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パンセ・リヴィエル様へ
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「旦那様」
「うわぁ、うちの奥さんは今日も素敵だね」
「…」
「どうしたの?」
「いえ、別に」
領主はニコニコしている。
「そんなところいないで、暖かいところに来なよ」
「それでは失礼します」
一礼してから傍によるのだが。
「何?今日もツンツンしてさ」
「そういうわけではありませんが」
「君は悪いことに真っ先に気がつくから、その目にはいつも感謝しているよ」
「それは仕事ですから」
「いつかそういうの抜きで、夫婦になれるのを楽しみにしてるよ」
「私は…」
「ゆっくりでいいさ、それが僕たちのリズムと言う奴だよ」
「旦那様は変わっておられる」
「そうかな?」
「そうです」
「でもそんな僕が領主にってことは、やはり変化と言うのを求められているからだと思うんだよ」
「そうですかね?」
「そうじゃないと?人身御供だと?」
「…いえ、それは…ただ、旦那様のようなタイプは…苦労するかと」
「それは…そうだろうね、だから君の力が、いや、力はいいかな、傍にいるだけで、こう頑張ろうって気にはなるかな」
「私では力不足でしょうか?」
「いや…そうじゃなくて、あれだよ。君にいいところを見せたいんだよね」
「それをやるとおハズシになるかと」
「それは…」
「旦那様は狙うとハズすというか、明らかに、普段通りの方がよろしいと思います」
「そういうのはあると思います、はい、気を付けます」
「でも、それでも旦那様は、そういう部分を直したいと思うのでしたら、習得されますまではお付き合いしますよ」
「そしたらその間に、君は何回傷つくのさ」
「お気遣いなく、どうぞ狙いを定めてくださいませ」
「君に支えられないで、何かを習得する方法を考えます」
「それならば、それで考えますが」
「なんでそんなやり方にしちゃうのさ」
「それが手っ取り早いのでは?」
「それを選んじゃう人の気持ちがわからないよ」
「そういうものだと思っているんじゃないですかね」
「それは…ダメだよ」
「ダメだとは思いますが」
「僕はその道は歩まない、そんな道は歩めないよ」
「では期限内に新しい方法をお考えを、出来ないならばご決断を」
「うわ~どっちも俺が苦手なのが来ちゃったぞ」
「…旦那様、こちらを」
そういって封書を渡す。
『パンセ・リヴィエル様へ』
誰が出したのかを確認する。
開封しながら…
「物価高騰の最中、本当に助かりましたとも言っておりました」
「それは良かった」
中身を確認すると。
「この子はまるで昔の僕みたいだ、食事と暖房をどっちにするか悩んだ下りが…懐かしいな」
「調べによりますと、パンセ・リヴィエルとは誰だろうと名前の確認はしたが見つからなかったと、カタカナ表記なので、正式なツヅリではなかったから検索は不可能ですが、博学な生徒だとそんな旦那様の尻尾も見つけたようですよ」
「隠しているというわけでもないんだがね、一応その名前を使うに当たっての許可は得て、使ってるし」
パンセ・リヴィエルは領主の別名義である。
「全部僕の名前でやると厄介だから、分散しているんだよね」
「でもそれでしたは、私にパンセ・リヴィエルは自分であると言わない方が良かったのでは?」
「いや~そこは分かち合いたいじゃん?」
「そうですか…」
「そうだよ、そういう意味では届け出を渡したところ以外だと、知ってるのは君だけなんだよね」
「なんでまた?」
「分かち合いのと、君になら、話したいっていうか、そんな気になったのさ」
パンセ・リヴィエルは表向きは、えらい人たちの仕事を手掛けてる人で、名前だけは著名人の意匠を手伝ってると言うことで、図録には名前が載っているぐらい。そのパンセ・リヴィエルの名前で、領主は自分の後輩に、現在教育機関で当時の自分と同じ順位、六番手の生徒に返済不要の支援をしたのであった。
「でもその図録って見ている人いたんだなって、いうぐらいのものだから…」
「季節の移り変わりをデザインにしていくのはいいと思いますけどもね」
「えっ?」
「絹糸の…これは藤ですか、藤の葉もいいものです」
「でもそれは虫食い藤じゃないか」
「そういうのがいいんですよ。あの葉はよく虫に食べられてしまうから、面白いものを作る人もいるんだなって」
「そのディレクションがここにいるんですが」
「そうなんですよね」
数少ない本の読者がここにもいたという。
「あの本、前から見たことあるの?」
「自然にあるものを取り入れた装飾品は面白いので、銀行のロビーで展示された時に見たぐらいですけどもね」
「後援がそっちだったから、でもあれもあんまり来てくれた人はいなかったはずなんだよな」
そこでふと思う。
「僕のことは知らなかったけども、僕の作ったもの、関わったものは知ってたのか」
「それは、それこそは…ロビーで展示しようと思った銀行側がみんな決めたことですし、私はおもしそうだもありますが、あれは無料ですからね」
「それは…大きいよね。僕も…有名なコレクターの器の展示を見るか、でもな…でも迷ったことはあるよ」
「ああいうのは興味が出たら、早いうちですね」
「しかし、さ~」
「なんです。なんか不思議だね、僕のことは知らないのに、僕が作ったものを知ってたということがさ」
「そんなに不思議ですか」
「うん、何回も言いたくなるというか、腑に落ちてないからだろうね。それならもっと早くに君に引き合わせや!って言いたくはなる」
「いや~それは…無理では?」
「無理じゃないもん!」
「もんって…もう~」
「正直、あの時にも君がいてくれたら違っていたのかなって思えるぐらいには重症だよ」
「そういう仮定は大事ですけどもね」
「いたら…たぶん、婚姻関係は結べてはいないだろうから…そこまでたどり着いたら、この人生に乾杯するしかないんじゃないかな」
「完敗の間違いでは?」
「上手いこというね。でも完敗にはしたくないな、僕は自分が選んだもので、勝ちたいんだよ」
「それは無謀と言うか、苦労する生き方ですね」
「そうだね、でもそれが僕らしくもある」
「お茶でも淹れますか」
「お菓子はどれにするかい?」
「そうですね~」
そこで思い出したかのように。
「食糧はこちらでも上がっているようですが、どうしますかね」
「うちの領は古くからある家は、ワインセラーに使われていた、それこそ家電が使われる前には現役の保冷庫があるわけだから、そこに溜め込むことにはこれからもなるだろうね」
「そこでゆっくりと値段が高いときは食べるですか」
「一昔前のやり方だ、それを今一度思い起こすべきだし、たぶんやれるんだよね」
「まずはうちから手本を見せて」
「それは一年がかりになる、伝統と今のいいところを見せるんだ」
奥さまはメモに書きとめ始めた。
「トマト缶辺りならば、日保ちはしますが…」
「1号缶(2550グラム)でもいいかな、開けるときは、屋敷のみんなでトマトパーティーになるけど」
「そこはミートソースとか、チキンを煮たりしましょうよ」
「クリスマス前にもみんなで食事会はしてもいいかな」
「やはりみんなにご飯を出すと違うみたいなんですよな」
「そりゃあそうでしょ、君が来てからこういうことが定期と言うか、毎日出来る体制が整ったって感じだし」
「ご飯は、毎日食べないといけないんですよ」
「わかってる、でも今までは出せなかった」
「普通にやると、家計が火の車になりますからね」
「うちに火車が来るのはまだ早いな」
「旦那様は良い人ですから、そんなの来るわけがない」
「だといいね」
「なんです?もう、悪いことでもしたんですか?」
「僕も男だ、好きな娘がいたらぐらつくことが多々あるよ」
「そこは自制なさってくださいませ」
「いや~結婚してて良かった」
「そうですか?」
「そうだよ、きちんと心を許した仲だから」
「それはおめでとうございます」
「ありがとう、本当に嬉しかったんだよ。僕のそばにはいてくれるけどもさ、僕としては、書面上だけではないってことは伝えてたし、そして何より」
キャー恥ずかしい。
「どうなされましたか?」
「僕と家族を持つことになることについてはどうかな?と聞いたときにですね」
私とですか?
そうだよ、君とだ。
それは私なんかよりも、後ろ楯がしっかりとした御家柄の娘さんにした方が、よろしいですよ。
そこはそこ!そうじゃないの、君が僕を受け入れてくれるかどうかだから、どんな結果になるかはそりゃあ、わからないよ。いい方に出るかもしれないし、悪いかもしれない。でも大事なのは受け入れてくれたってことで、僕はそれだけでとても幸せなんだ。
幸せ…ですか?
君は自分が母親になるということをどう考えているのだろうか?何かイメージがあるのかもしれないけども、僕が聞いているのはその前の段階さ、僕と家族を築いてくれるかってことだよ。
「お許しが出たときに、俺は安心したし。さらに愛しくはなったよ、えっ?それでなんで君は俯いているの?」
「あれか…と思いましたので」
「たまに君は自分のことを他人事のように考えるけどもさ、それって何?現実逃避」
「そうですね、あまり現実は私にとって面白くはないので」
「自分は素敵なお姫様とか?」
「いえ、なんかもう、元気になりたいな~とか、仕事を終わりたいな的なやつですね」
「…仕事の量は調整しようか」
「いえ、これは、把握してないと、後で困りますから、今はまだ休めますが、何か起きたら、休めませんし」
「ごめんね」
「体力は旦那様は戻ってきてますよね」
「学生時代に近づいている、逆行している感じがするな」
「それだと、身長も伸びるかもしれませんね」
「えっ?何それ」
「それこそ、人体を構成する材料をきちんと補給してますから、旦那様は疲れがとれるという少数が起こるようないい状態になってるので、その先は成長期みたいな事が起こるかもしれません」
「ちょっとそれは夢があるね」
「ただそのぐらい旦那様は食べ物に気を使ってなかったということなんで、もしもそうじゃなかった場合は…」
「言わなくてもわかる、怖いことになってたね」
「でしょうね。まっ、その怖さは後回しですね」
「なんで?」
「旦那様がそうなっているのならば、医療について力を入れる必要がありますが、そうでないならば、やはり優先順位は変わりますから」
「そうなると食糧?」
「でしょうね、冬を迎えた農業地帯もありますし、肥料もこれからどうしようって話ですよ」
「肥料削減の研究も色々と行われているようだしな」
「ご家庭でも栽培できる食用の、それこそ椎茸ぐらいは奨励してもいいかもしれませんね」
「あれは干してもいいしか」
「そうです、高温多湿ですと、よく育ちますし」
「この辺もうちの屋敷で実験だよな」
「養蜂もやってはみたいとは考えてはいるんですが」
「花がな」
「そうなんですよ。庭園はあることにはありますが、花暦形式の庭ですから、蜂が満足する花のシーズンというものがそもそもないんですよ」
花暦形式の庭は、それこそ、春から冬前にかけて咲く花を少しずつ植えて、春を知らせる花から始まって一週間~二週間で次の花へのリレーが始まり、北風に強い黄色い花で終わるものである。
「今では古典花暦の庭を維持しているところの方が珍しいから、そのままにしていたが」
「他の方法を考えましょう、ああいった古典というのは、受け継ぐことには先人達の優しさがあるものですよ」
「そうなんだよな、困ったときに、あれ?どうしよう?いや、待てよ、前に教えてもらったこれがあれば、なんとかなるんじゃないだろうか?を経験しないと、それはわからないんだけどもね」
「そうですね、失われると、人間ってね、本当に弱いんですよ。そういう知識や技術で守られて来ているのに、それを捨てても生きていける。とか言ってもね」
「上手くいかないんだよな」
「そういう人たちは、無茶苦茶にしますから、守ってばかりも大変ですから」
ふと彼女は実家のことを思い出しているように見えた。
「君はそういう伝統的な考えのところで育ってきた、それは悪くはないよ。でも縛られるのはよろしくない」
「しかしですね…」
「僕はね、亭主として君のそういう部分を変えたいんだよね」
「変えれますかね?」
「ちょっとその挑戦的な態度嫌いじゃない、こんな顔を素直に見せてくれる娘じゃ、君はないからね」
「それはそうでしょ、指摘されると怒る人なんてたくさんいる」
「そうだね、僕はそうじゃないから、だからこそ君は嘲笑でもなく、悲しむわけでもなく、真面目に考えてくれる。それがね、とっても嬉しいんだよ」
「一度決めたことは、覆されたりしませんよう…」
「もちろんさ、ただ、それを守るためには無茶することはあるけども、そのときはごめんね」
それは果たせなかった時を考えのことだ。
「いや、命かかってるなら、約束は守れなくてもいいですよ」
「そうもいかないよ、その時君はガッカリするだろうから、俺はそれを見たくはないだけなのさ」
時折、この領主は無茶をしそうになる。
すると奥様がどこからともなく出てきては、止めてから後ろに下がらせたりするのだ。
ただ奥様も腕っぷしがある方ではなくて。
「領主を早く!」
「わかりました」
「何を言ってるんだ」
無理に割り込んだせいで、痛そうにしている彼女を見たら、自分はなんてことをしてしまったんだと、感情のままに行動したことを悔いた。
「それで目が覚めたのならば大丈夫ですよ、はい、駆け足!」
「はい!」
彼女は僕に恨むな、怒るなという。
あなたにはそれは似合わないから、あなたは優しい人だからと…
「なんて情けないんだろうね」
「領主様には領主様のいいところはありますよ」
「でもさ、彼女に認められてないと僕は嫌なんだよね」
「それはずいぶんとハードル高いですね」
「だよね!」
「これで終わりましたか?」
「終わりました、討ちもらしもありません」
「そうですか、ありがとうございます」
「失礼ですが、奥様、奥様もご実家では?」
「こういう仕事をやるものはいないものですから」
「それは…、家に仕えるものからするとありがたいですが、やはり年頃の娘がこのようなことに明るいのはいただけないですね」
「そうですね、出来れば私も、縁がない方が良かった」
寂しい笑顔を見せてくれるのが、とても心に来る。
「お帰り~」
そんな彼女が戻ると、領主はいつもように迎えてくれた。
「まだ起きてましたか?もう寝ませんと」
「君が来てからは俺は寝るのがいつもら遅いんだよ」
「今日は気が立ってますので、別に寝ましょう」
「うん、わかった」
そういってたはずなのに。
「あなたは猫か何ですか?」
頑張って寝たら、途中であれ何かおかしいなと思って目が覚める。
そこには連日連夜、よく見かける自分の夫の寝顔があったという。
「にゃーん」
話を聞いていた、ということは狸寝入りをしていたようだ。一鳴きしてから、甘えてこられた。
「うわぁ、うちの奥さんは今日も素敵だね」
「…」
「どうしたの?」
「いえ、別に」
領主はニコニコしている。
「そんなところいないで、暖かいところに来なよ」
「それでは失礼します」
一礼してから傍によるのだが。
「何?今日もツンツンしてさ」
「そういうわけではありませんが」
「君は悪いことに真っ先に気がつくから、その目にはいつも感謝しているよ」
「それは仕事ですから」
「いつかそういうの抜きで、夫婦になれるのを楽しみにしてるよ」
「私は…」
「ゆっくりでいいさ、それが僕たちのリズムと言う奴だよ」
「旦那様は変わっておられる」
「そうかな?」
「そうです」
「でもそんな僕が領主にってことは、やはり変化と言うのを求められているからだと思うんだよ」
「そうですかね?」
「そうじゃないと?人身御供だと?」
「…いえ、それは…ただ、旦那様のようなタイプは…苦労するかと」
「それは…そうだろうね、だから君の力が、いや、力はいいかな、傍にいるだけで、こう頑張ろうって気にはなるかな」
「私では力不足でしょうか?」
「いや…そうじゃなくて、あれだよ。君にいいところを見せたいんだよね」
「それをやるとおハズシになるかと」
「それは…」
「旦那様は狙うとハズすというか、明らかに、普段通りの方がよろしいと思います」
「そういうのはあると思います、はい、気を付けます」
「でも、それでも旦那様は、そういう部分を直したいと思うのでしたら、習得されますまではお付き合いしますよ」
「そしたらその間に、君は何回傷つくのさ」
「お気遣いなく、どうぞ狙いを定めてくださいませ」
「君に支えられないで、何かを習得する方法を考えます」
「それならば、それで考えますが」
「なんでそんなやり方にしちゃうのさ」
「それが手っ取り早いのでは?」
「それを選んじゃう人の気持ちがわからないよ」
「そういうものだと思っているんじゃないですかね」
「それは…ダメだよ」
「ダメだとは思いますが」
「僕はその道は歩まない、そんな道は歩めないよ」
「では期限内に新しい方法をお考えを、出来ないならばご決断を」
「うわ~どっちも俺が苦手なのが来ちゃったぞ」
「…旦那様、こちらを」
そういって封書を渡す。
『パンセ・リヴィエル様へ』
誰が出したのかを確認する。
開封しながら…
「物価高騰の最中、本当に助かりましたとも言っておりました」
「それは良かった」
中身を確認すると。
「この子はまるで昔の僕みたいだ、食事と暖房をどっちにするか悩んだ下りが…懐かしいな」
「調べによりますと、パンセ・リヴィエルとは誰だろうと名前の確認はしたが見つからなかったと、カタカナ表記なので、正式なツヅリではなかったから検索は不可能ですが、博学な生徒だとそんな旦那様の尻尾も見つけたようですよ」
「隠しているというわけでもないんだがね、一応その名前を使うに当たっての許可は得て、使ってるし」
パンセ・リヴィエルは領主の別名義である。
「全部僕の名前でやると厄介だから、分散しているんだよね」
「でもそれでしたは、私にパンセ・リヴィエルは自分であると言わない方が良かったのでは?」
「いや~そこは分かち合いたいじゃん?」
「そうですか…」
「そうだよ、そういう意味では届け出を渡したところ以外だと、知ってるのは君だけなんだよね」
「なんでまた?」
「分かち合いのと、君になら、話したいっていうか、そんな気になったのさ」
パンセ・リヴィエルは表向きは、えらい人たちの仕事を手掛けてる人で、名前だけは著名人の意匠を手伝ってると言うことで、図録には名前が載っているぐらい。そのパンセ・リヴィエルの名前で、領主は自分の後輩に、現在教育機関で当時の自分と同じ順位、六番手の生徒に返済不要の支援をしたのであった。
「でもその図録って見ている人いたんだなって、いうぐらいのものだから…」
「季節の移り変わりをデザインにしていくのはいいと思いますけどもね」
「えっ?」
「絹糸の…これは藤ですか、藤の葉もいいものです」
「でもそれは虫食い藤じゃないか」
「そういうのがいいんですよ。あの葉はよく虫に食べられてしまうから、面白いものを作る人もいるんだなって」
「そのディレクションがここにいるんですが」
「そうなんですよね」
数少ない本の読者がここにもいたという。
「あの本、前から見たことあるの?」
「自然にあるものを取り入れた装飾品は面白いので、銀行のロビーで展示された時に見たぐらいですけどもね」
「後援がそっちだったから、でもあれもあんまり来てくれた人はいなかったはずなんだよな」
そこでふと思う。
「僕のことは知らなかったけども、僕の作ったもの、関わったものは知ってたのか」
「それは、それこそは…ロビーで展示しようと思った銀行側がみんな決めたことですし、私はおもしそうだもありますが、あれは無料ですからね」
「それは…大きいよね。僕も…有名なコレクターの器の展示を見るか、でもな…でも迷ったことはあるよ」
「ああいうのは興味が出たら、早いうちですね」
「しかし、さ~」
「なんです。なんか不思議だね、僕のことは知らないのに、僕が作ったものを知ってたということがさ」
「そんなに不思議ですか」
「うん、何回も言いたくなるというか、腑に落ちてないからだろうね。それならもっと早くに君に引き合わせや!って言いたくはなる」
「いや~それは…無理では?」
「無理じゃないもん!」
「もんって…もう~」
「正直、あの時にも君がいてくれたら違っていたのかなって思えるぐらいには重症だよ」
「そういう仮定は大事ですけどもね」
「いたら…たぶん、婚姻関係は結べてはいないだろうから…そこまでたどり着いたら、この人生に乾杯するしかないんじゃないかな」
「完敗の間違いでは?」
「上手いこというね。でも完敗にはしたくないな、僕は自分が選んだもので、勝ちたいんだよ」
「それは無謀と言うか、苦労する生き方ですね」
「そうだね、でもそれが僕らしくもある」
「お茶でも淹れますか」
「お菓子はどれにするかい?」
「そうですね~」
そこで思い出したかのように。
「食糧はこちらでも上がっているようですが、どうしますかね」
「うちの領は古くからある家は、ワインセラーに使われていた、それこそ家電が使われる前には現役の保冷庫があるわけだから、そこに溜め込むことにはこれからもなるだろうね」
「そこでゆっくりと値段が高いときは食べるですか」
「一昔前のやり方だ、それを今一度思い起こすべきだし、たぶんやれるんだよね」
「まずはうちから手本を見せて」
「それは一年がかりになる、伝統と今のいいところを見せるんだ」
奥さまはメモに書きとめ始めた。
「トマト缶辺りならば、日保ちはしますが…」
「1号缶(2550グラム)でもいいかな、開けるときは、屋敷のみんなでトマトパーティーになるけど」
「そこはミートソースとか、チキンを煮たりしましょうよ」
「クリスマス前にもみんなで食事会はしてもいいかな」
「やはりみんなにご飯を出すと違うみたいなんですよな」
「そりゃあそうでしょ、君が来てからこういうことが定期と言うか、毎日出来る体制が整ったって感じだし」
「ご飯は、毎日食べないといけないんですよ」
「わかってる、でも今までは出せなかった」
「普通にやると、家計が火の車になりますからね」
「うちに火車が来るのはまだ早いな」
「旦那様は良い人ですから、そんなの来るわけがない」
「だといいね」
「なんです?もう、悪いことでもしたんですか?」
「僕も男だ、好きな娘がいたらぐらつくことが多々あるよ」
「そこは自制なさってくださいませ」
「いや~結婚してて良かった」
「そうですか?」
「そうだよ、きちんと心を許した仲だから」
「それはおめでとうございます」
「ありがとう、本当に嬉しかったんだよ。僕のそばにはいてくれるけどもさ、僕としては、書面上だけではないってことは伝えてたし、そして何より」
キャー恥ずかしい。
「どうなされましたか?」
「僕と家族を持つことになることについてはどうかな?と聞いたときにですね」
私とですか?
そうだよ、君とだ。
それは私なんかよりも、後ろ楯がしっかりとした御家柄の娘さんにした方が、よろしいですよ。
そこはそこ!そうじゃないの、君が僕を受け入れてくれるかどうかだから、どんな結果になるかはそりゃあ、わからないよ。いい方に出るかもしれないし、悪いかもしれない。でも大事なのは受け入れてくれたってことで、僕はそれだけでとても幸せなんだ。
幸せ…ですか?
君は自分が母親になるということをどう考えているのだろうか?何かイメージがあるのかもしれないけども、僕が聞いているのはその前の段階さ、僕と家族を築いてくれるかってことだよ。
「お許しが出たときに、俺は安心したし。さらに愛しくはなったよ、えっ?それでなんで君は俯いているの?」
「あれか…と思いましたので」
「たまに君は自分のことを他人事のように考えるけどもさ、それって何?現実逃避」
「そうですね、あまり現実は私にとって面白くはないので」
「自分は素敵なお姫様とか?」
「いえ、なんかもう、元気になりたいな~とか、仕事を終わりたいな的なやつですね」
「…仕事の量は調整しようか」
「いえ、これは、把握してないと、後で困りますから、今はまだ休めますが、何か起きたら、休めませんし」
「ごめんね」
「体力は旦那様は戻ってきてますよね」
「学生時代に近づいている、逆行している感じがするな」
「それだと、身長も伸びるかもしれませんね」
「えっ?何それ」
「それこそ、人体を構成する材料をきちんと補給してますから、旦那様は疲れがとれるという少数が起こるようないい状態になってるので、その先は成長期みたいな事が起こるかもしれません」
「ちょっとそれは夢があるね」
「ただそのぐらい旦那様は食べ物に気を使ってなかったということなんで、もしもそうじゃなかった場合は…」
「言わなくてもわかる、怖いことになってたね」
「でしょうね。まっ、その怖さは後回しですね」
「なんで?」
「旦那様がそうなっているのならば、医療について力を入れる必要がありますが、そうでないならば、やはり優先順位は変わりますから」
「そうなると食糧?」
「でしょうね、冬を迎えた農業地帯もありますし、肥料もこれからどうしようって話ですよ」
「肥料削減の研究も色々と行われているようだしな」
「ご家庭でも栽培できる食用の、それこそ椎茸ぐらいは奨励してもいいかもしれませんね」
「あれは干してもいいしか」
「そうです、高温多湿ですと、よく育ちますし」
「この辺もうちの屋敷で実験だよな」
「養蜂もやってはみたいとは考えてはいるんですが」
「花がな」
「そうなんですよ。庭園はあることにはありますが、花暦形式の庭ですから、蜂が満足する花のシーズンというものがそもそもないんですよ」
花暦形式の庭は、それこそ、春から冬前にかけて咲く花を少しずつ植えて、春を知らせる花から始まって一週間~二週間で次の花へのリレーが始まり、北風に強い黄色い花で終わるものである。
「今では古典花暦の庭を維持しているところの方が珍しいから、そのままにしていたが」
「他の方法を考えましょう、ああいった古典というのは、受け継ぐことには先人達の優しさがあるものですよ」
「そうなんだよな、困ったときに、あれ?どうしよう?いや、待てよ、前に教えてもらったこれがあれば、なんとかなるんじゃないだろうか?を経験しないと、それはわからないんだけどもね」
「そうですね、失われると、人間ってね、本当に弱いんですよ。そういう知識や技術で守られて来ているのに、それを捨てても生きていける。とか言ってもね」
「上手くいかないんだよな」
「そういう人たちは、無茶苦茶にしますから、守ってばかりも大変ですから」
ふと彼女は実家のことを思い出しているように見えた。
「君はそういう伝統的な考えのところで育ってきた、それは悪くはないよ。でも縛られるのはよろしくない」
「しかしですね…」
「僕はね、亭主として君のそういう部分を変えたいんだよね」
「変えれますかね?」
「ちょっとその挑戦的な態度嫌いじゃない、こんな顔を素直に見せてくれる娘じゃ、君はないからね」
「それはそうでしょ、指摘されると怒る人なんてたくさんいる」
「そうだね、僕はそうじゃないから、だからこそ君は嘲笑でもなく、悲しむわけでもなく、真面目に考えてくれる。それがね、とっても嬉しいんだよ」
「一度決めたことは、覆されたりしませんよう…」
「もちろんさ、ただ、それを守るためには無茶することはあるけども、そのときはごめんね」
それは果たせなかった時を考えのことだ。
「いや、命かかってるなら、約束は守れなくてもいいですよ」
「そうもいかないよ、その時君はガッカリするだろうから、俺はそれを見たくはないだけなのさ」
時折、この領主は無茶をしそうになる。
すると奥様がどこからともなく出てきては、止めてから後ろに下がらせたりするのだ。
ただ奥様も腕っぷしがある方ではなくて。
「領主を早く!」
「わかりました」
「何を言ってるんだ」
無理に割り込んだせいで、痛そうにしている彼女を見たら、自分はなんてことをしてしまったんだと、感情のままに行動したことを悔いた。
「それで目が覚めたのならば大丈夫ですよ、はい、駆け足!」
「はい!」
彼女は僕に恨むな、怒るなという。
あなたにはそれは似合わないから、あなたは優しい人だからと…
「なんて情けないんだろうね」
「領主様には領主様のいいところはありますよ」
「でもさ、彼女に認められてないと僕は嫌なんだよね」
「それはずいぶんとハードル高いですね」
「だよね!」
「これで終わりましたか?」
「終わりました、討ちもらしもありません」
「そうですか、ありがとうございます」
「失礼ですが、奥様、奥様もご実家では?」
「こういう仕事をやるものはいないものですから」
「それは…、家に仕えるものからするとありがたいですが、やはり年頃の娘がこのようなことに明るいのはいただけないですね」
「そうですね、出来れば私も、縁がない方が良かった」
寂しい笑顔を見せてくれるのが、とても心に来る。
「お帰り~」
そんな彼女が戻ると、領主はいつもように迎えてくれた。
「まだ起きてましたか?もう寝ませんと」
「君が来てからは俺は寝るのがいつもら遅いんだよ」
「今日は気が立ってますので、別に寝ましょう」
「うん、わかった」
そういってたはずなのに。
「あなたは猫か何ですか?」
頑張って寝たら、途中であれ何かおかしいなと思って目が覚める。
そこには連日連夜、よく見かける自分の夫の寝顔があったという。
「にゃーん」
話を聞いていた、ということは狸寝入りをしていたようだ。一鳴きしてから、甘えてこられた。
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