上 下
35 / 46
連載

第四十四話

しおりを挟む

「か、神木くん!?どうしてここに!?」

私がなすすべなくオーガに殺されそうになっていた時に駆けつけてくれたのは、クラスメイトの神木拓也くんだった。

なぜ彼がこんなところにいるのか、私には一瞬理解が出来なかった。

「たまたま近くで探索中だったんだ…!」

「か、神木くん探索者だったの!?」

よく見れば、神木くんは装備をみにつけていた。

右手には頼りなさそうな片手剣を持ってい
る。

どうやら普段周囲には公表していないだけで、神木くんは探索者であったらしい。

「ああそうだ…!待ってろ!今助けるから…!!」

そう言って当然のようにオーガに向かって距離を詰めていく神木くんに、はっと我に帰った私は慌てて言った。

「だ、だめだよ…!?相手はオーガだよ!?これはイレギュラーなの!!危険だから、神木くんは逃げて…!!」

神木くんが探索者としてどれぐらいの実力があるのかはわからないが、オーガは下層最強格のモンスターだ。

ベテランのパーティーでも手を焼くことがあるという。

当然私たちのような学生に倒せるモンスターじゃない。

戦えば、神木くんは十中八九命を落とすことになる。

「いやいや、桐谷一人じゃやばいだろ!?何言ってんだ!?」

私は当然のことを言ったつもりだったのに、神木くんは逆に「お前が言っていることが理解できない」と言ったトーンで返してきた。

もしかしてオーガの強さが理解できていないのだろうか。

「二人犠牲になるより神木くんだけでも逃げたほうがいいよ…!私のことはいいから…!」

助けに来てくれたのは正直嬉しかったけど、でもクラスメイトを巻き込むわけにはいかないと思った。

このままだと私も神木くんも死んでしまう。

それなら、私一人が犠牲になった方がいいとそう思った。

「いやマジかよ…」

神木くんは私を見て愕然としていた。

きっと私の決死の提案から、ようやくオーガ
の脅威を認識したんだと思う。

『オガァアアアアア!!!』

「きゃああっ!?」

そんなやりとりを神木くんとしている間に、オーガが私の目の前までやってきた。

そして攻撃の予備動作に入る。

私は反射的に悲鳴をあげつつ、心の中では死を覚悟した。

「桐谷…!」

刹那、名前を呼ばれた気がした。

何かと何かがぶつかる鈍い音が聞こえてきた。

「へ…?神木くん…?」

私は恐る恐る目を開ける。

するとそこには、オーガの攻撃を受け止めている神木くんの姿があった。

体格差は見るまでもなくオーガに軍配が上がっているのに、神木くんは全く力負けする様子を見せない。

「大丈夫だ桐谷」

一体何が起こっているのだろう。

口をぱくぱくさせる私に、神木くんが言った。

「こいつは俺が倒すから」

「…っ」

漫画かドラマの中のようなセリフ。

私の中に電流が流れたような衝撃が走った。



その後、神木くんは私を襲いかけていたオーガを一人で倒した。

ギリギリの戦い…というわけではなく、あまりにも簡単に、最小限の動きだけで倒していた。

神木くんは私がそれまで見てきた探索者とは一線を画していた。

あまりにも圧倒的すぎて、現実味がなかった。

「す、すごい…」

気づけばそんな呟きを漏らしていた。

「なんとか間に合ったな…」

オーガを最も簡単に倒して見せた神木くんは、簡単な作業を終えたと言わんばかりに額の汗を拭った。

「大丈夫か、桐谷」

「あ、ありがとう…」

差し出された手を握り、立たせてもらう。

私はようやく我に帰った。

「か、神木くん…すごい…オーガを一人で倒しちゃうなんて…」

私はいまだに信じられない思いで、地面のオーガと神木くんを交互に見た。

「まぁ、たまたまだよ」

神木くんがちょっと照れくさそうにそういった。

「…っ」

かっこいい。

頼もしい。

初めて男性に対してそんなことを思った。

「そ、そうなんだ…と、とにかく、ほ、本当にありがとう…神木くんがいなかったら私、死んじゃってたかもしれない…」

私はなんだかドキドキしてしまってまともに神木くんの顔を見られなくなり、ちょっと伏し目がちにお礼を言った。

その後、神木くんは足に力が入らず上手く歩けない私に肩を貸してくれて、わざわざ地上まで送り届けてくれた。

「か、神木くん…今日は本当にありがとう…」

「おう。気をつけて帰れよ、桐谷。また明日な」

「う、うん…ありがとう…また明日…」

去っていく神木くんの背中が見えなくなるまでぼうっと見ていた私は、なんだか夢を見ているようなぼんやりとした気分のまま帰路についた。

「奏!?大丈夫だったの!?」

「奏っ…よかった…無事でよかったっ…」

家に帰ると両親が私の無事を喜んで抱きしめてくれた。

私は二人に無事であること、特に大きな怪我ないことなどを伝えて、休みたいからと自室に篭った。

「はぅうううう…」

自室で一人きりになった私はベッドに飛び込んで枕に顔を押し付ける。

『大丈夫だ桐谷。こいつは俺が倒すから』

頭の中で神木くんに言われたセリフがループしている。

心臓がドキドキして、顔が熱い。

私はどうしてしまったのだろう。

ついさっき死にかけたばかりだというのに、自分の無事を喜ぶよりも先に神木くんに助けられたことや、帰り道の会話をずっと思い出してしまう。

「どうしちゃったの私…」

しばらくベッドの上で毛布にくるまり、神木くんのセリフを思い出して足をバタバタさせていた私ははっと我に帰り、頭を冷やして冷静になろうとお風呂で冷水を頭から被ったのだが、熱った体は全然冷めることがなかった。


どうやら神木くんは私と同じダンジョン配信者だったらしい。

逃げた鈴木さんが残していった私のウェブカメラが、神木くんが私を助ける一部始終をネットに垂れ流していたらしく、神木くんがめちゃくちゃバズっていることに翌日になって気がついた。

「ちょっとは恩返しが出来たかな…?」

一日で数十万の登録者を獲得した神木くん。

彼の強さを考えれば妥当な数字だし、伸びるきっかけになれたのなら嬉しい。

…め、迷惑でないならコラボとかしてみたいな。

そんなことを思った私は、気持ちを我慢できず、気づけば翌日のクラスで神木くんにコラボ配信の提案をしていた。

「神木くん……あの…迷惑だったら断ってくれて大丈夫なんだけど…今度私と…コラボしてくれないかな?」

「こ、コラボって…コラボ配信のこと…?」

「そ、そう。コラボ配信。だめかな…?」

「な、なんで俺と…?」

怪訝そうに聞いてくる神木くんに、私は慌てて取り繕う。

「私のチャンネルで…改めて神木くんにお礼を言いたいし…あと、ほら、神木くんってすっごく強いじゃない?だから、探索者としての技術を色々習いたいなって思ったんだけど……どうかな?」

もっともらしい理屈を口にしたのだが、本当は単に私が神木くんとコラボ配信がしたいだけだった。

「あー、えっと…」

神木くんはしばしの間、迷うようなそぶりを見せたり、なぜか私の背後を見て何かを恐れるようにごくりと喉を動かしたりした後に私の提案を断った。

「悪いんだが…その誘い、断らせてもらってもいいか?」

「…っ」

断られた瞬間、ズキっと心に痛みが走ったような気がした。

「ほら、俺と桐谷って配信者としての地位が全然違うだろ…?だから俺なんかが桐谷とコラボさせてもらうのは烏滸がましいことだと思うんだ」

「え、全然そんなことないよ…?私は気にしないよ…?」

「そう言ってくれるのはありがたいんだが、でもやっぱり申し訳ないと思うんだ。俺はすでに桐谷のおかげでこんなにフォロワーを獲得できた。それだけですげー感謝してるし、十分なんだ」

私はみっともなく追い縋ったが、神木くんはそんな私をキッパリと断った。

多分私を傷つけないように気を遣ってくれたんだとわかってさらに辛くなった。

「そ、そっか…」

私は肩を落とし、目の前が暗くなるような錯覚に見舞われながら自分の席に戻った。


「神木くんってもしかして彼女がいたりするのかな…?」

一度コラボを断られた私は、それでも神木くんのことを諦めきれなかった。

もしかしたら神木くんには彼女がいて、だから私とのコラボを断ったのかもしれない。

そんなことを考えて、神木くんをこっそり観察したりしたのだが、誰か女子生徒と親しげに喋ったりということはないようだった。

周囲に秘密で付き合っている?

それとも他校の生徒と…?

そんなことばかりを考えて授業にも全く集中できない日々が続く。

家でも学校でも、神木くんのことばかりを考えてしまい、全然その他のことに手がつかない。

「ねぇ…その、ちょっといいかな。神木くんのことなんだけど…」

あまりにも気になりすぎた私はとうとう、情報通と言われている友達の一人に、神木くんについて訊ねてしまった。

「神木くんに彼女?わかんない…そんなこと聞いたこともないな」

「…ほ、本当?どんな噂でもいいんだけど…」

「うーん…私が知る限りはないかな。風間くんと仲がいいってことぐらい……少なくともこの学校の生徒と付き合ってるってことはないんじゃないかな?」

「そ、そっか…ほっ…」

「え、なになに。奏ちゃん、神木くんが気になるの?もしかして、例の事件で好きになっちゃった?」

ほっと胸を撫で下ろした私に、情報通の友達がニヤニヤしながらそんなことを聞いてくる。

「ちちち、違うよ!!!」

私は上擦った声で首を振った。

「全然そんなんじゃないからっ」

「ふぅん。そ…ま、そういうことにしておいてあげる」

「うぅ…」

自分でもわかりやすいなと思う。

でも、朗報だ。

少なくとも神木くんはこの学校の生徒とは付き合っていないようだ。

神木くんのチャンネルのアーカイブを見る限り、放課後はダンジョン配信に費やしているようだし、他校の生徒と付き合っているということもなさそう。

あれ?

でもそれじゃあなんで私のコラボを断る
の…?

神木くん、私と同じぐらいの規模の配信者になったらコラボしてくれるって言ったよね…?

もう今の神木くんは、十分私よりも上の配信者だし、今誘ったらコラボしてくれるはずだよね…?

「…!な、何考えてるの私…!?」

はっと我に帰った私は、自分が客観的にみてかなり身勝手な考えになっていることに気がついた。

もうすでにコラボの提案は二度もお断りされているのだから、これ以上誘うのは迷惑以外の何者でもない。

だめだ。

なんか神木くんのことになると冷静さを失ってしまう。

わ、私にこんな一面があったなんて知らなかった…。

はぁ、とりあえず神木くんの昨日の配信のアーカイブ見て落ち着こ…

「桐谷。ちょっといいか?」

「ひゃいっ!?」

突然話しかけられて私は素っ頓狂な声をあげてしまう。

気づけばそこに、いつも神木くんと一緒にいる風間くんが立っていた。

私は慌てて神木くんの配信を再生しているスマホをポケットにしまった。

「ななな、何かな風間くん!?」

「ちょっと話したいことがあってな。今時間いいか?」

「う、うん…な、なんでしょうか…?」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:8,159pt お気に入り:3,822

緑の指を持つ娘

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:61,217pt お気に入り:1,702

転移先は薬師が少ない世界でした

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,153pt お気に入り:23,101

そろそろ浮気夫に見切りをつけさせていただきます

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:63,485pt お気に入り:2,743

いずれ最強の錬金術師?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7,256pt お気に入り:35,413

大自然の魔法師アシュト、廃れた領地でスローライフ

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,655pt お気に入り:24,114

悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

BL / 連載中 24h.ポイント:21,414pt お気に入り:7,336

お人好し底辺テイマーがSSSランク聖獣たちともふもふ無双する

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:362pt お気に入り:7,500

わたしが嫌いな幼馴染の執着から逃げたい。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:12,349pt お気に入り:2,599

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。