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第一章 王子と迷子の冒険編
第12話 旅は道連れ、世は情け容赦無し
しおりを挟む「────な、何をやってますの!?早くテントを建てなさい!」
「も、申し訳ございません!しかし……どうにも難しくて……」
「言い訳はおやめなさい!あちらはもうすでに夕食の準備を始めてますのよ!?」
「は、はい!かしこまりました!」
静寂な夜の平野に怒鳴り声が響き、近くの木で羽を休めていた夜鳥が驚いて飛び去っていった。
夜になり冷え込みが増すなか、王宮の警護を務める聖王都の兵士はワガママ王女の圧を受けながら汗だくでテントを張る。
鍛え抜かれた精鋭の兵士といえど、やった事もないテント張りに悪戦苦闘していた。
「……あーあー。見ちゃらんねぇな。」
少し離れた場所からそれを眺めるリッツは、ため息混じりに同情の言葉を出す。
「ねえリッツ。こんな事させていいの?相手はあのルヴェリア王女だよ?バレたら後で大騒ぎになるんじゃない?」
焚き火にかけられた鍋には美味しそうなシチューが入っており、それをかき混ぜながらリケアは心配そうに呟いた。
「いいんだよ。アイツが自分で乗っかってきた勝負なんだから。」
「聖王都と揉め事なんてイヤだよぉ……?」
リッツが持ちかけた勝負とは、どちらが先にキャンプの準備を完了させられるか、というもの。
しかしルヴェリア王女御一行が旅の道具など持っているはずもなく、彼女らのテントやキャンプ道具はユグリシアの錬成スキルで全て作り出してくれた。
ユグリシア曰く、自分が見た物ならほとんどは作り出せるのだという。
「……まあ、つっても初めから勝負になってねぇけどな。」
【カーバンクル】側は既に準備にとりかかっていたため、少し時間を空けてから勝負は開始された。
が、結果はご覧の通り。
シエルたちは、普段から学校が休みの日によく外へ出かけてキャンプをしていたので慣れている。そのため手際の良さは歴然だった。
「でも逆に凄いよねルヴェリアって。あそこから一歩も動いてないじゃんか。」
「清々しいくらいに何もしねぇよな。俺だったら王女だろうが文句言ってやるところだ。」
凛とした立ち姿でワガママを連ねるルヴェリアを、シエルとリッツはお茶をすすりながら呆れ顔で見ていた。
「……それで!?食料の調達はできましたの!?」
「は!ご覧ください姫様。貴重な肉を入手いたしました!」
ルヴェリアの問いに素早く答える兵士がひとり。
田舎で暮らしていた時はよく狩りをしていたという彼は、捕ってきた野生の山羊を自慢気に見せてきた。
「な……なんですのコレは!?こんな粗悪なものをわたくしに食べさせるつもりなの!?もっと高級なブランド牛を捕ってきなさい!」
「そ、そんな無茶な!」
しかし高級料理しか口にしたことがないルヴェリアには、それ以外の食材は全て粗悪で括られる。
あまりのワガママぶりに呆れていたシエルとリッツだったが、それを通り越して段々面白おかしくなってきた。
「……ぷっ!だははははっ!」
「そこ!うるさいですわよ!」
笑い転げる二人に向かって即座にルヴェリアが吠える。が、それも虚しく響くだけだった。
「……く、屈辱ですわ……!」
なんとも不恰好なテントが建てられたのは、それからしばらくしてのことだった……。
────────────────
「…………」
パチパチと静かに燃える焚き火を
眺める姿があった。ルヴェリアがひとり膝を抱えて座っている。
くうぅぅぅ……。
空腹を訴える音が先程から再三鳴っている。その度に腹ペコ王女はため息をもらした。
「おーい。王女さんよ。少し分けてやろうか?」
少し離れた場所では、シエルたちが出来立ての温かいシチューを食べている。
「い、いりませんわ!勝負なのですから、同情は受けません!」
気丈に振る舞うルヴェリアだったが、時折吹く冷たい風に体を震わせていた。
(……うぅ……。なんていい匂いなんですの。王宮で食べていたどのお料理よりも美味しそうに見えますわ……。)
シチューの香りが風に乗り、ルヴェリアの鼻まで届く。彼女の視線はシチューに釘付けだった。
「大丈夫か?ヨダレ出てんぞ?」
「……はっ!」
結局ルヴェリアの食事は、兵士たちが必死で探してきた果物だけとなった。
食べない訳にはいかず、ルヴェリアは渋々食べたのだが、シエルと同い年の彼女も育ち盛り。それだけでは到底足りるはずもなかった。
「本当にいらないのか?リッツの料理はマジで美味いんだよ?」
「しつこいですわ!」
ヨダレをハンカチで拭き取るルヴェリアは頑なな態度を続ける。
意志が固いというよりは意地になっているという方が正しいだろう。
「へっ、なかなかいい根性してんじゃねぇか。」
そう言うとリッツは立ち上がり、ルヴェリアに近づく。
そしてスッと何かを彼女の前に差し出した。
「これは……?」
「俺たちから冒険者登録を祝ってのプレゼントだ。とっときなって。」
リッツが見せたのは、彼らが出発前に購入したランタンだった。
突然のサプライズにルヴェリアは驚きの表情を見せる。
「綺麗なランタンですわね。本当によろしいの?」
「あぁ。しかもそのランタンはな、低ランクの魔物を寄せ付けない特殊な火が出るっていう優れもんだぜ。」
「まあ。そうなんですの?では、ありがたく使わせていただきますわ……」
ルヴェリアがにこやかに受け取ろうとしたが、その寸前にリッツがランタンを引っ込めた。
「……なんですの?」
「そのありがてぇって気持ちを兵士たちにも言ってやれよ?本来お前がしなきゃなんねぇ仕事を全部やってくれたんだからな。王女なんだからそれくらいやったってバチは当たんねぇぞ?」
「余計なお世話ですわね。彼らの苦労などわたくしには関係のないこと。貴方の指図など受けませんわ。」
リッツの言葉にルヴェリアの態度が一変する。
彼女は人を見下すような顔でランタンをリッツの手から奪い取った。
「そうかい。ま、好きにしろよ。俺たちは先に寝るぜ。んじゃな。」
まるでお手本のような自己中心的な態度と発言にすっかり慣れてしまったリッツ。
彼は軽く言葉を残すと、表情を変えることなく自分たちのテントに戻っていった。
「……あれ、どうしたリッツ。やけにすんなり引いたな?」
「ああいう世間知らずでワガママなヤツは口で言っても聞かねぇからな。少しくらい痛い目みた方がいいんだよ。」
「……?」
言葉の意味が分からず不思議そうに首をかしげるシエルをよそに、リッツは焚き火の前に座りお茶をすする。その表情は少し笑うのを我慢しているように見えた。
「……キャアアアア!!」
「な、なんだ!?」
それからしばらくしての事だった。
シエルがテントの中で寝転がっていると、突然悲鳴が聞こえ飛び起きる。
「リッツ!どうした!?」
「ようシエル。ぶふっ!見ろよアレ。」
慌てて出てきたシエルは悲鳴が聞こえた方を見る。どうやら声の主はルヴェリアのようで、何やら騒がしい。
シエルのそばでは、焚き火の番をしていたリッツがルヴェリアを指さして意地悪そうに笑っていた。
「な!なんですのこれー!!」
ルヴェリアが騒いでいる理由はランタンの光に集まっていた無数の虫だった。
まだ冬の時期だというのに、おびただしい種類の虫が集まってきている。そしてあろうことか彼女のテントの中にまで入ってきたのだった。
「……うーわ。なんだあれ?気持ちわるっ。」
その光景にシエルは思わず「ひゃー」と声をもらし、顔をしかめる。
「ええ?あれって俺たちが買ったランタンだよな?」
「お前は能天気王子だからひとつ勉強しとけ。安もんのマジックアイテムってのはな、一見お得そうに見えるが実はほとんどが欠陥品なんだよ。」
「へえー、そうなんだ。……む!誰が能天気王子だ!」
兵士たちが松明や剣で懸命に虫を追い払っているが、いかんせん数が多い。
「ひいぃっ!まったく理解できませんわ!冒険者とはいつもこのような夜を過ごしてらっしゃるの!?」
「そ、そのようです!ルヴェリア様!」
当然そんな事はないのだが、何も知らずわちゃつく兵士たちと、相変わらず何もしないが文句だけはしっかり言うルヴェリア。
その滑稽な姿はさながら喜劇でも見ているようだった。
「……うーっ!ふっざけんなですわぁぁぁー!!」
「だっはははは!!」
この状況に耐えきれず、ルヴェリアは月に向かって叫ぶ。
綺麗にオチが決まったところで二人は腹を抱えて笑い転げた。
────────────────
「…………ふわあぁ~。久々に外で寝たけどやっぱ気持ちいいなぁ。」
その翌朝。
陽が昇りはじめた頃にシエルが目を覚ます。
大きなあくびをしながらテントから出てくると、すでにリッツが朝食の支度をしていた。
「ようシエル。起きたか?」
「おはようリッツ。あれ?早いね。」
「お隣さんがうるさくてあんまり寝られなかったんだよまったく。」
リッツは朝食用のスープを作りながらつられてあくびをする。
スープの他にもおかずやパンが用意されており、美味しそうな匂いがシエルのお腹を刺激した。
「へへー。もーらいっと!」
そう言いながらシエルは、器用に作られたタコさんウインナーをパクリとつまみ食いする。
「コラ。つまんでねぇで先に顔洗ってこい。」
「はいはーい。」
促されたシエルは小さな子供のようにパタパタと身仕度を始めた。
それをやや呆れ顔で見ていたリッツは、スッと視線を移す。その先にはルヴェリア陣営の不恰好なテントがあった。
「……やれやれ。ようやく寝静まりやがったか。」
「え?ああ、ルヴェリアたちか。『地面が硬くて眠れませんわー!』って叫んでたもんね。」
ルヴェリアたちの虫騒動は、あの後ようやく終わったのだが、今度はベッドじゃなきゃイヤですわと再びワガママを言い出したのだ。
「どうやら寝袋はお気に召さなかったようだぜ?」
「あはは。まあそうだろうねー。」
すると小川の方から顔を洗い終えたリケアとユグリシアがやってきた。
「……あ、おはようシエル。」
「……おはよう。」
「おはよう。二人とも見張りお疲れ様。」
冒険者が野宿をする際、魔物を警戒しなければならず、夜間の見張りが必須となる。
シエルたちも昨夜はニ交代制で夜間の見張りをしていた。
「特に変わった事なかった?」
「変わった事……。あー、そういえばルヴェリア王女が……」
「あ?アイツがどうかしたのか?」
「王女さま、帰っちゃったよ?」
それを聞いたリッツは、味見をしていたスープを思いっきり吹き出した。
「ゲホッ!ゲホッ!……はあ!?帰っただぁ!?」
「うん。私が水を汲みに行こうとした時にね、『急用を思い出しましたわー』って来た道戻っていったからたぶんそうだと思うよ?」
「ふーん。急用……ねぇ。」
「昨日の夜かなり騒がしかったみたいだけど、もしかしてそれが原因?」
後から見張りを交代したリケアとユグリシアは、先に寝ていたのでルヴェリアの虫騒動についてはあまり知らなかった。
「ぶふっ!聞いてくれよリケア!これが面白いのなんのって!なあシエル?」
「もう爆笑。」
「え、なになに?早く聞かせてよ!」
二人は思い出し笑いをしながら昨夜の出来事を話してくれた。
初めはワクワクしながら聞いていたリケアだったが、次第に顔が青ざめる。
「……え、ちょ、うえぇ?さすがにやり過ぎ……じゃない?」
「んなことねぇよ。あれぐらいの事でパニくってるようじゃ、冒険者にゃ向いてねぇってこった。」
「そうだねー。これに懲りておとなしくなってくれたらいいんだけど。」
話をしているうちに料理が完成したので、シエルたちは朝食の準備を整える。
「それにしてもよ、片付けくらいしていけっての。クエストも途中でやめちまうし、意外と根性ねぇな……。」
スープを器に入れながらリッツは不満そう呟いた。
それが誰かに話しかけたのか独り言なのかは分からなかったが、その表情は何か物足りない様子にも見える。
「ほほぉ?」
「へぇー?」
そんなリッツの顔を、シエルとリケアがニヤニヤしながら覗き込んできた。
「……なんだよ?」
「いや別に?ほら、冷めないうちに食べよう。」
リッツが睨みを効かすが、二人は何かを納得したように「なるほどねー」と頷くだけだった。
その後のシエルたち四人の旅は何事もなく和やかに進んでいった。
しかし目的地のデュロシス王国に到着した時、リケアの身に異変が起こる────。
────────────────
「……うわぁ……。」
「こりゃまた……なんとも……」
「大きいね、リケア。」
「…………」
出発してから三日目の朝。
フェンリルロード領内にあるデュロシス王国、その中心街の入り口にシエルたちの姿があった。
『祝!リケア・ウォレシュ帰郷!』
街全体は強固な城壁に囲まれており、入り口には巨大な城門がある。そこに張り出された大きな横断幕をシエルたちは唖然とした表情で見上げていた。
「なんだあれは?」
「リケア……って誰?」
「有名人でも来たのか?」
中心街は朝から人で賑わっており人通りも多いが、そのほとんどが一旦足を止め、横断幕に注目している。
「私やっぱ行かない。」
「まーまーまーまー!」
「ここまで来てそりゃねぇだろう!?な!?」
全力で走り出そうとするリケアを二人が全力で引き止める。
「ね!?見たでしょアレ!?なんでああいう事しちゃうのもー!今すぐ焼き払ってやる!」
「うわわわ!落ち着いてリケア!」
「わかったわかった!家に行かなくていいからギルドだけさっさと行こうぜ!?な!?」
今度は行き交う人々が多くいる中、攻撃魔法をぶっ放そうとするリケアを二人が全力で阻止する。
「……ん?ということはこの横断幕はリケアのきょうだいが作ったってこと?」
「…………」
「帰るって連絡してねぇんだろ?なんでバレてんだよ?」
「…………」
「……?ねえリケア……ぐえっ!」
心配そうにシエルが呼びかけると、いきなり片手で首を掴まれた。
「……私の名前を呼ばないで。私がリケアって周りに知られるでしょ?恥ずかしいでしょ?」
「ず……ずびばぜん……。」
「おいリ……そこのお前。余計に目立ってんぞ?」
「……はっ!」
リケアが周りを見渡すと、人々が物珍しいような、または怪しむような目でこちらを見ていた。
「くっ!こうなった以上大通りは歩けない。裏道を通って行こう。なるべく怪しまれずに、隠密に……。」
「お前は逃亡中の犯罪者かよ。」
リケアは掴んでいたシエルの手を放し、素早く怪しげなお面を装着する。そして近くの民家の壁に張り付き、カサカサと奇妙な動きで路地裏へと入っていった。
「怪しさ全開じゃねぇか。」
「ちょっと他人のフリしてようか……。」
少し距離を空けて二人がその後に続く。
そして最後に歩きだしたユグリシアだったが、振り向きざまに二人組の男女、その女の方と肩がぶつかった。
「……あ。」
「……おょ?」
一見すると冒険者の格好をした普通の若い男女だった。男は20代前半、女は10代後半くらいだろうか。
だがその男女は普通ではなかった。
女がユグリシアを見た次の瞬間、突然殴りかかってきた。しかしその拳はユグリシアの顔に当たる直前でピタッと止まる。
「……お~?」
「…………」
その速さと威力の余波が空間を揺らし、二人の髪がフワッと静かになびく。
それは一秒にも満たないほんの一瞬の事だった。
鍛え上げた強者でさえ反応できないような速度で女は殴ろうとしたのだが、ユグリシアはその腕を掴んで止めていたのだ。
「……ぶつかって、ごめんなさい。」
相変わらずの無表情でユグリシアは謝りながら手を放す。逆に女の方は少し驚いた顔をしていた。
「……ああ、気にすんな。こっちこそ悪かったな。」
すると男が女の襟を掴み強引に後ろへ下がらせた。
「……じゃあね。」
ユグリシアはそのまま小走りでシエルたちの後を追いかけていった。
あまりに一瞬の出来事だったので、シエルたちはおろか周りにいる大勢の民衆すらも気がついていない。
女はゆっくりと腕を下げる。しかしその手にはかなり強い魔力が込められていた。まともに食らえば、普通の人なら一撃で頭が吹き飛んでいただろう。
今回は未遂に終わったが、このような事が人目もはばからず街中で起これば、当然大事では済まない。
だが女からしてみれば、そんな事など関係なかった。ごく普通の、そう、息をするのと同じ当たり前の行為をしたに過ぎない。
「……どうかしたか?ファル。」
男もそれを知っているので普段なら止めはしないのだが、女の様子がいつもと違う事に気づき止めに入った。
「……ヒヒヒ……あははは……!」
「嬉しそうだな?」
「分かるぅ?レグノぉ。ボク今最っ高にイイ気分だよ……。」
狂気に満ちた笑顔を男に向け、女は嗤う。その姿は品の良さなど欠片もない。
「そうみてーだな。良かったじゃねーか。」
頭にバンダナを巻いた黒髪の青年──【ラグナロク】のレグノは女の頭をポンと軽く叩く。
「おもしろそうなヤツ、見いぃつけた!!」
同じく【ラグナロク】の少女──ファルイーヴァは赤茶けた髪を振り乱して嗤い続けていた────。
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