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仄暗い影 10
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・・・
「私は光洋様だけに仕えて参りました。私の魂を救ってくれた、あのお方の為だけに……。天子が礼子さんを気に入っていたのは、知っておりました。でも、私は知らぬ振りを通していたのです……あの男は悪魔です。美也子様のご病気をよいことに、信者の女性に次々と手を出して。そんな折り、天昇の儀が終わって直ぐに、光洋様に頼まれたので御座います。このままでは御光の家に跡取りが出来ぬ、雅子よ、天子の力になってやってくれ……と」
「そうすると、天野さんは天子愛明の子どもを生む為だけに、利用されたということでしょうか」
「いいえ、あの男の性癖は尋常ではなかった。特に未成年であった礼子さんには、その執着ときたら常軌を逸しておりました」
「天野さんの背中の古傷は、それが原因なのですね」
「はい……」
「片桐 浩一さんは、二人の関係を知っていた……」
「そうです。彼は、自分ではどうすることも出来なかった……けれど、何時も礼子さんに、寄り添ってあげていたのです」
「いつ頃、妊娠したのでしょうか」
「礼子さんの妊娠には、周りは誰も気がつきませんでした。体質でしょうか……」
「体質?」
「暫くはお腹が目立たなかったのです。ある日腹痛を訴え倒れまして、調べたら卵巣への腫瘍が見つかって、その時は既に、妊娠15週に入っておりました」
「それで、卵巣摘出……」
「……良性疾患であった為、摘出は腹腔鏡手術で取り除くことが出来たと聞いております、ただその後、17歳という年齢もあったのでしょうか、流産が危惧されまして、妊娠24週目で早産させられました。忘れもしません、平成11年5月16日、その日私は礼子さんに頼まれて、子どもにと、ロザリオを渡されたので御座います」
「その一連の医療行為を、加茂川氏が引き受けたのですね」
「はい、その通りです。大原 愛明の息子として……美也子さんが難病だっただけに、さぞ悔しい思いをされたことでしょう」
「5月16日ですか、火災の2ヶ月程前ですね」
「赤ちゃん、恭平くんは生まれてからは病院の保育器で育てられ、火事の前日に、愛明夫婦のもとに戻されました」
「前日ですか……夫婦は亡くなられていますが、赤ちゃんを助けたのは……光洋氏なのですね、それで、大火傷を負った」
「……月の無い夜でございました。……紅蓮の炎が、全てを奪ってしまった……」
「……退院後の天野さんは、どう過ごされていたのですか」
「妊娠と出産のことは、誰も知ってはおりませんでした。彼女は体力が回復すると直ぐに、通常の業務に戻りました。ただ、出産以後は天子からは相手にされず、それはそれでまた、悲しみがあったのではないでしょうか」
「出産以後……」
(5月16日、ごがつ、じゅうろく……そうだったか!)
「警部、遅くなりました。今、話しても宜しいですか」
「ああ、大木、ご苦労だったな。病院に恭平は居なかったのだな」
「はい、おりませんでした、それと、徹郎氏は、昨日亡くなられました」
「何だって……」
「病院の話では、今朝亡骸を、諏訪南修道院が引き取りに来たと。葬儀、告別式は明日の午前中に教会で執り行われるそうです。前夜の通夜はありません」
「多分、姉の指示でしょう。修道院でシスターをしております」
「……そういう関係でしたか」
「恭平くんは、5年ほど光洋氏の親族と養護施設を転々としましたが、流石にそれではと私に相談されて、姉のいる児童養護施設、諏訪南修道院に移ったのでございます」
「ありがとうございます。よく話してくれました」
咽び泣く吉田 雅子に、新美は優しく声を掛けた。
「……いいえ……、今この瞬間に、私の、懺悔の刻《とき》が、ようやく幕を明けたのでしょう……。もしかしたら私は、この日を待っていたのかも知れません……」
・・・・
「警部、これからどうします」
世田谷署員に労いの挨拶をし、帰る車両を見送りながら大木が尋ねた。
「諏訪南修道院には話は出来ぬな、今乗り込んで、万が一恭平が居なかった場合、彼の逃亡を助ける可能性がある……」
「吉田の話を、信用して良いものなのか。いや、ここは信じるしかないか。が、修道院にタレ込んだりはしないだろうか……」
原田は車両が巻き上げる泥水を見つめたまま、自問自答をするかのように呟いた後、「とにかく吉田雅子を信じ、今晩は修道院を張り込むしかないでしょう」と新見に提案した。
「そうですね。修道院から出てくるか、修道院に入るところを押さえるしかない。ここでとり逃がしたら、全国に指名手配だ」
「うっ、指名手配……それだけは何とも避けたい」
大木は顔を上げ新見に向かうと、
「承知しました。交代で見張りをしましょう」
決意をもって大きく頷いた。
「私は光洋様だけに仕えて参りました。私の魂を救ってくれた、あのお方の為だけに……。天子が礼子さんを気に入っていたのは、知っておりました。でも、私は知らぬ振りを通していたのです……あの男は悪魔です。美也子様のご病気をよいことに、信者の女性に次々と手を出して。そんな折り、天昇の儀が終わって直ぐに、光洋様に頼まれたので御座います。このままでは御光の家に跡取りが出来ぬ、雅子よ、天子の力になってやってくれ……と」
「そうすると、天野さんは天子愛明の子どもを生む為だけに、利用されたということでしょうか」
「いいえ、あの男の性癖は尋常ではなかった。特に未成年であった礼子さんには、その執着ときたら常軌を逸しておりました」
「天野さんの背中の古傷は、それが原因なのですね」
「はい……」
「片桐 浩一さんは、二人の関係を知っていた……」
「そうです。彼は、自分ではどうすることも出来なかった……けれど、何時も礼子さんに、寄り添ってあげていたのです」
「いつ頃、妊娠したのでしょうか」
「礼子さんの妊娠には、周りは誰も気がつきませんでした。体質でしょうか……」
「体質?」
「暫くはお腹が目立たなかったのです。ある日腹痛を訴え倒れまして、調べたら卵巣への腫瘍が見つかって、その時は既に、妊娠15週に入っておりました」
「それで、卵巣摘出……」
「……良性疾患であった為、摘出は腹腔鏡手術で取り除くことが出来たと聞いております、ただその後、17歳という年齢もあったのでしょうか、流産が危惧されまして、妊娠24週目で早産させられました。忘れもしません、平成11年5月16日、その日私は礼子さんに頼まれて、子どもにと、ロザリオを渡されたので御座います」
「その一連の医療行為を、加茂川氏が引き受けたのですね」
「はい、その通りです。大原 愛明の息子として……美也子さんが難病だっただけに、さぞ悔しい思いをされたことでしょう」
「5月16日ですか、火災の2ヶ月程前ですね」
「赤ちゃん、恭平くんは生まれてからは病院の保育器で育てられ、火事の前日に、愛明夫婦のもとに戻されました」
「前日ですか……夫婦は亡くなられていますが、赤ちゃんを助けたのは……光洋氏なのですね、それで、大火傷を負った」
「……月の無い夜でございました。……紅蓮の炎が、全てを奪ってしまった……」
「……退院後の天野さんは、どう過ごされていたのですか」
「妊娠と出産のことは、誰も知ってはおりませんでした。彼女は体力が回復すると直ぐに、通常の業務に戻りました。ただ、出産以後は天子からは相手にされず、それはそれでまた、悲しみがあったのではないでしょうか」
「出産以後……」
(5月16日、ごがつ、じゅうろく……そうだったか!)
「警部、遅くなりました。今、話しても宜しいですか」
「ああ、大木、ご苦労だったな。病院に恭平は居なかったのだな」
「はい、おりませんでした、それと、徹郎氏は、昨日亡くなられました」
「何だって……」
「病院の話では、今朝亡骸を、諏訪南修道院が引き取りに来たと。葬儀、告別式は明日の午前中に教会で執り行われるそうです。前夜の通夜はありません」
「多分、姉の指示でしょう。修道院でシスターをしております」
「……そういう関係でしたか」
「恭平くんは、5年ほど光洋氏の親族と養護施設を転々としましたが、流石にそれではと私に相談されて、姉のいる児童養護施設、諏訪南修道院に移ったのでございます」
「ありがとうございます。よく話してくれました」
咽び泣く吉田 雅子に、新美は優しく声を掛けた。
「……いいえ……、今この瞬間に、私の、懺悔の刻《とき》が、ようやく幕を明けたのでしょう……。もしかしたら私は、この日を待っていたのかも知れません……」
・・・・
「警部、これからどうします」
世田谷署員に労いの挨拶をし、帰る車両を見送りながら大木が尋ねた。
「諏訪南修道院には話は出来ぬな、今乗り込んで、万が一恭平が居なかった場合、彼の逃亡を助ける可能性がある……」
「吉田の話を、信用して良いものなのか。いや、ここは信じるしかないか。が、修道院にタレ込んだりはしないだろうか……」
原田は車両が巻き上げる泥水を見つめたまま、自問自答をするかのように呟いた後、「とにかく吉田雅子を信じ、今晩は修道院を張り込むしかないでしょう」と新見に提案した。
「そうですね。修道院から出てくるか、修道院に入るところを押さえるしかない。ここでとり逃がしたら、全国に指名手配だ」
「うっ、指名手配……それだけは何とも避けたい」
大木は顔を上げ新見に向かうと、
「承知しました。交代で見張りをしましょう」
決意をもって大きく頷いた。
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