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第六十三話
しおりを挟む「くひひ…待ってろよぉ…一ノ瀬快斗ぉ…お前を殺して…僕はこの世界の神になるぅ…」
スキルを覚醒させ、窮地を乗り越えた幸雄は、ダンジョンの出口を目指して歩いていた。
襲いかかってくるモンスターは、幸雄に到達する前に潰れて死んだ。
覚醒したスキルで、自分に近づいてくる者たちを、幸雄は操るまでもなく殺せるようになっていた。
「あはは!!あははははは!!この力があれば…!一ノ瀬快斗だって…!!スキル・キャンセラーだって乗り越えられる…!」
幸雄は全能感に似た感覚を覚えていた。
今の自分にできないことなどないと思っていた。
覚醒したスキルで、全てを支配できると考えていた。
「まずはぁ…!一ノ瀬くんを殺してぇ…黒崎さんを僕のものにしてぇ…新田さんは性奴隷かなぁ?うふふ…楽しみだなぁ…」
くつくつと笑いながら幸雄は地上に出てからのことを考える。
幸雄の第一目標は、自分をこんな目に合わせた快斗に復讐することだった。
自分の腕を切り落とし、窮地に追い込んだ快斗に、ありとあらゆる苦痛を与えて殺す。
そして黒崎麗子と新田恵美を手に入れる。
その後に、残りの世界全てを支配する。
今の自分にならそれが出来ると思い込んでいた。
「君の苦しむ顔が楽しみだよぉ…一ノ瀬快斗ぉ…待ってろよぉ…すぐに復讐してやるからなぁ…」
ブツブツと快斗に対する怨嗟の言葉を吐きながら、幸雄はダンジョンの通路をゆっくりと進んでいった。
「んん…?誰だぁ…?」
不意に前方からこちらに近づいてくる気配があった。
モンスターかと思ってすぐに殺そうとしたがどうやら違うようだった。
こちらに向かってきているのは人間のようだった。
「冒険者かぁ…?」
幸雄は足を止めて目を細める。
コツコツとその人物は靴音を鳴らして近づいてきて、やがて姿が露わになる。
「あ…?」
幸雄は首を傾げる。
現れたのは、幸雄よりも頭ひとつ身長の高い、長身の男だった。
整った顔立ち。
腰には剣を刺していて、最低限の防具を身に纏っている。
幸雄が足を止めたのは、その人物が、現地の異世界人たちと顔立ちがずいぶん異なっていたからだった。
「こいつぅ…日本人かぁ…?」
その男の見た目は、自分達と同じ日本人に酷似しているように思われた。
「お、早速一人、発見だね」
男の方も幸雄を見て、足を止めた。
幸雄を見下ろして、探し物を見つけたようにニコニコと笑う。
「お前はぁ…日本人?僕らと別で召喚されたのかなぁ?」
幸雄は男が、自分達とは別で召喚された日本人なのかと思った。
カテリーナか、あるいはこの世界に住まう他の王族が、自分達以外に日本人を召喚したとしても何らおかしくないと幸雄は思っていた。
「質問だ。君はカテリーナに召喚された日本人の一人だよね?」
幸雄の質問を無視して、男は逆に質問し返してきた。
増長した幸雄にはそれが腹立たしかった。
「質問に質問で返すなぁああああああ!!!死ねえぇええええええ!!」
幸雄は力を放った。
目の前の男を、殺す気でスキルを行使したのだ。
だが、男は死ななかった。
爽やかなスマイルで幸雄を見ている。
「お、君結構強いスキル持ってるね。ありがとう。これは貰っておくね」
「は…?」
一瞬遅れて、幸雄はいつの間にか、自分からスキルの力が失われていることに気がついた。
「彼らに引き続き……一ノ瀬快斗までダンジョンに潜りましたか…これはあまり望ましい展開ではありませんね…」
王城の一室で、カテリーナが千里眼の魔法を使い、カナンの街を観察している。
カテリーナは、王城を目指す裕也率いる生徒たちと、二人で行動する快斗と新田を同時に監視していた。
そして生徒たちと快斗が一緒にダンジョンに潜ったのを見て眉を顰める。
「ダンジョン内を千里眼で監視することはできない…先に潜った生徒たちが一ノ瀬快斗と衝突しなければいいのですが…」
カテリーナが危惧しているのは、監視の行き届かないダンジョン内で先に潜った裕也率いる生徒たちと快斗が衝突し、殺し合うことだった。
生徒たちは一度、快斗と恵美を追放しており、そのことに対する復讐として快斗が他の生徒を襲ってもおかしくないとカテリーナは考えていた。
「私の兵器候補をあのクソ日本人に台無しにされるわけにはいきません…しかし…ダンジョン内は監視ができない…一体どうしたら…」
カテリーナとしては、将来的に兵器として利用するつもりの生徒たちを快斗に虐殺されてはこまる。
なのでダンジョン内での快斗の動きを監視したいのだが、しかし、実力は向こうのほうが上のため自分で赴くわけにもいかない。
そして人を送っても前のように返り討ちにされるだけだろう。
「困りましたね…こうなると、彼らが衝突しないことを祈るばかりですが…」
ダンジョンは広く、分岐点が無数に存在する。
同じ日にダンジョンに潜ったからといって、そこで確実に出会うとは限らない。
カテリーナは、生徒たちと快斗が出会わないことを祈り、ダンジョンの入り口を監視することにした。
「ん…?あれは…?」
千里眼を引き続き使って、生徒たちや快斗が潜った後のダンジョンの入り口を監視していたカテリーナが目を細める。
異様な雰囲気を放つ長身の男が、一人でダンジョンへと潜ろうとしていた。
「なぜ死なない…?」
幸雄は混乱する。
自分は確かに目の前の男に対してスキルの力を使った。
だが、男は日本人っぽい見た目の男は平然とそこに立っている。
目立った外傷なども確認できない。
「…っ!!」
幸雄はスキルが発動しなかったのかと思ってもう一度スキルを使おうとする。
だが、そこで初めて気がついた。
いつの間にか自分からスキルが失われていることに。
「は…?」
唐突の事態に幸雄は混乱し、固まる。
男はニコニコと笑いながら、優しい口調で幸雄に話しかける。
「何が起こったのか、わかっていない感じだね」
「…っ」
「知りたいかな?君が知りたいことを、多分俺は知っているよ」
「…っ」
「俺の質問に答えてくれたら、教えてあげる。どうかな?」
「…っ」
幸雄はごくりと唾を飲んだ。
得体の知れない男の妙な気迫に、幸雄は飲まれつつあった。
「じゃあ、質問だ。まず、君はカテリーナに…この国の王族に召喚された日本人で間違いないかい?」
「…っ」
こくりと幸雄が頷いた。
男の質問に素直に答えることは幸雄にとって屈辱的なことだったが、スキルのない自分は無力だ。
幸雄は何らかの原因で一時的にスキルを失ったのだと現状を解釈した。
時間を稼げば、またすぐにスキルが使えるようになるとそう考えたのだ。
「そうかそうか。召喚されたのは君だけじゃないよね?他に何人くらいいるの?」
「…大体でいいなら」
幸雄はクラスメイトの数を答える。
男はニコニコと笑みを浮かべながら頷いている。
「なるほど…それじゃあ、最後の質問。君と一緒に召喚された日本人の中に、一ノ瀬快斗って男はいるかな?」
「…っ!?」
幸雄は驚いた。
どうして目の前の男の口から快斗の名前が出てくるとは夢にも思わなかったからだ。
「どうしてその名前を知っている…?」
「質問に質問で返さないでくれるかな?一ノ瀬快斗はここにきているのかいないのか、俺が知りたいのはそこなんだよ」
「…っ」
静かに殺気立ち始める男。
幸雄は慌ててこくこくと頷いた。
次の瞬間。
「…そうか。あいつ、また召喚されたのか」
「…っ!?」
驚くほどに低い声を男は漏らした。
思わず逃げ出したくなるほどの爆発的な殺気が男の身から放たれる。
幸雄は自らの体が本能的な恐怖を感じて震え出すのを止めることができなかった。
「あ、ごめんごめん。君をどうにかするつもりはないからね。質問に答えてくれてありがとう」
しばらくして、男は殺気を治めて幸雄に笑いかけた。
幸雄は死にたくなるような威圧から解放されて、ホッと胸を撫で下ろす。
男はまたニコニコとした笑顔に戻って、徐に幸雄の右腕を指差した。
「その腕、どうしたんだい?」
「…?」
「可哀想に。怪我してるじゃないか。質問に答えてくれたお礼に直してあげるよ」
そういって男が幸雄の右腕の切断部分に手を翳した。
すると淡い光が起こって幸雄の右腕の怪我が一瞬で癒えた。
亡くなった腕が、冗談のようにまた生えてきたのだ。
「はぁ!?」
突然のことに幸雄は叫び声をあげる。
男は相変わらずニコニコと笑っていた。
「な、何したんだよ…!?」
幸雄は驚いて、自分の生え変わった腕に触れてみる。
切り落とされる前と何ら変わりない、大きさと形だ。
神経もつながっていて、問題なく動かせる。
「す、スキルを使ったのか…?」
幸雄は自分の腕が男の何らかの力によって完治したことを認識し、恐る恐る訪ねた。
男はあっけらかんと答えた。
「違うよ。これは魔法」
「ま、ほう…?」
幸雄の頭の中に快斗の顔が思い浮かぶ。
目の前の男も、快斗と同じように魔法を使ってあらゆる怪我を治療することが出来るのだろうか。
「そう。俺たちがこの世界に来たときに授かるスキルと違って、この世界の住人が使うごく一般的な力だよ」
「…俺たち…?ということはあんたも」
「もちろん。君と同じ日本人だよ」
男はにっこりと笑って手を差し出してきた。
「改めてよろしく。俺の名前は東雲勝也。君よりも前に召喚された日本人だよ」
「…っ」
幸雄はごくりと唾を飲んだ。
やはり召喚された日本人は自分達だけではなかったか。
そう思いながら、思わず勝也の握手に応えてしまう。
「いやあ、こんなところで同郷人に会えるなんて嬉しいね。色々語らいたいところだけど…あいにく俺は時間がないんだ。ある人物を探していてね…まあ、君に訪ねた一ノ瀬快斗って男なんだけどね」
また微弱な殺気が男から……勝也から漏れ出していた。
幸雄は勝也から、快斗への殺してやりたいほどの憎しみを感じ取った。
「い、一ノ瀬くんを見つけて…何をする気だ…?」
「ん?もちろん殺すけど」
当然のように言い切る勝也。
「その昔色々あってね。話すと長くなるから言わないけれど、俺はあいつをものすごく憎んでいるんだ。あいつが元の世界に帰っちゃって俺はこっちに取り残されて、もう会えないかと思ったけど、まさか向こうからまた召喚されてくるとはね」
「…また召喚…?はぁ…?」
幸雄には何が何だかわからなかった。
しかし、勝也が快斗を自分以上に恨んでいることはわかった。
「じゃ、そういうことだから。俺は快斗を殺しに行く。君も早くここを脱出したほうがいいよ。あ、その前に誰かに助けを求めないとね。生身だとモンスターに襲われて殺されちゃうから」
そういった勝也は踵を返してきた道を戻り始めた。
その背中に、幸雄は震える声をかける。
「ま、待て…!い、一ノ瀬快斗は僕の獲物だ…!僕が殺すんだ…!!あんたは何もするな…!」
「無理でしょ。君如きにあいつは倒せないよ」
勝也は振り返らずにそういった。
「待て…!まだ聞きたいことがある…!!止まれ…!!」
「ばーい」
幸雄が必死に呼び止めるが、勝也はそのまま歩いていく。
「くそっ…!僕を馬鹿にするなよ…!!スキル、ドミネーター…!!あいつを従わせろ!!」
幸雄はすきるをつかって勝也を止めようとする。
だが、スキルは発動しなかった。
それどころか、幸雄の中からスキルの力自体が失われていた。
「何だよ!?何で使えないんだ!?ドミネータ
ー!!発動しろ!!」
「無駄だよ~」
もうかなり離れたところにいる勝也が、ヒラヒラと手を振った。
「君のスキルは俺が貰ったから」
「は…?」
「スキル・テイカー。自分に対して使われたスキル
を自分のものにする力。それが俺のスキルだ」
「な…!?」
「君が俺に対してスキルを使った時点で、君のドミネーターは俺のものになった。ありがとう。覚醒状態だと結構強力みたいだし、大事に使わせてもらうよ」
「ふ、ふざけるなぁああああ!!返せ!!僕のスキルを返せよぉおおおおおおお!!」
幸雄は激昂し、勝也に殴りかかる。
「お座り」
だが次の瞬間、何らかの力によって無理やりその場に座らされた。
体を動かそうと試みるが、座った状態からびくともしなかった。
幸雄は勝也が、自分から奪ったドミネーターのスキルを使ったのだと理解した。
「く、くそおおおおおお!!!返せぇえええ!!僕のスキルを返せぇええええええ!!」
勝也の背中に向かって、絶叫する。
だが、勝也はそんな幸雄を無視して通路の奥へと消えてしまった。
「ちくしょぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
幸雄の悔しみの叫びがダンジョンに響き渡った。
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