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第四十話
しおりを挟む「怪我はないか?」
魔法によって一瞬で人攫いの二人組の意識を刈り取った俺は、地面に尻餅をついたまま呆気に取られている少女に手を差し伸べる。
「はっ」
我に帰った少女が俺の手をとって慌てて立ち上がる。
「あ、ありがとうございます…感謝しますわ」
そう言って少女はスカートの裾を摘んで慣れた仕草でお辞儀をした。
あ、見たことがある。
これは確か、貴族の女性が感謝を示す時の作法だ。
エラトール家でシルヴィアがたまにやっているのを見た。
…ということはこの子は。
「私はランセット家のヴィクトリアと言いますわ。お名前をお聞きしても?」
「ええと、俺は…」
家名があるということはやはり貴族か。
というかそもそもここは貴族街だからな。
貴族の御令嬢がいてもなんの不思議もないか。
「エラトール家のアリウスです」
俺は屋敷で散々シルヴィアに仕込まれた作法に則って自己紹介をする。
「エラトール家…?聞いたことがあったような…」
ランセット家のヴィクトリア、とそう名乗った少女は首を傾げる。
「へ、辺境の貴族ですから…」
俺が頭をかいて笑う中、ヴィクトリアがポンと手を打った。
「思い出しましたわ…!!『挟み打ち』…!!確かあの面白いゲームを考えた貴族家でしたね?」
「ええ、そうです。そのエラトール家です」
よかった。
エラトール家を知っているのか。
「光栄ですわ…私もあのゲーム、すごく好きですの…もしかして製作者はあなた…?」
「いいえ、あれは父が考えたゲームです」
と世間的にはなっているため、俺はそう答えた。
「そうですか…あなたのお父様が…」
ヴィクトリアが何やら尊敬の眼差しを向けてくる。
「ええと…その二人はなんだったんだ?」
じぃっと見つめられてなんだか照れ臭くなった俺は、誤魔化すように地面に転がっている二人を指差した。
「はっ…そうでしたわね。助けてもらったお礼を…」
「いや、お礼とかは別に…」
「その二人はおそらく私を攫いにきたのでしょう」
「攫いに…?」
「たまにいるのですよ。貴族街に侵入して貴族の子供たちを攫って身代金を要求する輩が」
「なるほど…」
身代金目当てか。
「そういうことがあるから普段はお付きと歩いているのですが…今日は一人で出歩いていましたの。油断しました」
「助けられてよかったよ」
身代金目的の誘拐か。
そんなことが帝都ではあるんだな。
都会怖い。
「あなたに助けられていなかったら本当に拐われていたと思いますわ。感謝しますの。エラトール家のアリウス」
「お、おう…」
感謝はしているようだが、ヴィクトリアの態度はちょっと尊大だった。
もしかしてかなり大きな貴族家の娘なのだろうか。
「では、私は少し急ぎのようがあるのでこれで。この二人は、放っておいても見回りの衛兵たちが回収するでしょう。後日、あなたの家に直接お礼に参りますわ!では、これで…!」
「お、お構いなく…?」
手を振ってからスカートを摘んでカツカツと走っていってしまうヴィクトリア。
俺は呆気に取られて、しばらく遠ざかっていくヴィクトリアの背中を見つめてしまった。
それから五日ばかりが経過した。
「よし…それじゃあ、行ってくるぞ」
「ええ、お気をつけて、アリウス様」
恭しく頭を下げるルーシェに見送られて、俺は貴族街にあるエラトール家の第二の屋敷を後にする。
「制服か…なんか久しぶりの感覚だな…」
静謐な空気の朝の貴族街を歩きながら、俺はポツリとそんな感想を漏らす。
現在俺が身に纏っているのは、二日前に届けられた帝国魔術学院の制服だった。
黒を基調としたシンプルな作りでなかなかにかっこいい。
また手提げのバッグには授業で使う教材が入っている。
今日が魔術学院から指定された、最初の登校日だった。
俺は簡易的な試験を受けたのちに、あるクラスに編入制として組み込まれることになるらしい。
「どんな奴らがいるんだろうな…?」
魔術学院には主に、国内の貴族の子供たちが集まるという。
あまり格式ばった硬い性格の連中ばかりでないといいんだが…
「ま…今から気張ってもしょうがないか」
緊張しても仕方がない。
リラックスだリラックス。
普通にしていれば、編入生徒はいえ、友達の一人や二人、作れるだろう。
「授業はどんなものなんだろうか…まぁ、エレナのスパルタ訓練に比べたら、流石にマシなんだろうな」
俺は魔術学院で受けることになるであろう授業内容に思いを馳せながら、学院までの道のりを歩く。
道に迷うことはない。
今日までに学院までの道のりの下調べも済ませてあるからな。
「お…あれが魔術学院の生徒たちか…?」
学院に近づくにつれて、俺と同じ制服を身につけた少年少女たちがちらほら確認できるようになった。
おそらく帝国魔術学院の生徒たちだろう。
ほとんどの生徒たちが、二人から三人のお付きの人間に囲まれながら歩いており、一目で特権階級の人間とわかる。
一人の従者もつけずに歩いている俺は、ある意味で少し浮いていた。
「いいねぇ、坊ちゃん嬢ちゃんたちは…都会の貴族は違うなぁ…」
俺がそんな呟きを漏らしながら、前方に見えてきた校門らしき場所を目指して歩いていたその時だった。
「おい平民!!今日もこの学校に来やがったのか…!!ここは貴様のような犬が来るところではないと何度も言っただろうが…!!」
耳障りな声が近くから聞こえてきたのだった。
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