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第五十二話

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「ま、待ってくださいグレン…!」

そんなことを言いながら必死に追いかけてくるクレアに構わず、俺はスリの子供を追う。

子供は路地裏へと逃げ込み、どんどん奥へと進んでいく。

「くそっ…!どこまで逃げるんだ!?待ちやがれ…!」

俺はいかにも真剣に追いかけているかのような声を出しながら、子供を追いかける。

…クレアを完全に置き去りにしては計画が台無しであるため、途中で振り返ってクレアが俺を見失っていないことを確認する。

「よし…ちゃんと追ってきているな…」

俺はクレアがちゃんと俺を追ってこれるように絶妙な距離を保ちながら、スリを追いかけた。

「よし…追い詰めたぞ…返してもらおうか…俺の金を…!」

「チキショウ…!!行き止まりかよ…!ついてない…!!」

やがて俺はスリを行き止まりに追い詰めた。

俺は悔しがり表情を歪めるスリの子供を少しずつ追い詰めていく。

「はぁ、はぁ…やっと追いつきました…ぐ、グレン…!!待ってくださいと言ったのに……」

クレアがようやく俺に追いついてきた。

肩で息をしながら、財布を盗んだスリの子供を追い詰めている俺に向かって首を振る。

「ダメですよ、グレン。乱暴をしては……お金は私がどうにかして補填することが出来ますから…だからその子に乱暴だけは…」

優しいクレア王女は、スリの子供のことを気遣ってそんなことを言ってくる。

悪いとは思いつつ、俺はそんなクレアの優しさを利用し、自分の目的を達する。

「いいえ…退いていてください、クレア様…!こういう輩は懲らしめないと…!!また同じことを繰り返すかもしれない…!」

「え…グレン…?何をしているのですか…?」

スリの子供に向かって拳を振り上げた俺に、クレアが戸惑いの声をあげる。

俺はそれに構わず、振り上げた拳を迷わず子供に振り下ろした。

「痛いっ!」

スリの子供が悲鳴を上げて尻餅をつく。

「グレン!?」

クレアが俺の名前を呼ぶ。

「ダメです!!一体何をしているのですか!?」

「教育です。しつけです。こういう輩は殴らないとわからない」

そう言って今度は俺は、スリの子供に蹴りを入れる。

もちろん本気ではなく手加減はしている。

レベルがカンストしている俺が本気で蹴れば、この子は死んでしまうだろう。

しっかりと体に当たる寸前で勢いを殺し、大したダメージにならない威力に抑えてある、

「ぐはぁっ!?」

スリの子供が声を上げて吹っ飛ぶ。 

「や、やめてくださいっ…!絶対にダメですっ…!」

クレアが悲鳴のような声を上げて、俺を押さえつけようとする。

「離してくださいっ…!クレア王女…!これは必要なことなんだ…!!俺の金を取ったこいつは…こうなって当然なんです!!」

「きゃあっ!?」

俺はクレアを突き飛ばす。 

そして、うずくまるスリの子供にひたすら蹴りをお見舞いする。

「おらっ!!おらっ!!」

「うがっ!?うげっ!?」

子供は俺の蹴りに応じて、体を震わせる。

「ふん。こんなものでいいだろう」

しばらくして蹴るのをやめた俺は、ペッと唾を吐いて、背後を見る。

「…」

そこには呆然と俺を見ているクレアがいた。

その目は今までの俺を見る目ではなかった。

何か恐ろしいものを見るような、恐怖の混じった目立った。

「…」 

あーあ、これは完全に嫌われたな。

元々そういう作戦だったため、俺は目的を達したことになるが……なんかちょっと寂しいな。

だが仕方ない。

これも歪んでしまったストーリーを元に戻すためだ。

「なんですかクレア様。俺は当然のことをしたまでです。このどうしようもないガキを教育してやったんですよ。むしろ感謝してほしいぐらいです」

俺はドン引きしているクレアに対してダメおしの一撃を加える。

これで完全にクレアは俺をクズと認定し、俺の元から離れていくだろう。 

「これは返してもらうぞ」

「痛いっ!?」

俺は子供の足を踏んで、金の入った袋を奪
い、その頭にペッと唾を吐いた。

尻餅をついていたクレアがすくっと立ち上がった。

そしてツカツカと俺の元に歩いてくる。

「クレア様。今こそ泥の退治が終わりました。さあ、帰りま

「…っ!!」

パシン!!と乾いた音が鳴った。

一瞬何をされたのかわからなかった。

しばらく呆けたあと、頬を張られたのだと気づく。

「あなたには失望しました!グレン…!」

涙目のクレアが、俺に向かってそんなことを言った。

「優しい人だと思ったのに……まだ幼い子供にこんなことをするなんて…!」

「…」

「私はあなたという人を見誤っていたようです…!!」

「…」

「あなたは私が思うような心優しい人ではなかった……さようなら。もうあなたとは関わることもないでしょう」

そう言ったクレア王女が踵を返して歩き出す。

「…」

俺は遠ざかっていくその背中をぼんやりと眺める。

やがて、クレアの姿が角の向こう側に消えた頃、うずくまっていたスリの子供が何事もなかったかのように立ち上がった。

「どうだった、兄ちゃん。完璧だっただろ?」

子供が、ニカッと笑う。

「おう、最高の演技だったぜ?」

俺も子供に対してニカッと笑いを返す。

どうやら作戦はうまくいったようだ。

クレアは俺たちの作戦にまんまと騙され、俺が本当に子供に暴力を振るうクズだと認識してくれたようだった。

だが、この子供は俺が金を渡してあらかじめ仕込んでおいた演者にすぎない。

蹴られて痛がっていたのも、全て演技である。

「本当に助かったぞ。ほい、これが後払いの分な」

俺はその子に、約束していた金を渡す。

「サンキュー!!まじで助かるぜ、兄ちゃん!!」

子供はほくほく顔で金を受け取る。

「でも、こんなにもらっちゃっていいのか?こんな簡単なことで。前払いでもあんなにもらったのに」

「いいんだ。お前は俺の注文してくれたことを完璧にこなしてくれたからな。正当な対価だ」

「そうかな…?まぁ、でも話を聞いた時は本当にびっくりしたぜ。自分から金を盗んで逃げてくれって……そんなこと頼まれたの初めてだよ。なんでこんなことしなくちゃいけなかったんだ?」

「…いろんな事情があるのさ。大人の事情が」

「ふぅん。なんだかわかんないや。とにかく、この金はもう俺のものだぜ?返さないよ?」

「もちろんだ。受け取ってくれ」

「よっしゃ!!じゃあな、兄ちゃんありがとう…!こんな都合のいいバイトがあったらいつでも俺を呼んでくれよ!!」

「おう、またなー」

子供がニコニコ笑って路地裏を出て行こうとする。

その途中でピタリと足を止めて、周囲を見渡した。 

「あれ…?おかしいな。今誰かいたような…」 

「ん…?そんなはずは…」

「いや、確かに気配がしたはずなんだけど…猫かな…?ま、いいか。またな兄ちゃん」

最後にもう一度こちらを見て手を振った少年は、すぐに走っていき見えなくなったのだった。



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