浜薔薇の耳掃除

Toki Jijyaku 時 自若

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これはあなたに捧げました

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小さな空調の音が聞こえる室内に、部屋には男が一人いて、画面を見つめていた。
濡島(ぬれしま)である。
ふと、時間を確認すると、キリがいいと休憩をすることにした。
間食の時間、用意してもらったパンと、大きめのズッキーニと刻んだたまねぎが確認できるスープを食べることにする。
パンは少し甘めだが、美味しい。
こっちに来てから、体調もよい、やはりゆっくりできる時間が取れるからだろうか。
ただ、それだけではないとも思いたい。
そこに、かえ さんがやってくる。
冷蔵庫に食材を詰め込むためであるが、冷凍庫をあけて何かを確認すると、ん~みたいな顔が見えたので、そのまま、かえに声をかけた。
「どうしたんですか?」
「いえ、保冷剤の冷えがあまりよくなくて」
「避暑地とはいっても暑いですから、しょうがありませんよ」
「ですが、これだと、冷凍庫が狭くなっているので、保冷剤の方はうちの冷蔵庫で冷やしておきますから、必要でしたら言ってくださいね」
「他に手伝うことあります?」
そういって手を洗ったら。
「まずはハンドソープの詰め替えですかね」
本体を振って見せると。
「それならば下の収納に、いえいえ、私がやりますから」
本来こういう管理がかえの仕事であって、それが終われば、何もない限り自宅に戻るのだが。
「いいの、いいの、こういうのも俺は上手いので」
チュー~とこぼさずに注ぎ入れる。
「はい、完成と」
「本当に上手ですね、あっ、私、保冷剤持って一度自宅に戻ってまた来ますね」
「わかりました」
その時、かえは、保冷剤がもっと早く冷えたらいいのにななんていっていた。
戻ってきてから。
「そういえばあのパンってどこのパン屋さんのものなんですか?」
「あの丸いのは私が焼いてますが?」
「ホームベーカリーとかですか?」
「そんな便利なもの、オーブンぐらいはうちにはあるから、それですし、今日はパン生地が膨らみそうだなっていう時に、子供の頃思い出して作ってるんですよ」
この辺に店が多かったときはパン屋があったらしい。
「今は自分で作るしかありませんからね。それに濡島さんがこちらに来たばかりの頃お疲れだったこともありますし」
「それと何か関係が?」
来たばかり、すぐはさすがに自炊も難しいだろうと簡単な食事は用意してくれていた。
それが美味しかったので、出来ればこれからもと食費も出しますよと言ったら。
「あれはとてもとてもお金をもらう料理ではありませんよ」
かえのお金をもらう料理ではないと言う料理。
精米したてのお米の炊きたてご飯。手作りのふりかけ、おかわりしたくなる味噌汁。
こちらがまず標準装備で、ここにカリカリの焼き魚や、プリプリ角煮、サクッとした揚げ物などが飽きない構成でついてきます。
「あなたは謙遜がすぎる」
「そうですかね?でも食材の方は下拵えも込みで管理費の方にも含まれていますし」
魚屋さん、お肉屋さんが焼くだけにしてくれているのも大きい。
「そうかもしれませんが…」
「さっきも言いました通り、濡島さんはお疲れでしたから、メニューもね、疲れが早く取れるように、消化がいいようにってね。その辺は濡島さんが好き嫌いないようなので助かりますが」
「?」
「そのパンもね、いつもはイースト菌で作るんですよ、ビール酵母を使うのは、濡島さんに早く元気になってほしい栄養がたくさんつまっているから、こちらにしたんですよ」
大変、俺はこの人から離れたら、また健康じゃなくなるかもしれません。     


はっ!
いけない、保冷剤を早く冷やす方法を考えるはずだったのに、かえさんが俺の健康のことを考えた食事をわざわざ作ってくれたことを知ってから、集中力が切れてしまった。
かえさん…俺はあなたのためならば本気出せるんですよ。
でも、そんな俺の毒気というか、かえさんは本当にズルい人だ。
実際にビール酵母パンのレシピを調べると、疲労回復のための栄養がつまってた。これにスープも合わせて、なるほど消化を良くして栄養補給するためにあのレシピなのかと感心し、かえさんの名前を読んで悶えそうになった。
これからやることはかえさんの助けにもなるんだから、気分を切り替えなければならないな。
さてさて、保冷剤の凍結目安の時間やら、ご家庭で使えるものを調べ、何やら法則や数式を確認しているようで。
「まあ、たぶんいけるんじゃないかな」
そうはいったが実験はしてみた。
冷凍庫にはアルミホイルでくるまれた何か、それを開いては、う~んなんて言ってる。
「やっぱりホームセンターか」
この辺で大きいホームセンターがないかと聞いてみると、ショッピングセンターの並びにあるという。
「他に買い物するものありません?一緒に行きませんか?」
「じゃあ…少しの時間でいいので100円ショップを…」
「100円ショップ、お好きなのですか」
「はい、いろいろなものがこの辺でも買えるので」
「あれ?もしかしてお弁当がいつも可愛く作ってくれるのって、それですか」
「可愛すぎましたか、すいません、大人の男性にはちょっと合いませんね。次からはやりませんので」
「いいじゃないですか、お星さまのおにぎりとか、私は好きですよ、微笑ましくて」
「でも…」
「また作ってくださいよ、あっ、それとも俺が今度は作りましょうか?でもシンプルになっちゃうかな」
「お料理はできるんですものね」
「独り暮らし長いんで、前職の最後の方になると、食べれればいいやになりましたが」
「それはやめて良かったと思いますよ」
「本当ですよ、あそこには先がなかった、先がなかったが、やめる勇気、踏ん切りがね、なかなかなかった、やめちゃったな…みたいな喪失感があったんですよ」
「元気になれたきっかけは?」
「こっちでゆっくりできているからかな、仕事やめるときね、どっかで責められるのかなって思ってたんで、友達にもなかなか言えないところがありました、運よく先に次が決まった形なので、こうしてのんびり休暇を挟んだ上にリモートになったのは大きいですよ」
「それは良かった」
「後はかえさんが受け入れてくれたからかな、こんな俺に叱ることなくといいますかね」
「叱られることはしてないじゃないですか」
「そりゃあ嫌われたくないですから」
「嫌いではありませんよ」
「でも大好きってわけでもないじゃないですか」
「本当に変わってるかたですね」
「よく言われますし、それであなたと出会えたのならば、変わり者でいいんですよ」
話さ戻して、ホームセンターに行くことになりました。
「何を買うんですか?」
「アルミの板を、それを加工してもらおうと思いまして」
「何に使うんです?」
「冷凍庫用の仕切り棚ってところですかね」
「?」
ピンと来てないようだ。
「まあ、これは使ってみてからのお楽しみって奴ですね」
冷凍庫内や保冷剤のサイズなどをしっかりと計測し、熱伝導率を考えた厚み、そして取り出しやすい時に人が手で触っても怪我をしないように配慮した。
そして次の日、いつものようにかえ は冷蔵庫の中身を積めるために整理をしようとすると。
「あれ?」
「どうしました?かえさん」
「いえ、秋が来たのかな?」
いや、そんなまさか。
「なんで保冷剤が冷凍庫できちんと凍ってるかってことですよね」
「そうです、冷凍庫の棚が出来て、整理しやすくなってるとは思いますし、なんで?」
「ああ、それは凍りやすいように素材を変えたんですよ、保冷剤が並んでいる部分、アルミニウム使ってるから、これがあるとね、空気の200倍ぐらい熱伝導率が違うので」
「つまりその分早く凍ると」
「そうです、もしもないならばアルミホイルなんですけどもね、それでも悪くはないんですが、かえさんの言葉を聞いてね、そういえば学生時代そういう話になったことなかったかなって思い出して、勉強はしておくもんですね」
「これ…実際はどのぐらい早く固まるんですか?」
「これ凍結に2日でしょ?これ使うと、一晩というか、六時間ぐらいじゃないかな」
「革命ですね」
「そうですね、でもこれならば夏場に保冷剤で冷凍庫のスペースが埋まることもないでしょうね」
「特許とかとった方が」
「ああそういうのですか?それならばネタとして渡した方がいいと思いまして、避暑で楽しく過ごしている竜のお姉さんたち辺りならば上手く使うんじゃないですかね」
ゴンゴンの省エネ実験室!
「まあ…そうですね」
もちろんだが、そのぐらいで済むはずもなく。
「濡島さんにきちんとこの発明において利益が渡るようにするし」
それプラス竜のお姉さんから宝石の原石なんが色々と贈られることになった。
「いいんですか?」
「こういうの拾うのが好きで」
本性の目で見ると、宝石とか化石がよくわかるので時間があるときに拾っておいているものらしい。
「その中で結構いい奴」
そこで声のトーンを落として。
(指輪とかそういうアクセサリーに使えると思うから)
(ありがとうございます。しかし、いいんですか?ご自分に使うとかは…)
(その予定はもうないし、色としてはやはりかえさんの方が合うよ)
ゴン姉さんとはここで初めて話したが、いただいた原石は本当に大粒の宝石になるだろうと
そんなポテンシャルを素人にも見せつけていた、本当に良いものであった。


「かえさん」
「なんですか?」
「今度、もうちょっと涼しくなったら、俺の実家の近くに遊びにいきません?」
「濡島さんのどういうところなんですか?でも近くまで行くんだったら、濡島さんのご家族に挨拶はしに行った方がいいかもしれませんね」
「えっ?来てくれるんですか?」
「深い意味はまだないと思いますが」
「そうですね、深い意味はまだないですね、ただうちの両親、かえさんみたら、安心するんじゃないかな」
「何いってるんですか?私はうっかりものですよ」
「そういうところもいいのに、わかってないんだから!」
そこで急に真面目な口調で。
「あなたが彼女だったらいいんですけどもね」
「私は期待されるような人間にはなれませんので…」
「バカだな、そのままで素敵なのに、あなたをそのまま愛さない人はとても愚かですよ」
「あなたのような人と幼い頃から会っていたのならば、私の人生は違っていたのでしょうね」
「もうね!こうしましょう!向こうからやってきた困難とかはね、力を込めてぶん殴るとか、そういう方向にしましょう、黙って耐えていることなんてない!」
「また何を言い出すんですか」
「冷凍庫の話」
「はい」
「あれ、大分世の中を変えることになると思います」
「そうでしょうね、既存の冷蔵庫でも十分であるという話ですから」
「これはあなたに捧げました。色々なものがこれから手に入る、もたらされることにはなりますが俺にはあなたの驚きと喜びが一番嬉しかった。例え今、それが不可能であったとしても
俺はあなたのためならば何とかしなきゃ、してやるぜ、セイ!な気持ちです」
「濡島さん」
「はい」
「恥ずかしいのはわかるので、わざと茶化さなくてもいいと思いますよ」
図星だったらしく濡島は困った顔で、髪をかきあげた。


「あっ、母さん、俺だけども」
「どうしたの?珍しい」
「今度の土日にでも実家に」
「それはいいけども、たまには一人じゃなくて、彼女さんとか連れてきなさいよ」
「…」
「?どうしたの」
「ちょっとまだ彼女まではいきませんが、今住んでいるところでお世話に、胃袋がっしがしに捕まれている人がいまして、その方にうちの地元に一度遊びに来ませんかと誘いましたところ」
「それはうちに来ている場合じゃない!お父さん、大変よ、なんかね、あの子が!彼女ができたみたいで」
「まだ違うから、ただこっちが思いを一方的に寄せて、いい雰囲気になっているのを楽しんでて、このまま逃げ切りたいと思っているだけなんで」
電話口で両親がどういう子なんだ!と目茶苦茶騒ぎ出している。
「頑張れよ、お父さんは応援している」
「そうね、こういうときは自分で頑張るしかないんだから、ファイト!」
言わなきゃ良かったかなとも思いつつも、いつかは言わなきゃならないんだよな、今言わなきゃ後からずっとあの時はなんで言わなかったの!なんて言われる奴がこれである。
自ら堀を埋めたが、身を切る痛さというか、筋肉痛になるやつ。
神頼みもしてきたいが、ここの鎮守は体育会系で恋愛成就ではない。
むしろ何よりも筋肉を求めるものが参拝する。
「濡島さん?」
「はい!」
「どうしたんですか?変な顔して、何かありましたか?」
「そうですね、恋煩いってところですかね」
「あっ、濡島さんにも春が来たのですね」
「俺の思いの先はあなたですよ、もう全然本気にしてくれないんだから」
「なんか実感がないものですから、すいません」
この人は自分はそういう対象ではないと思ってしまうところがある。
(言葉だけということで、どれだけ苦労したのだろうか)
何とかしてあげたいが、それもまた言葉なので、そうではないものを見せていくしかない。
愛を伝える、証明する非言語のコミュニケーション。
それはとても難しい話である。
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