーバンクル】に勝ち目は薄い。
そう判断したリッツが、戦闘を回避する案を軸に作戦を考えようとしたその時だった。
「あら、ずいぶんと弱腰な発言ね?リッツ君?」
リッツを呼び止めるように、後ろから張りのある活発な声が聞こえる。振り返ったシエルたちは、意外な人物の登場に驚く。
「……え、ラ、ライカ先輩……!?」
そこにはシエルたちと同じ制服を着た三人組が立っており、真ん中に声の主である生徒会長の勇ましい立ち姿があった。特徴的な彼女のオレンジ色の髪が風に揺れている。
「実技の授業で会ったわね、シエル君にリケアさん。それに……転入生のユグリシアさん、だったかしら?」
何事かと呆けるシエルを除き、残る三人は以前に会った時のライカと雰囲気が違うことに気がついた。
物腰やわらかい言葉とは裏腹にライカの視線は鋭く、真っ直ぐに【カーバンクル】を見据えている。
「知ってると思うけど、改めて自己紹介をしておくわ。私はライカ。【ユニコーン】のリーダーよ。それと……」
ライカの声に合わせ、後ろにいた仲間と思われる二人の男女が【カーバンクル】に近づき、それぞれ名を告げる。
「はじめまして。僕はディール。よろしくね。」
まずは男の方が軽く会釈をする。魔道士が好んで使う大きめの三角帽子を目深にかぶっているため表情はよく見えないが、澄んだ声と上品な立ち振舞いからすぐに優男だというのが分かる。
「ブレッグだ!よろしくな!」
片や女の方は思わず耳を塞ぐほどの大声を張り上げる。しかし虎の獣人である彼女を見れば、それが普通の声量なのだろうと頷ける。豪快そうな性格に見合ったがっしりとした筋肉を身に纏っているのが制服の上からでも分かるが、長身のためそれを感じさせないスタイルの良い体格に見える。
「……あ、おい見ろよ。あれ【ユニコーン】だぜ。」
「本当だ。やっぱ貫禄あるよなぁ。」
「あの【ホーリーレイズ】からもスカウトが来てるって噂らしいぞ。」
ブレッグの大声のおかげで街行く人々の注目を集めた。そのほとんどが【ユニコーン】に関する話題ばかりを口にしており、対峙している【カーバンクル】には興味が薄いようだ。
「……すごい人気だね。」
「いやーさすがだよねー。」
やはり有名なチームは違うなぁと気楽な発言をしているシエルとユグリシアは、ほぼ観衆寄りになっていた。
一方、思わぬ形で人々が集まってきてしまい、心の準備ができていなかったリケアはひとりオロオロしている。
「……で?一体何の用だよ、先輩?」
そんな中、観衆など気にも留めていないリッツは【ユニコーン】の面々を睨み返す。
「あなたたちのチームはEランクだけど、個人の強さはまあまあみたいね?……でも、本当に優勝なんか狙えるのかしら?」
含みのある言い回しをするライカに対し、リッツの睨みは鋭さをより一層増し、力強く拳を握りしめた。
「何が言いてぇんだよ……?」
「心配してあげてるのよ。私たちにコテンパンにやられて挫折してしまわないかなってね。」
「……あぁ!?」
不敵な笑みを見せるライカに、カッとなったリッツが殴りかかろうとした。慌ててシエルが止めに入り、場は一時騒然となる。
「ライカ、そのへんにしておいてあげよう。後輩くんたちが可哀想だよ。」
「そうだぞライカ!これ以上は弱い者イジメになってしまうからな!」
ディールとブレッグがライカを呼び止め、その場を収めた。しかし、二人の言葉にも明らかな牽制の意図が見えている。
「それじゃ、三日後を楽しみにしているわ。まさか逃げないだろうけど、私たちは手を抜かないわよ?フフッ、せいぜい頑張りなさい。」
怒りにうち震えるリッツを尻目に、笑みを浮かべる【ユニコーン】は颯爽とその場を立ち去っていった。
「…………」
人だかりも解散し、街の大通りは日常の賑やかさに戻った。道の真ん中で呆然としている【カーバンクル】を除いては。
「……うえぇビックリした~。ライカ先輩目がマジだったね。」
「な、なにこの展開?もしかして先輩たちに狙われてるの……?」
呑気な発言をするシエルとは対照的に、頭の整理が追い付かないリケアは気が動転して体がよろめく。
「……ケンカ、売られちゃったね?」
そんなリケアを支え、頭を撫でて落ち着かせているユグリシアは、リッツに目を向けそっと囁く。
「見え透いた挑発しやがって……。上等じゃねぇか!」
燃えるように目をギラつかせているリッツ。確認するまでもなく、彼のやる気は急上昇していた。
「そのケンカ買ってやるぜ!ボッコボコにしてやるから覚悟しとけこの野郎!!」
道の真ん中で叫ぶリッツは拳を高々と突き上げる。
近所を散歩していた老夫婦がその姿を見ながら「おやおや、青春だねぇ」と微笑ましく語っていた。
───────────────
「……やっと着いたな。ここがレズィアム魔法学園か。」
同じ頃。学園の正門前には冒険者の身形をした三人組の男たちがいた。
リーダーと思われる体格の良い男が、校舎を眺めやれやれといった様子でため息を吐く。
徒歩で四日ほどかかった道のりは、若く体力のある彼らでさえ疲労感を隠せなかった。
「へーえ。さっすが優等生の学校。オレたちのとことは大違いじゃん?」
「なんでもいいから少し休みましょーよ。歩き疲れちゃいましたよー。」
チームの仲間である男二人は、のんびりとそれぞれの感想を口にする。
茶色い長髪の男は、荘厳な学園をその見た目どおりの軽口で揶揄しており、もう一人の背の小さい根暗そうな男は、気だるげに文句とため息を吐いている。
「バカが。気を引き締めろ。この大会に勝たなければ我らのBランク昇格はないし、賢王様直属のレギュラーチーム入りの話もなくなるんだぞ。何としても勝たねばならんのだ!」
いまいち気乗りしていない仲間二人の頭を叩き、リーダーの男がこの大会の重要性を説いた。
遠く離れたファナリア王国から遥々やって来た冒険者チーム【べルケイオス】の目的はただ一つ。大会に優勝せよとの命令を受け、それを遂行するためだ。
「わーかってるってリーダー。オレのリサーチじゃ本命の【ユニコーン】以外はザコばっかみたいだし、いつも通り『罠』張ってりゃ大丈夫っしょ。」
「ふむ。今大会の舞台は迷宮と聞いている。『罠』を有効に利用すれば【ユニコーン】と直接対峙せず足止できるだろう。そうなれば我らに勝機はあるハズだ。」
「はぁーあ。メンドくさいけどやりましょうかねえ。」
【ベルケイオス】には得意とする戦術があるらしく、三人の表情は自信たっぷりといった様子だ。
学園の下見もそこそこに彼らが街の宿に向かおうとしたその時だった。
「……うおっ!リーダー、あれ見ろよ!」
複数の足音が聞こえ、振り返った茶髪の男が思わず驚いた声をあげる。
見慣れた白い騎士甲冑を着た騎士が10名ほど、一糸乱れぬ足取りで行進してきた。その後ろにはきらびやかな装飾が施された二頭立ての豪華な馬車が一台続き、【ベルケイオス】の横を通り過ぎて学園の校庭へと入っていった。
「あれは……【ホーリーレイズ】……!?」
騎士の一人が持つ旗には最強を誇る騎士団の証、聖女ガルトの紋章が風に揺らめく。やがて騎士たちの行進は校庭の真ん中で円を囲むように整列して止まり、その円の中に馬車が停車した。
「なんだなんだ?暇人どもが観光でもしに来たのかよ?」
「いや、たぶんアレの護衛じゃないすかね?」
背の小さい男が目を向けたのは、騎士たちが囲む中心、馬車のキャビンから出てきた二人の女性だった。
先に降りてきたのは艶やかさが目を引く長い黒髪の女性騎士。その後からは豪華なドレスを身に纏った美しい金色の髪の女性が凛とした姿を見せた。
「なるほど、ルヴェリア王女か……。聖女に縁のあるこの地に赴くのは当然だな。」
「親衛隊長のラノーファまで一緒だぜ。お忍びにしちゃご大層な護衛だなおい。」
彼女たちを見たリーダーの男は顔をしかめ、茶髪の男は露骨に悪態をついた。
世界中の憧れ的存在である騎士団とはいえど、それを好まない者も少なからずいるようだ。
「おおかた創立記念日の式典にでも出るからその下見ってとこなんじゃねーの?」
「ふ~ん。いいご身分すねえ。」
「…………」
興醒めした二人がそれぞれ文句を連ねる。言葉には出さないがリーダーの男もそれに賛同しているようで、王女には全く興味がないような表情をしているように見える。
「……可憐だ……。」
「ん?リーダー、何か言ったか?」
「な、なんでもない。」
その態度に反して思わず本音が漏れてしまったリーダーの男は、少し慌てた様子で荷物を持ち直し、街に向かって歩き出した。
「……んん!何にせよ我らには関係のないことだ。宿に着いたら早速作戦会議を開くぞ。」
「うーっす。」
「へーい。」
去り際に王女を一瞥した彼の表情が少し赤らんでいたとか、いなかたったとか……。
「……ウフフ。ついにこの時がきましたわね。」
一方、【ベルケイオス】の存在など気づいてもいないルヴェリア王女は、自信に満ち溢れた表情で校庭に降り立つ。風に揺れる美しい髪を抑えるその華麗な所作は、観衆がいれば沸き立ったことだろう。
「姫様、何度も申し上げますが、決して油断のなきよう。慢心はご自身の判断力を鈍らせてしまいます。」
ルヴェリアにひけをとらない容姿を持つ女性騎士が、聖王国式の儀礼を行いながらそう進言した。
「わかってますわラノーファ。冷静さを欠いては確実な勝利すら逃してしまう、でしたわよね?」
「えぇ、その通りです。普段の実力を出せさえすれば、姫様は必ずや勝利を手にすることができるでしょう。」
顔を上げる女性騎士──ラノーファは、少しばかりの笑みを見せた。その表情はルヴェリアの実力を確信しているようだ。
そして、ラノーファの言葉を聞いたルヴェリアの顔が引き締まる。彼女がここに訪れた本来の目的を果たすべく、ラノーファに向かって重要な質問を尋ねた。
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「もちろんです。」
短く答えたラノーファの言葉には迷いがなかった。聖王国の王女を守護する親衛隊長のお墨付きを得たルヴェリアは、高揚を抑えきれず表情が思わず綻んだ。
「……フッ、フフフ……。さぁ覚悟なさいシエル王子!今度はあなたたちの泣く様をとくと拝見させていただきますわ……!」
「姫様、ご冷静に。」
「……はっ!」
ルヴェリア王女が冒険者としてこの大会に出場する、という事実は意外にもまだ世間には知られていなかった。
「面白い冗談だ。」
「天地がひっくり返ってもそんな事にはならない。」
と、そもそも王女が冒険者になっていた事すら誰も信じていなかったからだ。
しかしその三日後、それらが本当だったと知った人々は、誰もが腰を抜かすほど驚愕することになる……。
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