浜薔薇の耳掃除

Toki Jijyaku 時 自若

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なんでもっとうちの近所に店を作ってくれなかったんですか!

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「なんでもっとうちの近所に作ってくれなかったんですか!」
「はっはっはっ、ごめんね」
常連のお兄さんは、お酒が入ってくるといつもそんなことを言ってくる。
「でもそういってくれてありがたいね、はい、これ、嬉しいから大根の煮付け」
そぼろの餡がこの時期にさらに美味しいを、サービスで出してくれた。
「今日は大根や野菜が安くてね」
この店は夫婦で経営している。
旦那さんが料理人で、奥さんが給仕と…
「喋りながらだとお客さんの相手出来ないから、奥さんがいてくれるから助かってるよ」
愛想も担当しているらしい。
「この間、同僚連れてきたじゃないですか。あいつもまた来たいっていってくれたんですよね」
ただその同僚は忙しいプロジェクトに参加しているので。
「今日も俺がこの店に行くっていったら、いいな…って顔してましたよ。あれ?そういえばこのお店って、テイクアウトってやってるって話してませんでしたか?」
「やってることはやってるよ、ただ用意するのに時間がかかるから前もって連絡してほしいから、デカデカと載せてないだけで」
「テイクアウトするなら、そうね…色々と美味しいものがあるのだけども、今ならば新米、特製ふりかけおにぎりとかかしら」
「うちの奥さん、この辺はガチなんだよな」
「あら?美味しいものは美味しいって伝えたないとダメよ」
「大将、そういうの伝えるの下手そうですもんね」
「下手そうじゃないんだよ、下手なんだよ」
蘇るトラウマ。
「そんなに気にしなくていいのに」
「はっはっはっ」
乾いた笑い。
「何があったんですか」
「その~色々ね」
「俺、奥さんがいなかったら、店を早々と畳んでいたんじゃないかな」
「大丈夫よ、ついてくるお客さんはいるから」
「そうだけどもさ」
「でも実際、俺がこの店を見つけたのは偶然だったりするし、開店して結構たってたみたいだから…」
「そうだね、うちの店の暗黒期は越えた後だね」
「暗黒期って」
「暗黒期は暗黒期だから」
自信を持って店を出したのはいいが、結果が思ったようについてこなくて、支払いに終われる日々。
「頑張ってくださいの言葉だけでは、やっぱり無理なんだよな」
「大将から闇がこぼれている」
(その闇が吹き出し終わると、びっくりするほど明るくなるんだけども)
「はい、そこでストップ」
「はい」
「ここはお店ですよ、お客さんの前では笑顔、笑顔」
「うん!」
大将の両親は、自分の息子がよそのお嬢さんにこんな感じで元気付けられているのを見て。
「ああいう子は、今後二度とお前の前に現れないかもしれないな」
「偏屈なあなたにああいう接し方してくれる娘さんがいるだなんて」
ビックリしたという。
「どういう方なの」
「ああ~ええっと」
こんな感じで言葉が詰まっているところを助けられた。
「そこから困ってると定期的に大丈夫?って聞いて、世話を焼いてくれている」
職人気質あるあるなのだが、とても器用にできる事がある一方で、その他が不器用というやつ。
「組合のお仕事もしたことがあるから、こちらの業界についてはかなり詳しく、事情も知っている。ご実家は今は廃業したが商売をしてたっていってて…、もっと仲良くしたい人です」
そこまで言ったら恥ずかしくなったようだ。
「でもそういう人って彼氏とかいるんじゃないの?」
母親の何気ない一言が心をえぐった。
「そこは確認したの」
「してません」
「聞いた方がいいんじゃない?」
聞くのがすごく怖かった。
いたら?も怖いし。
いなくても、そんなことを聞いたことで何か不快に思われるんじゃないか、そう思うと、ぐるぐるである。
「こんにちは」
「こん…にち…は」
「ご飯を、定食を頼んでもよろしいですか」
「はい、何でも言ってください」
何食べようかなと思ってると。
「お魚はサーモンが今日は良いものがあるから…」
「ではそれで」
「いいんですか?」
「あなたが勧めてくれたものは、信じられる」
「はい!」
それで大きめのサーモンを焼いて出しちゃうところが、マジで大将である。
「大きすぎるよ」
「すいません」
「でも美味しいよ、…ご飯足りなくなる奴ね」
「おかわりは?」
「大将、もう少し商売考えて!」
そしてお会計の時に。
「今日はこれを渡しに来ました」
そういって大きめの、来年の日めくりカレンダーを渡してくれた。
「いいんですか?」
「こういうのはお店には付きものですから」
「嬉しい」
正直、この時そこまで手が回らないと思っていたので、本当に嬉しかった。


「俺は単純だからさ、自分のお店があって、お客さんが美味しいっていってくれて、奥さんがそばにいたら幸せなんだよね」
「大将、そういうのは奥さんがいるときに言ったらいいと思います」
奥さんはこの時、個室の片付けのためにいませんでした。
「いや~そういうのって、言えなくない?」
(よく結婚できたな、この人)
世界に七不思議というのがあるのならば、たぶん大将と奥さんの結婚も入るんじゃないかと思った。


大将と奥さんは早朝市場に行く。
いつものコースを歩いている大将に…
「あなた!」
「ん?何?」
「今、おトイレに行ったら、向こうのお店でナスが安く出ていたんだけども、見てくれないかしら」
「あっ、じゃあ、見せてもらおうかな」
こういうところが一人よりも二人の力。
「ナスいいな」
「私は大根もいいと思うのよ」
元々は食材の目利きは大将の担当ではあるが、今では奥さんもいい感じのものを見つけては、大将に改めてもらうという形で聞きにくる。
(任せれるぐらいには上手だとは思うんだけども、俺に聞いてくれるのが嬉しいんだよな)
それで何を購入するか決めてから。
「すいません、台車お借りします」
といって奥さんが青果から台車を借りて、購入する野菜をケースや箱で乗せて、精算をする。
「積み替えは俺がやるよ」
「いいよ、仕込みでどうせ力仕事あるんだからさ」
何気なく台車に乗せたお野菜、ケースはまだしも、箱だと、10~20キロ単位である。
これも大将の両親が始めてみたとき。
「女の子にそこまでの力仕事は…」
「私だとお父さんにやってもらわないと…」
と言われた。
「家業が商売やってますと、手伝わされるので、このぐらいの量は軽いといいますか、少ないです」
奥さん曰く、社会に出たら、重いものを持つことがなくなったし、梯子かけて固定して高いところで作業もなくなったので、体力は落ちているということ。
「しかも仕事をするとね、ちゃんとお給料が反映されるんですよね」
実家はブラック企業かな?とこの時思ったという。
「修行中、駆け出し扱いみたいなことをずっとしてきたのかなって」
「たぶんそれで合ってるかな、だからこそ一人の時間ってとても大事で」

だからご飯は出来れば美味しいものがいい。
そんな考えが彼女にはあった。
「君の胃袋をずっと握り続けていたい」
「それは病気になりそう」
物理じゃなくて例えだから、例え!
「ああ、そういう意味か」
このぐらいの時から、大将は彼女が他の人間が作ったご飯を食べることに対して。
「俺がいるのに」
と心の闇が現れてきたという。

一人でやっていこうとした店が、夫婦で経営することになったら、大変さは半分になった。
「ありがとうございました」
「今度は同僚への差し入れ予約しますから」
「その時はお願いしますね」
(この一声が違うんだよな)
リピーターが増える秘密なのではないかと思ってる。
(ああいう上手い言葉が、スッと出てこないんだもん)
奥さんの商売の上手さは、そばで見ていて、たぶんここでお客さんの心を掴んでいるんだろうなはわかるのだが、自分にはできないやつである。
「すいません、テイクアウト予約したいんですが」
そして早速次の日注文が来た。
「今日は残業なんでせっかくだからって」
「それも大変だな」
来店の時間に合わせて用意をするのだが。
「サービスとして焼き芋入れておいたから」
「えっ?いいんですか」
「うん、いいお芋だから美味しいと思うよ」
自分と同僚の分のご飯、+焼き芋をもらった。
アルミに包まれているが、その形から貧相な芋ではない。
(こんないい物オマケしてくれて、あのお店は大丈夫なのか)
何かあったら困るし、また行かなきゃ。給料入ったらちょっと良いものを頼まないととそう決めた。
「うーす、飯持ってきた」
「ありがとう」
そういって同僚へのデスクに弁当とアルミホイルの焼き芋を。
「焼き芋は頼んでないよ?」
「なんかサービスだって、ほら、俺にもドン!」
「それ…結構高いよね」
見た目でわかる形から、もしも焼き芋として購入した場合、かなりの値段がするのではないかと、推測しなくてもわかる。
「じゃあ、ありがたくいただこうかな」
お弁当も美味しく食べ終わり、さすがに全部ここでは食べれないが、アルミホイルを剥いで、さつまいもを割った瞬間。
「これはただの芋じゃない気がする」
「そうだね、それは僕も思った」
「だよな、なんかこう、こんなにネットリとした蜜がじわりと出てくるさつまいもなんて、あんまり見たことはない」
パク 
「やっぱり旨い、あのお店が焼き芋をメニューに出したら、買って帰るかもしれない」
「これ、値段にもよるけども、会社の差し入れに使えないかな?」
「あっ、それはいいね」
「なんでもっとうちの近所にあのお店作ってくれなかったのかな」
「はっはっはっ、そうなんだよ、誰しもあの店については言いたくなるよな、そうか、そうかお前もそこがわかってくれたか」
そこからランチミーティングの日にでも合わせて、焼き芋頼めないか聞いてみたところ。
「お芋の入荷しだいなのよ」
「あれ?もしかしてあの焼き芋ってブランドもの」
「ブランドといえばブランドかな、さつまいも作りの表彰された農家さんのもので、美味しいのよ」
「そんなのを先日はサービスで出して大丈夫だったんですか?」
「あの時はちょうどお買い得だったのよね、うちの店って、今日は何がお買い得かで、本来決めていたメニューが変わるから」
それは大将はかなりの技量がある証明でもある。
「だからお店には出さないけども、節約料理もかなり美味しいのよ」
くっ、それも食べたい。
「ええっと、さつまいもが入荷した場合こちらに入荷しましたが、どうしますか?って聞いた方がよいかしら?」
「あっ、そうしてもらえますか?そこまで安定してないなら、ランチミーティングじゃなくても、職場の差し入れってことにしますから」
「わかりました、じゃあ、その時に、お値段も提示するから、それで決めてね」
「ありがとうございます」
そういってさつまいもが来ましたよのお知らせが届いたのは三日後の話で。
「連絡が来たんだけどもさ」
「何か問題でも?」
スッ
値段を見せる。
「?」
「そんな顔になるよな」
「なんで菓子折りより安いのかな?」
いつも差し入れているお土産などのお菓子よりも安かった。
「だよな」
「もちろんこれは僕も出すから」
「ああ、じゃあ、店に行ってくる」
そういって店に行くと、一箱分のさつまいもは甘い匂いをさせて待っていてくれた。
「俺らからの差し入れです」
「一人一本はあります」
会社の昼時に部署で大盛況となった。

「あれは本当に助かった」
「それは良かったね」
「差し入れはないと円滑には進まないけども、金額が再現なくなってくるから、今回のさつまいもみたいに値段は抑えながらも、満足度が高いものになるとすごいありがたいんですよね」
「ふっふっ」
奥さんが笑っていた。
「これね、元々奥さんの案なんだよ」
「えっ?そうなんですか?」
「何気なく焼き芋サービスしてきてくれたときに、これは行けるわ!ってね」
「その時はそこまで銘柄や農家とか考えないでさつまいもを買ってたんだけども、奥さんがいい物を見つけてくれるもんだからね」
奥さんの職場関係の差し入れにも大活躍した。
「やっぱりこの店は焼き芋屋さん出来そう」
「そしたら夏はかき氷売って、楽させてもらおうかな」
「え~それだと美味しいものが食べれなくなっちゃうじゃないですか」
なんて冗談が飛び交うこの店は、いつも賑やかに夜は更けていく。
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