上 下
15 / 64

近衛騎士ライオ・コーエンの忠誠。

しおりを挟む
そうこうしているうちに、馬車は郊外の森へと進んでいった。
王都の郊外にあるとはいえ、貴族が立ち入ることはほとんどないような場所である。
この森はどういうわけが迷いやすく、森の手前に住んでいる地元地域の者達でさえ、どうしてもの時以外は奥へ踏み込まないようにしていた。
その森の、ライオ・コーエンの体感的にはかなり中程まで進んでいるように思われるが、獣道をガタンゴトンと平素感じることのない揺れに身を任せながら馬車は進んでいく。

(本当に大丈夫なのか?)

不安になり、隣のセザール・アレマーを何度か横目で伺うが、彼は平然としている様子だった。
それにしても、とライオ・コーエンは向かい側に視線を向ける。

相変わらず微動だにせず、平素より数段青白い肌で、微かな胸の上下が辛うじて生きている証のような王太子殿下の状態は、普通ではないとライオ・コーエンにも分かっていたが、当時現場を見ていたにも関わらず、何故このような事態になっているのかは分からなかった。

(確かに取り押さえられていたが、後ろ手を掴んでいただけだったよな••••••)

意識を失う瞬間もライオ・コーエンはそのすぐ傍にいたが、王太子殿下の様子が目に見えて変わったのは、セザール・アレマーという名前を聞いた直後だった。
それはまるで、
(夢から醒めたみたいな••••••洗脳が解けたみたいな••••••いや、殿下は今朝方も普通でいらしたよな)
セザール・アレマー公爵令息が関係していることは間違いないだろうが、しかし彼は決して王太子を害する人物ではないと、ライオ・コーエンは考えていた。

と、突然馬車から見える景色が変わり、鬱蒼としていたところからひらけた場所に出た。見渡しても遠くに木々が見えることから、森を抜けたわけではないことは分かる。
「ついたぞ」

突然声をかけられて振り返ると同時に、馬車が停車した。
外からドアが開く。
そこに立っていたのは••••••
「父上?!」
そこには、ライオ・コーエンとレフォ・コーエンの父親にして、元近衛騎士団長セオ・コーエンが立っていた。

「セザール様、お待ちしておりました」
セオ・コーエンは驚く息子を無視して、にこやかな笑みをセザール・アレマーに向ける。

「お手伝いはいりましょうか?」
「いや、結構だ」
「畏まりました。では、中へ」

短いやり取りの後、セザール・アレマーは王太子殿下を抱え上げ、さっさと降り、メイドらしき女性について行ってしまった。
残されたライオ・コーエンも慌てて後を追いかけようとしたが、馬車を降りたところで、その肩を父親に掴まれる。
「久しぶりだな、ライオ」
相変わらず好々爺然とした笑みを浮かべているが、肩を掴む手が痛い。
「レフォはどうした?」
ライオは、くるりと振り返って父親を睨む。
「久しぶりに姿を表したと思ったらそれですか、父上」
睨んだところで効果がないことはライオ自身分かっているが、それでも碌に家にも帰らず、何をしているかも知らせず、常に母の心労の元となっている父親が、彼は嫌いだったし、このような非常事態でもなければ殴り飛ばしたいところだった。手が届くのであれば。
「ライオは陛下と共にいるはずです。セザール様のおっしゃる通りであれば、追ってこちらに来るはずですが」

「そうか。それで、お前はどこまで知っている?」

肩を掴む手が痛い。
ライオとて、知ることができるなら知りたいが、何も知らない。
「何も。セザール様が何もお話になりませんので」
想定外だったのだろう。肩を掴む力がほんの少し緩む。その隙にパンッと手を振り払うが、それでもセオの威圧感がライオを解放してくれない。
「ライオ」
セオはその鋭い眼光で息子を捉える。
「お主の忠誠は、どこにある?」

その問いに、ライオ・コーエンは応えた。

「我が忠誠、我が国家、我が国王陛下、その先に生ける国主とその庇護下にある臣民に捧ぐ」
一息で言い切り、ふっと息を吐く。
「父上、それは変わりませんよ」

国へ捧げる忠誠。
いくら父を嫌おうとも、かつて近衛騎士団長として国を護った英雄、セオ・コーエンに対する憧れと尊敬は消えない。
何かが起こっている。
何かに巻き込まれるのだろう。
それでも、その時、選ぶものを自分は間違えない。
それを近衛騎士ライオ・コーエンとして、元近衛騎士団長、現近衛騎士団最高相談役セオ・コーエンに表明した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

幼馴染のために婚約者を追放した旦那様。しかしその後大変なことになっているようです

新野乃花(大舟)
恋愛
クライク侯爵は自身の婚約者として、一目ぼれしたエレーナの事を受け入れていた。しかしクライクはその後、自身の幼馴染であるシェリアの事ばかりを偏愛し、エレーナの事を冷遇し始める。そんな日々が繰り返されたのち、ついにクライクはエレーナのことを婚約破棄することを決める。もう戻れないところまで来てしまったクライクは、その後大きな後悔をすることとなるのだった…。

処理中です...