浜薔薇の耳掃除

Toki Jijyaku 時 自若

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人生は酸っぱくても蕩けるような甘さに浸れることもできるんだぜ!

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「奥様」
と呼ばれても、まだ自分の実感はない。
「あぁ、ごめんなさい」
そこで笑顔で返す。
「よろしければお茶を召し上がりませんか?」
「淹れてくださりますの?それはどうもありがとう」
この家に主人よりも長く知る執事頭とでもいうのだろうか、白髪混じり、だが背筋はすらりとした男はそう切り出したので。彼女は話に乗ることにした。
「旦那様から、体が慣れるまではあたたかいものをとのことでしたので」
「そこまで心配をかけていたのね」
「旦那様は奥様のことを大好きですから」
「ごめんねー~気を使わせて」
「いえいえ、本当のことですから」
「それでも~」
「なんですか?」
「基本的には女性にはみんなお優しい方だとは思います」
「それは否定しません」
「私はたまたま話が来ちゃったみたいなもんだけども、本来ならば、期待値的にもっと…」
「おや、何か気づかれましたか…」
「同じ年に有力者いたら、そっち選ばれるわな」
「はっはっはっ」
「それは、生まれたときが悪かった…といってしまえばそれまでだけどもさ、旦那様も分はあると思うんだけどもね」
「ほぅ?それは何故です?」
「普通、そんな感じで有力者が同じ年、ないし年が近い場合って、椅子取りゲームやるじゃん」
「そうですね、ポストは一つだけと昔から決まってますからね」
「その割には独自の道を勝ち取っているし、少なくともその実力を疑う人はいない、まっ、おそらく本来はそこで婚姻が…なんだけども、なんかあったんだろうなっていう推測。あっ、答えなくてもいいよ、勝手にいってるし、本来は旦那様とは言え、こういうことを考えるのはあんまり好きじゃないの」
「それはどうしてですか?」
「触れていいものではないでしょうよ、どうしてもとかならばいざ知らず」
「奥様は、人の心を持っているがために葛藤しているのかもしれませんね」
「…」
「失礼いたしました、出過ぎた言葉でした」
「いえ、…ああ、そうか、あなたも出自、かなり面白いのね」
「私はただの」
「これからもお願い致します。いえ、旦那様をお守りくださいませ」
礼に従い頭を下げた。
「ふっふっ、奥様に言われましたら、融通をきかせてしまいたくなりますな」
「…」
「いえ、本当に頭をあげてくださいませ、こんなところを旦那様に見られたら」
「何しているの?」
こういうときに居合わせるのが、人生というものだ。


「ああ、自力でたどり着いちゃったのか、僕にもあたたかいものを一杯くれる?」
「かしこまりました」
「なんでわかったの?やっぱり女性特有の勘かな?」
「勘だけではお名前まではピンと来ませんよ」
「この地の歴史書もきちんと読まれていたんですね、少し驚かれましたよ。私たちのことを書いてある書物は今はいくらかしか残っておりませんから」
「地名の由来は見ますよ、雨がたくさん降ったら大変ですもの」
「ふっふっ、旦那様、お菓子の方は甘いもの、それとも?」
「疲れているから甘いものを」
「わかりました。ただ疲れているのならば、脂が多いものはやめておきます。というか、旦那様はその辺りは気を付けていただきませんと」
「甘いもの好きなんですか?」
「意外と食べることがお好きでいらっしゃる」
「あぁ、それは…」
「体を壊したら、苦労するってのは釘を刺されているよ」
「自覚はあるんですね」
「そりゃあ、あるよ。でも食べれなくなるのはな…」
器に盛られた茶菓子が現れた。
「宮廷のお土産か、何かかな」
「そういうわけではありませんよ」
「奥様チョイスです」
「花ではなくて、葉をモチーフにしたお菓子って何か逸話があるの?」
「菊の葉ですよ、これは…」
「へぇ」
「その露を飲んで不老不死になったというお話なのです」
「僕もそうなちゃうのかな、いただきます」
いわゆる和菓子の製法で作られたそれは…
「こちらの山のお芋も材料として使っております」
「あっ、美味しいね」
「たくさん食べ過ぎた後のおやつにはぴったりかと」
「うん、これならば悪くないね」
「旦那様…」
「何?」
「領内長く仕切るためにも、食べ物には注意してくださいよ。付き合いならばしょうがないところはありますが、普段は減らすとか」
「なかなかね~」
「旦那様は美味しくないと、見向きもしないところがありますから」
「やっぱり食べるならば美味しいものの方がいいよね」
「だから美味しくて気を付けたメニューに切り替えても、気づかずに食べてしまわれるのです」
「本当ね」
「えっ?」
「旦那様はお気づかれになってはおられなかったようですが、共に食卓を囲んだその日のうちに奥様は動いておられましたから」
「知らなかった、ありがとう、僕は全然気づかなかった」
「だから本当に気を付けてくださいよ」
「次の健康診断が楽しみですね」
「つまみ食いさえしてなかったら、大丈夫じゃないかな」
「あれ?もしかして俺、結構信頼がない?」
「食べ物に関しては」
「食べ物以外も私はあるかな」
「えっ?えっ?」
「逆に持病があるのならば、私みたいなワケアリを嫁がせるのはわかるんだけどもね」
介護要員的に。
「まだというか、予備軍ではあるんだろうけどもさ、この段階ならばまだ普通に若い娘さんが嫁いでくるだろうに、本当に一体この話は何が動いたのやら」
「君は来るべくして、僕のところに来てくれたんじゃないかなって」
指にも美味しいものがついたので、行儀は少々悪いが、舐めていた。
「それはちょっと怖いんですが、どこがどう転んだら、ここに来るのかがわからなさすぎると…」
「そう?結構僕はそういうところあるから」
「旦那様?」
「何?」
「あまり私を巻き込まないでくださいよ」
ソファーのクッションに横たわりながら。
「いや~それはさ~僕は君のこと気に入ってるから、これで良かったと思ってるぐらいだし」
「私はそうではありませんよ」
「どうして」
「相応の生き方でいいのですよ」
「君には相応は無理だよ」
「それはわかっているんですが、それでもさ…自分が異端者みたいで、ちょっと嫌だな」
「閉塞的な地域で、君のような奔放というか、あるがままを愛するような人間が生まれ育ってしまったことが、そもそもの始まりというか。あそこにいても君の未来はなかったと思うよ」
「ないでしょうが、夢は見ていたいものですよ」
「どうせ見るなら、素敵なお嫁さんとかにしようよ」
「こういう立場に生まれたら、あまりそっちには夢とか見れないですよ」
そういう子女が、年頃になると縁談の話が来るのだが。
「大酒飲みは嫌だぁぁぁ、とか叫んでいた先輩がいましたからね」
「ある程度は勝手に話が進むからね」
「そうなんですよね。その点、景気が悪くて助かりましたよ、現実的にそういう話が成立しなくなっている。あれで私は助かった。それでも上の方から売れては行きますが、私は上にはいないので」
「美人かどうか?」
「まっ、見ている限りでは容姿ですかね、後は素直かどうか、そんなところです。いや~助かりましたよ、その間に私は勉強ができたから」
勉強は結婚に行く間の繋ぎと考えられいたところなので、勉強するものも少ないし、熱心にやるものは本当にいない。
「そういう意味では私は運がいいのかもしれない、あんなに不景気だったら、手に職をっていう考えを私はもっていたが、あの時周囲の女性は、だからこそ、少ない椅子を奪い合うってこう、殺到してましたね」
「でもそれって」
「椅子の価値はそうないですね、実際に奪い合ったがその後が、とても大変なことになっていた。しょうがないですよ、あれは名誉職みたいなもんで、実家が太いというか、裕福でなければつけないところがありますから」
「いつの時代もお金って大事だよね」
「そうですね。旦那様、先ほど話してましたが、旦那様、こちらのポストに決まるまでの間、何年かあったようですが」
「それこそ冬の時代というやつだよ」
「ああ、我慢させられてましたか」
「そうね、今考えたら、そんなことをするのも馬鹿馬鹿しいから」
「ああいう手もありますが、それでも旦那様はそこから出れた方だからな」
「それは思う」
「そこで婚姻話は出たでしょうに」
「色々あったんだよ」
「これはこれは申し訳ありません、踏み込みすぎました」
「話してもいいけども、そのうちね。さすがにまだ気力はないよ」
「いえ、聞きませんが」
「聞いてよ~」
「いえいえ、そういうのは大事にしてあげてくださいよ」
「酸っぱすぎるの!」
「そういう思い出はどこかで変えてしまった方がいいものですけど」
「俺の思い出を熟成されても美味しいワインにはならないと思う」
「それは作り方次第ですよ」
「へぇ~それは是非とも醸造をお願いしたいものだね、甘口で頼むよ」
「なんで甘口に」
「人生が酸っぱくても蕩けるような甘さに浸れることはできるんだぜ!ってことで」
「じゎあ旦那様を雪が降るまで、葉鳴り風にさらしますか」
「プッ!」
執事頭が吹き出した。
「申し訳ありません」
笑いを我慢しているようだ。
「君って、お酒の話も出来るんだね。ちょっとビックリした」
「そうですか?」
「そうだよ、美味しいお酒を飲むのが好きな子はいるけどもさ、その言い方だとさ、もしかして一通りの作り方知ってるの?」
「あなたもでしょうが、自分の関係する土地の名産は知っておくものでしょ」
「そうなんだけどもさ、それでも…」
「農作物を使った加工品、そういう話になるとお酒はやっぱり売り物、主力の一つになりますから」
「まあ、他のところに招かれた場合、自分のところの名産品は持っていけないと、あれがイマイチだと本当に辛いんだよ」
「そうなんですよね。末代まで語られるぐらい、あれは本当に美味しくなかったって言われるんですよ」
それか、あれは美味しくないよ、知ってる?なんていう話を振られることもある。
「先にああいう例がありますと、自分は気を付けなくちゃって思いますね」
「そういうのってあるよね、それでもやっちゃう奴はたまにはいるんだけども」
「その話を聞かされるのも嫌だけども、そんなことをしちゃった人として名前が残るのはもっと嫌かな」
「それはあるよね」
こういうとき手土産にするのは、生まれた地のものか、ここに出てくる旦那さんだとそれプラス赴任先、奥さんだと嫁ぎ先など、何かしら地縁があるものになる。
「うちの実家の周辺は酒蔵とか醸造があるからまだいいんですよ。ないと、本当に大変だとか」
「その話はされたのは男かな?」
「男ですよ」
「そうか…」
「どうしましたか?」
「社交辞令的な関係性しか感じなかったので」
「そうですか…」
「まっ、自分の家族がそういうのを教えない場合は、誰かから習っていくしかないけども、こういうルールでさえも、教えないからな」
「知らなかったら、これ美味しいからっていう理由で選んじゃいますもんね」
「つまり、君はそれもできたからこそなのね」
「やる人が誰もいなかったからだともいいます、しかもこれ…覚えた後、逆に問い合わせされる側になるんですね」
「そうなんだよな、これははずさなかったからとか、こういうときはこれを贈るといいよとか、そんな話を教える、アドバイスできる側になるし、そうなると本当に世界が変わるんだよ」
「知っているということはとても強いんだなって」
「そういうのの繰り返しだよ。特に敵なのか、味方なのか、はっきりさせなければならないような立場だとさ」
「あ~常にそういうところにさらされているところなんか、案内人が、信頼がなければ、町も歩けないですものね」
「そうだよ。君はその点、早いうちにこの領にも慣れてくれている。…キャベツのオーブンサンド、好きなの?」
この間、美味しいと評判のパン屋まで行き、目をキラキラさせながら買ってた。
「お昼時に並んでたみたいだね」
あれ?この前にいる方、領主様の奥様じゃないの? 
「美味しい匂いにも負けました」
「そうか、ならば次は僕も誘ってよ」
「それこそ、みなさんが驚きませんか?」
「意外と僕は出掛けたりしているよ」
領主さまだ。
領主様、今日は寒いから気を付けてくださいよ。
ご領主、サボるんだったら、そっちの隅っこのベンチがおすすめだよ。
「旦那様って、人気なんですね」
「普通のお兄ちゃん扱いだよね」
この夫婦は生まれた土地もこちらではないので、本来は言葉すらそれぞれのお国言葉になるのだが。
「この辺が生まれと育ちが出るんだよな」
他領と関係がある場合は、子供の頃から共通語も同時に覚えていたりする。
「勉強は全くできないけども、そこだけはしゃべれるってパターンもあります」
「それは…大分とんがっている例だと思う」
「両親が喋れるとやっぱり覚えるものじゃないでしょうか」
その素養+この二人はそれぞれ外交や言葉の経験も別に積んでいる。
「大丈夫、そういうのがわからなくても訓練すればいいんだよ」
「旦那様のそれは誰でも突破できる奴じゃありませんからね」
「頑張ればできるよ」
「頑張ってできた人が旦那様しかいないやつですよね?少なくとも私は見たことはありませんが?他に類似の経歴をお持ちのかたはどこにおられるんですか?」
「ぷっ」
執事頭のツボにまた入った。
「失礼、お続けください」
「そんなに大変なことなんだろうかな」
「サラっとやって来た人には苦労はわかりませんよ」
「でもそんな君は君で、こうやって話についてくるしな。実家の周囲に嫁いできた奥様たちとは仲良かったったは聞いたけども」
「それはね…さっき言った言葉あるじゃないですか」
「あるね」
「婚姻決まりました、でも相手が何をいってるかわからないことの方が多いんですっていうストレスを抱えて、泣いているというかね~」
「あ~それはいい話し相手だったんだな」
これはこういうことでと解説もあったのだが、一番は共通語で話していたので、久しぶりに普通の会話だって泣かれたりもした。
「でもその人たちはまだ幸せな方なんですよ」
「なんで?」
「お嫁さんの実家を怒らせたら、大変だからってことで、まだ大事にされる」
「本当に君の実家、地元って、聞けば聞くほどダメというか」
「まあ、うん、だから同じ地元出身の場合は酷いからな…嫁の実家を低く見るから、そうなるとトラブルが多いよ」
「僕はそんなことさせないよ」
「そんなことをいうから、色んな女性があなたに夢中になるのだ」
「…」
「花も本当に気を付けてくださいね」
「また僕なんかやらかしてた?」
「関係性あるからこそ贈る花もある」
「それは確かにそうなんだけどもね」
「そうじゃないなら、相手に説明してくださいよ。花の意味をきちんとさ」
「自分がいいと思ってるものをなのかもしれませんが、ええっと古典の意味の方が広く浸透しているから、そっちで受け取られてしまうことが多いかな」
頑張って説明。
「じゃあ、僕に贈るなら?」
「あなたは花だから花は贈らない」
「ナゾナゾ?」
「立場的にそうなんですが、わかっておられますか?」
「わかったような、わかってないような…僕に花は似合わないとでも?」
ちょっと拗ねたようなので。
「失礼、少し離席します」
彼女はそういって部屋を出ていき、数分後に戻ってきた。
(手に何か持ってる?)
「旦那様」
「ん?何?」
距離が近づく。
「動かないでくださいね」
そういって首もとに、襟に何かをつけられる。
「私はあなたに生花を贈ることはたぶんありませんよ」
襟を引っ張ってみると、そこには花の形をしたピンがつけられていた。
「これは随分と上等な花束(ブートニエール)だね」
「金策が必要な際にはお売りください、そこそこにはなるでしょうよ」
「えっ?そんなに貴重なものなの」
「コレクターは欲しがる人はいるでしょうから、そういう市場は不況でも強いんですよ」
「手に入れるのもおそらく大変なものを俺にくれちゃってさ、返せるものは愛しかないよ」
「あなたからはそれはもういただいてますよ」
ここで執事頭はそっと一礼して、部屋を出ていった。
「あら?」
そんななんで?と思う彼女の腰に、後ろから手は伸びていた。
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