浜薔薇の耳掃除

Toki Jijyaku 時 自若

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幸せはここにあったのか

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雨が降っていた。
傘は持っていたが風が少し強かったので、地下道を選ぶことにしたのだ。
でも…何かおかしい。
ああ、そうだ、前方に見える階段から降りてくる、影。
人もいないのに、まるで濡れた足で誰かがこちらに来るような。
あれは関わってはいけない、目をつけられてはいけない。
でもそれを悟られてはいけない。
何事もなかったかのように、僕はそれとすれ違うのだが、すれ違ったとき背筋に寒気がした。


「それからすぐかなその地下道で事故が続いてね、再工事になったんだけども、僕が遭遇した出来事と何か関係あると思う?」
「伽羅磁(きゃらじ)さんは私に怪談を聞かせたかったんですか?」
「ん?いや、秋澄(あきすみ)に会いたかっただけだよ、君が喜んでくれるならば怪談でも雑談でも僕の英断でもなんでもいいところがある」
そういって頭の後ろに手を組ながら、天井を見上げた。
ピッ
その膝にシャドウスワローが乗る。
人に見られないように個室にしたのはシャドウスワローも自由にさせたいからもあった。
「なんです、気分でも落ち込んでましたか?」
「まあね、そういうときは秋澄に限るじゃん」
「なんですか、それは」
「いや、秋澄に限るから」
「何を言ってるんだが」
「悪かったね、惚れた女の前では元気が出るものなんでね」
「はぁ」
「相変わらずクールだね、そういうところがものすごく好きではあるけどもさ、たまには優しくしてほしいとか、思わないからすごいと思う」
「やっぱり疲れてますね」
「週7で秋澄と会いたい」
「毎日じゃないですか」
「そうね、そうだね、そうなのよね」
「もっと人間関係良くした方がいいですよ」
「それができると思う?あの環境で、事務所は悪くない、でもさ」
「あ~」
「ちょっとした反抗をするのが精一杯なんだよね、反抗的だなって見られているけども」
「何かを変えたいとかはあるんですか?」
「ないよ、何て言うの、そこまでではないんだよね。そこまで変えちゃうとさ、責任が伴うでしょ、それこそ組合の幹部になるとか?いや、それはさ、ないや」
「じゃあどうしたいんです?」
「基本は食っていければいいやだから、そこはシンプルよ、それで秋澄とうちの子がいてくれたら…まあ、でも家族が増えるのはいいな」
「へぇ~」
「ああ、すごくその目はゾクゾクします」
お願いします!もっとください。
「逆に秋澄はどうなのさ、お嫁さんになりたいとかの夢ならば、俺がすぐにでも叶えれると思うけども」
「そういうのはないですよ、まあ、一人で生きていくんだろうなってことで、ここまで来てるし」
「寂しくないの?」
「KCJはそれがないから」
職員が落ち込んでると、ケットシーがやって来ます。
ピッ 
シャドウスワローが秋澄に甘えてきた。
「そんな話を聞いたら、この子だって甘えたくなるよ」
「もうしょうがないですね」
そういってシャドウスワローの相手をする秋澄を見るのが、結構伽羅磁は好きである。
なんというか、落ち着く、癒える、ホッとする。
(なんか調子悪いなって思ってたけども、本格的に調子落としてたか)
この癒されていく過程で、自分が不調だったのを気づいた。
「どうしましたか?」
「いや、もう少し節制しなきゃなっては思うよ」
「まあ、外食減らすとか?」
「それもな…」
「お料理はできるのですから、簡単なメニューとな作って、ご自宅で召し上がればいいですよ」
「そうなんですけどもね。あっ、秋澄さ、ケーキ作ったじゃん」
秋澄は、ああ、あれね。という顔をした。
「ケーキ作れたの知らなかった」
「まあ、簡単なやつですよ」
ピッ
「美味しかったってさ、俺も食べたかったな」
「お店で買った方が美味しいですよね」
「この年になると誕生日を祝うって感じでもないから、嬉しかったよ」
「それは良かった」
「ただ本当にケーキを焼くとは思わなかったけどもさ」
ちょっともじもじした。
「小麦粉と砂糖とか材料あったんで」
「あれば作っちゃうの」
「後は時間かな」
ちょうど半日何をしようかなって状態だった。
「せっかくだから作っちゃおうって」
「それなら写真じゃなくて、食べたかったよ」
「あれ日保ちしないんですよね」
「それでもさ」
「ダ~メ」
そのダ~メの言い方に、伽羅磁は驚きの顔を浮かべた。
「あれ、驚かせてしまいましたか」
「いや、あの、その、うん」
「伽羅磁さんって意外とそういうところがあるな」
「そりゃあ…あるよ、うん、そういうことされたら…」
「驚いちゃいますもんね」
「そうだね」
この辺まで来ると、秋澄の方も気を許した表情になる。
(うわ~抱き寄せたい)
そして、このぐらいの秋澄が伽羅磁の最もツボな秋澄、ツボ澄さんになります。
「ツボ澄~」
「えっ?誰?酔ってるんですか」
「全くもってのツボ澄だな」
ピッ
「ああ、ごめんね、もっと構ってほしかったね」
シャドウスワロー、秋澄にすり寄る。
「午前中に君のもとに行ったと思ったら、すぐに帰ってきたからビックリした」
「掃除してたんですよ、高いところの埃を落としていたから、それだとこの子が汚れちゃうから。前はなかなか帰ってくれなくて、しょうがないから、掃除終わった後、お風呂でお湯ためて、洗いましたけども」
「戻ってきたら、羽根から、すごいいい匂いがしてた。どこのボディシャンプー使ってるの?俺も同じのにしたい」
「あの時季節限定の使ってたんですよね、安かったからなんですが、まだあったらほしかったけど、さすがになかったんですよ」
これですよ、そういって検索した画面を見せてくれた。
「へぇ、こういうのあるんだ」
「伽羅磁さんだと男性ですから、男性向けのものがいいかましれませんね」
「じゃあ、秋澄が選んでよ、それ使うから」
「普段使うものは自分で探して、試した方がいいですよ」
「…柿渋とかかな」
急に現実感出てきた。
「気になるんですか?」
「気になる前にってやつだよ」
「えっ?でも伽羅磁さんは身なりは気を付けているし、清潔感はある方では?」
「そう?」
「年上の男性好きな女性は、見てるんじゃないですかね」
秋澄もたまに伽羅磁のことを、そういう視線で見てる女性は把握している。
「そう…なんだ」
「おモテになりますね、いいじゃありませんか」
スーツをかっちりと着回して、振る舞いも紳士、言葉遣いも丁寧だし。ホワイトデーなどのお返しとかも80点は出してくるような男が、伽羅磁であった。
名前は知らないけども、高給取りであるのが、身なりからもわかることも、たぶんモテるのポイント。
「この世界の人って、お金あったとしても、あんまり着道楽にはいかないですからね」
KCJだと特にいないタイプ。
ケットシーの爪でニャー!されます。
「そういうものですかね、俺はいいなと思ったものを選んで、使い続けているだけなんだけども」
「シャツも自分でアイロンかけてたりするんでしょ?」
「前までは懇意のクリーニング店があったんだけども、店を畳むってことで、教えてもらうことにしたんだ、だから素人ながらによくやってる、程度だと思うよ」
「家事もある程度できるのならば、そりゃあ女性からの評価は高いですよ」
「秋澄はどうなのさ?」
「私は全然」
「そういっても美味しいケーキ焼いたりさ。疲れて帰ってきても、ちょっと掃除したりしてから寝るじゃん」
「まあ、できないっていっておいた方が楽なんで、できないってことにしてますから」
「女性は大変だね」
「そうですね、下手に家事ができると、要員にされますから、いや~何もできませんってことで逃げてきて良かったですよ」
「その方がいいよ、君のそういう話を聞くと、悲しくなるし、もうそういうところを捨てちゃえよったは思ってるよ。君には大事なところかもしれないけども、俺にはただ騙してるようにしか見えないよ」
「その言葉で言い聞かせて、なんとかなってる地域はありますからね」
「秋澄が縛り付けられていたら、俺はやっぱり落ち着かないよ」
「大丈夫ですよ、そういう私ならばあなたは気づくこともないから」
「そんなこと言っちゃうんだ」
「言っちゃいますね、でも当たりでしょ、故郷からしがらみ越えてこっちまで自力で出てこなくちゃ、誰も私に気づかない…いや、うちのララちゃんぐらいは気づくか」
ララ、ケットシー、秋澄が一番最初に出会ったケットシーである。
「あんなに愛想がいい猫っているんだって」
ララは地域猫かと思ったが、ある日連れてかれることになり、それがKCJ。
「もしも、今、私にお金があるのならば、大金持ちだったら、ララを家族にしたかったんですがね」
「その話を聞くとさ、俺はなんで、秋澄に気づかなかったんだろうって思うんだよ。その時俺は…進路どうするかとかだから、でも秋澄と会いたかった」
伽羅磁さんは秋澄よりちょっと年上です。
「まっ、元々俺はこっちの世界を志願したわけではないから」


その時に相談したこちら側の人には。
「君は愛してしまわれたんですね、それならばそこに殉ずる生き方をするのも…まあ、よろしいかと」
「殉ずるですか…それもまた熱烈だな」
「おや、そこまで愛してはいないのですか?」
「いや、それは…その…ちょっと年が離れてますし」
「後、五年もすれば気にならなくなりますよ」
「目を引くような顔をしているわけでもありません」
「それならば身なりを気を付ければよろしい、そういう形から入っていけば、君も紳士になれますよ」
「なれますかね?」
「なれます!後は他には何が心配なのですか?」
「自分だけ舞い上がってるようなので、それが、いいのかなって」
「意外とあなたは自信はないのですね、驚きました、もっと嫌みのひとつでも言い返せた方がいいですよ。こちらの業界は口が達者な輩が多い、まあ、その場で言い返せなくても、心の中で返し方の一つや二つ、いや、100は考えなさいよ」
「先生は無茶苦茶ですね」
「そうですかね?」
「そうですし、なんで私のような縁もゆかりもないような人間に世話を焼いてくれるのですか?」
「君はとても熱心に生きている」
「熱心に生きている?」
「はい、そうです、それがわかって生きている、そこがね、ポイントがとても高いのです」
「先生は今お教えになられている生徒のみなさんに不満はあるのですか?」
「ありますね~」
「そんなことをいってよろしいんですか?」
「ん~でも、彼ら彼女らは勉強をするために私の元にいるわけでは、いるようには見えないんですよね」
「というと?」
「質問をして、こちらが答えると、なるほどで終わり、それ以上を考えない」
「それは…つまらなくないですか?」
「ああ、やはり君はいい、その感性がわかるのか」
「えっ?そんなもんじゃないんですか?そこから始まるというか」
「そう!その通り、そこで納得で終わりにしないでほしいものなのです。…しかし」
「なんです?」
「君は転向してくるのはよろしいのですが、なんか申し訳なくなります」
「申し訳なくなります?」
「あなたを育てたすべては、こちらに来るためのものではありませんから」
「そこは気にしなくても」
「何をいってるのですか、あなたがこうなるまで、どれだけの人が、環境が用意されていると思ってるんですか!」
「それは確かにそうなのですが…でも」
「君がこちらに来るのならば、そこをしっかりした方がよろしい」
そういって先生は伽羅磁の奨学金分を全部払った。
(10年ぐらいかけて払うの一括で払ってしまったよ)
「どうしました?」
「こんな私のために申し訳ありません」
「何をいってるのですか」
「いえ、しかしですね、あんな大金」
「確かにそちらの世界では大金でしょうね」
そうはいいますが、こっちの世界でも大金の部類に入る。
「君という人間を秤にかけると、あれは安いと思います」
「そういってくださるとうれしいのですが、申し訳がなく」
「いいんですよ、いいんですよ、あれぐらい」
「いや、それでは」
この辺の話が平行線になったので。
「わかりました、あなたは私に出してもらったことに負い目を感じているのですね」
「そりゃあ、感じますよ」
「では感じないようにすればいいのです」
「えっ?」
それこそ、人を動かし、伽羅磁の将来性を解き、資金を集めてしまった。


「秋澄さ、話は変わるけども、君のドレス姿の写真とかあるの?」
テーブルに顔をおいて、伽羅磁は聞いてきた。
「この間のですか?」
「そう、本当は実際に見てみたかったんだけどもね、きっと可愛いと思うし、こう…想像しましただけで」
「馬子にも衣装ですよ」
「そんなことない」
「スタイリストさんのポートレート、今までこんな仕事をしましたのための写真としては撮っているんで、ちょっと盛られているというか、別人じゃないかなって」
「見たいな」
「そこまでおねだりするものじゃないですよ」
「なんでさ」
顔をあげる。
「なんで見たいんですか?」
「見たいから見たいんだよ」
わがままポーズ。
「私は…あんまり見られたくないかな」
「なんでさ」
「なんででしょうね、ポートレートを見たんですけども、みなさん本当にお綺麗なんですよね」
「君も可愛いじゃないか」
「ありがとうございます」
「俺は本当のことをいってるだけだよ」
「はっはっはっはっ」
「ジョークとか社交辞令じゃなくて、君という人はそばにいたときに一番よさがわかるんだよ、それが俺の心をとらえて離さないままだ」
「出来れば忘れてほしいな」
「なんでさ」
「なんででしょうね、まっ、そういうのは私の人生はない方がいいので」
「その割には誰かを愛するってことを知ってるから、ちょっとそれが嫌、君が愛した、いや、それこそ学生時代の恋愛かもしれないがね。さっきもさ、ここに来る前に、制服姿の二人が手を繋いでるってのを見たら、やっぱり羨ましくなってしまったよ」
「学生時代にいい思い出はないのですか?」
「勉強ばかりだよ、男が多い学校、学部だからね、恋愛には憧れるような時期には、女の子を見ているだけだし」
「気になる子に、声はかけなかったんですか?」
「かけれないよね…見て、ちょっと目があったらドキドキして、固まっちゃうような」
「おや、可愛らしい」
「何をいってるのさ」
「いえ、可愛いなと。あなたの学生時代はあまり知りませんが、そういう甘酸っぱい思いでもきちんとあったんですね。…しかし、それならばそのままあちらの世界で良かったんじゃないですかね」
「一般社会が不況であってもこっちは強かった、俺がこっちにいたおかげで何人か助けられたから…やっぱり俺は来るべくして来たというか、そこでやっと、ああ、ここを決断した意味はあったんだなと、確かに君に惹かれて選んだけども、君に再開するまではちょっと時間があったし」
「あの時のお兄さんだとは思わなかった」
「飲み屋さんで会うとは思わなかったけどもさ」
秋澄を見た瞬間。
ポロッ
伽羅磁は涙をこぼしたのである。
「えっ?私、何かしましたか?」
秋澄は伽羅磁を見ても、どこの誰かの心当たりがついてないようであった。
「いや、君は何もしてないよ、ただ君に会えたことが嬉しくなってしまっただけだから」
「どこかでお会いしたことが…」
そこで記憶を辿ると。
「あぁ、あなたは」
「この業界、長らく会わないことも珍しくないし、知らない間に亡くなってるなんてこともあるからさ」
「それを言われると弱いですね」
「うん、いや、ごめんね、なんか涙が出ちゃって」
「そういえばあの時話したこと覚えてますか?」
「あの時…」
「お兄さんは何気なく言ったことかもしれないけども、私はその後、そっちの方も勉強して、今はそっちもなかなかなものなんですよ」
「秋澄ちゃん、何かあった?大丈夫?」
「あっ、今戻ります」
離席してから戻ってくるのが遅かったために、心配してKCJの同僚が声をかけてきたのである。
後に残された伽羅磁は…
「幸せはここにあったのか」
と呟いた。

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