新見啓一郎の事件簿~終天の朔~

麻生 凪

文字の大きさ
上 下
57 / 60

仄暗い影 10

しおりを挟む
・・・

「私は光洋様だけに仕えて参りました。私の魂を救ってくれた、あのお方の為だけに……。天子が礼子さんを気に入っていたのは、知っておりました。でも、私は知らぬ振りを通していたのです……あの男は悪魔です。美也子様のご病気をよいことに、信者の女性に次々と手を出して。そんな折り、天昇の儀が終わって直ぐに、光洋様に頼まれたので御座います。このままでは御光の家に跡取りが出来ぬ、雅子よ、天子の力になってやってくれ……と」

「そうすると、天野さんは天子愛明の子どもを生む為だけに、利用されたということでしょうか」

「いいえ、あの男の性癖は尋常ではなかった。特に未成年であった礼子さんには、その執着ときたら常軌を逸しておりました」

「天野さんの背中の古傷は、それが原因なのですね」

「はい……」

「片桐 浩一さんは、二人の関係を知っていた……」

「そうです。彼は、自分ではどうすることも出来なかった……けれど、何時も礼子さんに、寄り添ってあげていたのです」

「いつ頃、妊娠したのでしょうか」

「礼子さんの妊娠には、周りは誰も気がつきませんでした。体質でしょうか……」

「体質?」

「暫くはお腹が目立たなかったのです。ある日腹痛を訴え倒れまして、調べたら卵巣への腫瘍が見つかって、その時は既に、妊娠15週に入っておりました」

「それで、卵巣摘出……」

「……良性疾患であった為、摘出は腹腔鏡手術で取り除くことが出来たと聞いております、ただその後、17歳という年齢もあったのでしょうか、流産が危惧されまして、妊娠24週目で早産させられました。忘れもしません、平成11年5月16日、その日私は礼子さんに頼まれて、子どもにと、ロザリオを渡されたので御座います」

「その一連の医療行為を、加茂川氏が引き受けたのですね」

「はい、その通りです。大原 愛明の息子として……美也子さんが難病だっただけに、さぞ悔しい思いをされたことでしょう」

「5月16日ですか、火災の2ヶ月程前ですね」

「赤ちゃん、恭平くんは生まれてからは病院の保育器で育てられ、火事の前日に、愛明夫婦のもとに戻されました」

「前日ですか……夫婦は亡くなられていますが、赤ちゃんを助けたのは……光洋氏なのですね、それで、大火傷を負った」

「……月の無い夜でございました。……紅蓮の炎が、全てを奪ってしまった……」

「……退院後の天野さんは、どう過ごされていたのですか」

「妊娠と出産のことは、誰も知ってはおりませんでした。彼女は体力が回復すると直ぐに、通常の業務に戻りました。ただ、出産以後は天子からは相手にされず、それはそれでまた、悲しみがあったのではないでしょうか」

「出産以後……」
(5月16日、ごがつ、じゅうろく……そうだったか!)

「警部、遅くなりました。今、話しても宜しいですか」

「ああ、大木、ご苦労だったな。病院に恭平は居なかったのだな」

「はい、おりませんでした、それと、徹郎氏は、昨日亡くなられました」

「何だって……」

「病院の話では、今朝亡骸を、諏訪南修道院が引き取りに来たと。葬儀、告別式は明日の午前中に教会で執り行われるそうです。前夜の通夜はありません」

「多分、姉の指示でしょう。修道院でシスターをしております」

「……そういう関係でしたか」

「恭平くんは、5年ほど光洋氏の親族と養護施設を転々としましたが、流石にそれではと私に相談されて、姉のいる児童養護施設、諏訪南修道院に移ったのでございます」

「ありがとうございます。よく話してくれました」
 咽び泣く吉田 雅子に、新美は優しく声を掛けた。

「……いいえ……、今この瞬間に、私の、懺悔の刻《とき》が、ようやく幕を明けたのでしょう……。もしかしたら私は、この日を待っていたのかも知れません……」

 ・・・・

「警部、これからどうします」
 世田谷署員に労いの挨拶をし、帰る車両を見送りながら大木が尋ねた。

「諏訪南修道院には話は出来ぬな、今乗り込んで、万が一恭平が居なかった場合、彼の逃亡を助ける可能性がある……」

「吉田の話を、信用して良いものなのか。いや、ここは信じるしかないか。が、修道院にタレ込んだりはしないだろうか……」
 原田は車両が巻き上げる泥水を見つめたまま、自問自答をするかのように呟いた後、「とにかく吉田雅子を信じ、今晩は修道院を張り込むしかないでしょう」と新見に提案した。

「そうですね。修道院から出てくるか、修道院に入るところを押さえるしかない。ここでとり逃がしたら、全国に指名手配だ」

「うっ、指名手配……それだけは何とも避けたい」
 大木は顔を上げ新見に向かうと、
「承知しました。交代で見張りをしましょう」
 決意をもって大きく頷いた。  

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

無限の迷路

葉羽
ミステリー
豪華なパーティーが開催された大邸宅で、一人の招待客が密室の中で死亡して発見される。部屋は内側から完全に施錠されており、窓も塞がれている。調査を進める中、次々と現れる証拠品や証言が事件をますます複雑にしていく。

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

推理の果てに咲く恋

葉羽
ミステリー
高校2年生の神藤葉羽が、日々の退屈な学校生活の中で唯一の楽しみである推理小説に没頭する様子を描く。ある日、彼の鋭い観察眼が、学校内で起こった些細な出来事に異変を感じ取る。

聖女の如く、永遠に囚われて

white love it
ミステリー
旧貴族、秦野家の令嬢だった幸子は、すでに百歳という年齢だったが、その外見は若き日に絶世の美女と謳われた頃と、少しも変わっていなかった。 彼女はその不老の美しさから、地元の人間達から今も魔女として恐れられながら、同時に敬われてもいた。 ある日、彼女の世話をする少年、遠山和人のもとに、同級生の島津良子が来る。 良子の実家で、不可解な事件が起こり、その真相を幸子に探ってほしいとのことだった。 実は幸子はその不老の美しさのみならず、もう一つの点で地元の人々から恐れられ、敬われていた。 ━━彼女はまぎれもなく、名探偵だった。 登場人物 遠山和人…中学三年生。ミステリー小説が好き。 遠山ゆき…中学一年生。和人の妹。 島津良子…中学三年生。和人の同級生。痩せぎみの美少女。 工藤健… 中学三年生。和人の友人にして、作家志望。 伊藤一正…フリーのプログラマー。ある事件の犯人と疑われている。 島津守… 良子の父親。 島津佐奈…良子の母親。 島津孝之…良子の祖父。守の父親。 島津香菜…良子の祖母。守の母親。 進藤凛… 家を改装した喫茶店の女店主。 桂恵…  整形外科医。伊藤一正の同級生だった。 秦野幸子…絶世の美女にして名探偵。百歳だが、ほとんど老化しておらず、今も若い頃の美しさを保っている。

尖閣~防人の末裔たち

篠塚飛樹
ミステリー
 元大手新聞社の防衛担当記者だった古川は、ある団体から同行取材の依頼を受ける。行き先は尖閣諸島沖。。。  緊迫の海で彼は何を見るのか。。。 ※この作品は、フィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。 ※無断転載を禁じます。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ミステリH

hamiru
ミステリー
ハミルは一通のLOVE LETTERを拾った アパートのドア前のジベタ "好きです" 礼を言わねば 恋の犯人探しが始まる *重複投稿 小説家になろう・カクヨム・NOVEL DAYS Instagram・TikTok・Youtube ・ブログ Ameba・note・はてな・goo・Jetapck・livedoor

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...