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第五十七話

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「えいっ!」

『ギャイン!?』

『ギャン!?』

新田の風の剣の一撃によって二匹のダンジョン・ウルフが斬り裂かれた。

二つに体を分けたダンジョン・ウルフが完全に絶命したのを見て、新田は安堵したように「ふぅ」とため息を吐く。

「新田。大丈夫か?そろそろ交代したほうが」

「ううん、大丈夫」

新田が首を振った。

「こういう時ぐらい役に立たせてよ」

「だが…もう二時間は経ってるぞ。本当に大丈夫なのか?」

「うん…モンスターを倒してるのはこの剣のおかげだし……それに、この世界に来てから一ノ瀬くんに助けてもらってばかりだったから、私にできることはやっておきたいの」

「…そうか」

新田の決意に満ちた表情を見て俺は何も言えなくなる。

新田に風の剣を渡してから二時間ばかりが経過した。

あれから現在に至るまで、新田は積極的に前に出てモンスターとの戦闘の全てを担当してくれていた。

前方に現れ道を阻むモンスターたちを風の剣で屠っていく。

確かにこれなら新田の訓練にもなるし、俺も力を温存できるのでいいのかもしれないが、しかし、新田の体力が心配だった。

本人は大丈夫だといいうが、新田の表情には明らかに疲労が浮かんでいたし、モンスターを何匹も殺すことによる精神の摩耗も相当なものだろう。

モンスターの中には地球にいた動物とほとんど変わらない見た目の種も多い。

新田はこれは必要なことだと割り切っているのかもしれないが、知らず知らずのうちに心には負荷がかかっているかもしれない。

「…ヒール」

俺は新田の背後を歩きながらこっそりと新田に回復魔法を施した。

一気に体力を全開させるとバレるので、微弱な回復魔法を少しずつ新田に施していった。

そのおかげで、しばらくすると新田は完全に元の体力を取り戻していた。

「あれ…?なんか体が軽くなったような?」

「すごいな。これだけ倒してまだ体力が余っているのか」

「うーん…というよりもなんか突然元気が湧いてきたというか…なんでだろ?」

「さぁな。アドレナリンとかが分泌されたからじゃないのか?」

「そうかなぁ?」

俺は首を傾げる新田にそう惚けておきながら、地面に落ちた素材を回収する。

「ま、いっか」

新田もしばらくすると考えることをやめて歩みを再開させた。

俺は密かに安堵しながら、新田の後ろについていく。

その時だった。

「新田。少し待て」

「はい…?」

前方から異質な気配を感じ取った俺は、新田を止めて前に出た。

目を閉じて気配を探ることに集中する。

「モンスター…?」

そう尋ねてくる新田に俺は首を振った。

「違う。人間だ。三人…はいるな」

「じゃあ、大丈夫なんじゃ…」

「いや…そうとも限らない」

ダンジョンは人目につかない場所が多く、冒険者同士の殺し合いも多い。

特にベテラン冒険者が初心者の装備を奪うために人目のつかない場所に誘い込んで襲って殺すなんてのはよくあることだ。

だからダンジョン内で人と遭遇する時は、決して警戒を緩めてはならない。

「ん…?待てよ。この気配は…」

てっきり同業者……つまりは冒険者の気配だと思っていたのだが、距離が近づいてくるにつれて俺は気づく。

その気配が、以前に感じ取ったことのある誰かの気配であることに。

「ひょっとしてクラスの連中か?」

「えっ!?クラスの誰かなの!?」

新田が驚く。

その声にはわずかに、再会の喜びが滲んでいるようにも感じられた。

俺は楽観的な新田に釘を刺しておく。

「新田。断っておくが、俺たちはあいつらに見捨てられたんだからな?今からやってくる連中が味方だとは限らない」

「あっ…そっか…」

新田がしゅんとした表情になる。

俺は慌てて言葉を重ねる。

「まぁ、もし協力できそうならしないこともないが…」

「う、うん…!そうだよね!まずは話してみるとか…!もしかしたらもう有馬君に操られてないかもしれないし…」

「そういえば、クラスメイトは有馬裕也のスキルに操られているんだったな」

確かスキルの名前はカリスマ、だったか。

新田曰く、有馬のカリスマスキルは有馬裕也に対して少しでも好感を抱いているものに対して働きかけ、意のままに操るという能力らしい。

だとすれば新田や俺が有馬に操られる可能性はないんだろうが…しかし、スキルは時に『覚醒』する時がある。

スキルは授かった瞬間からずっと効果が変わらないわけじゃない。

持ち主が窮地に立たされた時、その危機を回避するために突如としてその能力が『覚醒』し、格段に強くなる場合がある。

この世界に召喚されてから数日。

有馬がなんらかの窮地に立たされ、そのスキルが覚醒していてもおかしくない。

油断はしないほうがいいだろう。

「まぁ、スキルの力に関しては俺自身は大丈夫なんだがな」

と言っても、俺のみに限った話で言えば、スキルの力でなんらかの干渉を受ける心配はない。

一度目の召喚の時、俺はあるスキルを獲得した。

そのスキルのせいで俺は仲間はずれにされ、孤立して死にかけた。

だが最終的には、そのスキルは身を守るのに大いに役立った。

もしかしたら今回も、そのスキルの力を使う時が来るかもしれない。

「新田。何があるかわからないからあまり俺から離れないでくれ」

「う、うん…」

心配なのは新田だ。

現状、なぜか新田はこの世界に召喚されたにも関わらず、なんのスキルも獲得していない。

風の剣で武装しているのである程度の自衛は出来るが、クラスメイトたちからの攻撃…つまり、スキルによる干渉に対しては無力だ。

俺が守ってやる必要があるだろう。

「きたな」

そうこうするうちに、前方から三つの影が姿を現した。

三人のうち、二人はうちの高校の制服を身につけていた。

1番前を歩いている男は、冒険者風の装備を身につけている。

予想違わず、クラスメイトとの遭遇に、俺は警戒を強める。

見たところ、近くに有馬裕也の姿は見受けられなかった。

「西川君に、黒崎さん!?」

新田が驚きの声を上げる。

「よかった!二人とも無事だったんだね!もしかして、有馬君の洗脳が解けたの!?どうしてダンジョンにいるの?」

「待て新田」

無警戒に二人に近づいて行こうとする新田を、俺は制止する。

何かが妙だ。

俺は三人をよく監視する。

まず、1番前にいる男は俺の知らない奴だ。

顔立ちからして現地人だろう。

そして後ろの二人は間違いなくクラスメイトだ。

顔には見覚えがある。

女の方は、黒崎麗子だったか。

学校一の美少女として日本で持て囃されていた女子生徒だ。

何やらひどく疲れた様子だ。

瞳が虚で足がガクガクと震えている。

さながら無理やり歩かされている奴隷と言った感じか。

それから、その隣にいるのが確かにし…なんだっけ?

西村…西山…いや、西川だったか。

日本ではとても影の薄い生徒だったはずだ。

いつもおどおどして下を向いていたっけ。

今は妙に堂々としている。

そしてさっきから、妙に新田にまとわりつくような視線を送っている。

何か違和感を感じる。

前方の冒険者風の男はこちらに向かって武器を構えているし、何をしでかすかわからない。

不用意に近づかないほうがいいだろう。

「下がってろ、新田。様子がおかしい」

「え…?」

「いいから」

「う、うん…」

新田が少し不思議そうにしながらも後ろに下がる。
俺は前に出て三人に近づいてくる。

「質問だ。お前らなんでダンジョンなんかにいる?王城に向かったんじゃな

「新田さん!!会いたかったよ!!」

俺の言葉を遮って、西川がいきなり新田に話しかけた。

俺には目もくれず、爛々と輝く瞳で背後の新田を凝視している。

「へ?私…?」

新田が首を傾げる中、西川がくつくつと不気味な笑い声をたてる。

「くくっ。これはラッキーだ!まさかサブヒロインの新田さんとこんなところで会えるなんて!!」

「…?」

こいつは何を言ってるんだ?

俺は西川の言葉の意味を理解できずに、背後の新田を見る。

「ど、どういうこと…?」

新田も意味がわからなかったようだ。

首を傾げて訝しげな視線を西川に送っている。

「ふふ。あの時はごめんねぇ、新田さん。君を置き去りにしちゃって。召喚されてすぐには、スキルの力を確信出来なくてさ。あまり危険な行動は起こせなかったんだ!でも、今は違う!僕は自分の最強のスキルを把握して使いこなしている!今なら君をヒロインとして迎え入れることができるよ!」

西川は訳のわからないことを、俺たちを置き去りにして捲し立てている。

俺も新田も、ただポカンとして西川の話を聞いていた。

「君がここまで新田さんを連れてきたのかい?」

一通り好き勝手喋った西川が、ようやく俺に水を向けた。

「ああ、そうだが?」

俺が頷くと、西川がクスリと笑った。

「そっかそっか。いや、ご苦労様。君には感謝するよ。ヒロインの新田さんを僕の元まで送り届けてくれたんだ!特別に僕の仲間に加えてあげてもいいよ」

「…仲間?」

「うん、そう。仲間。ただし、上下関係はもちろん僕の方が上の立場だけどね」

「…はぁ」

俺は少々戸惑っていた。

西川の言動が、日本にいた頃のそれと随分変わっているからだ。

異世界へきていきなり言動が変化する日本人には2パターンがある。

一つは、あまりの環境の激変に、気が小さくなって臆病となる者。

そしてもう一つが、強いスキルを獲得し、この世界でならなんでもできると増長する者。

どう見ても西川は後者だった。

ということは…こいつは、なんらかの強力なスキルを得ている可能性が高いな。

「仲間に加わるかはすぐには答えられない。それよりも、こっちの質問に答えてもらおうか」

俺はひとまずは穏便に会話をしてみることにした。

「何かな?」

西川がニコニコとしながら首を傾げる。

「有馬裕也はどうした?お前らはあいつに操られてたんじゃないのか?」

「あぁ、有馬君ね…ぶふっ、彼なら今ごろ…あははっ!!」

「…?」

有馬の名前を聞いた途端に、何がおかしかったのか、西川が腹を抱えて笑い出した。

「ぶははっ!!だめだっ!!あの無様な姿を思い出したら、どうしても笑いがっ!!あははははは!!!」

バシバシと手を叩いて一人で笑い転げている西川。

「なぁ、こいつどうしちまったんだ?」

俺は背後の新田に尋ねる。

「わ、私に聞かれても…」

新田も、尋常ならざる西川の様子に困り顔だ。

やがて笑いの収まった西川が立ち上がって目尻の涙を拭う。

「いやぁ、ごめんごめん。ちょっと面白いことを思い出してさ……」

「はぁ」

「有馬君がどうなったか知りたいなら、この先に進むといいよ。そこにクラスメイトがいるから、多分わかると思う」

「なるほど。全員でダンジョンを訪れているのか。お前は抜け出してきたのか?」

「全員って訳じゃないけどね。この先にいるクラスメイトの数はせいぜい半分だよ。戦闘に特化したスキル持ちを有馬君が集めて、資金稼ぎのためにダンジョンに潜っているんだよ」

「へぇ、なるほど…」

どうやら有馬たちも俺たちと同じような思考でダンジョンに潜っているらしい。

しかし、目の前の西川の様子を見るに、有馬の支配からは脱しているようだ。

これなら話し合いの余地ありそうだな。

「奇遇だな。俺たちも資金稼ぎのためにダンジョンに潜っているんだ。じゃあ、俺と新田は先に進みたいから、そろそろ失礼するよ」

「ん?待ってよ。新田さんは置いて行けよ」

「は?」

先に進もうとした俺に、西川が低い声で言った。

「さっきも言ったでしょ?新田さんは僕のヒロインなんだ。僕のヒロインである以上、僕と共に行動するべきなんだ。だから、新田さんはここに残る。君が先に進みたいなら、一人で行くといいよ、一ノ瀬くん」

「いやいや、何言ってんだお前」

俺はなんとなく、これ以上会話を続けても無駄な雰囲気を感じ取りながらも、一応西川を非難する。

「いきなりそんなこと言って、新田を引き渡すと思うか?新田がお前についていくと思うのか?」

「君の意思は関係ない。新田さんは僕のヒロインなんだ」

「あのなぁ…」

やはりというか、まるで話が通じない。

「ほら、一ノ瀬君。さっさと新田さんを置いて先に行ってよ。僕と敵対すると痛い目を見るよ?」

「新田と一緒に行動したいなら、本人に意思を尋ねてみればいいだろ?ほら、恥ずかしがらずに聞いてみろよ」

俺から何を言っても話が通じないと判断し、俺は西川に、新田に意思を尋ねるよう促した。

西川は笑顔で新田をみやる。

「新田さん。来てくれるよね?」

「え?いや、無理だけど」

即答だった。

新田が頭のおかしい人に向ける目を西川に向ける。

「いきなりそんなこと言われてついていく訳ないよ。なんかおかしいよ、西川君」

「…っ」

余裕ぶっていた西川に初めて動揺が見られた。

こめかみをひくひくとヒクつかせて、明らかに苛立っているのが窺える。

「だそうだが?」

俺は少し笑いそうになりながら、西川を見た。

西川がギロリと俺を睨んだ。

「一ノ瀬君。最後通告だ。新田さんを引き渡せ」

「断る。お前はフラれたんだ。諦めろ」

「はぁ…そうか。あくまで僕と敵対するんだね。残念だよ」

西川から殺気が流れ出す。

どうやら俺を殺すことにしたようだ。

スキルの力を放つつもりだろうか。

俺は、新田に被害が及ばないようにきっちり新田と西川の間に入る。

そんな中、西川が静かに言った。

「日本で僕をいじめていたわけじゃない君を殺すのは少々心苦しいけど、でも仕方ないよね。やれ。そいつを殺すんだ」

「…っ!?」

西川が命令した直後、前方の冒険者風の男がいきなり俺に向かって剣を振るってきた。

俺は咄嗟に上体を逸らして避ける。 

「…っ!」

冒険者風の男は無言で剣を振るってくる。

まるで西川の命令を忠実にこなそうとする奴隷のようだった。

俺はなんらかのスキルの気配を感じながら、魔法を使って対処する。

「ハーデニング」

俺は硬質化の魔法を腕に使った。

一時的に右手が鉄よりも硬い強度となる。

ガキンッ!!!

金属音が鳴り響き、俺の腕に当たった男の剣が半ばからポッキリと折れた。

「おら」

「がはっ!?」

武器を砕かれ動きの止まった男の胴体に、俺は回し蹴りを叩き込んだ。

すると、男の体は吹き飛び、壁に激突する。

「ぐぅ…」

男は気絶し、動かなくなった。

「ふむ…」

なんだったんだ?

俺は、気絶した男を眺める。

見たところあいつは現地人の戦闘職だ。

剣の太刀筋からそれなりの戦闘力を有していたと思われる。

そんな奴が、なぜ日本人の西川の命令で動いていた?

西川が護衛として雇ったのか?

だとしたらその金はどこから?

俺が首を傾げる中、西川が少し驚いたように言った。 

「へぇ、倒すんだ。すごいね。それともこいつが弱すぎたのかな?」

「…」

「その腕。それが君のスキル?」

硬質化した俺の腕を指差して尋ねる。

「さーな」

答える義理はないと俺がおざなりに返事をすると、西川は短く息を吐いた。

「ま、いいや。あいつで倒せないんなら、直接手を下すまで。命令だ、一ノ瀬君。今すぐ自害しろ」

「ん?」

西川がなんらかのスキルを使ったのだろうか。

先程男にしたように、俺に従うのが当然の如く命令してきた。

そして当然、俺には何も起こらなかった。

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