浜薔薇の耳掃除

Toki Jijyaku 時 自若

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生きている樽

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「旦那様、コーヒーですよ」
「あぁ、ありがとう」
執務中に領主の妻がコーヒーを持ってきてくれたが…
「バニラエッセンスでも入れたの?」
「いいえ、ブラックですよ」
「なんか面白いことを考えてないかい?」
「バレましたか」
こういうのがちょっとうれしい。
「以前に食品保管庫でまだ使える、生きている樽を見つけましたからね、その中でコーヒー豆を熟成させて、香り漬けしたんですよ」
バニラオークという別名がある樽で、元々お酒にその香りをつけるために作られていたが、今は廃れてしまってるようだ。
「ただちょっと誤算が」
「誤算?」
「はい、私の実家にも同じ樽があったんですが、同じような味にはなりませんでしたね、なので好みはあるかと?」
「ふ~ん、今いただいているこのコーヒーにはどんな特徴が?」
「角が取れて優しい味をしてますかね、ミルクは少なめでもいいかもしれません」
「面白いね」
「元々は樽の中にコーヒー豆を隠していたんですよ」
「隠したって」
「勝手に飲まれるか、誰かにあげてしまわれるので」
「それは…」
「まあ、大変な人たちと家族だったものですからね」
「今は?」
「あなたはそういう人では決してありませんから」
「だから君は僕に色んなものを分かち合おうというか、見せてくれているのかな」
「そんなことは…いえ、ありますね」
(無自覚か)
そこで一気にコーヒーを飲み干した。
おそらく最初は彼女も家族にそういったものを見せていたのではあるまいか、それが色んなことを、涙が流れるたびに、距離が出来ていった。
(いけないな、代わりに僕のところに来てくれている、甘えてくれていると思うと、少し嬉しくてしょうがない自分がいるんだよな)
「どうなされましたか」
「これは二人の味にしようか」
「二人の…」
まあ、確かに熟成させておく場所もあるし、上手く匂いが移るかもわからないし、失敗したら私が飲めばいいか、そんな顔をした後に、カップを片付けてくれた。

それから領主宛に知己から感謝の手紙が届く。
「これから10年は確実に恩に着ます、彼らしい言い回しだね」
「中央でのお知り合いですか?」
「そうそう」
三男執事の質問に返事をした。
「ただこれは彼女のおかげだよ、お見舞いしなきゃといっても、僕はお見舞いの品は一度きりのものでしか考えなかったから、病気になると必要なのは安心なんだよなって、彼女が気を回してからそう感じたし、そういうところなんだよ、僕じゃダメなの」
「旦那様、差し出がましいようですけども、奥さまのあれは、誰にも真似できませんよ」
「同じ土壌じゃ勝負にならないが、あそこの嫁はちゃんと出来たのにって言われるやつなんだろうな」
「左様ですね」
「すごい娘さんを僕はお嫁さんにもらってしまったな、彼女ならば領主の妻程度ではおさまらないのかもしれないね」
「旦那様」
「何?」
「そのようなことは言わない方が宜しいかと」
「そう?」
「そうです」
「私がいうのはなんですが、女心というものをわかった方が宜しいかと」
「女心はわかろうとしても、男の僕には無理じゃないかな」
「そこは…私も男ですから、でも理解しようとしませんと、始まりませんよ」
「何かあったの?」
「執事長とその奥さまがどうも喧嘩をしたらしく」
つまりは三男執事の両親である。
「ピリピリするね」
「ピリピリしてましたね」
「大丈夫なの?」
「たぶん」
「たぶんか…」
「さすがに息子からは何も、どちらかが明らかに悪いのならばいいますが、そのあそこは夫婦というよりかは…」
「ラブラブだと」
「はい」
「いいね、ラブラブ、俺もそうなりたいんだよね、書類上は確かに夫婦だけども、まだまだラブラブには遠いって感じさ」
「そこは地道にお話をしていくしかないんじゃありませんか?」
「うん、そう話す時間は増やしている、彼女も話し合いから逃げているわけじゃないんだけどもさ…僕は言葉というのは結構力のあるものだと思っていた、知識とかもね、学べば学ぶほど本領発揮されるものだとね、でもどんだけ愛しているといっても、そっと手を重ねるに敵わないものなんだなって最近わかったよ」
「ごちそうさまです」
「ごめん、ごめん、それじゃあ真面目に仕事をしようか」

目を覚ますと、まだ外も暗い、深夜といっていい時間。
(夢か…)
そこは酷く苦しい夢のようだった。
覚めてくれて良かったと言えるような夢を見た。
「どうしました?眠れませんか?」
同じベットの彼女を起こしてしまったようだ。
「ごめんね」
「誰にでもそんな時はありますよ」
「そうかもしれないけどもさ…」
彼女はじっと見ている。
「しばらく付き合ってくれる?」
「いいですよ」
「怖い夢を見たんだ」
「どんな夢ですか?」
「今はその夢の中身がどんどんと消えていってるよ、ただ言えるのはとても怖くて、追いかけられるような、そんな恐ろしい夢だ」
「覚めて良かったですかね…」
「うん、覚めてくれて本当に良かった。あんな苦しくて悲しくて不安はごめんだよ」
「そんなときは私を起こしてくださいね、頑張って起きます」
「それは心強いけどもさ、寝顔を見たら安心するっていうのもあるじゃないか」
「そうかもしれませんけど…先日猫がベットに入り込んできましたからね」
「にゃーん」
「でもどっちかっていうと、旦那様は犬かな?」
「えっ?そうなの?」
「好きなものを前にすると、凄くわかりますいので」
「尻尾をパタパタ振ってたか」
「振ってましたね、そういうのが見えると、旦那様は犬っぽいのかなって」
「たぶん君と変な形で別れてしまったのならは、ずっと僕は忘れられないと思うよ」
「そこは忘れてくださいよ」
「えっ?なんでさ?」
「私はあなたが幸せであることが望みなんですよ」
「僕の、いや、俺の望みは君がそばにいてくれないとさ、幸せを感じないんだけどもね」
「世の中にはたくさん幸せがあるから、固執しないでさ、視野を広く見ましょうよ、そっちの方が楽しいことが見つかるかもしれません。だからその事を忘れないで、もしも幸せでない時は、幸せを見つけることを楽しんでくださいね」
「これが別れの挨拶で言われたら、嫌だな」
「さすがにそこまではしませんよ」
「本当、唸らせるような名演説とかしてそのままさようならになったら、俺はさ」
「旦那様は強い子ですよ」
「全然俺は強くなんかないよ」
「そこはサポートしますし、大変なことを率先してやってくださるのはありがたいけども、それじゃあダメなんですよ。というか、そこを凄いった周囲も見ちゃダメ、疲れている顔も出来なくなるじゃないか」
「こういう話とか、されると、本当にそういう教育を受けてきた家の子って感じがする」
「それだけだとやっぱりダメなんで、そういうのも知ってるぐらいでいいでしょうね」
「そのバランスがいいんだよな、いい感じで混ざってくれているわけじゃん」
「自分ではあんまり気にしてないんですよ、ただ古臭い考えは考えで嫌いというかね、ほら、あまり女性は大事にされないから」
「ああ、それは…考えていかなきゃならない問題だけどもね」
「でもそういうのを盾にする女性もいるから、どちらにせよ、都合のいい考えに染まってしまうとあまり良くないですね」
「昔ながらの家に生まれた人間には本当に思えないよね、そういう家柄の娘さんとはもちろん話したことはある、もちろん結婚前、なんだだたら領主着任の話は内々ぐらいに来てたときだよ」
「ああ、奥様候補ですか」
「そう言われるとそうなんだけども、君にそう言われるとね」
「どんな感じですか?美人さんとかいっぱいでした」
「なんで美人さんいないかの反応が、若い男子みたいな感じなのさ」
「えっ?やっぱりこう…実家から出てから、やっぱり都会の美人さんは違うものだなって」
「でもさ」
「?」
「その時俺の友人が、あれはやめておきなよって言ってて」
「どうしてです?」
「骨密度が低いって」
「そういう見方もされるのか」
「うん」
「私は痩せてはないですからね」
「そのぐらいがちょうどいいと思うんだけども」
「旦那様の体の締まりが羨ましいですけども」
「それは男あると思うし」
美食に走っているわりには締まってた、結婚してからは浮腫とかも本当になくなった。
「もう少し容姿が良ければいいなかなっても思いましたし」
「そしたらどこにお嫁さんに行くのさ」
「お嫁さんに行くとかじゃなくても、綺麗になりたいとか、可愛くなりたいはあると思いますよ」
「でも君の立場的には」
「変なところに嫁に行く羽目になるのか」
「相手は大分年上とか、後妻としてとか、そこはどうなの?」
「年の差はあんまり気にならないかな」
「僕ともちょっとあるしね」
「旦那様はそう感じないかな、話が上手いし、話題もわからない話は振らないでしょ」
「わからない話を振ってもダメでしょ」
「それは…そうなんですが、そういう人ばかりでは残念ながらないのですよ」
「…わかるけどもね。出来れば俺は君を受け入れたいと思っているから、隠し事はあったとしても話したいことがあるなら、話してほしい」
「それが地雷かもしれませんよ」
「それもわかってはいるんだけども、正直このままというのもね…何か違うでしょ」
「そうですね、旦那様はやっぱり親代わりの皆様とも違いますから、今まであまり理解されなかったことを話す時は、怖いですね。あなたという人が、私のことを気持ち悪いと思う日が来るのではないか、それならば話さなければいいと」
「でも君は調査されて、まあいいんじゃないかってことで嫁いできてるわけじゃない?だからそこまで地雷はないんじゃないかな」
「そうかもしれませんが、私はやはり自分を好きではありませんから」
「君が自分の事を愛せないならば、俺はその分君を愛そうと思ってるよ」
「ロマンチストだな」
「ロマンチストじゃなきゃ男なんてやってられないさ」
「無理しないで」
「わかってる。でもちょっとは格好つけさせてよ」
そこで目を合わせて微笑むと、なんだか嬉しくなってしまうのだ。
強い風の音がした。
「寒い時期が来てますね」
「そうなんだよ、あの音は寒い時期はずっとする、静かになると、もう春が近いんだなってなるんだよ」
「春は遠いですけども、楽しみですね」
「花が咲いたら、色々と君と見に行きたいな。僕がね、綺麗だなとか、素晴らしいなって思うものはみんな君に見てほしいよ」
こういうところが少年のようだ。
「何がおすすめなんです?」
「そうだな~」
そういって思い出しながら話してくれる。
「そういう自然造形をさ、スケッチしたものが君の指輪になっていくって感じ」
「なっていく?」
あれ?もう指輪はもらってますが。
「俺の愛は指輪一つじゃ足りないから」
領主の別名義のパンセ・リヴィエルで発注している。
「次は松枝と紅葉の指を首もとに見立てたようなデザインにしてるよ」
「いくつ作るおつもりで?」
「そりゃあ愛の数だけ、いっぱい、いや、無限大かな。発注している先はこの領の家庭内手工業というやつでね」
指輪は金属ではなく、絹糸の刺繍製です。
「本来刺繍はワンポイントって感じではないわけなんだよな、それを指輪にすることによって、今までの刺繍のお仕事よりも短時間で終わるし、目が辛くない!しかも指輪、貴金属扱いなのでお給料もいいので、この仕事たくさんくださいと言われてます」
さすがにそれを言われると、無駄遣いとも一概には言えないし。
「あの指輪、パンセ・リヴィエルディレクションでとあるから、評価もいいんですよね」
えっ?あの気まぐれでしか仕事しないパンセ・リヴィエルが!
「パンセ・リヴィエルについて少し調べてみましたけども、もっと意欲的に製作しろとかは言われてたんですね」
「言われてるよ、ただ気まぐれではないんだよ、予算的に難しかったんだ」 
良いものは作るけども、お金もかかるし。
「作り続ける体制では決してないんだよね」
「それがどういうおつもりで?」
「それこそ指輪ぐらいの小さいサイズならば、ドレス一着を刺繍するより安く上がるし、こういうのは作れるかな?って」
スケッチして渡したら、とんでもない速さで出来上がった。
「それから悪いなって思ったのもあるし、色んな糸が使えたりするから、これは面白いことができるなって」
「そういう仕事はどんどん差し上げてください、ああいう裏側には家庭を支えている女性がいるものですからね」
「わかった、でも君は君で調べて、意見してくれたらもっとよくなると思うんだよね」
「畏まりました、旦那様」
あぁ、堅苦しいな。
「朝までまだあるから、もう一度寝ることにしようか」 
「そうですね」
奥様が夜明け頃に目が覚めると、大きい猫みたいに領主が密着している。
「今日だけですよ」
「にゃ~ん」
寝てると思ったら、またわざとのようだった。
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