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第五十一話

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『キュイッ!!』

可愛らしい鳴き声とともに、小さな水色の何かが数匹ほど足元に近づいてきた。

最弱モンスターの一角、スライムだ。

「わ、私が…!」

「邪魔ですわ」

嬉々として魔法を放とうと腕を構えたシスティの横からヴィクトリアが割り込み、魔法を使うまでもないと足を振り下ろす。

ヴィクトリアに踏みつけられたスライムは、短い鳴き声と共に絶命する。

「あっ…あっ…」

活躍の場を奪われたシスティが残念そうな声を出す中、無慈悲なヴィクトリアによって数匹のスライムは一瞬で踏みつけられ、討伐された。

「はぁ…」

システィがガッカリとため息を漏らす。

「つまらないですわ!!」

一方でヴィクトリアが声高に不満をぶちまける。

「どいつもこいつも魔法を使うまでもない雑魚ばかりですわ…!!こんなの、研修の意味がありませんわ!!」

「まぁな」

少し怒りすぎじゃないかという気もするが、しかし、手応えが足りないのは俺も同様だった。

今回のダンジョン研修において俺たちが立ち入りを許されたのはダンジョンの一階層から三階層までの低層と言われる領域のみだった。

低層には、最初にエドワードが説明した通り、子供でも倒せるような雑魚モンスターしか出現しない。

これではあまりに簡単すぎて、実戦の経験を積んだとは言えないだろう。

学院としては生徒から死者を出すわけにはいかないため、こうするしかなかったのだろうが、個人的にはこれでは研修の本来の目的は果たしていないだろうと思った。

本音を言えば、この先に踏み入りたい。

初めてあしをふみいれたダンジョンがどのような場所なのか、もっと確認してみたいという好奇心があった。

「ねぇ、お二方。私から提案があるのですが」

そんな中、ヴィクトリアがふと俺とシスティに声をかける。

そのニヤニヤとした悪戯っぽい笑みを見て、俺はなんとなく彼女の言わんとすることを察してしまった。

「どうせこのまま時間を浪費していても退屈ですわ。先に進んでみませんこと?」

「え…?」

システィがポカンとして首を傾げる。

「鈍い方ですわね。三階層よりも下に行こうといっているのですわ」

「えええっ1?ダメだよそんなの!?」

システィがぶんぶんと首を振る。

「危険だよ!?低層より下は強いモンスターとかがたくさんいるんだよ!?」

「危険なんかありませんわよ。いざというときは転移結晶を使えばいいんですわ」

「だけど…ば、バレたら大変なことに…」

「バレませんわよ。わたしたち以外にこの先に進める度胸のある人間なんていませんわ。今は周りに誰もいませんし…絶好の機会ですわ」

そう言ってヴィクトリアが周りを見渡した。

現在、俺たちがいるのは三階層の最奥だった。

モンスターがあまりに弱すぎたために、自由探索が始まってたった半時間でここまで辿り着いてしまったのだ。

探索終了まで時間はたっぷりとある。

ヴィクトリアは、その間に、この先に進み、そして帰ってくるつもりらしかった。

「大丈夫ですわよ、システィ。あなたも私も、すでに中級魔法が使えるのですから。よほどのことがない限りは大丈夫ですわ」

「そ、そうだけど…」

システィもヴィクトリアも、すでに自らの適属性の中級魔法をいくつか使えるようになっている。

学院では、学年のエースとしてかなり期待が集まっている生徒なのだ。

「ほら、行きますわよ。未知の領域へ!!どんなモンスターでもかかってこいですわ!!」

そう言って意気揚々と進んでいくヴィクトリア。

「どどど、どうしよう、アリウスくん…」

システィが不安げに俺を見る。

…ここでヴィクトリアを無理やり止めることもできたが…

「まぁちょっとくらいなら…」

「アリウスくん!?」

正直俺もちょっとこの先がどうなっているのか、興味があった。

「大丈夫だ、システィ。ヴィクトリアが言ったようにいざって時は転移結晶があるだろ?」

「うぅ…アリウスくんまで…」

どうやらシスティは俺にヴィクトリアを止めて欲しかったようだ。

だが、悪いなシスティ。

俺も男だ。

好奇心には勝てない。

「ほ、本当にちょっとだけだよ?」

「おう」

結局最後にはシスティも折れて、俺たちは三人で三階層よりも下の中層へと足を踏み入れるのだった。



『グゲェ…』

『グギギッ!!』

三階層よりも下…中層と呼ばれるダンジョンの階層を俺たち三人は慎重に進んでいく。

「あら…ようやく骨のありそうなやつが現れましたわね」

中層へと足を踏み入れて最初に出くわしたのが、数匹のゴブリンだった。

「うぅ…ゴブリン…本当にあんな感じなんだ…」

醜悪な見た目に、システィが顔を顰め、二、三歩後ずさる。

一方で、ヴィクトリアはようやく魔法をモンスターに撃てることが嬉しいのか、嬉々として前に出ていった。

「行きますわよ…みていなさい、アリウス!!」

「おう」

ヴィクトリアが自信げな顔でこちらをみた。

俺はヴィクトリアに向かって頷きを返す。

ヴィクトリアと出会ってから一ヶ月…俺はよく頼まれてヴィクトリアに魔法の稽古をつけてやることがあった。

ヴィクトリアにとって、俺は魔法の師匠的な存在なのだ。

もしかしたら、ヴィクトリアは俺に訓練の成果を見せたいのかもしれない。

「私一人で片付けて見せます…ウォーター・カッター!!」

ヴィクトリアが、水属性の中級魔法を放った。

ビシュッ!!!

「わあっ!?」

鋭い音がなって、水の刃がゴブリンたちの首筋にヒットした。

「すごい…!」

システィが興奮した声を上げる。

俺たちの目の前で、一気に切断されたゴブリンの首がぼとりと地面に落ちた。

遅れてどさどさと、胴体が地面に倒れ伏す。

「ふふん…こんなものですわ」

ヴィクトリアが鼻を鳴らしてこちらを見る。

「さすがだな」

俺が拍手して賞賛を送ると、ちょっと頬を赤らめて照れていた。

最近わかったのだが、ヴィクトリアは嬉しい時や悲しい時など意外と顔に出やすいのだ。

「さ、先に行きますわ…!!まだまだ私はこの程度では満足しませんわよ!!」 

照れを誤魔化すようにヴィクトリアが歩みを再開させる。

俺とシスティもその後に続く。

 
「ウォーター・シュート!!」

貫通力のある水魔法がヴィクトリアの腕から放たれた。

ビシュッ!!

鋭い音がなって、前方にいたモンスター、オークの体に陥没が出来る。

『ブモォオオオオ…!!』

だが、オークを仕留め切るには威力不足だったようだ。

オークは痛そうな鳴き声をあげながらも、こちらに向かって進んできていた。

「く…仕留めきれませんでしたわ…」

ヴィクトリアが悔しげな声を漏らす。

…まぁまだ中級魔法を使えるようになって日数が経っていないからこんなものだと思うけどな。

「つ、次は私が…!!」

そんな声とともにヴィクトリアと入れ替わってシスティが前に出た。

「ライト・オブ・セイバー!!」

そして、覚えた手の光属性の中級魔法をオークに向かってはなった。

ザシュッ!!

『ブモォオオオオ!?!?』

オーガの右足に深い切れ込みが入った。

システィの魔法のダメージだ。

『ブモォオオ…』

オークは苦痛の鳴き声をあげ、その歩みを止める。

だが、システィの魔法は足を切断するところまでは行かず、これではオークを絶命に至らしめることができない。

「だ、だめだ…私にはこれが限界…」

システィががっくりと肩を落とす。

「ファイア・ボール」

二人がオークを殺し切ることを諦めたのをみて、俺が魔法を放つ。

『オッ…』

豪速で飛んだ火球が、オークを直撃し、その巨体ごと吹き飛ばす。

オークは壁に激突し、短い悲鳴と共に動かなくなった。

「す、すごい…」

「流石ですわね…」

システィとヴィクトリアの二人が目を見張る。

俺はオークが完全に死んだのを見届けてから二人に提案した。

「そろそろ引き返したほうがいいんじゃないか?それともまだ先に進むか?」

二人がモンスターを殺しきれずに、最後には俺がモンスターにとどめを刺す。

この流れが、ここ何回か続いている。

現在の俺たちの階層は第七階層。

出現モンスターの中にチラチラと中級が混ざり始め、システィとヴィクトリアだけでは仕留められないことが多くなった。

これ以上先に進むのは二人にとってあまり安全とは言えない。

「そう…だよね…」

「悔しいですけれど…今の私にはこれが限界のようですわ…」

殺しきれないモンスターと相対したことで、システィもヴィクトリアも自分の現在の限界を知れたようだった。

二人とも素直に引き下がり、引き返すことに賛成する。

「それじゃあ、行くか」

二人の同意も得られたことで、俺は上層に向かって歩みを進める。

そんな時だった。

「あっ…何か踏みましたわ…」

かちり、と音が鳴った気がした。

すぐ後ろを歩いていたヴィクトリアが足を止める。

ダラダラとその額から汗が流れた。

「ゔぃ、ヴィクトリア…?」

「ヴィクトリアさん…?」

俺たちが恐る恐る尋ねる中、ヴィクトリアが申し訳なさそうに言った。

「ご、ごめんなさいですわ…おそらくこれはトラップで…」

ヴィクトリアがそう言った直後、視界が暗転した。






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