浜薔薇の耳掃除

Toki Jijyaku 時 自若

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猫舌のスープ

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真冬ならば暖炉の火は絶やさない、そんな時代はあったのだけども。
気管や肺をやられる人間が続出したので、暖炉は嗜好品となっていた。
ただもちろん、代わりの暖房器具というものはある。
いい匂いがする。
お腹がぐぅ~となって目が覚める。
「学生時代に胃腸が戻ったのかな」
この匂いは領主夫妻の私室にある小さいキッチンからで、おそらく領主の妻が料理をしている。
「おはよ~」
「おはようございます、旦那様」
「凄くいい匂いがするね」
「適当に肉と野菜をいれているだけですよ」
「それでこんなに美味しい匂いがしているの?君は料理の才能があるんだね」
そこで退室、おそらくトイレにでも行ったのだろう。
白滝を処理し、肉、野菜と炒めた。
そこからふかしたジャガイモを伸ばし、とろみがついたその中刻んだ昆布やかつおぶしを入れ、肉と野菜と合わせる。
「旦那様はご飯とパンどっちにします?」
「まず両方用意しているのが驚きだよ」
「食べなかった方は後で間食にしますし、さすがに毎日私が準備するは無理ですがね」
(手料理、手料理)
領主の中では祭りが始まりかけている。
「手料理にこだわってはいけませんよ」
「それはそうなんだけども、嬉しくて」
「嬉しくて食べ過ぎることもあります」
「それはそうなんだけども、なんかあったの?」
「あまり聞いてて面白くない話ですよ」
「それでも聞きたいよ」
君の顔が曇るというのは余程だと思うから。
「領内でご病気のお子さんがいましてね、ご家族はあまり理解はなく、食事を治さなければ、やがては医療の助けが必要になるだろうということがあったので」
「それはよくないね」
「体に良さそうと実際に必要なものは違いますよ」
「…」
「すいません、執務の前にこのような話を」
執務はだいたい、起床、軽い食事、身支度を整えてから行われるよ。
「いいんだよ、そういった問題をきちんと把握していくのが僕の仕事だし、これからも頼むよ」
「申し訳ありません、今度からはきちんと具体的な改善策を用意してからお話しします」
「堅苦しいな」
「すいません」
僕たちはいつ本当の夫婦になれるんだろうね。
「あっ、食べてもいいかな?」
「はいはい、申し訳ありません」
そこで早速領主がスープを食べると。
「匂いも美味しそうだったけども、食べても、これはいいな、肉と野菜がちゃんと取れるし…」
「どうなさいました?」
「これは肉じゃがったことか」
「あら、バレてしまいましたね」
「食べ進めると、どこかで食べたなってね」
「ジャガイモを昔、煮くずれさせてしまいましてね」
使ったじゃがいもは、崩れやすい品種でした。
「だったら最初から崩れさせてしまえばいいのでは?って、カタクリ粉でも試したんですが、こういう形におさまりましたね」
これは熱々だと火傷をするので、少しさましてから食べるので。
「猫舌のスープってところでしょうね」
「いいね、猫舌のスープか。しかしこういう料理による改革じゃないけども、これからどんどん必要になってくんじゃないかな」
「保存方法は確かに必要ですかね」
「野菜の製粉もね、悪くないんだけども、霧が出る地域だとどうしも粉ものは保管が難しくなる」
湿気ます。
「最初から焼き上げる、それでも乾燥剤とかは必要ですし」
「なんかいい方法はないかなっては思ってるよ」
「この辺は、古今東西の書物とか見て…まずはその気候に似た地域ではどういう対策をしているのか、調べていくしかないんじゃないかと」
「地道な作業だね」
「そう思います」
「後さ」
「なんですか?」
そこで耳打ちすると、奥さんは真っ赤になる。
「いや~誰かに聞こえちゃうと不味いもんだから、でも君にだけは言いたいじゃないか」
領主は自分の妻になんと言ったのでしょうか。  
「僕としては聞かれて不味いことはないと思うんだけどもね」
さすがに執事頭から、旦那様それはちょっとと言われたらしい。


「なんで?と理由はあるんだろうけども」
「ええ、まあ、そうですね、ありますね」
そこで人妻に横恋慕をする人間が最近事件を起こした話を聞いた。
「それは確か、あぁあ、あれか、あれは痛ましかった」
「はい、それなのですが、犯人がその人妻に目をつけた理由は、夫の惚気だったそうですよ」
「うわ~それって最低じゃない」
「最低だと思いますよ」
「…なるほど、それで気を付けろと」
「はい、領主様はよくやっておりますが、立場的に批判は受けやすいものですから、それは奥さまも同じこと」
「困ったもんだね」
こういうとき、領主の纏う空気が変わるのだ。
(これを知らなければ、ご領収はただのお人好しなんて思うだろうな)
「それでただ注意せよと言うだけでは、終わらないよね」
「はい、そこでですね…」
治安にも力を入れる話を通そうとしてくる。
「それは大事ですね。何しろ僕の未来の家族にも関わってくる話ですし」
「これからのことを考える必要は大いにあると思いますが、予算をどうするかですね」
「そうですね、あまり乗り気でないのが、今の方針ですから」
「我々が言ったところで話を聞いてくれるわけではありませんから」
「そこは立場というのを上手く使いましょうか、ただまあ…」
「なんですか?」
「前例のないことをやりとげるには、確実とは言わないけども、結果を出してくれる人間というのが必要です、それはわかりますよね」
「ただちに人員を精査します」
「そこはよろしく、僕は人を見る目があまりないから、執事長のオススメの方がいいでしょう」
「そうなのですか?」
「そうですよ、残念ながら僕は人に対しての期待は著しく高い上に、人を信じすぎてしまうところがあります」
「それは…致命的ではないですか」
「だからこそ、結婚もそうでしたから」
さらっととんでもないことを言われた。
「その事は奥様は?」
「薄々気づいているんじゃないですかね、あの子は、僕のそういうところを知って、泣いちゃうような心の持ち主ですよ」
「泣かせたんですか?」
「泣かせてしまいました、このぐらいは大丈夫かなって思ったんで、泣かれたらビックリしましたね。そしてなんて僕はひどいやつなんだろうなって」
「それは娘を持つ父親目線で見たら、即刻離婚してほしいとか言われるやつですよ」
「でしょうね。…」
「なんで自分でやっておいてから後悔するんですか」
「すいません」
「すいませんではなく…領主様は出来がいいですから、他の人とは合わせにくいというのはわかってますからいいですが」
「あなたには迷惑をかけていると思う」
「わがままを言わない人ではありますが、その代わりに何かあるだろうなとは感じてはいましたから、お気になさらず」
「こういう自分がいるということに気づいたのは、学生時代なんだよ。どうやって付き合えばいいのかわからなかった」
「そのまま受け入れたらよろしい」
「ダメだよ、それだと、人と上手くやれなくなる」
「旦那様の調子、不調はそこから来ておられるとは…」
「たぶんね、後先考えないぐらいの時は人が誉める仕事ぶりはできるんだろうけど、そこからふと疑問が出ちゃうとね、やっぱりだめなんだ、しばらくはそういうのも出てこなかったんだけどもね」
「それは…ご結婚なされたからでしょうな」
「そうかな?」
「奥様は旦那様のそういうところを知ってもなお、たまにため息ついた後に、覚悟を決めて、よーしやるぞと付き添いますから」
「パワフルなんだよな、ただそこには助けられているよ。あの子には…あぁダメだ、幸せになってほしいとか言えない、ずっと傍にいてくれよ、他の奴と再婚とかやめてくれよ、そんなことしたら、俺は壊れると思う」
「そこまでですか」
「そこまでです。だから彼女と離婚は言い渡されないにする、彼女が妻であることが僕にとっても、この領にとっても、領民のためにもなるんですっていうところに持っていきたいんだよ」
「私はそれでいいとは思いますが、それは苦難の道といえるのではないでしょうか?もしもあなたが私の息子であるのならば止めております」
「たぶんうちの家族に言っても止められる、泣かれると思うけども、こればっかりはね」
「愛を選びますか」
「愛も選ぶんだよ」
「全くとんでもないお人だ」
「そこは諦めてよ、仕事はきちんとするからさ」
「それはもちろんのことです。計画も予定よりもいいならば、結果を出せているのならば、そこは無理をせずに奥さまとのお時間を取るのがいいかもしれませんね」
「難しい問題だよね、そういう勢いがついているときしかできないこともある」
「はい、そこで選ぶことになるでしょう」
「僕が選択するとしたら、この領の繁栄に纏わることだ、優先順位は揺るがないのだけども、執事長はそんな僕を支えるだろう、でも彼女は…ちょっと怖いところがある」
「支えたくても実力的に、気持ちだけではどうしようもならない場合ですか」
「うん、それ、その場合は彼女は倒れるだけでは済まないから、止めないとね」
「奥様はよくやっておられるんですがね」
「僕を支えてくれるタイプでは実はないから、献身的であるのはうれしいけども、彼女はそのどっちかっていうと、自分でさっさとやってしまいたい人だからさ、僕なんて必要ないんだよ

「それ本気でおっしゃってます」
「そう感じちゃう、ただあんまりそう思いたくはない、落ち込むから」
「そこは旦那様が頑張りませんとね、仲の方はよろしいと私の目からも思いますが」
「もっと仲良くなりたいんだよ。彼女がいると、なんかこう不思議な気持ちになるんだよな、これがそのうち僕との間に、子供…が出来たりするとですね。いや、そこは強くは求めてないよ、だって僕を受け入れてくれただけで十分なんだけどもさ」
人間は欲深い。
「そのハードル越えたら、もっとだ!次はってなっちゃうんだから」
「奥様は旦那様を人間にしてしまったようですな」
「え~そうかな」
「旦那様は人間の真似をしているところがありましたから、自分ではそうは感じてはないのに、悲しい時は悲しい顔をしなきゃならないとか、こういうときは怒らなければならないとかね」 
「それは昔言われたんだ、ただニコニコしているだけじゃダメなんだぞって、そこから僕なりにね、学んで来たつもりだよ」
「だから根はコミュ障なのに、話術とか身に付くんですよ。確かにそれで弱点のカバーはされてますけどもね」
「人との距離はどんどん遠くなったと感じるんだよな」
誤解されたまま理解される。
「それでいいと思ってしまった僕も僕なんだけどもね、領主になったら、まず真っ先に執事長に見破られたというか」
「伊達に息子たちの父ではありませんから」
「それでもさ、もう理解は諦めていたところがあったところに、執事長にその息子、そして結婚相手が僕という人をそのまま受け止めたからさ、もしかしたらこのまま不調のままで、自分が認められている部分が消えちゃったらとか考えると怖いね」
「そうなったら奥様はついていくといってたのを前に」
「ついてきてくれたら嬉しいよ、でもその道は、ね~いい未来では決してないよねって。ただね、そこまで賭けてくるところを嬉しく思い、悲しくも思う」
「男心は複雑ですな」
「そこで珈琲育てたらどんな味がするだろうか、興味あるね」
「その寒暖差で風邪引くのは人間ならば、珈琲ならばかえって味になるってことですか」
「そうそう、テロワールというやつだね。その土地の特性が個性という味となる」
「旦那様はロマンチストですね」
「ロマンチストでなけらばやってられないでしょ」
「確かに」
「奥さんが栄養について話していたけども、たまりこの領地の人というのは野菜とか食べないのかな」
「野菜というかは、美味しければ食べるって感じでしょうか」
「僕と同じような嗜好だな」
「旦那様の食事は奥様は苦労されていたと思いますよ、はじめて食べるものが気に入ってくれるか、もしもそうでなかったら、同じ材料で美味しく作れないか依頼してとか」
「彼女自身も、謙遜しまくりだけども、料理の腕は結構あるみたいだしね」
「ありますね、ただ毎食は作る暇がないと、あれは相当ご実家で苦心されたと思いますよ」
まとめて作ってちょっとづつお腹が減ったら食べていく。
「食材も全部見てから、安くてこれは使えるって思ったものから買いますから、あれはいい嫁さんになるとはじめて見たとき驚きましたが」
「知ってる?その娘さんはね、僕の奥さんなんだよ」
「もちろん存じております」
こういう他愛のない会話をするときの、領主はとても楽しそうである。

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