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1巻

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 第3話


(やべぇ、緊張する……)

 そう思っていても決して口には出せない。
 放課後。
 今日も今日とてスマホ片手にダンジョン探索配信に乗り出した俺は、現在、過去一と言っていいかもしれない緊張を味わっていた。

(同接5人…………同接5人……! 5人もの人間が俺の配信を見ている……)

 真っ暗なダンジョンの通路を進みながら、俺は左手に持ったスマホの配信画面をチラチラと確認する。
 コメント欄の上の5という数字。
 これは現在の俺の配信の同接数であり、つまるところ、5人の視聴者が俺の配信を見てくれているということである。
 こんなありがたい状況、過疎配信の俺の枠ではなかなかありえない。

(なんとかこの5人を固定視聴者にしたい……)

 こんなに大勢に(俺にとっては)、ダンジョン配信を見てもらえる機会なんて滅多めったにない。
 なんとかしてこのチャンスをモノにしたい。
 いいところを見せれば、チャンネル登録をしてもらえるかもしれないし、この先何度も配信に来てくれる常連になってくれるかもしれない。

(これ……ちゃんと生きたアカウントだよな……? botボットとか、祐介がイタズラで作った複垢ふくアカってオチじゃないよな……?)

 思わずそんなことを考えてしまう。
 現在俺の配信を見ているはずの5人は、いまだに誰もコメントを打とうとしない。
 だがモンスターを倒したりと、配信に動きがあれば、必ず何かコメントをしてくれるはずだ。

(よし……かっこいいとこ見せるぞ……)

 俺は張りきり、ダンジョン探索を進める。

「これから下層に潜りますね。高校生ですけどソロでなんとか頑張ります」

 しっかりと自分の実力アピールも忘れない。
 これで、俺が高校生ながらもたった1人で下層に潜れる実力であることが、この5人にも伝わったはずだ。

(モンスター来い……早くモンスター来い……)

 この5人がいるうちにモンスターと戦っているところを配信で映したい。
 そう思い、俺は下層の通路を進みながらなるべく強いモンスターが出現してくれることを願う。

『オガァアア……』
(お、これは……!)

 そんな俺の願いの甲斐かいあってか、前方からモンスターが姿を現した。
 下層に入って初めて出現するモンスター、オーガだ。

(オーガきた……!)

 ベテラン探索者でも数人体制で挑むくらいに強力なモンスター。
 そんなオーガを、高校生である俺がたった1人で倒したら、それは客観的に見てもかなりすごいことだ。

(よし、やるぞ……)
『オガァアア……』

 のっそりと近づいてくるオーガと対峙たいじし、俺は気合いを入れる。
 ここで5人の視聴者の前で華麗かれいにオーガを倒す。
 そうすれば、5人のうちの誰かがこの偉業をクリップでもして拡散して、それがバズり、多くの視聴者が俺のチャンネルに押しかけて……

(見えた……! 俺がバズるルートが……!)
「オーガが現れました……! 戦います! 1人で……!」
『オガァアアアアア!!!!』

 オーガが突進してくる。
 俺は頭で数十倍に膨れ上がった同接とチャンネル登録者を妄想もうそうしながら、嬉々ききとして戦闘に身を投じていった。


 # # #


 五分後。

「やりました!! たった1人で!! 高校生なのに……! オーガを倒しました……!」

 そこには倒れ伏し、息絶えたオーガと、それを撮って必死に自分の戦果を視聴者にアピールする俺の姿があった。
 オーガとの戦闘はさほど苦労しなかった。
 実力の差は歴然れきぜんで、やろうと思えばもっと早く勝てた。
 だが俺はわざと五分という時間をかけた。
 あまり早く倒してしまっても現実味がなくて面白くない。
 そんな今朝けさの祐介の言葉を参考にしてのことだった。
 だからわざと中程度の力で、オーガとギリギリの戦いを演じてみせた。
 きっと視聴者側からは、一進一退いっしんいったいのハラハラする戦いに見えたんじゃないだろうか。

「皆さんの応援のおかげです! ありがとうございます!」

 俺はそう言って反応を待つ。
 視聴者はいまだに1人も減っておらず、5人。
 しっかりとオーガをソロで高校生が倒すさまを、5人の視聴者にお届けできたということだ。
 これが生きたアカウントで、生身の視聴者が画面の向こうにいるなら、必ず反応があるはず。
 そう思って俺が待っていると……


〝嘘おつ~笑〟


「は……?」

 突然そんなコメントが流れ、俺は思わず「は?」と言ってしまった。
 慌てて謝ろうとするが、その前に次のコメントが流れる。


〝高校生が1人で下層最強格のオーガを倒せるわけないだろ〟


「え、いや……」

 1人の視聴者が、コメント欄で俺が高校生ではないと主張し始めた。


〝年齢詐欺やめな? その制服、コスプレか何かだろ。自分の学生時代の着てるとか。やめとけって。視聴者集めたいのはわかるけど〟


「ち、違います……! 俺は本当に高校生なんです! 現役の……!」

 どうやらこの人は、俺が人を集めたいばっかりに、高校生に年齢を詐称するインチキ配信者だと思っているらしい。
 俺は、この人はともかく他の4人に勘違いされては困ると、必死に現役の高校生であることをアピールする。

「年齢詐称じゃないです。タイトル詐欺でもないです。信じてください」


〝嘘やめろって。高校生が1人で下層に潜るなんて話、聞いたことねぇよ。絶対成人してるベテランだろ。本当に高校生なら高校生であることを証明してみせろよ〟


「い、いいですよ……!? どうやって証明しますか!?」


〝生徒証でも見せろよ。生年月日書いてあんだろ?〟


「せ、生徒証……」

 売り言葉に買い言葉。
 俺は年齢詐称を断定されたことにムカついて高校生であることを証明してみせると豪語ごうごしてしまったが、しかし生徒証を見せろと言われ我に返る。
 生徒証をネットでさらすということは、個人情報を全世界に向けて発信することと同義だ。
 生徒証を晒せば、確かに俺が現役高校生であることは証明できるかもしれないが、しかし年齢や通っている高校、顔、名前が全てバレてしまう。
 もしその情報が拡散されるなんてことがあれば、たちまち特定班によってSNSをたどられたりして、そこから住所が割れたりして、家族にまで迷惑がかかったり……

「いや、やっぱり……せ、生徒証はちょっと……」


〝ダウト。やっぱり年齢詐称だったな。お疲れ。じゃあな~〟


「あっ……」

 俺が覚悟を決めて生徒証を晒すべきかどうか逡巡しゅんじゅんしていると、その間に1人抜け、2人抜け、気づいたら5人いた視聴者は全員いなくなって0になっていた。

「そんなぁ……」

 俺の絶望の声がダンジョンのやみに溶けて消えていく。
 せっかくのチャンスだったのに。
 5人が同時に見てくれることなんて、かつてなかったことなのに。
 ……俺は配信者を始めて以来のチャンスをモノにすることができなかった。

「は、はは……」

 乾いた笑いが漏れた。
 もうだめだ。
 今ので心が折れた。
 俺はダンジョン配信者に向いていない。
 才能がなかったんだ。
 諦めよう。
 今日でダンジョン配信者は引退だ。


 # # #


「馬鹿馬鹿しい……」

 俺は配信を終了し、ダンジョンをトボトボと歩いて引き返す。

『オガァアアアア……!』
「邪魔だ退け」

 道中現れたモンスターに怒りをぶつけるようにほふっていきながら、俺はスマホを操作してSNSを確認する。

「ん? 桐谷さんが配信中か……」

 SNSを確認していると、どうやら桐谷奏が配信をしているようだった。

「見てみるか……」

 桐谷の明るい声を聞いて暗い気分を切り替えよう。
 そう思って俺は、その辺にあった桐谷の配信のURLを踏んで桐谷の配信をのぞきに行く。

「同接5万人……相変わらずすごいな……」

 桐谷は現在、同時接続5万人の視聴者を集めていた。
 どうやら今ちょうどモンスターを倒し終えたところらしく、水分休憩をしながら投げ銭へのお礼を言ったり、戦いの感想を述べたりしている。

「すげぇなぁ……俺の一万倍か……」

 さっきまでの俺が集めていた5人の視聴者のざっと一万倍。
 すごすぎてどれぐらいの規模なのか想像もつかない。

『休憩は終わり……! それじゃあ、探索再開しまーす!!』

 休憩を終えた桐谷がそう言って、ダンジョン探索を再開する。
 緊張した面持おももちで剣を握り、ダンジョンを進んでいく様子を、横からアシスタントがウェブカメラで映している。

「ん? 桐谷、よく見たら俺と同じダンジョンじゃないか」

 配信の概要欄を確認すれば、桐谷が今日、東京に数あるダンジョンの中でたまたま俺と同じダンジョンに潜っていることがわかった。

『今は中層の最後の階層です……! 今日はなんとかこの階層の最果てまで到達したいです!』
「中層の最後の階層……って、この上じゃねーか」

 どうやら桐谷はソロで中層の最後の階層……つまり下層の境目まで到達しているようだった。
 俺はふと上を見上げる。

「この上に桐谷がいる……」

 一瞬、偶然をよそおって配信に映り込んだりしてみようかという思いつきが頭をよぎった。そうすれば、桐谷の配信から俺のもとへ視聴者が流れてくるんじゃないだろうか。

「いやいや、だめだろ……売名は……」

 そんなことをすれば、間違いなく配信を邪魔された桐谷の視聴者の怒りを買う。
 桐谷の視聴者は主に男性で、しかも熱狂的なファンが多く、配信に男が映り込むことを極端に嫌う。
 もし俺が偶然を装って桐谷の配信に映り込めば、たちまち売名だと叩かれ、特定班が動いて、俺が桐谷と同じ学校の同じクラスに通っていることまでが突き止められ、俺はネットでも現実でもリンチに遭うに違いない。
 そんなことになれば、俺の学校生活…………というか人生が終わる。

「桐谷が帰るまで待っているか……」

 タイミング的に、今俺が地上に帰還するために下層から中層へと上がれば、桐谷と鉢合はちあわせしてしまいそうだ。
 そうならないようにもう少しここで待機しておいたほうが賢明だろう。
 そう考え、俺は足を止めて桐谷の配信を見る。

『オガァアアアアア!!!』
『きゃぁああっ!?』
「え……?」

 配信からモンスターの咆哮ほうこうと桐谷の悲鳴が聞こえてきた。

『嘘!? なんでオーガがこんなところにいるの!?』

 桐谷のあせりのにじんだ声が聞こえてくる。
 カメラの視点が動いて、桐谷の前方が映し出された。

「マジかよ……」

 画面に映ったのは俺が先ほど戦ったモンスター、オーガ。
 本来中層に現れるはずのないモンスターである。

「イレギュラー……」

 ポツリとそう呟いた。
 イレギュラー。
 それはダンジョンの中でまれに起こる予測不可能な事態のこと。
 床や天井の崩落ほうらく
 モンスターの大量発生。
 下層のモンスターが、中層や上層で現れることもイレギュラーに該当する。

「まずい……桐谷、大丈夫か……?」

 イレギュラーに遭遇した探索者の死亡率はぐっと上がる。
 桐谷だってまさか中層で下層のオーガに遭遇するなんて思ってもみなかったはずだ。

「どうするか……」

 俺が行動を迷っている間にも、コメント欄が滝のように流れる。


〝奏ちゃん、早く逃げて……!〟
〝早く逃げて奏ちゃん!〟
〝逃げたほうがいいよ!!〟
〝多分イレギュラーだ!! 危険だから今すぐ逃げて……!〟


 皆、視聴者たちは事態のヤバさに気づき、桐谷に逃げるよううながしている。
 だが、そんな視聴者の警告も間に合わなかったのだろうか。

『オガァアアアア……!』 
『きゃっ!?』

 聞こえてくるオーガの咆哮。
 衝突音。
 そして桐谷の悲鳴。

『い、痛たた……うぅ……』
『オガァアア……』


〝だ、大丈夫奏ちゃん!?〟
〝まずいまずいまずい!?〟
〝誰か近くにいる探索者助けに行ってやってくれぇええ!!〟


 視聴者の悲鳴のようなコメントが画面にあふれ返る。

「迷ってる場合じゃないな」

 俺は瞬時にそう判断し、地をって全速力で中層へと向かった。



 第4話


 俺はダンジョンの下層から中層へと一気に駆け上がる。

『オガァアアアア……!』
「きゃああっ……だ、誰か……」

 中層に足を踏み入れたところで、前方からモンスターの咆哮と桐谷のものと思われる悲鳴が聞こえてきた。
 地を蹴り全速力で桐谷のもとへと向かう。
 やがて俺は桐谷がオーガに襲われている現場にたどり着いた。

『オガァアアア……』
「あ……いや……来ないで……」

 駆けつけたときにすでに手遅れならどうしようかと思ったが、どうやら間に合ったようだ。
 壁に追いつめられた桐谷に、オーガがゆっくりと距離を詰めていた。
 桐谷は、逃げ回った結果か全身にり傷があり汚れていたが、しかし致命傷は受けていないようだった。
 周囲に桐谷のアシスタントの姿は見当たらない。
 地面にウェブカメラだけが投げ出されていた。

「桐谷!! 大丈夫か!?」
「えっ!?」

 俺の声に桐谷がこっちを向いた。

「か、神木くん!? どうしてここに!?」

 桐谷が俺を見て驚いたようにそう言った。
 あ、俺みたいなモブの名前、知ってくれてるんだ。
 ……一瞬そう喜んでしまったが、今はそんなときではないと俺は頭を振った。

「たまたま近くで探索中だったんだ……!」
「か、神木くん、探索者だったの!?」
「ああそうだ……! 待ってろ! 今助けるから……!!」
「だ、だめだよ……!? 相手はオーガだよ!? これはイレギュラーなの!! 危険だから、神木くんは逃げて……!!」
「いやいや、桐谷1人じゃやばいだろ!? 何言ってんだ!?」
「2人犠牲になるより神木くんだけでも逃げたほうがいいよ……! 私のことはいいから……!」
「いやマジかよ……」

 性格良すぎだろ、桐谷。
 普通ここで自分の命よりも他人の命を優先するか……?
 そりゃ人気も出るわ。

『オガァアアアアア!!!』
「きゃああっ!?」

 そうこうしているうちにオーガがその巨腕を振り上げ、壁に追いつめられて逃げ場のない桐谷に向かって振り下ろす。

「桐谷……!」

 俺は咄嗟とっさに地面を蹴ってオーガと桐谷の間に入り、オーガの攻撃を受け止めた。

「へ……? 神木くん……?」

 背後から桐谷の戸惑うような声が聞こえてくる。

「大丈夫だ桐谷」


 俺は前方のオーガを見据みすえながら言った。

「こいつは俺が倒すから」

 あくまで桐谷を安心させるために言ったのだが、このセリフはあとから思い返してみてちょっと格好つけすぎだったと自分でも思う。


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