浜薔薇の耳掃除

Toki Jijyaku 時 自若

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忘れるには傷つきすぎた

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「君が分家筋の養女当主になってたかもしれない話とか、教えてくれるかな?」
いきなりだなとは思う。
「そういう話ありましたね」
実家にいたときにちょっとだけ出たらしい。
「でも話だけですよ、その後立ち消えましたし…ただ、その養女の話が出た家というのは…」
「大変みたいだね」
やはり先に知っていたようだ。
「でも現在の当主は男性なんですけどもね」
「上手くはいっていないね、酒飲みのようだし」
「あぁ、酒癖は直ってないんですね」
「同じ酒飲みとしてもちょっと理解に苦しむね」
「う~ん、旦那様は味わうタイプだからな、あっちは飲めたらなんでもいいんじゃないんですかね」
「辛辣だな」
「しょうがないですよ、そういう批判に晒される立場なのですし、ただまあ、先代様は…大変だっただろうなと」
「うん、立場を譲り渡した後は追い込まれたみたいよ」
「…」
「自分が継いだ方が良かった?とか考えている?」
「あそこは女性は行かない方がいい土地ですよ、それこそ、うちの実家よりずっとね」
「そこまでいっちゃうの?」
「ええ、その結構キツい話があるので…」
「聞かせてくれる?」
「えっ?」
「聞きたいな」
少し考えてから。
資料を持ってきて、これがまろやかな表現です、これで不快ならば、聞かない方がいいし、そのぐらいのことが起きていると教えてくれた。
領主は目を通す。
「すごい、僕は結構色んな免疫があると思っていた、まだ不快と感じるジャンルがあるだなんて」
「旦那様…」
「あっ、ごめん」
「いえ、旦那様はその…至極普通に生きてこられたんだと思われます、それでいいし、出来ればそのままでなんですが、本当…その私がもしも旦那様の生まれと育ちならば、そういったものを不快と感じ、触れぬように生きていく選択肢を選んだかもしれませんね」
「そうだろうね。でも君は君だしな」
「そうです、それは変えられないようです」
「そういう所好き、君は受け付けない部分はあるかもしれないけどもね」
「あなたは変わっておられる、そのようなものまで見ようとするのだから」
「見たくないものから目を背けても何も変わらないよ」
「わかりますがね、あなたは苦労するのではないでしょうか」
「そうね。でも君がお嫁さんに来たら、僕の仕事がビックリするほど減ってしまった、こうして君と毎日話をする時間を作れるぐらいにはね」
「その時間をもっと有効活用する気はないのですか?」
「君と話す以外の使い道もそりやあるし、きちんとそっちはそっちで育てているんだけどもね」
領主の別名義、色んなもののデザインや監修などの際に使う、パンセ・リヴィエルのアイディアは、積極的に書き留めているようだ。
「僕はこういうものが好きになった」
そういって風景のスケッチを見せてくれる。
「正確には、これらをアクセサリーや絵画に落としこんだ技術になんだけどもね。僕は愛するだけかと思っていたんだが、僕が愛するものというのはなかなか少なくて」
それこそ故人の職人だったりするので、新作というのが生まれない。
「葛藤がパンセ・リヴィエルという形になったって感じかな、後ね、教育機関や仕事のしんどい課題も後押ししたね」
「現実逃避ですね」
「そうなんだよ。試験期間中の落書きほど筆が冴えるものはなかなかないね」
「一歩間違えたら、領地が危ないことになってましたね」
「さすがにそれは、僕は生まれがこちらではないし、そんなことしたらね…」
目が動く。
その先の物陰に執事がいる。
「いい関係が台無しになるじゃないか、といっても僕はあまり領主に向いているというわけでもないからね、君も知っての通り、かなり無駄が多かったと思う」
「100必要なところに、130ぐらいの力でこなしているんですもん」
「君はそういう意味では70ぐらいの力で、100に近いパフォーマンスを出しているからな」
「そうですね、実家があれだとそのぐらいできるようになるんですよ」
「苦難こそが工夫を生むのかな」
「そんなもの生まれなくてもいいですよ、ろくでもない」
「しかし、君はよくあの家から出れたね」
「本当ですね」
「婦人会というのはこの領にもあることはあるが、こちらとは勝手が違うようだ」
「この領は他のところとも上手くやっているんですよね、どうしてもダメな敵対している地域がないというか」
「それは僕も思った。商人が強いところだとこういう傾向はあるけどもね」
「うちの実家は、その婦人会でさえ、嫁に来た人たちと、地元出身組がね…あんまり仲良くないからな」
「どうしてなんだい?」
「実家が強い人たちには理解できませんよねみたいな話をしてましたから、たぶんそういうことなんでしょ。うちはそこまででもないんですよね」
まあまあ、そこそこである。
「でもまあまあ、そこそこでも、君のように養女とか、そういう話が出る場合と、そうではない場合もあるけど」
「それこそ本家筋ではない、腕を見込まれている系の家だからじゃないですか?」
なので養子や養女にほしいとは言われたりはあるらしい。
「ただそれらは私が決めることじゃないから、そんなことはわからないですよ。私からすると全く努力も苦労もしてないで得ているのならば、何か言われてもそうですねと聞きますが、そうではないですから」
養子や養女の話が出るような人間は、何かしら子供の時に成果を出していたり、誰かの目に止まるようなことがあるようだ。
「詩歌の暗唱のために、宴会に呼ばれたりするとかですかね」
「えっ?」
「この年でうちの子はこういうこともできるんですよっていう」
「詩歌の暗唱なんてできたの?」
「やりましたよ。もう疑問に覚える前から、そういうことを教えられて、まあ、面倒だなって思ってからはわかりませんって通したら、呼ばれなくなったし、代わりにダメな子って言われるようになったかな」
「強烈だな、君自身は子供の教育についてはどう思ってるの?」
「そんなことはしませんよ、ただまあ、自分の力で生きていける分は勉強しなさいって感じですかね」
「それは正しいよ」
「そういう物の見方出来れば、家族がアレでも生き残れますよ」
彼女の中では、まだ家族という言葉は忌避するべき物のようだ。
領主が妻と話をする時間を増やすのは、それを変えようとしているからかもしれない。
「奥様!おられますか」
メイドが探しにやって来た。
「どうしたの?」
「あぁ、旦那様もこちらにおられたのですね、急ぎの知らせがあるそうですので、どうか執務室にお越しくださいませ」


「釣れますか?」
不機嫌そうに水面を眺める男に釣果を尋ねるも。
「ここまで来ると、禅ですね」
「そうですか」
「釣り具屋の話では、初心者でも今のシーズンは楽しめますよと言ってたのに」
「釣れないことも楽しめるようになるのが釣りのコツですよ」
「ただ、別の大物は釣れたようです」
「『のっそり』という愚鈍なイメージとはえらい違いますね」
「最初はね、こいつは何をいっているんだと思いましたが、そのおかげで仕事がやりやすくなったので、今は感謝しておりますよ」
「塞翁失馬というやつですな」
「それをあなたがいいますか?」
「ふっふっふっ」
「大物を吊り上げたと思ったが、どうもそれは怪魚だったらしい」
リリースしたい。
「何分年寄りなもんで時間はあるんですよ、忙しいあなたの休みにこうして合わせれるぐらいにはね」
「で、なんの用です?」
ろくでもない気配がする。
「意見を聞きたく」
「私のですか?」
「ええ、立場があるというのはなかなか厄介でね、公平な意見が聞こえない」
「そりゃあ、そうでしょうな。大抵の人間はそこに尻尾を振る」
「もう少し気骨があってもいいんじゃないか?」
「無理を言わんでくださいよ」
「このような会話もね、今は自由に出来ないんだよな」
「それはしょうがないでしょ、諦めなさい」
「君はなかなかズバズバっていうな」
「言いますよ、だから煙たがれる」
「でも必要だ」
「早く私がいなくなれって思ってますよ」
「それは困るな、そう思っているのは何人もいるから、君は安泰だ」
「上手いこと立ち回る気はないのにな~」
「好意的すぎる意見ばかりでは腐る一方だ」
「それは確かに」
「君との話は面白いな」
また変なのに好かれたと思ったが、そこは顔に出ると不味いので、心を無にして乗りきった。
「贈り物を考えてまして」
「誰にですか?」
「最近自然豊かな領にお嫁に行った娘にです」
「何か関係性はありましたっけ?」
「それはあなたがご存じでは?常々、酒も旨いものもほどほどにと思ってました。危うく将来を担う人間が二人ほどいなくなるところでしたから」
「それでご褒美をというわけですか」
「そうです」
「そんなに重い話だったんですか?」
「投薬治療を受けるような体では、もしもの時そこを突かれる場合がある」
「性格の悪い人間もいたものですね」
「そうですよ、長らくそういう世界を生きて参りましたので、詳しいのです」
「そこまで来ると、人とは思えませんね」
「あれらは人の言葉は使うのですが、見た目にも騙されてはいけませんよ、それが生き残るコツです」
「そのような中を生きてきたからこそ、人を探していると」
「そうです。もしもその二人がいなくなっていたらと思うとね」
「それでしたらいい案がありますが、聞かれますか?」
「なんです?」
「褒美に金目の物を与えるのはお止しなさい」
「そういうからには何か意味があるのでしょうね」
「ちゃんと調べましたか?」
「ちゃんととは?」
「領主の奥方様が置かれている立場を」
「仲が良くてよろしいですな」
「そうではなくて、あなたはもう少し庶民とは言わないが、家の事情に目を置かれるべきだ」
「これは申し訳ない」
「あの奥様の立場では、あなたが大金を渡したと知れ渡ったら、訪ねてくるバカどもの相手をしなくてはいけません」
「訪ねてくるとは限らないでしょ?」
「金に目が眩んだとはいいませんが、弱い人間の怖さを知らない、揉めますよ」
「それは困りましたな、では何が良いでしょう?」
「奥方様が個人で使える紋を持つことを許してあげてください」
「…」
「あの方は今は実家の紋と、結婚した今は領主殿の奥方紋、その二つを持っているが、婚姻関係がどうなるのかそれは誰にもわかりません、そうなれば紋を使うことが求められる場で、毎回実家に許可を得なければならないですからね」
「それだと、結婚の時どうしたんですか?よく許しましたね」
「そこは話を聞く限りではよく気づかれなかったなというか、考えが浅はかな人たちだったから乗りきったという感じですね」
養女ではないが、現在の親代りの人たちの元に行くことになったときに、なんで家を出るのだと実家はもちろん不満に思った。
ただその時家計は凄く厳しく、当時独身だった領主の奥さんは、やりくりが本当に大変だった。
正確にはそれを見たので、親代わりの人たちがこのままだと潰れると話を持っていたが、領主の奥さんの家族は、今の状況がまるで見えてはいないようで、軽く考えていた。
そのせいで、話がまとまらない、
そんな中で親代わりの人たち、そのうちの一人がキレた。
「この話がまとまらないなら、かかった分をあなた方に負担してもらう」
これには話をまとめようとした親代わり陣営も驚き。
「冷静になってくださいよ」
「そうですよ」
「いつになっても決まらないじゃないか、君たちは何をしたいのかね、私は残りの時間は少ないんだ、不安の種を潰したいと思っているのに、君たちは不安の種を芽吹かせようとしている、その責任は君たちがとってくれるというのかな?それならば高くつけてやる」
恐ろしいことに、そこまでいったら、ポイ!と領主の奥さん、その時はその家の娘さんであるが、手放した。
「あまりの、あまりでさすがにあの子には言えない」
ここまで酷いとは思わなかったである。
身柄は引き渡されたが、書類上ではまだ承認などが終わっておらず。
「その承認が終わる前に縁談でも入れれたらいいねという話にはなったそうです」
「それで領主くんの前の縁談の話が決まりそうになったか」
「あれも決まらなくて正解ですよね、今はあちらはあちらで火の車だ」
「だから後進がやる気があるうちに引退すれば良かったんだ…」
「そこまで気を病むことはありませんよ、それこそそういう部分も愛してこそ人生のコツでしょうよ」

「というわけで新しく紋を所有し、自分の意思で使うことを許可することになりました」
執務室には領主夫妻と屋敷の主な人たちが揃っているなか、その吉報を聞かされた。
「また太っ腹だな」
そんな中領主だけはそんな感じ。
「旦那様」
妻にたしなめられた。
「あっ、返信頼める?」
「はい」
「老公の前で復唱してくれる?『紋の件はまことにありがとうございます。が、あなたの描く政にうちの妻を巻き込むのはいただけない』」 
数秒遅れて理解する。
これを自分の主人の前でいうのかと。
「では急ぎで伝えてくれると嬉しいな」
ニコニコしながら領主はいい、ゾッとした使者は逃げるように帰ってしまった。


「旦那様…あの言い方はちょっと」
「何いってるのさ、問題を解決するために問題を増やすことになるのは本末転倒だよね」
「ですが…」
「老公側って見られるのも困る、本当にそうならいいけども、そうではないからさ、やりにくくなるんだよ」
この話を領主はどこでしているのかというと、いつもの長椅子に座っている奥様の膝の上でしている。
「でもさ、紋については良かったんじゃないの?僕も考えてないわけではなかった、正直、僕と婚姻しているうちは、僕のを使えばいいしなっていうのはあったから、後回しになったけども」
「紋は…実家で二回ほど使用許可を取る際にもめてから、使わなくてもいいように生きようと思いましたからね」
許可しなかったらお前は使えない。
「紋質(もんじち)じゃん」
「そうですね、そういう感じでしたね」
「よく生きようとしてくれたね」
「そこは今でも思い悩む時はあります」
家を出ることになっても、心の整理はつかないものである。
「君が復讐の道を歩むというのは、あったと思う」
「そうですね、それは今からでも…」
「あぁ、やっぱり捨てきれてないのか」
「忘れるには傷つきすぎましたよ」
「…」
領主は目を閉じた。
「それで君は自分の紋を持つことになったけどもさ、どうするの?」
「どうって…」
「分家とかになるならば、持っている紋を意識して作ったりするけども、個人の紋だからそれこそ結構自由な感じでもいいと思うよ」
報奨紋だと、そのきっかけになったもの、それをイメージするもので作ったりする。
「そういうのはちょっと私にはわかりませんから、パンセ・リヴィエルさんに頼もうかと」
何回もいうが、パンセ・リヴィエルは領主の別名義である。
「そうすると、君がもしも離婚した場合でも、俺が付きまとうことになるよ」
「付きまとうって物理というより、概念ですよね」
「それか、実家の紋になるからな」
「報奨紋をもらったら、実家の紋は二度と使わなくていいから、忘れることにしますし」
「それでいいの?」
「これからどうなるかわかりませんけども、あなたとの時間は確かにあったと思いたいじゃないですか」
「僕からは元にも前にも、初代妻にもする気はないよ」
「そういう気持ちはうれしいけども、人生は思い通りにいかないものですよ」
「君の心に思いっきり痕を残してやる」
「旦那様は痕をつけるの好きですもんね」
そういって奥様は羽織っていた一枚をチラリとめくって肌を見せた。
「あら、刺激が強すぎましたか?」
肌には痕がほんのり残っている。
「最近さ、積極的な気がするんだよね」
「これでもブレーキは踏んでいるんですがね」
領主の頭は真っ白になった。
「なんで旦那様の方がそうなるんですか?」
「いや、その~なんでだろう、自分からやっておいてなんだけどもね」
「旦那様ってもう少し恋に手慣れていると思ってました」
「くっ」
「えっ、そう思うじゃありませんか、あんなに美酒に美食、美女に美声、美脚に美術が好きなら、実際にびっくりするほどお綺麗な方とお話されているのも見ましたし」
逆にそこまで話をするような仲なのに?と思ってしまう。
「ただ旦那様の人となりを知れば知るほどに、納得する部分はありますけどもね」
「君は本当に僕の素を見ているからな、隠してはいないんだけども、どうも誤解されるところはあるみたいで」
「それでも仕方がない生き方をしてるからですよ」
「ごめーん」
「あなたはいつも幸せであってくださいね」
「幸せがなんだろうなってわからなくなるぐらい忙しかったから、これからはゆっくり君との時間を過ごしたいと思うよ」
そういって膝の上で体の向きを変えた。
そんな領主を奥様は優しく撫でた。
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