上 下
40 / 118

第四十話

しおりを挟む

「怪我はないか?」

魔法によって一瞬で人攫いの二人組の意識を刈り取った俺は、地面に尻餅をついたまま呆気に取られている少女に手を差し伸べる。

「はっ」

我に帰った少女が俺の手をとって慌てて立ち上がる。

「あ、ありがとうございます…感謝しますわ」

そう言って少女はスカートの裾を摘んで慣れた仕草でお辞儀をした。

あ、見たことがある。

これは確か、貴族の女性が感謝を示す時の作法だ。

エラトール家でシルヴィアがたまにやっているのを見た。

…ということはこの子は。

「私はランセット家のヴィクトリアと言いますわ。お名前をお聞きしても?」

「ええと、俺は…」

家名があるということはやはり貴族か。

というかそもそもここは貴族街だからな。

貴族の御令嬢がいてもなんの不思議もないか。

「エラトール家のアリウスです」

俺は屋敷で散々シルヴィアに仕込まれた作法に則って自己紹介をする。

「エラトール家…?聞いたことがあったような…」

ランセット家のヴィクトリア、とそう名乗った少女は首を傾げる。

「へ、辺境の貴族ですから…」

俺が頭をかいて笑う中、ヴィクトリアがポンと手を打った。

「思い出しましたわ…!!『挟み打ち』…!!確かあの面白いゲームを考えた貴族家でしたね?」

「ええ、そうです。そのエラトール家です」

よかった。

エラトール家を知っているのか。

「光栄ですわ…私もあのゲーム、すごく好きですの…もしかして製作者はあなた…?」

「いいえ、あれは父が考えたゲームです」

と世間的にはなっているため、俺はそう答えた。

「そうですか…あなたのお父様が…」

ヴィクトリアが何やら尊敬の眼差しを向けてくる。

「ええと…その二人はなんだったんだ?」

じぃっと見つめられてなんだか照れ臭くなった俺は、誤魔化すように地面に転がっている二人を指差した。

「はっ…そうでしたわね。助けてもらったお礼を…」

「いや、お礼とかは別に…」

「その二人はおそらく私を攫いにきたのでしょう」

「攫いに…?」

「たまにいるのですよ。貴族街に侵入して貴族の子供たちを攫って身代金を要求する輩が」

「なるほど…」

身代金目当てか。

「そういうことがあるから普段はお付きと歩いているのですが…今日は一人で出歩いていましたの。油断しました」

「助けられてよかったよ」

身代金目的の誘拐か。

そんなことが帝都ではあるんだな。

都会怖い。

「あなたに助けられていなかったら本当に拐われていたと思いますわ。感謝しますの。エラトール家のアリウス」

「お、おう…」

感謝はしているようだが、ヴィクトリアの態度はちょっと尊大だった。

もしかしてかなり大きな貴族家の娘なのだろうか。

「では、私は少し急ぎのようがあるのでこれで。この二人は、放っておいても見回りの衛兵たちが回収するでしょう。後日、あなたの家に直接お礼に参りますわ!では、これで…!」

「お、お構いなく…?」

手を振ってからスカートを摘んでカツカツと走っていってしまうヴィクトリア。

俺は呆気に取られて、しばらく遠ざかっていくヴィクトリアの背中を見つめてしまった。



それから五日ばかりが経過した。



「よし…それじゃあ、行ってくるぞ」

「ええ、お気をつけて、アリウス様」

恭しく頭を下げるルーシェに見送られて、俺は貴族街にあるエラトール家の第二の屋敷を後にする。

「制服か…なんか久しぶりの感覚だな…」

静謐な空気の朝の貴族街を歩きながら、俺はポツリとそんな感想を漏らす。

現在俺が身に纏っているのは、二日前に届けられた帝国魔術学院の制服だった。

黒を基調としたシンプルな作りでなかなかにかっこいい。

また手提げのバッグには授業で使う教材が入っている。

今日が魔術学院から指定された、最初の登校日だった。

俺は簡易的な試験を受けたのちに、あるクラスに編入制として組み込まれることになるらしい。

「どんな奴らがいるんだろうな…?」

魔術学院には主に、国内の貴族の子供たちが集まるという。

あまり格式ばった硬い性格の連中ばかりでないといいんだが…

「ま…今から気張ってもしょうがないか」

緊張しても仕方がない。 

リラックスだリラックス。

普通にしていれば、編入生徒はいえ、友達の一人や二人、作れるだろう。

「授業はどんなものなんだろうか…まぁ、エレナのスパルタ訓練に比べたら、流石にマシなんだろうな」

俺は魔術学院で受けることになるであろう授業内容に思いを馳せながら、学院までの道のりを歩く。

道に迷うことはない。

今日までに学院までの道のりの下調べも済ませてあるからな。

「お…あれが魔術学院の生徒たちか…?」

学院に近づくにつれて、俺と同じ制服を身につけた少年少女たちがちらほら確認できるようになった。

おそらく帝国魔術学院の生徒たちだろう。

ほとんどの生徒たちが、二人から三人のお付きの人間に囲まれながら歩いており、一目で特権階級の人間とわかる。

一人の従者もつけずに歩いている俺は、ある意味で少し浮いていた。

「いいねぇ、坊ちゃん嬢ちゃんたちは…都会の貴族は違うなぁ…」

俺がそんな呟きを漏らしながら、前方に見えてきた校門らしき場所を目指して歩いていたその時だった。

「おい平民!!今日もこの学校に来やがったのか…!!ここは貴様のような犬が来るところではないと何度も言っただろうが…!!」

耳障りな声が近くから聞こえてきたのだった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私の代わりが見つかったから契約破棄ですか……その代わりの人……私の勘が正しければ……結界詐欺師ですよ

Ryo-k
ファンタジー
「リリーナ! 貴様との契約を破棄する!」 結界魔術師リリーナにそう仰るのは、ライオネル・ウォルツ侯爵。 「彼女は結界魔術師1級を所持している。だから貴様はもう不要だ」 とシュナ・ファールと名乗る別の女性を部屋に呼んで宣言する。 リリーナは結界魔術師2級を所持している。 ライオネルの言葉が本当なら確かにすごいことだ。 ……本当なら……ね。 ※完結まで執筆済み

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

異世界帰りの元勇者、日本に突然ダンジョンが出現したので「俺、バイト辞めますっ!」

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
俺、結城ミサオは異世界帰りの元勇者。 異世界では強大な力を持った魔王を倒しもてはやされていたのに、こっちの世界に戻ったら平凡なコンビニバイト。 せっかく強くなったっていうのにこれじゃ宝の持ち腐れだ。 そう思っていたら突然目の前にダンジョンが現れた。 これは天啓か。 俺は一も二もなくダンジョンへと向かっていくのだった。

これダメなクラス召喚だわ!物を掌握するチートスキルで自由気ままな異世界旅

聖斗煉
ファンタジー
クラス全体で異世界に呼び出された高校生の主人公が魔王軍と戦うように懇願される。しかし、主人公にはしょっぱい能力しか与えられなかった。ところがである。実は能力は騙されて弱いものと思い込まされていた。ダンジョンに閉じ込められて死にかけたときに、本当は物を掌握するスキルだったことを知るーー。

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

チュートリアル場所でLv9999になっちゃいました。

ss
ファンタジー
これは、ひょんなことから異世界へと飛ばされた青年の物語である。 高校三年生の竹林 健(たけばやし たける)を含めた地球人100名がなんらかの力により異世界で過ごすことを要求される。 そんな中、安全地帯と呼ばれている最初のリスポーン地点の「チュートリアル場所」で主人公 健はあるスキルによりレベルがMAXまで到達した。 そして、チュートリアル場所で出会った一人の青年 相斗と一緒に異世界へと身を乗り出す。 弱体した異世界を救うために二人は立ち上がる。 ※基本的には毎日7時投稿です。作者は気まぐれなのであくまで目安くらいに思ってください。設定はかなりガバガバしようですので、暖かい目で見てくれたら嬉しいです。 ※コメントはあんまり見れないかもしれません。ランキングが上がっていたら、報告していただいたら嬉しいです。 Hotランキング 1位 ファンタジーランキング 1位 人気ランキング 2位 100000Pt達成!!

処理中です...