浜薔薇の耳掃除

Toki Jijyaku 時 自若

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雨は彼女を濡らさない

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「好きです、結婚してください」
いきなりの告白である。
「いや~僕は誰とも付き合う気はないから、ごめんね」
「なんでですか」
「なんでって…、そう決めちゃったからさ」
そうあなたは言ってたんだけども。
「私の愛は止まらない、障害はみんななぎ倒すことに決めました」
「ずいぶんと、パワフルな」
「今の世の中、壁は破壊するもの、フラグなんて、こうですよ、こう!」
膝を使ってベキのポーズ。
「何があなたにとっての苦しみなのですか」
「苦しみね…」
「もしかして、そんなのもわかってないのに、辛い、悲しいとか思ってた…とかはありませんよね?」
「いや、それはないよ。まあ、家族問題、跡目は僕の弟が継ぐだろうがな」
「そんなにお年は変わらないという話ですが…」
「ああ、家族がね」
「弟さんを可愛がってる」
「うん、まあ、そうだね。でも…」
「なんでしょう」
「彼は、人のために働けるタイプの人間ではないからね」
「そういう人間が、上に立つと苦労する人はたくさんいるのではありませんか」
「うちの家族はそう思ってないね、むしろ立つのは当たり前だと、光栄だろう?っていう」
「私だったら言うことききませんよ!」
「それが普通じゃない?」
「ですよね~、で、そんな普通の感性をお持ちだからこそ、辛いんですかね」
「そうかもね」
「跡目を弟さんに譲ったら、あなた様はどちらへ?」
「僕は僕でなんとかなるので」
「へぇ~そうなんですか?それはきちんと地に足がついたお話ですの?」
「…」
「なんです?」
「結構深く踏み込んでくるなって思ってさ」
「恋する乙女というのは強いものですよ」
「本当にそうだね~」
ここで気を許した顔をみせたものだから。
「えっ?どうしたの?」
「ああ、すいません、ついつい」
口元を気にした。
「意外と、といってはなりませんが、あなた様は現実と夢を同時に持ち合わせているような気がします」
「そりゃあね、現実をただ生きるだけではつまらないし、夢を見続けるのも甘すぎるってことだよ」
「なんという詩人!」
「いやいや、何を言ってるのさ」
「ああ、この言葉の感性、私はたまりませんわ!」
「ところで一体君はどこの誰なんだい?」
「私ですか?あなたを見て、一目気に入ったものですよ」


寒い日に雨音がする。
こんな雨の日に墓参りなんて行うとしたらよっぽどで、そんな中、一人歩く女は…何故か濡れてない。
「サッ」
墓地の入り口にはサメがいた。
まあ、サメならば濡れてもツヤツヤ、むしろ調子がいいのはわかるのだが。
「事前にご連絡差し上げていたものですわ」
そういってビニール袋に濡れないように持ち歩いたお菓子を、サメに渡した。
「そちらはどうかお食べになって、美味しいと思うのよ」
そう頬笑むと、サメはお礼の仕草をみせた後に、スッと女性が中に入れるように横による。
目的地、その墓の前まで行くと。
「あなたという人はとても素晴らしい人だった」
そうまずは呟いた。
「私の力を最後まで望まず、そのまま行かれてしまった。それは寂しくもあり、嬉しくもある」
そんな人はいるものではないから。
「だからね、仲間内では、そんな人間と出会えたことを羨ましいと言われてますの。人間というのは欲深いもので、気を許したのならば、例え身に余る力でさえも、欲しくて欲しくてしょうがなくなるものだよっていうのが通説ですからね」
だからこそ、そうではない人間、絆の話などはずいぶんと古い話でも語り継がれることが多い。
「でもね、羨ましがられてもあなたがいないんじゃ、何も意味がない」

大丈夫、大丈夫だからね。

「あなたのその言葉を信じなければ良かった、全然大丈夫じゃなかったじゃないの」
雨は彼女の体を濡らさないが、涙は彼女をぐちゃぐちゃにしていく。
「私たちは人は生きている時にしか会えない、だからもうこういう形でないと、あなたを感じることは出来ない。それでね、凄く嫌なんだ、あなたかと思って、すれ違った人を間違いそうになった、全然似てないのに、ああそういえば私はこの角度であなたを見上げてたってさ」
心情の吐露は、人でなくても必要な行為とされている。
「ああ、本当に上手く言えないや。ここに来たら、何か変わるのかなって思っていたのに、全然変わらないんだもの。やっぱりあなたは人間なのね、死んじゃったら終わりだ」
人を真似て、祈りの真似をする。
「まだ忘れることはできませんが、たぶんいつまでも覚えてもいられない、そこまで私の体は強くはないから、本当にそれは残念、最後の最後はあなたを思い出すことが出来ればいいのにね…」

そう綺麗に終わらせよう、終わらせるはずだったのに…

「えっ?何?」
「なんでこんなに雷が落ちるんだよ、無限ループかよ」
星の瞬きのような雷が、それこそ降り注いだといっていい日があった。
「今日はとんでもない日だな…?」
おや、どうかしましたか?
「ここには花のポスターがあったと思ったんだけども」
あぁ、祝花のポスターですね。
「そう、それだ。あれって華やかでここに飾っているととても目を引いていたのに」
あれはもうあなた方には必要はないから、私が持っていくことにしたのよ。
「そうだったのか、それは知らなかった…」
「おーい、聞いたか、あまりにも酷い雷だから、今日は残業なしだって」
「えっ?あれ?」
今まで話していたと思った相手が、向こうにいる?
「どうしたんだよ、疲れすぎじゃないのか」
「そう…かもしれない」


彼女は今日も一枚の絵のそばにいる。
その絵を視界に入れるわけではない、ただそばいる。
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