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生と死の欲動 8

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 30分後大木は、捜査会議室に資料を持ち込んだ。

「礼子、タナトスがコメントしたものは、5月16日と6月10日にルナ・ルプスという日記主にした2件だけです」

「5月16日以前は、タナトスとしてサイトを利用していないのか」

「はい、その様です。また、ルナ・ルプスも初めての投稿のようで、以前のものは確認出来ませんでした」

「……お互いその日が、初めてのサイト利用ということか、そんな、があるものか……」

「その後の二人の日記もプリントアウトしてみました。なんと、ルナ・ルプスは今日も投稿しています」

「なんだと……」

 新見は手渡された日記を暫く読みながら、
「Luna Lups、ラテン語で月狼。ん、これは恋文か……そういうことか」
と呟いた後に、

「この5月16日の『朔月』という詩を、礼子は最後の日記で引用しているんだな。違うのは、『私』と『あなた』……」
 と、大木にその箇所を指差した。

「本当だ、ひらがなだったから気がつかなかった……見えない光が映す仄暗いあなたの影、その影がわたしの全て……となっているんですね」

 新見はプリントアウトした日記を時系列に並べてみた。そして日付に合うように、未投稿だった礼子の最後の詩を差し込む。

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 5月16日
「朔月」(Luna Lups)

 朔の夜に光はある
 私には解る 
 流浪のさだめ
 漂泊のみぎわに
 彷徨う魂
 抜け殻のこころ ひとつ
 ただ 波に消え行く
 真実だけを照らし出す
 見えない光が私を射ぬき
 其処に落ちる影
 仄暗いその影が 私の全て

【コメント】
『なにか寂しい詩ですね。わたしのこころに重なります。わたしそのものかも……』(Thanatos)

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 5月19日
「三日月」(Luna Lups)

「笑顔」は知っている 
 けれど
 笑い声を知らない
「瞳の耀き」は知っている
 けれど
 そこに映るものを知らない
「艶やかな唇」は知っている
 けれど
 その温もりを知らない
「胸の膨らみ」は知っている
 けれど
 鼓動の速さを知らない
「泣き顔」は知っている
 けれど
 涙の温度を知らない

 僕は2次元の君しか
 知らないんだ

 でもね……
 ここで話してると
 ほんとうの
 君の声は聞こえてくる

 愛するものも知ってるし
 遠ざけたいものも解ってる

 だからね……
 今はこのままで
 いいと思ってるんだ

 会いたい気持ちは
 強いけど
 抱きしめたい想いは
 募るけど

 今夜のように
 見上げれば
 そこに
 同じ月をみてる

 そう
 僕はロマンチストで……



  臆病なんだ

【コメント】閉じている

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