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第五十一話

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「き、緊張するなぁ…」

桐谷が少し震えた声でそんなことを言った。

「大丈夫だ。危なくなったら俺が全面的にカバーする。絶対に怪我をさせることはない。
そこは信用してくれていい」

「う、うん…」

自分で口にした通りだいぶ緊張しているらしい桐谷を安心させるために俺はそんなことを言った。

現在俺たちはダンジョンの下層にいる。

俺にとっては主戦場。

そして桐谷にとっては初めて足を踏み入れる未知の領域だ。


“奏ちゃん頑張れ~”
”こっちまで緊張します…“
”なんか変な汗かいてきた…“
“神木さん、マジで奏ちゃんを頼みますよ…”
“奏ちゃん無理しなくていいんだよ?”
”神木かっこいいところ見せてやれー?“
”大将!!奏ちゃんにかっこいいところ見せて完璧に落としましょう!!“
”まぁ神木なら2人守りながらでも戦えるだろ“
“大将なら余裕。何の心配もない”


コメント欄には、初めて下層に足を踏み入れる桐谷を心配する声と、俺に全幅の信頼をいているらしい俺の視聴者のコメントがある。

まぁ実際、桐谷に命の危険が及ぶことはないと思う。

桐谷だってそれなりの実力者だし、身を守ることに徹すれば下層のモンスター相手にもすぐにやられることはない。

配信の間、桐谷とアシスタントさんを守り切るのはそう難しいことではないように思えた。


「お、来るな…」

下層に入って大体5分ぐらいが経過した頃、前方に気配を感じた。

「桐谷、来るぞ。おそらく1匹だ」

「…っ」

桐谷にそう警告すると、桐谷が緊張した面持ちで武器を握り直した。

俺は片手剣を構えながら前方を見据える。


シュルルルルルルル…


何かを擦るような鳴き声と共に暗闇の向こうから姿を現したのは巨大蜘蛛のモンスター、ジャイアント・スパイダーだった。

赤い目を爛々と光らせ、俺たちを獲物と認めてこちらに接近してくる。


「どうする?桐谷。戦ってみるか?」

「え…私!?」

桐谷が驚く。

「ああ。ジャイアント・スパイダーはそれほど攻撃力がある方じゃないからな。糸吐き攻撃にさえ気をつければ、桐谷でもワンチャンあるぞ」

「…っ」

「もちろん危なくなったらすぐに俺が倒す。絶対に怪我はさせないと約束する」

「…っ」

「やるか?」

「わ、私は…」

桐谷は自分に向けられたウェブカメラと近づいてくるジャイアント・スパイダーを交互に見て逡巡したのち…

「わ、わかった…やってみる…!」

「よし」

どうやら下層のモンスターと戦う覚悟を決めたようだった。


“えええええええ!?マジで戦うの!?”
“いきなりかよ!?”
“神木さん流石に鬼畜すぎませんかね!?”
”奏ちゃん大丈夫なの!?やめた方がいいんじゃ…“
“2人で戦うとかじゃないの!?”
“奏ちゃん無理しなくていいよ!?”
“うーんw普通に大将鬼畜でわろたw”
“神木、お前なかなかスパルタだなw”
“まぁ実際2人で戦ったら神木が一瞬で倒しちまいそうだからなぁ”
“きっさんせいぜい頑張れよ~w”


どうやら視聴者は俺と桐谷が2人で下層のモンスターと戦うと思っていたようだ。

桐谷がまず1人で戦うことに対して驚きの声が上がっている。

だが俺が戦闘に参加したらほとんど桐谷の出番がないからな。

だから俺はあくまで桐谷が危なくなった時のバックアップに徹した方が協力して戦闘を行いやすいんじゃないだろうか。


「き、桐谷奏っ!!行きますっ!!」

桐谷がそんなことを言ってジャイアント・スパイダーと対峙する。

『シュルルルルル…フシッ!!』

戦闘開始の合図とばかりに、ジャイアント・スパイダーが桐谷に向けて糸吐き攻撃を行った。

「…っ」

糸吐き攻撃をしゃがんで交わす桐谷。

直後、若干怯んだジャイアントスパイダーを見て、このタイミングがチャンスと思ったのか、地面を蹴って一気に肉薄する。

「おぉ…」

悪くない。

むしろいい。

ジャイアント・スパイダーの糸吐き攻撃直後の攻撃硬直をうまく利用している。

これが下層初めての戦闘だとは思えない。

「はああっ!!!」

斬ッ!!

桐谷が切れ味の良さそうな剣を振った。

『キシッ!?』

前足の一本を切断されたジャイアント・スパイダーが悲鳴と共に後方へ飛び去る。


“うぉおおおおおおおお!!!”
“いいぞ奏ちゃん!!”
“足一本落とした!!”
“すごい!!!”
“普通に戦えてる!!”
“きっさんなかなかやるやんけ”
“意外と戦えてて草”
“きっさん普通に強いやんw”


ジャイアント・スパイダーとまともに戦えている桐谷に、コメント欄が一気に沸き立つ。


『フシイイイイ…!フシッ!!』

一度後退したジャイアント・スパイダーは、再び糸吐き攻撃を桐谷に対して行った。

「避けて……ここ!!」

一度目の攻撃で対ジャイアント・スパイダー戦の定石を理解したらしい桐谷は、再び糸吐き攻撃を避けてその後の攻撃硬直を利用し、ジャイアント・スパイダーに肉薄した。

斬ッ!!

二度目の切断音と共に、また一本、ジャイアント・スパイダーの足が落ちた。


『フシィイイイイイ…!?!?』


「すごいな…互角に戦えてる…」


まともに下層のモンスターであるジャイアント・スパイダーと渡り合っている桐谷を見て、俺は感心してしまった。

現時点で桐谷には、一対一なら下層のモンスターを普通に相手取れるほどの実力があるのだろう。

「腕を上げたな」

おそらくオーガに殺されかけたあの日から、探索者としての実力を上げるために努力をしたのだろう。

俺は自分が例の事件でバズるまで、桐谷の配信をちょくちょく見ていた。

あの頃の桐谷には、今のような実力はなかったはずだ。

明らかに今の桐谷は、数ヶ月前の桐谷に比べて強くなっていた。


“すごい奏ちゃん…強くなってる…”
”きっさん普通に下層のモンスター倒しそうで草なんよw“
”心配したけど…これなら…!“
“やっちゃえ奏ちゃん!そのまま下層のモンスター倒しちゃえ!!”
“きっさん普通に強いやんwやっぱり探索者としての実力もあるんだな”
“うぅ…物足りない…大将ならもう五回は倒してるよ…”
“大将ならもう勝ってる”
“きっさん何ちんたら戦ってんだ?”
“おいおい、流石にきっさんに神木並みを求めるのは酷だろw”
“頑張ってるんだから素直に応援してあげようぜw”


「桐谷!頑張れもう少しだぞ!」

「奏さん!!頑張ってください!…あ…す、すみません…」

「う、うん!2人とも応援ありがとうございます…!」

俺はなんとか自力でジャイアント・スパイダーに勝とうとしている桐谷にエールを送る。

思わず気持ちが入ったのか、アシスタントさんも桐谷に頑張れと叫び、慌てて謝っていた。

『フシィイイイイイ…フシッ!』

「そこっ!!」

桐谷は、糸吐き攻撃の後の攻撃硬直を待ち、リスクを冒さずジャイアント・スパイダーに接近し、ヒットアンドアウェイで着実にダメージを蓄積させて言っていた。

桐谷が糸吐き攻撃を避けて肉薄し、攻撃を与えるたびに、ジャイアント・スパイダーの足が切り落とされ、その本体に傷が増えていく。


“いけぇえええええ!!”
”これならいける!!!“
“奏ちゃんそのまま倒しちゃえ!!”
“すごいよ奏ちゃん!頑張って!!あと少しだ…!”


俺の力を借りずともジャイアント・スパイダーを倒してしまいそうな桐谷に、桐谷の視聴者たちが盛り上がる。

確かに、徐々にジャイアント・スパイダーは弱りつつあった。

このまま時間が経てば、桐谷の勝利は揺らがないだろう。

だが……一筋縄では行かないのが下層のモンスターだ。

「油断するな、桐谷。下層のモンスターはバカじゃない…あまり同じパターンで近づきすぎると…」

「待ってて神木くん!あと一撃で仕留めてみせるから…!」

俺の忠告を遮り、そんなことを言った桐谷がグッと腰を落とす。

『フシッ!!』

「きた…!」

ジャイアント・スパイダーが腰を落とした桐谷に向かって短く鳴いた。

もはや完全にパターンが体に染み付いているらしい桐谷は、ジャイアント・スパイダーが糸を吐くモーションを見た瞬間に、さっと横移動した。

そして糸吐き攻撃をすでに回避したつもりで、ジャイアント・スパイダーに接近する。

「気をつけろ桐谷!!フェイントだ!!本命がくるぞ!!」

「え…?」

俺がそう言った時には遅かった。

『フシッ!!』

「きゃっ!?」

一度目の攻撃モーションで糸を吐いていなかったジャイアント・スパイダーが、桐谷に本当の糸吐き攻撃を行う。

ジャイアント・スパイダーのフェイントに引っかかり、かなり距離を積めていた桐谷は避けることが出来ずに、糸吐き攻撃を喰らってしまう。

「きゃあっ」

粘着質の糸で地面に固定される桐谷。

「に、逃げられないっ…」

なんとか糸を剣で切って脱出しようとするが、強度のあるジャイアント・スパイダーの糸の拘束からはそんな簡単に逃れられない。


“まずい!?”
“嘘ぉ!?二連続攻撃!?”
”いや、フェイントだ!最初のモーションで糸吐いてなかったんだ!!“
“はぁ!?モンスターなのにそんな頭脳プレイ!?”
“か、下層のモンスターは知能が高いって聞いてたけど……”
”ま、まずいこのままじゃ奏ちゃんが…“
“やっぱきっさん1人には無理だったか”
“あーあ、惜しいところまで行ってたのに”
“最後の最後で白い歯見せたな”
“やっぱきっさん1人では無理か”
“大将ー?出番みたいですよー?”


『フシィイイイイイ…!!』

「んぅううううっ…このぉおおおっ」

全身傷らだけのジャイアント・スパイダーが桐谷を仕留めようと近づいていく。

桐谷はいまだ糸の拘束から脱してはいない。

流石にもう無理そうだな。

俺の出番だ。

「か、神木さん…!」

アシスタントさんが俺の方を見た。

「わかってます」

俺は心配そうなアシスタントさんに頷きを返した。

どうやら俺の出番のようだ。







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