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第五十五話

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「アレル様……さあ、剣の鍛錬をいたしましょう」

「はぁ?嫌だね。面倒臭い」

「そうおっしゃらず……いくら勇者といえども、鍛錬を怠れば、剣筋も鈍ると言うものです。さあ、立って…勇者様」

「しつこいな。俺は勇者だぞ?誰よりも強い剣士なんだ。鍛錬なんて必要ないだろうが」

王城の中庭。

青芝の植えられた広い敷地のど真ん中で、アレルが腕を枕にして呑気に寝そべっている。

先ほどから何人かの剣士たちが、アレルに剣の鍛錬を始めるよう説得しているが、まるで効果がない。

アレルはもう自分には鍛錬が必要ないと思っているようだった。

「お願いです、アレル様。世界の命運はあなたにかかっているのです。勇者であるあなたが魔王に敗北すれば、我々人類はおしまいだ」

「ふん。魔王ぐらい俺がすぐに倒してやる
よ。今すぐ戦いになったとしても負けないと思うぜ」

「…はぁ」

剣士たちは怠惰なアレルを見て、呆れ返っている。

「なんか変わっちゃったよね…アレル」

その様子を少し離れたところから眺めている俺とアンナ。

日々の鍛錬を行い、毎日勇者の力にかまけてグータラしているアレルに、アンナが微妙な視線を向けていた。

「そうだな…」

アンナのいうようにアレルは変わった。

勇者という地位を得て、前よりもずっと傲慢になっているように思う。

アレルは現在、剣の鍛錬をサボりほとんど成長していない。

このままだと魔王は愚か、魔王軍の四天王や幹部に負けてしまう。

俺はさっさとアレルをストーリーの軌道に乗せてフェードアウトしたいのだが、この分だとしばらく俺が面倒を見なければならないことになるだろう。

「はぁ…どうすっかなぁ…」

調子に乗っているアレルに、俺から剣の鍛錬を真面目にするようにいっても聞き入れてもらえないだろう。

何かアレルを真面目に鍛錬に参加させる方法はないものかと俺が考えていると…

「勇者アレル……一体何をしているのだ…?」

中庭に低い声が響いた。

全員がそちらを見る。

「こ、国王様!?」

「ロウリア王!?」

「どうしてここに!?」

中庭の近くにいた人々が一斉に膝をついた。

ロウリア王が中庭に姿を現したのだ。

王は数名の従者を従えながら、中庭の中心で寝そべっているアレルの元まで歩く。

「起きろ、勇者アレル。一体何をしているのだ?」

「ん…?ああ、あんたか」

アレルがそういってようやく起き上がった。

「勇者アレル……この時間は鍛錬に充てているのではないのか?」

「鍛錬?そんなもの俺には必要ないですよ」

「ふむ……果たしてそうだろうか。最近剣の鍛錬をサボり気味であると聞いているが……大丈夫なのか?腕は鈍ったりはしないのか?」

「あり得ませんね。俺は勇者です。魔王だろうが誰だろうが、俺に敵う奴なんているはずありませんよ」

アレルは王の前でも少しも臆することなく自信満々にそういった。

「ふむ…そうか」

ロウリア王は髭を撫でて、少し考えるような素振りを見せた後。

「では、勇者アレル。お前の言ったその言葉を実際に証明してもらおうか」

「証明…?」

「武闘祭、という祭典がもう時期開かれる。その祭典に参加することを命じる」

「武闘祭…?なんですかそれ?」

首を傾げるアレルに、ロウリア王が挑戦的な笑みを浮かべながら言った。

「武闘祭は我が国で数年に一度開かれる祭典でな……古今東西、あらゆる場所から集まった腕に覚えのある者たちが鎬をけずるトーナメント形式で行われる大会だ。数々の猛者を破り、優勝したものには武闘祭の覇者の称号が与えられる。勇者であれば、もちろん優勝できるな?」

「なるほど…そんなものがあるのですか…」

アレルがニヤリと笑った。

「いいですよ。その大会に出て優勝すればいいんですよね?俺に勝てる奴なんているはずないですから、覇者の称号は俺のものです」

「決まりだな」

アレルとロウリア王がガッチリと握手を交わす。

「おい聞いたか…勇者が武闘祭に参加するようだ…」

「武闘祭……各国から猛者が集まるあの大会に勇者様が参加なさるのか…」

「当然優勝だろう。人間の猛者に負けているようじゃ、魔王に勝てるはずもない…」

「しかし大丈夫なのか…?いくら勇者とはいえ、最近はまともに剣も握っていない…負けて恥を晒す結果にならないだろうか…」

「どうだろうな……もしこの大会で勇者様が負けるようなことがあれば、偽勇者として城から追い出されるだろうな…」

勇者の武闘祭の参加が決まったことで、周囲で二人の会話を見守っていた人々の間に驚きと波紋が広がる。

勇者の優勝を信じて疑わないもの…逆に勇者が敗北するのではないかとその実力を疑うもの。

反応はそれぞれだ。

「だ、大丈夫かな…?」

アンナは簡単に今のアレルが優勝できるとは思っていないらしく、心配そうにアレルを見ている。

そんな中、俺は一人で大変なことになったと頭を抱えていた。

「まずい…非常にまずいぞ…想定外だ…」

誰にも聞こえないようにボソッと小さくつぶやく。

勇者の武闘祭への参加。

これは本来、修行編の締めくくりとなるはずのイベントだ。

時期もシナリオ通りなら、一ヶ月後のはずである。

それが、なぜか大幅に前倒しになってしまった。

これはおそらくアレルが傲慢になり、剣の鍛錬をサボったことで、ロウリア王がアレルに対して不信感を抱いたのが原因だと思われる。

ロウリア王はおそらく武闘祭にアレルを参加させて、その本来の実力を確かめようとしている。

もしアレルが負けるようなことがあれば、勇者という地位を剥奪されかねない。

当然せっかくくっつけたクレアとアレルの間の婚約も解消されるだろう。

「現状のアレルでは……あいつに勝てない」

ロウリア王が言ったように、この舞踏際には大陸各地から猛者が集まって参加してくる。

すでに多くの者たちは、近くに開かれる大会に備えて王都入りをしていると思われ、多少時期が前倒しになったからといって、彼らが参加出来なくなることはないだろう。

「1番まずいのは剣聖…あいつだよな…」

そしてこの大会には、今のアレルでは逆立ちしても勝てないような猛者も参加してくる。

それが、おそらく決勝でアレルとぶつかることになる剣聖。

剣聖とは剣を極めたもののみに与えられる称号であり、当代剣聖のアルフレッドはたった一撃で山を斬り、海を破るような実力を有していると人々の間で噂になっている。

実際にゲームをプレイして倒した経験のある俺は、アルフレッドが海を割るほどの強さでないことは知っているが、しかし今のアレルでは絶対に倒せないレベルの剣士であることは確実だ。

このままアレルが武闘祭に参加すれば、剣聖に確実に負け、勇者の地位を剥奪され、城から追い出されることだろう。

もしかしたら、決勝に辿り着く前に負ける可能性だってありうる。

「これは…やるしかない…」

今更アレルの武闘祭参加を取り消すように動くのはもう無理だ。 

であれば、残された選択肢は一つ。

「俺が参加して……強敵を全員ぶっ潰す…」

俺が先回りして、アレルと戦うことになるであろう猛者たちを予選の段階で叩き潰す。

これしかアレルを勝たせる方法は存在しないだろう。
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