新見啓一郎の事件簿~終天の朔~

麻生 凪

文字の大きさ
上 下
35 / 60

生と死の欲動 5

しおりを挟む
「話を変えます。事件当夜あなたが乗り入れたランチアデルタの助手席に、天野さんの指紋が多数検出されています。富士署での供述では、天野さんを乗せていないとのことですが、それは嘘ですね」

「えぇはい、これも話したことですが、嘘をついたつもりは無かったんです。コンサートが終わってから食事に誘ったんです。最初は了承してくれて、一緒に三島駅の駐車場に行って私の車に乗ってから、急に用事を思い出したと、後で、1時間半後に、ここから南に下った国一沿いのファミレスの駐車場で合流しようという話になって、車から降りたんです」

「嘘を言ってはいけない」

「う、嘘ではありません。その間に、それだけ時間があるならと、芦ノ湖迄一人でドライブしてました。ファミレスには時間通りに着き、着いてから電話をしましたが電源が切られていて……。その後、1時間程待ちましたが来ないので諦めて帰りました」

「それも嘘だ。指紋と一緒に助手席のマットからネックレスが出てきた。これは天野さんのものだろう、天野さんを乗せて、一緒に駅前駐車場から出たのだろ」

「そ、そんなことはない。私が言っていることは全て本当のことです……」

「では、このネックレスはどう説明するつもりだ」
 大木はビニール袋に保管された細いシルバーチェーンを机に置いた。

「なんだ、そんなネックレスは見たこともない」

「車内で、天野さんと何がありましたか」

「知らない、そんなもの知らないよぉ!」
 山本は頭を抱え大声で叫んだ。

 暫く頭をかきむしりながら、肩を震わせていた山本は、
「もしかしたら、妻のものかも知れない。そうだ、きっとそうに違いない。妻に確認してくれ」
 と立ち上がり、机の上に両肘をついて懇願した。

「既に確認済みです。残念ながらファミレスの駐車場には防犯カメラの設置が無かった。ネックレスは奥さんに見てもらいました。奥さんは、悔しそうに泣きながら自分のものではないと……偽証してでも、自分のネックレスだと言いたかったんでしょう」

 暫く口を大きく開けたまま微動だにせず、机の上に置かれたシルバーチェーンを見つめていた山本は椅子にゆっくり座ると、
「これは罠だ、私は、はめられている……」
 と言った後、頭を深く落とし、口からダラダラとよだれを垂らし始めた。

「山本さん、山本ぉ……! 」
 大木は肩を揺すって名前を呼ぶが、反応はない。

 川村は、カメラに向かい両手を力なく上げながらため息をつく大木をモニターで確認すると、一時取り調べを中止するよう指示を出した。

「警部、取り調べには時間が掛かりそうですね」
 川村が眉をひそめながら切り出した。

「そうですね。昨晩の事情聴取の疲れが出ているようだ、あの状態で続けたら、自白を強要したと言われかねない。夕方迄休ませて下さい」

「解りました。記者会見も無理ですな、マスコミには私から説明を入れておきます」

「よろしく頼みます。しかし、そうは先延ばし出来ないでしょう。ノートパソコンの中身次第ですが……」
 腕時計を確めると10時半を回っていた。


「すみません警部、山本は疲れきっています。これ以上は無理かと」
 大木は会議室に入ると、新見に頭を下げた。

「あぁご苦労さま、夕方から再開しよう。それまでに大木も仮眠をとっておいてくれ」

「いや私は大丈夫です。それよりも山本の印象なんですが、なんか嘘をついている様には感じられなくて……」

「私も、そう感じました」
 原田が大木に同調する。
「山本の言うことが本当だとしたら、ネックレスを仕込んだのは礼子だということになりますなぁ」

「そうなんですよね。そうなると、ゴミ箱にスマホを置いたのも礼子でしょうか……」

「全ては推測でしかない。今のところ、現在の状況証拠を覆す手立てはない……」

「しかし警部は、礼子のノートパソコンが鍵になっているとお考えなんですよね。何も出てこなかった場合は、山本を起訴するおつもりですか」

「…………」

「そうなるだろうな」
 報道記者達の対応から戻った川村が口をはさんだ。

「第三の男でも登場しない限り、今の状況から考えると山本は確実に起訴される」

「……川村さんご苦労さまでした。報道の方はどんなですか」

「はい、容疑者として夕刊に載るのは避けられそうにありません。その前に午後のワイドショーで取り上げられる模様です。これから署長に報告します」

「やはりそうなりますか……」

「まだ犯人と確定したわけではないので、過激な報道は避けてくれとは言っておきましたが、なんとも……」

「……少し、頭を整理してきます。なにかあったらスマホに連絡を下さい。車に居ます」
 と言うと新見は会議室を出て行った。

「第三の男ですか……」
 新見の後ろ姿を見送りながら、大木がため息をついた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

推理の果てに咲く恋

葉羽
ミステリー
高校2年生の神藤葉羽が、日々の退屈な学校生活の中で唯一の楽しみである推理小説に没頭する様子を描く。ある日、彼の鋭い観察眼が、学校内で起こった些細な出来事に異変を感じ取る。

聖女の如く、永遠に囚われて

white love it
ミステリー
旧貴族、秦野家の令嬢だった幸子は、すでに百歳という年齢だったが、その外見は若き日に絶世の美女と謳われた頃と、少しも変わっていなかった。 彼女はその不老の美しさから、地元の人間達から今も魔女として恐れられながら、同時に敬われてもいた。 ある日、彼女の世話をする少年、遠山和人のもとに、同級生の島津良子が来る。 良子の実家で、不可解な事件が起こり、その真相を幸子に探ってほしいとのことだった。 実は幸子はその不老の美しさのみならず、もう一つの点で地元の人々から恐れられ、敬われていた。 ━━彼女はまぎれもなく、名探偵だった。 登場人物 遠山和人…中学三年生。ミステリー小説が好き。 遠山ゆき…中学一年生。和人の妹。 島津良子…中学三年生。和人の同級生。痩せぎみの美少女。 工藤健… 中学三年生。和人の友人にして、作家志望。 伊藤一正…フリーのプログラマー。ある事件の犯人と疑われている。 島津守… 良子の父親。 島津佐奈…良子の母親。 島津孝之…良子の祖父。守の父親。 島津香菜…良子の祖母。守の母親。 進藤凛… 家を改装した喫茶店の女店主。 桂恵…  整形外科医。伊藤一正の同級生だった。 秦野幸子…絶世の美女にして名探偵。百歳だが、ほとんど老化しておらず、今も若い頃の美しさを保っている。

尖閣~防人の末裔たち

篠塚飛樹
ミステリー
 元大手新聞社の防衛担当記者だった古川は、ある団体から同行取材の依頼を受ける。行き先は尖閣諸島沖。。。  緊迫の海で彼は何を見るのか。。。 ※この作品は、フィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。 ※無断転載を禁じます。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ミステリH

hamiru
ミステリー
ハミルは一通のLOVE LETTERを拾った アパートのドア前のジベタ "好きです" 礼を言わねば 恋の犯人探しが始まる *重複投稿 小説家になろう・カクヨム・NOVEL DAYS Instagram・TikTok・Youtube ・ブログ Ameba・note・はてな・goo・Jetapck・livedoor

特殊捜査官・天城宿禰の事件簿~乙女の告発

斑鳩陽菜
ミステリー
 K県警捜査一課特殊捜査室――、そこにたった一人だけ特殊捜査官の肩書をもつ男、天城宿禰が在籍している。  遺留品や現場にある物が残留思念を読み取り、犯人を導くという。  そんな県警管轄内で、美術評論家が何者かに殺害された。  遺体の周りには、大量のガラス片が飛散。  臨場した天城は、さっそく残留思念を読み取るのだが――。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...