最強少女のおすそわけ

雫月

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第一章 王子と迷子の冒険編

第14話 少年は優しく微笑みかける

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「────ええ!?帰省してきた訳じゃないの?」

「そうだよナッキ姉。さっきからそう言ってるでしょ?調べ物したらすぐ戻るからね。」

「そ、そんな……。学校の事とかお友達の事とか色々お話したいのに~。」

「泣かないでよ。こっちも忙しいの。また手紙書くから。」

 衝撃の事実に、ナッキは膝から崩れ落ちる。おっとりした性格のせいか、他のきょうだいより反応が遅い。

「……わかったわ。わたしたちも協力するから、何でも言ってちょうだい?」

「うん。ありがとう。」

 しかしこれも妹のためとナッキは気持ちを切り替え、リケアの頭を優しくなでてあげた。

「……見ろよ。フェリ兄まだ落ち込んでるぜ。」

「口きかれなくなるのは嫌だもんねー。」

 トールディとミオネイルが哀れみの表情を向ける先には、部屋の隅でうずくまるフェリネスがいた。
 人生で一番の精神的ダメージを負った彼は、魂が抜けるような深いため息を吐いていた。

「こーら。いつまで拗ねてるの?あなたも手伝って。」

「……ナッキ。私はどうすればいい?」

「何が?」

「私が手伝えば調べ物とやらもすぐに解決するだろう。そうなれば『わーフェリ兄すごーい!』とリケアは喜んでくれるハズだ。」

「素敵じゃない。じゃあ手伝ってあげれば?」

「だが用事が済めばリケアはもういなくなってしまうんだぞ?」

「そうね。じゃあやめれば?」

「私は一分一秒でも長くリケアと共にいたいのだ!しかしリケアの喜ぶ顔も見たい!私はどうすれば……!」

「あらあら。困ったわねー。」

 フェリネスは激しい悩みに頭を抱える。端から見れば茶番にしか見えないが、それに付き合ってあげているナッキの優しさが伺える。言葉とは裏腹に彼女はさほど困ってはない様子だ。

「こんのバカ兄……!」

「待て待てリケア。ちょっと耳貸せ。」

 一方、度が過ぎる溺愛ぶりに本気で嫌な顔を見せるリケア。
 すると何か思いついたのか、リッツがヒソヒソと耳打ちしてきた。

「……え?今バカ兄って言った?」

「さあ?私には聞こえなかったわ。」

 フェリネスがピクッと反応するも、ナッキは聞こえないフリをした。なんとも気の利いた姉だ。

「……えー!?やだよそんなの!」

「いいからやれって。こっちの方が面白……いやいや、お互いの為でもあるしよ!兄貴に頼んだ方が効率いいんだろ?」

「そ、それはそうだけど……むぅー。」

 こう見えてフェリネスはこの魔法書庫の室長も務めており、全ての書物に精通している。彼の協力があれば問題が早期に解決するのは間違いない。

「あー、ん、んん!……フェ、フェリ兄……?」

 意を決したリケアは声色を変え、優しい口調でフェリネスを呼ぶ。

「さっきはゴメンね?久しぶりだったから、私も緊張してて……。」

「リ、リケア……!?」

 妹のまさかの言葉に、ものすごい勢いで顔を上げるフェリネス。
 他のきょうだいはというと、表情は平静を装っているが耳を横にピンと張り、リケアの言葉を聞き漏らすまいと全神経を集中させていた。

「えっと、その……。フェリ兄が手伝ってくれたら、もう少しだけ家にいてもいいかな……。」

「ぐおあっ!!」

 恥ずかしそうにモジモジするリケアを見たきょうだい全員が、そのあまりの尊さに体を吹き飛ばされた。

「フ、フフ……!当たり前だろうリケア。私が手伝わないといつ言った?全てこの私に任せておけ!」

 フェリネスに至っては壁にめり込んでいたが、即座に立ち直り体をのけ反らせて高笑いをしていた。

「ンっふ!」

「くっ!くく……。待って。お腹いたい……!」

 悪ノリコンビは二人とも腹を抱えてその場にうずくまる。笑いすぎて息ができないようだ。

「はぁー……。疲れた……。」

 一人呆然と天井を仰ぐリケアは、調べ物などどうでよくなりつつあった……。



───────────────



「……さて!ユグリシアと言ったか?君の身元を判明させ、家に帰すという事だが……」

「……よろしくお願いします。」

 水を得た魚のように息を吹き返したフェリネスは、ようやく本題に入った。
 先ほどの騒ぎが落ち着くまで結構時間がかかっていた。

「……よし。ではトールは『太陽』の棚からイグニスの魔導書を、ミオは……ふっ!……『月』の棚からゲオルグの魔導書を取ってきてくれ。」

「あいよ!」

「りょーかい!」

「ナッキはガレイズファーン魔法陣を……フフ……準備してくれるか?」

「ええ。分かっているわ。」

 テキパキと指示を出すフェリネスだったが、時折顔がニヤけている。まだ余韻が残っているようだ。

「な、なんか凄いことになってきたね。」

「リケア、これ何が始まんだ?」

「……えー?なにー?」

 物珍しく質問をする二人に対し、リケアは側にあるソファーに寝転がり腑抜けた返事しかしない。

「あらあら、困った子ね。わたしが説明してあげるわ。簡単に言うとギルドとかで使っている魔導書よりも更に詳しいステータスが見られるのよ。」

 魔法陣を準備しているナッキがにこやかな顔で簡潔に説明してくれた。
 彼女は光る指先で空中に円を描き、その中に紋様をゆっくりと描きこんでいく。同時に同じ紋様が床に写し出されていった。

「えらく簡単に言ったね。」

「分かりやすいな。内容はサッパリだが。」

「これは本局でしか使われなくなった古い魔法だ。詳しい内容までは言ったところで理解はできんだろうな。」

 魔法陣を挟んでナッキの反対側にフェリネスが立っている。その両手には二冊の古びた魔導書がある。

「よし。ではその魔法陣の上に立ってくれ。」

 完成した床の魔法陣は淡い光を発した。そしてユグリシアはその中にゆっくりと入っていく。

「……これでいい?」

「ああ。そのまま楽な姿勢でいてくれ。すぐに終わる。」

 二冊の魔導書は光りながら浮かび上がる。

〝光の僧侶 闇の賢者 双者を見据える鏡の竜 偉大なる名を冠し その瞳に真実を写し出せ〟

[シリングス鏡の竜はガレイズファーン全てを見透かす]

 そしてフェリネスの唱えた呪文が発動すると魔導書が開き、ページに書かれた呪文と魔法陣が共鳴する。
 共鳴により魔法陣の淡い光は強さを増し、ユグリシアを優しく包み込むように覆った。
 やがて彼女を包んだ光の球体に文字が浮き出てきた。これがユグリシアの本当の情報なのだろうか。

「す、すげぇ……。魔導書と魔法陣使うなんて、大がかりだな。」

「フフ、今じゃ魔導書一冊で何百人もの情報をすぐ記録できるけど、昔はこうやって一人ずつ調べてそれを書き写してたのよ。」

「別名が『魔法透過』といってな。まだ魔法技術が発展し始めた頃はこれが主流だった。魔力紋の登録や認証する技術がなかったため魔法で体をスキャンさせ、情報を引き出していたんだ。」

「なるほど。それならコイツの出身地なんかもいよいよ分かるってワケか。」

「そうとも。人物を認識させさえすればすぐに情報が出てくる。例えばリケアの体重なんかも簡単に……」

 そう言いかけたところでフェリネスの頭にスンッと矢が刺さった。

「バカ兄。死にたいの……?」

「物騒な事を言うなリケア。妹の健康管理も兄としての務めだ。これしきでは死なん!」

「お兄さん矢ぁ刺さってんぞ。」

 これも家族愛の成せる業なのか、フェリネスは頭の矢をビヨンビヨン揺らしながら笑っている。
 ナッキ曰く「いつもこんな感じだから気にしないで」との事だ。

「くだらない事言ってないで早く調べてよもう!」

 リケアが吠えたその時だった。

「……えっ!?なにこれ!?」

「ん?どうした?」

「この子……ステータスが計測不能だって……。」

「…………え?」

 出てきた情報を書き写していたミオネイルの言葉に全員が耳を疑った。

「計測不能って……さっきみたいにまたエラーが出たってこと?」

 状況が分からないシエルが尋ねるが、すぐに普通ではないと気づく。
 フェリネスをはじめ【オーディン】の面々は皆表情が強張っていた。

「ある意味エラーだが少し違うな。この魔法で計れる数値を振り切ったんだ。」

「それってつまり……」

「ギルドで定められているレベルの範囲外、ということだな。」

 冷静に語るフェリネスもさすがに驚きを隠せなかった。
 魔法ギルドの協力を受け、長年に渡り全世界の情報を管理してきた彼にとっても、正に予想外の出来事だったようだ。

「マジかよ……!?」

「そんな子いるんだ……。」

「…………」

 書き写し役のトールディとミオネイルは興奮気味に作業を続けている。身体的な数値は表示されているが、やはりステータスは計測不能となっている。
 フェリネスは書き出された数値を黙って眺めていた。

「……それで、何か判ったかしら?」

「いや、まだ何とも言えんな。他の項目を見て判断しよう。」

 フェリネスとナッキが静かに見守る中、続けてユグリシアの魔法に関する情報が浮き出てきた。

「……これは……!?」

「どうかしたの?」

「魔法の資質適性が……ないだと?そんな事があり得るのか……?」

「え?なになに?どういうこと!?」

 またもや信じられない事態が起こったようだが、シエルには訳が分からず混乱を極める。

「ロード式、クイーン式、ガルト式。ほとんどの者が生まれながらに魔法の資質を持っているのは知っているな?この娘は全ての魔法が使えないということになるが……それはあり得ない事だ。」

「え?でも、ユグリシアは魔法使ってたよ?」

「あぁそうだったな。聞いたことねぇ呪文だったが確かに使ってたぜ。」

 前回のクエストの時に一度だけユグリシアが魔法を使ったことがあった。二人はそれを思い出し「あー」と顔を見合わせた。

「……なに!?まさか……!」

 それを聞いたフェリネスは急いで自分の机に向かい、引き出しの中から一冊の黒い魔導書を取り出した。

「……フェリ兄?」

 戻ってきたフェリネスは黒い魔導書を読み漁る。今まで見たことがない彼の真剣な表情に、リケアは不安な気持ちになっていた。

「……あった。これだ!」

 フェリネスが何かを見つけ、魔導書を光の球体にかざす。すると黒い魔導書も共鳴を起こし、新たな情報が浮き出てきた。

「……思った通りだ。」

「まあ。『ヴェルーン式』じゃない。珍しいわね?」

「ヴェルーン式……?なんだそりゃ?」

「ヴェルーンガウス王朝時代に使われていた古代魔法術式だ。現在でも扱える者は稀にはいるが……。やはり間違いない。この娘は『ヴェルーン式』を持っている……。」

 フェリネスの言葉が何を意味するのか……。
 事の重大さが段々広がっていくのを間近で感じたシエルとリッツも、表情が好奇心から不安へと変わっていく。

「フェリネス。これを見て?この子のスキル……。」

 次に表示されたのはスキルだった。様々なレアスキルが並ぶが、それらには目もくれずナッキはあるスキルを見ていた。

「こ、これは『王家の祈り』!?馬鹿な……!!」

 そのスキルを見たフェリネスは信じがたいといった顔で叫び、身を乗り出した。

「ナッキ!」

「ええ。」

 シエルが質問する間もなく、ナッキが魔法陣を素早く解除する。間髪入れずにフェリネスが呪文を唱えた。

〝静寂な蜘蛛は問う 汝の進むべき道とは何か その答を導け〟

[ル・キャレその答えはエイク・アズ捕縛]

 魔法陣が解除されたことにより、光の球体がスゥッと消える。と同時に姿が見えたユグリシアに白い光の糸が瞬時に彼女へと巻き付いた。

「……!」

「え!?ちょっ……フェリ兄!?何してんの!?」

 リケアが血相を変えて駆け寄ろうとしたが、トールディに止められた。
 魔法を受けたユグリシアは動こうとするも光の糸がそれを許さなかった。

「すまないがお前たちの仕事はここまでだ。この娘の身柄は我々【オーディン】が保護する。」

「あ!?どういうこった!?説明しろよ!」

 突然の展開に理解が追い付かないシエルたち。困惑のあまりリッツが声を荒げた。

「ごめんなさいね。でもあなたたちを守るためでもあるのよ?」

「残念だがこの娘は危険と判断した。もう少し詳しく調べる必要がある。安全が確認できれば我々が家まで送り届けよう。」

「だからって、こんな事しなくても……!」

「そうだぜ!俺たちまだ納得してねぇぞ!」

 怒鳴りながらリッツが詰め寄るも、ミオネイルに片手で止められてしまう。

「……この娘はお前たちにとって親しい仲なのか?何をそんなにムキになっているんだ。」

「……あ。そ、それは……。」

 思わずリケアは口ごもった。言われてみれば確かにユグリシアとは出会って間もない。友達といえる程の仲ではないとリケアは感じていた。

「何が危険なのか分かんねぇって言ってんだよ。一体何しようとしてんだ?」

 怒りながらも冷静なリッツは、隙を見てミオネイルの手を払おうとしていたが、力の差がありすぎて彼女の手はビクともしない。

「案ずるな。何も危害を加える訳ではない。とりあえず娘は預からせてもらうぞ。」

「……あのさ。悪いけど、ユグリシアは俺たちの友達だ。だから渡すわけにはいかないよ。」

 フェリネスがユグリシアに近づこうとした時、それまで黙っていたシエルが間に割り込んだ。

「ユグリシアに危険はない。俺が保証するよ。」

「……え?シエル……。」

「シエル、お前……。」

 リッツとリケアは唖然とする。
 彼の思いもよらない言動には、付き合いの長い二人も驚くばかりだ。

「……何を根拠にそう言い切れるのかは知らんが、それを決めるのはお前ではない。」

 静かに話すフェリネスだが、怒りの形相でシエルに睨んでいる。
 リケアに見せる情けない兄の姿とはまるで別人だ。これが【オーディン】団長の本当の顔なのだろう。

「お友達が心配なのは分かるけど、わたしたちに任せてくれないかしら?悪いようにはしないわ。」

「神殿騎士団のお願いだとしても、それはできない。」

 ナッキが優しく説得するも、シエルの意志は変わることはない。

「仮に危険がなかったとしても、我々としては彼女の持つ能力を見過ごすことはできない。もし万が一何かが起こりえたとしたら……本人にその意思がなくとも、彼女の強大な力はお前たちを殺す可能性だってあるんだぞ。」

「そんな事ないって。ね、ユグリシア?」

「……もちろんですとも。」

 フェリネスの魔法はユグリシアの危険性を考慮した上でかけたものなので、とても強力な魔法に違いなかった。
 しかしユグリシアは動きづらそうではあるが、ゆっくりとシエルに歩み寄り親指を立てて見せた。

「なっ……えっ!?」

「あらまあ凄いわね。フェリネスの捕縛魔法を受けたまま動けるなんて。とんでもない魔力量だわ。」

 おっとりとした驚き方をするナッキとは対照的に、フェリネスは目が飛び出そうなほど驚き、変な声が出てしまった。

「ユグリシア、ケガはない?」

「……へーき。」

「そうか。良かった。」

「…………」

 シエルの優しい微笑みに、無表情だったユグリシアの顔が少しだけ緩んだように見えた。

 一瞬取り乱したフェリネスはすぐに冷静になり、改めて二人に警告する。

「……それ以上は止めておけ。保護を拒むというのであれば、たとえリケアの友人だろうと擁護はできん。最悪の場合は捕らえられ牢獄行きとなるぞ。」

「フェリネスさんたちがしようとしてる事の方が危険そうだよ。ユグリシアは俺たちが責任を持って家に帰す。」

 他の者ならフェリネスの凄まじい威圧感だけで足がすくんでしまうところだが、シエルは動じずまっすぐに彼の目を見てそう返した。

「……聞き入れてはくれんか。リケアの前で手荒にはしたくなかったが、やむを得ないな。」

 フェリネスが覚悟を決め呪文を唱えようとしたその時だった。

「……誰かくる。壁からはなれて。」

「!!」

 ユグリシアが言葉を強めた。それを聞いたシエルはすぐに彼女を抱き抱えて部屋の中央へ移動する。
 フェリネスとナッキはユグリシアが喋るよりも早く何者かの気配を感じ、壁から距離を取る。

 ドゴオォォッ!!

 その直後、凄まじい音で壁が崩れた。何者かが壁を破壊したのだ。
 しかし崩れた壁には光の幕が張られていた。フェリネスはこの魔法書庫を守るために、常日頃から結界魔法をかけていたようだ。

「……おりょ?なんか硬いなーって思ったら結界張ってたのか。ジャマくさー。」

 結界の外から女の声が聞こえてきた。彼女は特に驚く様子もなく、今度は足に力を入れる。

「せーのぉ!」

 女はかけ声とともに勢い任せに結界に蹴りを叩き込んだ。
 するとパリン!という乾いた音をたてて結界は砕け散ってしまった。

「……あ。」

 埃を払いながら「よっこらしょ」と部屋に入ってきた赤茶けた髪の女を見たユグリシアは、覚えのある顔に声を出す。

「お?あぁー!いたいた!探したよぉ?」

 そしてユグリシアを見つけた女は嬉しそうにはしゃぎだした。

「……おい何してんだ。部屋に入る時はちゃんとノックしろよ。」

「あ、そっか。ゴメンゴメン。」

 続けてバンダナを巻いた男がゆっくりと部屋に入ってくる。
 突然の荒々しい来訪者。二人の顔を知らないシエルたち【カーバンクル】はただ目を丸くするだけだった。

「貴様たちは……【ラグナロク】……!!」

「おー。こりゃ【オーディン】さまお揃いで。ちょっとお邪魔するぜ?」

「ニャハハハ!ねえねえ!ボクと遊ぼうよぉ!」

 思いもよらない人物にフェリネスは声を詰まらす。
 そんな事など気にもとめず、レグノとファルイーヴァは愉悦の笑みを浮かべていた────。


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