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浮気防止の一反木綿
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昨日は当主が夜会に呼ばれることになったので、帰ってきてから風呂と寝室の準備をすることになったので大変であった。
「旦那様、到着いたしました」
「あぁ、そうか」
移動中も書類に目を通していたので、付き添う執事に声をかけられて、顔をあげる。
(よくこんな状態でも仕事をこなしなさる)
この執事は執事頭の三男、当主より年は下。ただこのように付き添う者というのは、当主の不得意なものが得意なものが選ばれる。
見てわかる通り、この三男執事は腕も立つのだろう、チラッと気にしたぐらいでもうこっちに気づいている。
お世辞にも快適とは言えない移動が終わり、用意された鏡を見て、襟などを気にして。
「おかしな所はない…な、では行こうか」
「はい」
今回の集まりは、いつもならばこの男が出向くような関係はなかった。
「まあ、来るとは思わなかったが、来るか…こっちは顔も見たくないっていうのによ」
招かれざる客のように口に出す男がいるが。
「お久しぶりね~」
大抵はこのように歓迎で迎えられる。
「結婚おめでとう」
「ありがとうございます」
挨拶で返していると。
「お話がありますので、どうかこちらへ」
はい、本題である。
他の人間には結婚のお祝い、そう見られている、これからされるであろう話には気づかれない方がいい。
「失礼いたします」
「あぁ、入ってくれ」
部屋にいたのは、来客より若い。
「本当におられるとは…」
「私がいてはおかしいかい?」
「多忙と聞いてますから」
「そうだね」
「…」
「私もちょっと休憩ぐらいはしたいのさ、そうだな、そのままの場所で休んでも、疲れはとれないから、いっそのこと、華やかなパーティーを遠くから眺めて、生演奏が夜風に乗るようなところがいいな、そして話し相手がいれば、さらにいいのでは?」
「それで選ばれたわけですか」
「わけだね~わけだ。君は本当に素晴らしい仕事をしてくれるし、結婚相手も君を支えてくれそうだしね」
「離婚したがられてますが…」
「あぁ」
「お耳には入ってますか?」
「そりゃあ、結構いい耳しているからね」
「どうすれば回避出来ますかね」
「夫婦仲の相談まで受けたら、私、パンクしちゃうんだけども」
「そこをなんとかお願いしますよ」
「結婚は二転三転、もう七転び八起きまで行きそうだから、行く前に君に話を持っていったわけじゃない?」
「はい、本当にいきなりでしたね。それは向こうもでしたが」
「断ろうとすれば出来た」
「いや~あれは不思議なんですがね、この辺で落ち着いてもいいかなって」
「君がそんな調子だから、気が変わる前にってことで話がまとまった。君は結構断っていたし、それをいうならば彼女の方もだったが」
「決まるまで大変だったと聞いてます」
「まあな、正直決まったからこそ…ビックリしたというか」
「一番驚かれたのはなんです?」
「えっ?結婚するの?」
「そこからですか」
「いや、そのぐらい君は、決まらないと、こんなこともあるんだってなったし。まあ、なったとしても彼女が君を支えるのか、どうか…えっ?支えるの?みたいな」
「いつも彼女には感謝しております」
「その感謝の気持ちを忘れなければ大丈夫なのかな、ただまぁ、その彼女はガチガチに縛られているわけじゃないから、こちらから配偶者を支えてほしいといっても、蹴れるぐらいの家の力と実力はあるからな」
「実力ですか」
「もしなんかあったら、血縁はないが、奥さんが強い家柄の女性陣が敵に回ると思う」
「なんですか、そのコミュニティ」
「彼女の実家、その地方に嫁いだ娘さんたちに、良くしてくれたら、その奥さんたちの実家とも仲良くなってるから、そこがね…何かあったら苦情は申し立ててくるよ」
「うちの奥さん、強すぎる」
「だから色んな所と付き合いがあるし、マメなんだよ。逆に彼女の実家は付き合いが悪いし、昔は聞いてたんだけどもね。何でかはしらない、家計は火の車なのはわかるけども、我々はそれでもそこを削ることはしてはいけないと教えられるからね」
「その生き方は大変ですね」
「そうだね、慣れればいいのだけども、よくわからない人からすると、意味のわからない生き方をしているようなもんだし、それでだ、そういう理由で彼女本人の名前であっちこっちと付き合いがあるから、今回の結婚もね、喜んでもらってるようだよ」
「それは嬉しいな」
「現物でこの機会に今まで良くしてもらったぶんを返したいとかね」
「えっ?なんです、それ」
「ちょうど彼女の方にも連絡はいってるかなって感じだが、こういう集まりの料理を作るためには、晩餐の資格を持たなければならないわけだ」
「それを持っているレストランなんかは、格にも繋がりますし」
「そうそう、そのぐらい難しいが、その資格をもって経営し続けるのはもっと難しくてね。先日頼んだその料理人は腕がいいんだが、そちらはあまり上手ではない、ただこの料理人を当主とする家は、彼女、君の奥さんと関係していて」
「それは知りませんでした」
「それで結婚をしたことで、料理を作りたいといってる。そこで今まで感じていた恩をある程度返しておきたいってことだね」
「うちは結婚式しない予定なんですよね」
先に離婚の話が出ているから。
「でも本当は?」
「そりゃあしたいですよ。ドレス着た彼女に誓いのチュウがしたい!」
「話を続けても?」
「はい…」
「この人たちは、関係的に結婚式の料理は無理だから」
もしも結婚式やる場合は、取り扱う料理人は何か関係があるものから選ばれるため。
「誕生会とか、何かこう…」
「近いうちだと、屋敷を支えてくれているみなさんへの食事会は毎年の行事ですね」
「それはいい!」
「えっ?」
「もしも良ければそこに…食材も下賜しちゃうけども」
「えっ?えっ?」
「いや、食材ね、今回欠席者が結構、雨で出てしまったんだ、それで正直赤字が出るわ、余るわなので」
「ええっとそれならば、例年のお食事会をうちの奥さん側からのご厚意で、美味しいもの食べてもらえるぞってことですか?」
「そうそう、あっ、ワインもいる?晩餐会で提供されたもの、それもつけちゃうよ。提供されたと発表しているから、今は値段が上がってるんじゃないかな…だから悪い話ではないから、一回相談してから、返事ちょうだい」
「はい」
「後、これね」
そういって本日付けで発表された書類を渡す。
「失礼します」
目を通すと、顔が曇る。
「これは本当ですか?」
「悪い話しすぎるよね、もう一週間ぐらいしたら、みんな慌て出すと思うけどもさ」
「これ、まだ続きますか」
「そうそう、だからそっちで『かなり』備えておいて」
強調された。
「たぶん君より奥さまの方が慌てると思うけどもね」
「でしょうね、こういうとき、うちの奥さんは思考が止まりますから」
「あ~いい気分転換になった、やっぱりちょっとした話で、察してくれたり、理解してくれたりする相手はいいね。言葉の通じないものたちへの対応で、手が埋まってるのが現状だし、それがなければといつも思うよ。さてと、話はおしまいと行こうか。私がここに来たことは内密にしてくれよ」
「もちろんですとも」
「おはようございます」
「奥様、おはようございます」
「旦那様はもうお食事になられたのね」
「はい、いつもはまだ寝ていますが、本日は早く起きておりました」
「きちんと食べてくれた?」
「はい、言いつけの通り、消化に良いものをと」
「それならば…ありがとうございます。無理に言ってメニューを変えてもらって」
「気にしないでください、領主様には健康で長生きしてもらわなきゃ、俺のせいで早死にしたとか言われたら、たまったもんじゃありませんからね」
お酒は飲んで帰ってきたので、起きてからの食事は消化の良いものに決めたのだが、この領主は美味しいものが好きなタイプのため、体が良いものという理由では食べ続けてはくれないと思われていた。
「しかし、奥様も旦那様のことを考えていらっしゃる、野菜一つもみずみずしいだけじゃない、しっかりとパンチに残るような味だ」
「そのぐらいじゃないと、味付けが濃くなるのよね」
「それは違いない」
「しばらくは旦那様が好みを考えて、健康的な料理を新しく作っていくって感じね。今のところは上手くいってるけども…ね」
毎回毎回、食べてくれるかな?と心配になっていたりはするらしい。
集まりに参加する前、出かける前の食事もそうだ。
「サンドイッチとサラダ巻、どっちにいたします?」
「えっ?どっちも美味しそうじゃない?」
「では半々に盛り付けします」
「うん」
手を汚さずに食べれるし、お酒を飲む前に必要な栄養をとってもらえるので、パンかご飯と、味付けが違うだけで、具材としては同じである。
「旦那様は、ちょっと自分にご褒美与えすぎだから、自分に優しくするのはいいんだけども、そこがね」
「それは耳が痛い話だね」
「おられたんですか」
「君の声には俺は敏感だよ。今日の朝食も美味しかった、君が試作してくれたんだろう?」
「お酒を飲んだ後ですからね、胃腸も疲れてますから」
「煮付けご飯のお魚はあんまり食べたことがないものだね」
「深海魚なので、美味しいんですが、あまり出回ってませんね」
「深海魚、それは珍しいな、深海魚って美味しいものもあるんだな」
この反応を見ての通り、美味しいと珍しいも加わってると、好評価に繋がりやすい。
「君は本当に色んなことを知ってる」
「いえいえ、私は大したことありませんよ」
「これからもよろしくお願いするよ」
「旦那様は、若くて健康で、名前の知れたご出身のお嬢様の方がよろしいと思いますよ」
いつもの展開になったので、屋敷のものはサッサッと離れて、夫妻の周囲からは人はいなくなる。
「昨日だって、浮気せずに帰ってきたじゃないか」
「わざわざ一反のシャツにするとは思いませんでした」
一反のシャツというのは、単位からつけられた名前なのだが、木綿の一種である。
夜会なとでは夕方から下がったり上がったりする気温の変化にも強いし、ヒラヒラとして見た目も大変にいいが、夜会のインナーに使われるにはその特徴ゆえの理由もある。
この木綿、香料がとんでもなく残る。
それこそ、二回洗ってもすすぎ時間長くしても微かに残るぐらい、香りがつきやすい性質をしていた。
そのために妻の方から、旦那さんにこのシャツを着ていくようにと言い渡されるなんて話もあるぐらいだが。
「自主的に着させていただきました、身の潔白を証明するためには当然ですけどもね」
「…」
「君は俺が浮気をするとは思ってはいないけどもさ、そこはねってやつ」
「そうですね。旦那様は、そういう配分下手だから、出来ないだろうし、それでも好きになったら、破滅するのかなって」
「えっ?俺、破滅するの!」
「なんかそうなりそう」
「逆に君は…好きだけども、言わないとかあるからな」
「そうですね。私が好きになったぐらいじゃね」
「しかし、変だね、夫婦なのに、こういう話も出来ちゃうだなんてね」
「仮初だからできるんじゃないかな」
政略結婚ばんざーい!
「確かにね、それはわかるんだけどもね。君だから出来る、部分はあると思うよ。何でも話せるってわけでもないけどもさ」
「そんなにユニークとかですか?」
「そういうのはチャーミングっていうのさ、君の魅力だよね。だから君が結婚したっていう話を聞いて、明らかに動揺をみせた男性陣もいたんですが」
「あ~でも仕方がないのでは、こうした結婚は、妻という仕事についたみたいなもんだから」
「い~や、あれは明らかに君を狙っていたね、男同士だからわかるってやつさ」
はっ?結婚、誰とですか?
相手の名前を聞いたあと。
えっ?なんで?とか。
ある者は知らせを聞いたあとに。
そうですか、結婚するんですか…
と言った後に、涙が止まらなくなる。
じゃあ、もう俺は優しくされることないの!
嘘だ…、返してくださいよ。
少なくとも三人はいたそうですが。
(あれは三人だけでは済まない)
今の三人は旦那さんから見ると、少し年下の奥さんと年が近い、独身男性陣というカテゴリー。
「君は特定の層から人気があるっぽい」
そう、心を奪われてしまった僕のような。
「マニア受けには定評はあります」
「力強く言われちゃったけどもさ、本当に否定できないんだよな」
「でも結婚してから、がっかりしたとか、残念とか言われても…確かに忙しかったら、片想いはあったけど、恋愛関係はなかったし」
「それはやっぱり俺と結ばれるためだったのさ」
「旦那さま、そういうのを女性に言ったのは何回目?」
「何回だろうね、君の耳元で初めて言い出してからだから…」
「!?」
「昨日の夜で一月目かな」
この辺の言い合いに関しては、旦那さんの方に分があるようです。
「旦那様、到着いたしました」
「あぁ、そうか」
移動中も書類に目を通していたので、付き添う執事に声をかけられて、顔をあげる。
(よくこんな状態でも仕事をこなしなさる)
この執事は執事頭の三男、当主より年は下。ただこのように付き添う者というのは、当主の不得意なものが得意なものが選ばれる。
見てわかる通り、この三男執事は腕も立つのだろう、チラッと気にしたぐらいでもうこっちに気づいている。
お世辞にも快適とは言えない移動が終わり、用意された鏡を見て、襟などを気にして。
「おかしな所はない…な、では行こうか」
「はい」
今回の集まりは、いつもならばこの男が出向くような関係はなかった。
「まあ、来るとは思わなかったが、来るか…こっちは顔も見たくないっていうのによ」
招かれざる客のように口に出す男がいるが。
「お久しぶりね~」
大抵はこのように歓迎で迎えられる。
「結婚おめでとう」
「ありがとうございます」
挨拶で返していると。
「お話がありますので、どうかこちらへ」
はい、本題である。
他の人間には結婚のお祝い、そう見られている、これからされるであろう話には気づかれない方がいい。
「失礼いたします」
「あぁ、入ってくれ」
部屋にいたのは、来客より若い。
「本当におられるとは…」
「私がいてはおかしいかい?」
「多忙と聞いてますから」
「そうだね」
「…」
「私もちょっと休憩ぐらいはしたいのさ、そうだな、そのままの場所で休んでも、疲れはとれないから、いっそのこと、華やかなパーティーを遠くから眺めて、生演奏が夜風に乗るようなところがいいな、そして話し相手がいれば、さらにいいのでは?」
「それで選ばれたわけですか」
「わけだね~わけだ。君は本当に素晴らしい仕事をしてくれるし、結婚相手も君を支えてくれそうだしね」
「離婚したがられてますが…」
「あぁ」
「お耳には入ってますか?」
「そりゃあ、結構いい耳しているからね」
「どうすれば回避出来ますかね」
「夫婦仲の相談まで受けたら、私、パンクしちゃうんだけども」
「そこをなんとかお願いしますよ」
「結婚は二転三転、もう七転び八起きまで行きそうだから、行く前に君に話を持っていったわけじゃない?」
「はい、本当にいきなりでしたね。それは向こうもでしたが」
「断ろうとすれば出来た」
「いや~あれは不思議なんですがね、この辺で落ち着いてもいいかなって」
「君がそんな調子だから、気が変わる前にってことで話がまとまった。君は結構断っていたし、それをいうならば彼女の方もだったが」
「決まるまで大変だったと聞いてます」
「まあな、正直決まったからこそ…ビックリしたというか」
「一番驚かれたのはなんです?」
「えっ?結婚するの?」
「そこからですか」
「いや、そのぐらい君は、決まらないと、こんなこともあるんだってなったし。まあ、なったとしても彼女が君を支えるのか、どうか…えっ?支えるの?みたいな」
「いつも彼女には感謝しております」
「その感謝の気持ちを忘れなければ大丈夫なのかな、ただまぁ、その彼女はガチガチに縛られているわけじゃないから、こちらから配偶者を支えてほしいといっても、蹴れるぐらいの家の力と実力はあるからな」
「実力ですか」
「もしなんかあったら、血縁はないが、奥さんが強い家柄の女性陣が敵に回ると思う」
「なんですか、そのコミュニティ」
「彼女の実家、その地方に嫁いだ娘さんたちに、良くしてくれたら、その奥さんたちの実家とも仲良くなってるから、そこがね…何かあったら苦情は申し立ててくるよ」
「うちの奥さん、強すぎる」
「だから色んな所と付き合いがあるし、マメなんだよ。逆に彼女の実家は付き合いが悪いし、昔は聞いてたんだけどもね。何でかはしらない、家計は火の車なのはわかるけども、我々はそれでもそこを削ることはしてはいけないと教えられるからね」
「その生き方は大変ですね」
「そうだね、慣れればいいのだけども、よくわからない人からすると、意味のわからない生き方をしているようなもんだし、それでだ、そういう理由で彼女本人の名前であっちこっちと付き合いがあるから、今回の結婚もね、喜んでもらってるようだよ」
「それは嬉しいな」
「現物でこの機会に今まで良くしてもらったぶんを返したいとかね」
「えっ?なんです、それ」
「ちょうど彼女の方にも連絡はいってるかなって感じだが、こういう集まりの料理を作るためには、晩餐の資格を持たなければならないわけだ」
「それを持っているレストランなんかは、格にも繋がりますし」
「そうそう、そのぐらい難しいが、その資格をもって経営し続けるのはもっと難しくてね。先日頼んだその料理人は腕がいいんだが、そちらはあまり上手ではない、ただこの料理人を当主とする家は、彼女、君の奥さんと関係していて」
「それは知りませんでした」
「それで結婚をしたことで、料理を作りたいといってる。そこで今まで感じていた恩をある程度返しておきたいってことだね」
「うちは結婚式しない予定なんですよね」
先に離婚の話が出ているから。
「でも本当は?」
「そりゃあしたいですよ。ドレス着た彼女に誓いのチュウがしたい!」
「話を続けても?」
「はい…」
「この人たちは、関係的に結婚式の料理は無理だから」
もしも結婚式やる場合は、取り扱う料理人は何か関係があるものから選ばれるため。
「誕生会とか、何かこう…」
「近いうちだと、屋敷を支えてくれているみなさんへの食事会は毎年の行事ですね」
「それはいい!」
「えっ?」
「もしも良ければそこに…食材も下賜しちゃうけども」
「えっ?えっ?」
「いや、食材ね、今回欠席者が結構、雨で出てしまったんだ、それで正直赤字が出るわ、余るわなので」
「ええっとそれならば、例年のお食事会をうちの奥さん側からのご厚意で、美味しいもの食べてもらえるぞってことですか?」
「そうそう、あっ、ワインもいる?晩餐会で提供されたもの、それもつけちゃうよ。提供されたと発表しているから、今は値段が上がってるんじゃないかな…だから悪い話ではないから、一回相談してから、返事ちょうだい」
「はい」
「後、これね」
そういって本日付けで発表された書類を渡す。
「失礼します」
目を通すと、顔が曇る。
「これは本当ですか?」
「悪い話しすぎるよね、もう一週間ぐらいしたら、みんな慌て出すと思うけどもさ」
「これ、まだ続きますか」
「そうそう、だからそっちで『かなり』備えておいて」
強調された。
「たぶん君より奥さまの方が慌てると思うけどもね」
「でしょうね、こういうとき、うちの奥さんは思考が止まりますから」
「あ~いい気分転換になった、やっぱりちょっとした話で、察してくれたり、理解してくれたりする相手はいいね。言葉の通じないものたちへの対応で、手が埋まってるのが現状だし、それがなければといつも思うよ。さてと、話はおしまいと行こうか。私がここに来たことは内密にしてくれよ」
「もちろんですとも」
「おはようございます」
「奥様、おはようございます」
「旦那様はもうお食事になられたのね」
「はい、いつもはまだ寝ていますが、本日は早く起きておりました」
「きちんと食べてくれた?」
「はい、言いつけの通り、消化に良いものをと」
「それならば…ありがとうございます。無理に言ってメニューを変えてもらって」
「気にしないでください、領主様には健康で長生きしてもらわなきゃ、俺のせいで早死にしたとか言われたら、たまったもんじゃありませんからね」
お酒は飲んで帰ってきたので、起きてからの食事は消化の良いものに決めたのだが、この領主は美味しいものが好きなタイプのため、体が良いものという理由では食べ続けてはくれないと思われていた。
「しかし、奥様も旦那様のことを考えていらっしゃる、野菜一つもみずみずしいだけじゃない、しっかりとパンチに残るような味だ」
「そのぐらいじゃないと、味付けが濃くなるのよね」
「それは違いない」
「しばらくは旦那様が好みを考えて、健康的な料理を新しく作っていくって感じね。今のところは上手くいってるけども…ね」
毎回毎回、食べてくれるかな?と心配になっていたりはするらしい。
集まりに参加する前、出かける前の食事もそうだ。
「サンドイッチとサラダ巻、どっちにいたします?」
「えっ?どっちも美味しそうじゃない?」
「では半々に盛り付けします」
「うん」
手を汚さずに食べれるし、お酒を飲む前に必要な栄養をとってもらえるので、パンかご飯と、味付けが違うだけで、具材としては同じである。
「旦那様は、ちょっと自分にご褒美与えすぎだから、自分に優しくするのはいいんだけども、そこがね」
「それは耳が痛い話だね」
「おられたんですか」
「君の声には俺は敏感だよ。今日の朝食も美味しかった、君が試作してくれたんだろう?」
「お酒を飲んだ後ですからね、胃腸も疲れてますから」
「煮付けご飯のお魚はあんまり食べたことがないものだね」
「深海魚なので、美味しいんですが、あまり出回ってませんね」
「深海魚、それは珍しいな、深海魚って美味しいものもあるんだな」
この反応を見ての通り、美味しいと珍しいも加わってると、好評価に繋がりやすい。
「君は本当に色んなことを知ってる」
「いえいえ、私は大したことありませんよ」
「これからもよろしくお願いするよ」
「旦那様は、若くて健康で、名前の知れたご出身のお嬢様の方がよろしいと思いますよ」
いつもの展開になったので、屋敷のものはサッサッと離れて、夫妻の周囲からは人はいなくなる。
「昨日だって、浮気せずに帰ってきたじゃないか」
「わざわざ一反のシャツにするとは思いませんでした」
一反のシャツというのは、単位からつけられた名前なのだが、木綿の一種である。
夜会なとでは夕方から下がったり上がったりする気温の変化にも強いし、ヒラヒラとして見た目も大変にいいが、夜会のインナーに使われるにはその特徴ゆえの理由もある。
この木綿、香料がとんでもなく残る。
それこそ、二回洗ってもすすぎ時間長くしても微かに残るぐらい、香りがつきやすい性質をしていた。
そのために妻の方から、旦那さんにこのシャツを着ていくようにと言い渡されるなんて話もあるぐらいだが。
「自主的に着させていただきました、身の潔白を証明するためには当然ですけどもね」
「…」
「君は俺が浮気をするとは思ってはいないけどもさ、そこはねってやつ」
「そうですね。旦那様は、そういう配分下手だから、出来ないだろうし、それでも好きになったら、破滅するのかなって」
「えっ?俺、破滅するの!」
「なんかそうなりそう」
「逆に君は…好きだけども、言わないとかあるからな」
「そうですね。私が好きになったぐらいじゃね」
「しかし、変だね、夫婦なのに、こういう話も出来ちゃうだなんてね」
「仮初だからできるんじゃないかな」
政略結婚ばんざーい!
「確かにね、それはわかるんだけどもね。君だから出来る、部分はあると思うよ。何でも話せるってわけでもないけどもさ」
「そんなにユニークとかですか?」
「そういうのはチャーミングっていうのさ、君の魅力だよね。だから君が結婚したっていう話を聞いて、明らかに動揺をみせた男性陣もいたんですが」
「あ~でも仕方がないのでは、こうした結婚は、妻という仕事についたみたいなもんだから」
「い~や、あれは明らかに君を狙っていたね、男同士だからわかるってやつさ」
はっ?結婚、誰とですか?
相手の名前を聞いたあと。
えっ?なんで?とか。
ある者は知らせを聞いたあとに。
そうですか、結婚するんですか…
と言った後に、涙が止まらなくなる。
じゃあ、もう俺は優しくされることないの!
嘘だ…、返してくださいよ。
少なくとも三人はいたそうですが。
(あれは三人だけでは済まない)
今の三人は旦那さんから見ると、少し年下の奥さんと年が近い、独身男性陣というカテゴリー。
「君は特定の層から人気があるっぽい」
そう、心を奪われてしまった僕のような。
「マニア受けには定評はあります」
「力強く言われちゃったけどもさ、本当に否定できないんだよな」
「でも結婚してから、がっかりしたとか、残念とか言われても…確かに忙しかったら、片想いはあったけど、恋愛関係はなかったし」
「それはやっぱり俺と結ばれるためだったのさ」
「旦那さま、そういうのを女性に言ったのは何回目?」
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