浜薔薇の耳掃除

Toki Jijyaku 時 自若

文字の大きさ
989 / 1,093

厄介ごとが未だに横たわる人気のない職場

しおりを挟む
「忘れ物があったのですが」
「わかりました」
そのまま忘れ物の手続き、記帳の準備をしようとするが。
「その…たぶん、おそらく誰かはわかるかと」
「名前でもついてたのかな?」
そこでパスケースを開くと、写真が二枚、そのどちらにも自分が写っている。
「これは…」
「先日のですね」
先日、普段シンプルな礼服しか着てない彼女ではあるが、たまにはめかしこめ!と職場のサークル、色んなグループの女性陣から言われて、着替えさせられたうちの一着の写真である。
一枚は自分が笑っている写真。
もう一枚は男性と一緒に写っている。
男性は今は多部署で遠方にいたが、以前は彼女が今任されている仕事の先任であった。
「こちらの写真は、先日の写真ができたこともあり、見せましたところ、見た瞬間に手が止まって、しばらくじっと見ておられたので、お譲りしますか?と聞きましたら、いいの?と答えられましたので、他にそういう方もおられませんから、こちらの忘れ物は…」
「まずは連絡ね」
ちょっと待ってて、今向こうに連絡してみるわ。


「…もしもし」
「お休みでしたか?」
「えっ?はい!」
寝ぼけていたらしいが、一気に眠気が吹き飛んだようだ。
「お疲れでしたら、また後にでも」
「いやいや、大丈夫、珍しいじゃない?いや初めてか、私信をくれるなんて」
「急でしたもので、あの~すいませんが」
忘れ物の外観を伝える。
「あれ?ちょっと待って、確認するから」
バタバタからガサッ。
しばらくお待ちください。
「はい、忘れてますね、そうか…忘れていたか」
ここで気がつく。
「もしかして、中身見た?」
「私の写真だったからでしょうかね、私のところに持ってこられました」
「そうか…」
「ではこちらでお預かりしておきますから、都合のいい日におっしゃっていただければ」
「あぁ、それならば、どうしようかな」
しばらくこちらにはこれないらしい。
「では、私は二日後の午後にそちらの近くに呼び出されておりますから、その後にでも」
「えっ?そうなの、時間作るし、あっ、こっちってあんまり詳しくないよね、良かったら、美味しいお店いかない?食事がダメならば甘いものでも」
「えっ?えっ?」
困惑していると。
「そういう時は自分の気持ちをしっかりと伝えることですよ」
忘れ物を持ってきてくれた女性からのアドバイスがあった。
自分の気持ちね~
「この間の、晴れ着の時に、着替えたらあなたがいたらビックリしました」
「…そう」
「似合ってるよって言われたら、嬉しかったですね」
「そうか!うん、あれはとても可愛かったからさ」
「ただ二人でいた時の写真は、声をかけられてから撮影したから知ってましたが、もう一枚の方は知りませんでしたから、驚きですね」
「ごめんなさい」
「知らない人でしたらもっと怒ってましたが、口頭で注意ぐらいはさせてください」
「はい…」
「では二日後の詳しい待ち合わせなどは後で教えてください」
「わかった」
連絡が終わると。
「気持ちに応えるとかは考えておられないんですか?」
「ないな~」
「なんでですか?仕事に生きるからとか?」
「仕事に生きるはちょっとあるよ、人手不足もあるし、拾ってもらった恩もあるし」
「そこまで忠義に生きなくてもいいんじゃありませんか?」
「今はちょっとバカな考えが過る人が多いからさ、こういうときだからこそ、おとなしく、規範的にやるのがいいんだよ」
「もっと頭の固い方かと初対面では思いましたが、こういうところがあるから、信頼おけるんですよね」
「世の中を生きるのが下手だからこそ、こういう感じになるんだよ。仕事には生きているが、出世はないから、それならばどうやっていくかだよ。ここは閑職だからな、その閑職の魅力に気づいたら、平穏は破られると思った方がいい」
「それならば厄介ごとが未だに横たわる人気のない職場の顔を今日もしてましょうかね」
そこにいい匂いがしてくる。
「お菓子でも焼いているのかな?」
「あぁ、カボチャのパイを焼いたんですよ」
「へぇ」
「凍らないぐらいの寒いところにカボチャを置いておくと、今の時期にとってもおいしくなるんですよ」
この辺で収穫されるカボチャというのは、本当に美味しくないが、そういうカボチャしかこの辺では育ちが悪い、他の美味しいものを育てようとすると肥料や水、手間がとてもかかる。
「せっかくですから、先任さんとの話をもっと聞かせてくださいよ」
先任さんとは忘れ物して、連絡相手の男性のことだ。
「そんな楽しい話はないんだけどもね」
「何をいっているんですか、うちらみたいな地元っ子にはそのぐらいの楽しみしかないんだよ」
カボチャの丸いパイを切り分けてもらい、コーヒーに新鮮な牛乳を少しだけいれたものを片手に、女性陣に話の種を提供することになる。



「そいつは大変だったな、まあ、そういう話が大好きだから、俺も向こうにいたときは聞いてきたもんな」
「なんて答えてたんです?」
「えっ?気になるの?」
「じゃあ、聞きません」
「そこはさ、もうちょっとさ~」
「そういうのはできませんよ、でもなんか地域性があるんですかね、街中にいたら彼女たちは声をかけられる容姿はしているのに」
「いい恋はしてもらいたいんだけどもな、何も知らない娘さんを騙すようなところには、一人でふらふらさせてはいけないよ」
「沸点が違いますからね」
「そうそう、上手い例えだ。礼儀を尽くして対応しなければならない、それを忘れたらトラブルの元だしな」
彼女たちは農作業ネイティブでもあるので、腕力も強い。
「こちらが忘れ物です」
「ありがとう」
渡され、受けとるときにドキドキしている。
「たぶん帰ったら、明日のおやつにでもまた昨日はどうでしたか?って聞かれますよ」
「君は…その…付き合ったりしないの?」
「しませんね、あぁ愛とかがわからないわけではないですよ、ちゃんとそういうのは知っている上での選択ですよ」
下手なところに嫁としていくよりは、この組織の方がいいという打算的な理由。
「もう人生、嫌なことしないと決めたので」
「でも恋とかしたくなったらいってよ」
「なんです?相手を紹介してくれるんですか?」
「それだけはないな」
帰り際、ちょっと二人で歩いた。


「えっ?その時の話は?」
「ないよ」
「なんでですか?滴草(シズク)お茶のおかわり持ってきて」
「お姉ちゃん、わかった!」
「本当にあなたたちはこういうのが好きね」
「うん、人間の話は大好きよ」
そう彼女たちは可愛さや美しさのある人間の女性に見えて、そうではないものなのである。
そういったものと接することができる人間は、少数派、それこそ二%の人間というデータはある。
彼女らは人間たちのことが大好きであり、こういう話として知りたがる。
その話し相手というのもここにいる人間たちの仕事のうちなのではあるが、話続けるうちに精神が疲弊するために、赴任の期間は決まっていた。
「先代さんに続いて、あなたも持つか、みんなで賭けをしてるの」
「そこに関しては頑張りますとも言いがたいかな、なるようにしかなりませんよ」
「あなたは心が壊れているのね、だからこそ、私たちの言葉でヒビはこれ以上入らない、素敵!」
彼女らには好かれすぎても、もちろん嫌われすぎてもいけない。
壊れるのならば、そこでお仕舞いでもかまわないと思っていた自分にはぴったりだ。
そう思いながらお茶のおかわりを待った。
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...